「ぐぐ・・・・・・」
「大丈夫ですか?」
 悠が、心配そうな声を上げながらヒメヤの顔を覗き込む。
 顔の左側はメチャクチャになっていたが、右側は何とか爆風を免れたようだった。
「これはすぐに手当てせんと・・・」
 223の顔が蒼白になる。
「痛たた・・・あの・・・僕の顔どうなって・・・・・・」
「右目は大丈夫ですよ。だからもう心配しないでください、ね?」
 ヒメヤが何かいいかけたが、悠がそれを打ち消した。
 その時だ。
 バサバサと羽音がして、何かが空から舞い降りて来た。
 ―――ファビオラだ。
「ファビオラ様!」
 あかつきが駆け寄る。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 ファビオラは無言だった。
 それに、なにやら悲しみをたたえた表情をしていた。
「どうしたんですか? ファビオラ様!!」
 あかつきが、不安げな顔で質問をファビオラにぶつける。
「・・・・・・RXさんが・・・・・・亡くなりましたわ・・・・・・ゴッドフリートと・・・・・・刺し違えて・・・・・・。私(わたくし)、彼を送った後 こちらに戻ろうとしたら、爆音が聞こえて・・・・・・それで・・・」
「ええっ!」
 一同は驚きを隠せなかった。
 敵のリーダーが死んだという事よりも、あの癒し系で、たとえダーク化したって戻って来た彼が、あっさりと死んでしまったという事に・・・。
「だからあの時・・・精神世界で・・・」
 ガムの瞳から涙がこぼれた。
「結局・・・百式組まないまま逝っちゃったんですね・・・・・・」
 ヒメヤが静かに言った。
「あ、そうだ、それよりもファビオラ様! ヒメヤさんが大変なんです! ダークボックスの爆風をもろに受けて顔をやられたんです! 瑞さんが、爆発して ―――」
「何ですって!」
 ファビオラはすぐにヒメヤの許に駆け寄り、傷の様子を見た。
「・・・これは・・・ひどいですわね・・・・・・」
「どうします? こんな短距離フェリーには船医なんて乗ってないでしょうし・・・。かといって放っておいたら、傷が膿んでヒメヤさんが危険です し・・・・・・」
 あかつきが心配そうな顔で言う。
「・・・わかりました。すぐに医者を呼んできますわ!」
 ファビオラはそう言い残すと、再び飛び立った。




 ファビオラが向かったのは、またもグレンじまだった。
 彼女は、島の中心にあるアジト――塔の窓を見つめる。
 そこには、《神速の刃を持つ男》と呼ばれるストライク、アレクセイの姿。
 それから、ファビオラは視線を右に向けた。降りる事が出来そうなバルコニーがある。
 ファビオラはそこに降り立ち、アジトの中へと入り込んだ。
「・・・! ファビオラ!? 何故ここに――」
 驚きの表情を見せるアレクセイの言葉を、ファビオラは翼で遮り、時間がないことを示す。
「アリョーシャ、あなたにお願いがあります! 私(わたくし)の仲間の一人が、目をやられて重症なのですわ! あなたに手当てしてもらいたいのです。お願 いですから・・・・・・」
 ファビオラは、彼に必死に頼み込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 アレクセイはしばらく黙った後、首を縦に振った。
「・・・分かった。俺は元々、ここに雇われただけの普通の医者だ。患者だというのなら、たとえ『ドリームメーカー』に狙われている奴だったとしても手当て しなければならん。それに、お前との仲もあることだしな」
「本当ですの? ありがとうございます!」
 ファビオラの顔が明るくなった。
「ああ、男に二言はない。さて、連れて行くのか、行かないのか?」
 アレクセイはなおもファビオラに問いかける。
「連れて行かない筈がないでしょう? 手術道具はお持ちになって?」
「ああ、一通り持ってるよ」
 アレクセイがそう答えた、その時だった。

「あ、あいつは裏切り者のファビオラだ!」
「ぼやぼやするな、攻撃準備! 撃てぇっ!!」
 FA−MAS型ライフルを携えた数体のアサナンが、偶然ファビオラ達に出くわしてしまったのだ。
「まずい!早く行くぞ!」
 アレクセイはファビオラに乗り、彼女をせかす。
 ファビオラは、バルコニーから飛び立った。
 ―――だが、遅かったのだ。
「逃がすかぁ!」
 アサナン達がライフルをファビオラ目掛け乱射する!
「ぐうっ!!」

 何発かが、ファビオラに命中した――。

「ファビオラ!」
 ストライクが叫ぶ。
「だ・・・大丈夫ですわ・・・・・・この程度の傷・・・・・・」
「もういい、俺一人で飛んでいくから・・・」
「だめですわ!」
 ストライクの大声を、更に大きな声でファビオラが打ち消した。
「あなたは私ほど長くは飛べません・・・。それに、彼らが乗る船がどこにあるのか・・・分からないでしょう・・・・・・? 私には・・・あなたを船まで送 り届ける義務がありますのよ・・・!」
 ファビオラは傷付いた体に鞭をうち、そのまま低空で飛び続けた。
「くっ・・・逃がしたか」
 アサナンは舌打ちをする。何人かが、報告をする為に塔の中へ消えていった。



「ま・・・まだなんですか・・・・・・・・」
 悠に問いかけるヒメヤ。
 この少年、普段でも待つという事は苦手なのである。
「大丈夫ですよ。すぐに戻ってきますから!」
 悠がそう励ましたときだった。
「戻ってきたわ!!」
 由衣が叫んだ。ファビオラが戻ってきたのだ。
 ファビオラはヨタヨタと飛びながらも、何とか甲板に降り立った。そして―――

 崩れ落ちた。
「ファビオラ様!!」
 あかつきが駆け寄る。
「私(わたくし)の事は・・・・・・心配しなくても・・・よろしいですわ・・・・・・。それより・・・ヒメヤさんを早く・・・・・・・・・」
 ファビオラは背中からストライクをおろした。
「お、お前は・・・!」
 ガムにとっては見覚えのある顔である。
 言うまでもなく、彼をダークポケモンにしようとした張本人であるからだ。
「心配するな。別に君たちをダークポケモンにしに来たわけじゃない。俺はアレクセイ、いたって普通の外科医だ。さて、患者を見せてくれないか」
「あ、はい・・・」
 ガムはアレクセイをヒメヤのところへ案内する。
「ふむ・・・・・・顔面の欠損か・・・・・・よし、すぐに手術を始める! 誰か患者を船室へ運んで、あと灯りと水を持ってきてくれ!」
「あ、はい!」
 愛が『サイコキネシス』でヒメヤを運び、悠と由衣は必要なものを探しに行った。
 ヒメヤは船室へ運び込まれ、その中にアレクセイが入って行った。
 すぐに、悠と由衣が戻ってくる。言われたとおり、悠はたらいいっぱいの水を持ち、由衣は今度はどこから持ってきたものかランプをくわえていた。
「アレクセイさん、水と灯り・・・」
「ああ、分かった。中に入ってすぐの机の上に置いておいてくれ」
 二人は中に入り、すぐに手ぶらになって出てきた。悠が後ろ手でとびらを閉める。
「ヒメヤさん・・・大丈夫かしら・・・・・・」

 ――それからすぐ、ヒメヤの悲鳴がとどろいた。
「ひ・・・ヒメヤさんっ!?」
「中・・・どうなってるんや・・・?」
「まさか・・・麻酔なしで手術してるんですか・・・!?」
「まあ、非常事態だし・・・・・・でもあれじゃあヒメヤさ――」
「ぎゃあああっ!! いた、いっ、痛いっ――うぎゃっ!!」
 外の皆は、おろおろと動き回る事しか出来ない。
「本当に大丈夫なのか・・・あの医者・・・」
「まあ、ファビオラさんが連れてきた医者だから・・・」
 ワタッコとガムの会話に、あかつきがはっとして顔を上げる。
「そうだ、ファビオラ様! オイラ、ファビオラ様の様子を見てくる!」 


 そして、一時間後。
「手術は無事成功した。彼はもう大丈夫だ」
 アレクセイがそう言いながら、船室から出てきた。
「はぁ・・・・・・」
 ヒメヤの悲鳴にかなり動揺していた一同は、ほっと胸を撫で下ろした。
 その時だ。
「た、大変だぁ!」
 あかつきが猛ダッシュしながら、アレクセイの許に駆け寄った。
「どうした?」
「ファ、ファビオラ様が・・・ファビオラ様があっ!!」
 あかつきは涙目になっている。どう見てもただ事ではなさそうだ。
「ファビオラがどうしたんだ!?」
 アレクセイは切羽詰ったあかつきの様子にただならぬものを感じ、やはり焦ったように訊き返す。
「ファビオラ様が・・・・・・危篤なんです!! 今まで・・・アレクセイの邪魔をしてはいけないって・・・オイラ、呼び止められてて・・・。ファビオラ様 がぁ・・・!」
「ええっ!!」
「甲板に・・・甲板に来てください!!」
 あかつきはまたも猛ダッシュで駆けて行った。

 一同は甲板に出た。
「ファビオラ様! ファビオラ様あっ!」
 あかつきは既に泣き出している。
 大粒の涙が、その瞳から溢れ、輪郭を伝って甲板へと落ちる。
 ファビオラは、あかつきのすぐ横に、眼を閉じてぐったりと横たわっていた。
 アレクセイがファビオラの傍に膝を突き、その様子を見るが、すぐに顔を上げ、あかつきに向けて首を左右に振った。
「・・・・・・残念だが・・・・・・もう手遅れだ・・・・・・」
「そんな! じゃあオイラは・・・・・・母さんみたいに優しくしてもらった・・・命の恩人のファビオラ様が死んでいくのを・・・・・・黙って見てる事しか 出来ないんですか!?」
 あかつきは涙声で問い掛ける。
 だが、アレクセイは何も答えなかった。
 と、ファビオラの瞼がかすかに開いた。
「ア・・・アリョーシャ・・・・・・ヒメヤ・・・さんは・・・・・・?」
 掠れた声で、アレクセイに声を掛ける。
「ああ、彼はもう大丈夫だ。片目の視力を失ったがな・・・」
「そうですか・・・・・・」
 ファビオラは安堵の表情を見せた。
「ファビオラ様・・・・・・」
 あかつきは、涙にぬれた顔をファビオラのそれに押し付ける。
 ファビオラは、弱々しいながらもふっと微笑んだ。
 その微笑みは、子を優しく見守る母親の顔以外の、何者でもなかった。
「大丈夫ですわよ・・・・・・あなたはもう・・・・・・私(わたくし)なしでも・・・大丈夫ですわ・・・・・・。ほら・・・そんな、情けない顔をしない で・・・・・・」
「でも・・・でもおっ!!」
 あかつきの大粒の涙が、ファビオラの頬に落ちる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 あかつきは、何も言えなくなってしまった。
 心の底から湧き出る悲しみに、ただどうしようもなく流されていた。
「ファビオラ様・・・・・・いままで・・・・・・オイラなんかに優しくしてくれて・・・・・・ありが・・・とう・・・・・・・・・」
 あかつきの口から、やっと言葉が出た。
 嗚咽に言葉が絡まって、それ以上何も言うことが出来ないあかつきに、ファビオラは力の入らない羽根をそっとかぶせた。
「お礼はいりませんわ・・・・・・当たり前の事をしただけですもの・・・・・・あなたも・・・・・・子供がお生まれになったら・・・・・・いいお父様にな れますわよ・・・・・・きっと・・・・・・・・・・・・」
 ファビオラはそう言い残し、そして――――静かに、息絶えた。

「ファビオラさまあああああああああっ!!」
 あかつきのこの上なく悲痛な声が、甲板上に響いた――――。


「ん・・・・・・」
 ヒメヤは目を覚ました。
 顔には包帯を巻かれているようだ。遠近は掴みづらいが、視界はちゃんとあった。
「確かに・・・片目は無事だったみたいだな・・・。ま、命が助かっただけよしとするか。大事にしてれば一生使えるんだから・・・」
 そうつぶやいたとき、ガチャリと音がしてドアが開いた。
「お、気がついたか?」
 入ってきたのは223とガムだった。
「心配しましたよ・・・やたらギャーギャーわめいてたから・・・」
「ああ・・・麻酔なしでやらされたからね・・・戦場の負傷兵がどんな気持ちだかわかった気がしたよ・・・」
 ヒメヤはぎこちなく微笑みながら言った。
「・・・・・・さっき、ファビオラさんも・・・死んでしまった・・・」
「そうなんですか・・・」
 さっきまで明るかった三人の表情が、一転して暗くなった。
「・・・・・・なんか飲み物でも買ってきたろうか? お見舞いもかねて・・・・・・」
「いいんですか? ・・・じゃあ、ジョージアエスプレッソが飲みたいな・・・」
 ヒメヤは静かに言った。
 無理矢理にでも笑顔を作るような事は、しなかった。
 223が買い物に行こうとした瞬間、ガムが言った。
「僕の分はコーヒー牛乳にしてほしいんだけど・・・いいですか?」
「お安い御用や。もとからちゃんとがぶ飲みできるようなん買ってくるつもりやったからな」
 さすが《なんでもおはなし板》にいるもの同士、お互いの好きなものは理解しているようだ。
「それより、や。この場を何とかできるよう考えてくれへんか。さすがにこの空気やったら、先に精神的に壊滅してまうで」
「そうだな・・・。できる限りのことはやっておく!」
 223の問いかけに、ガムは気合いを入れ直したかのように答えた。
 RXや瑞や浅目は、自分や悠に声を掛けた後にどうなったか分からないが、精神世界での出来事は夢幻だとは思えない。
(また、逢えるよな・・・絶対に・・・また、逢おう)
 そう心に決めて、ガムは223を見送った。
 それから、ヒメヤに向き直る。
「じゃあ、僕は・・・あかつきさんのところへ行って来ますね。・・・・・・ファビオラさんが亡くなったのに・・・だいぶショックを受けてるみたいだか ら・・・」
「分かりました。僕はもう大丈夫ですから、あかつきさんのところへ行ってあげて下さい」
 ヒメヤは、危篤のファビオラを前にして泣き叫ぶあかつきの姿を見たわけでも、声を聞いたわけでもない。
 だが、大切な人を失ったあかつきの悲しみが、自分には想像もつかないほど大きいだろうというのは、良く分かっている。
「ありがとうございます」
 ガムは船室を出ると、あかつきの許へ向かった。
(アレクセイさんは頑張ってくれた、現にヒメヤさんを助けてくれたじゃないか――)
 そう思おうとしているのだが、ファビオラを助けられなかったアレクセイを、そして、ヒメヤをあそこまで回復させられる技術を持ちながら、瑞やRXをダー クポケモンにしたアレクセイを、自分が本当に許す事が出来るのか、ガムには分からなかった。

「ファビ・・オラさッ・・ま・・・」
 ファビオラの死に悲しむあかつきを目の当たりにしたガムは、同情の言葉すら失って立ち尽くした。
「あかつきさん・・・」
 しかし、あかつきはガムの姿を認めると、必死に涙を拭った。
 拭っても拭っても涙は溢れるが、あかつきは搾り出すような震えた声で言う。
「ガム・・・大丈夫、目からよだれが勝手に出てきてるだけだよ・・・」
 なぜ『よだれ』なのかは敢えて気にしない事にしたガムは、こんな状況でも強がりを言うあかつきに驚愕したが、それと同時に、彼がいればこの状況を脱出出 来るのではないか、と思った。
「あかつきさん、こんな状況で悪いのですが、みなさんを助けてください!! このままではみんなの心がいつバラバラになって発狂してもおかしくない状況で す・・・。それにはあなたのような太陽のような心が必要なんです!! お願いします!!」
 ガムは一生懸命にあかつきに頼み込んだが、答えは『NO』だった。
「こんな気持ちのまま、みんなの心を照らすことなんて出来ないよ・・・」
 今まで聞いた事のなかった、気弱なあかつきの声。
 ガムは、耐え切れなくなって声を荒らげた。
「あかつきさん、あなたはそんな方だったのですね。僕はきっと、あなたならこの場を切り抜けるいい策を持っていると思っていましたが、どうやら見当違いの ようでした。泣いて全てが解決するなら泣いておけばいいさ!」
 あかつきの返答をきつくつき返し、きびすを返す。
 と、あかつきがはっと顔を上げた。
 『いいですか、あかつき。もし泣きたくなっても、泣いてばかりいては何も解決にはならないのです。泣く事も勿論大切ですが、その悲しみから立ち直る事 も、大切なのですよ』
 その言葉とともに、ファビオラが歌ってくれた歌。
 ―時には ブルーになる日も あるけど 後ろ向かない 夢が叶う日まで―
 PCに吸い込まれる前にも聞いた事のある歌を、ファビオラは優しく歌ってくれた。
 あかつきは、ガムが走って行った方向を見る。
「そうだ、オイラはこんなトコで何をやっていたんだ! 落ち込んで泣いている場合じゃない!! 早くガムさんを追いかけなくっちゃ!!」
 あかつきに追いつかれたガムは、普段どおり明るい声で自分を呼ぶ彼の声に、驚きながらも言葉を返した。
「あ、あかつきさん・・・!?」
「オイラに『さん』はいらないよ、ガム!!」
 いつもの笑顔をとり戻したあかつきにガムは安堵し、彼にいつもの調子で尋ねる。
「早速だけど、何かいい案はあるのかい?」
「うん!! みんなの許へ連れて行って。もしかしたら力になれるかも知れないから!!」
 そう言うあかつきに、ガムは『何をするのか』とは敢えて訊かなかった。


 223は持ってきたジョージアエスプレッソをヒメヤに渡しながら、真剣な顔をした。
「瑞やRXさんやファビオラさんが亡くなって、ほとんどの人が怪我をしとる。本当にこの状態でグレンじまへ行っても、大丈 夫なんやろうか・・・」
 ヒメヤはベッドから降りると、少し考えてから言った。
「確かにこちらは圧倒的に戦力不足です。今戦えるのはごく僅かですよ」
「でも、戦わんと、元の世界に戻れへんで。たとえリーダーがやられたとしても――」
「はい。きっとまだ、『冥府の司祭』が残っているはずですし、僕らが元の世界へ戻る方法も聞きださなくては。多分、もうすぐグレンじまへ着くでしょう。そ れまでに体力とかを回復しないと・・・」

「そやな・・・。もう、歩けるか?」
「ええ」
「じゃ、みんなのところへ行くか?」
 223は、ヒメヤを後ろに従えてドアを開ける。
「――!! いったぁ・・・・・・!」
「!?」
 外開きのドアを開けた丁度その時、ガムとあかつきが猛ダッシュして来て二人ともドアにぶつかったのだ。
「わ、わわ、ごめん! でもどないしたんや? ここだけえらいムード明るいで――ってそうか、今からみんなを元気付けに行くんやな!」
「そう! あかつきさんが、いい事を考えた、って!」
「『みんなをスマイル大作戦』だよ!!」
「・・・・・・?」
 訳の分からないまま、223とヒメヤはガムとあかつきに押されるまま、皆の所へ行った。
「はいみんな、集まって! 注目注目!」
 ガムの声に、散り散りになっていた皆は、動きが重たいながらも徐々に一箇所へ集まりだした。ガムとあかつき、それに223とヒメヤは、その皆を一つの船 室へと誘導する。

「こほんっ!! 今からする事が、皆さんの心に響けばいいな、と思ってます。きっと、今の状態に希望の光を照らしてくれるはずです! それではあかつきさ ん、どうぞ!」
「だから、『さん』はいらないってば!!」
 あかつきは、咳払いから演説を始め、『どうぞ!』の声とともに後ろに下がったガムとすれ違いになって、皆の前に出る。
 これから彼がやろうとしていることは、さんざん発破をかけていたガムですらも知らない。ただ、『オイラなら何とかできるかも!』というあかつきの言葉を 信じているだけだ。
 だから、
「これから歌を歌います!!」
 とあかつきが言った時には、彼ですら面食らった。
 それはそうだ、この暗い状況で歌は聴きたくない。亡くなったのが、『ハミングポケモン』ならなおさらだ。
 そんな雰囲気を無視するように、あかつきは歌いだした。

 船室に反響する、彼の育ての親を思わせるようなソプラノで。
 美しくて、楽しそうで、それでもどこか悲しい気な声で。

 全身全霊を込めた声で、『ナージャ!!』と『e'toile−星−』を歌い終わったあかつき。
 小さな部屋は、静まり返っていた。
 今のアイドル歌手にはないようなのびのびと楽しそうな歌声に、『慈しみの母鳥』ファビオラの愛情を受けて育ち、そして死に別れてしまったあかつきの悲痛 な思いを、一同は感じずにはいられなかった。
 悠が、小さく手を叩いた。
 それにつられたかのように、皆があかつきに盛大な拍手を送る。
 四本足で拍手の出来ない者は、床を鳴らして拍手に代えた。
「そうだな、僕らは所詮肉体が傷ついただけだ。だが、あかつきはそうじゃない・・・」
「皮肉だね・・・僕たちの絶望なんてこれっぽちだったなんて。もっと絶望が深かったはずのあかつきの方が、傷ついてもなお笑顔でいられるなんて・・・」
 悠とヒメヤが、口からこぼした。

 みんなに、笑顔が戻ってくる。
 前よりも一段と、深まった『絆』を、皆は手に入れた気がした―――。

「いい歌だった・・・。ファビオラもあの世で喜んでいるな、きっと・・・」
 やがて、アレクセイがほうと溜め息をつきそう言った。
 そして、その台詞を最後に、部屋の窓から飛び出そうとする。
 そんな彼を、ガムが『でんこうせっか』で捕まえた。
「待ってくれ、アレクセイさん! ヒメヤさんを片目以外は完全回復させられるほどの技術があるのに、何故お前はダークポケモンを作ったんだ!?」
「さあな――――あるお方とともにいたかった、からかもな!!」
 言い残し、アレクセイは『つるぎのまい』でガムを跳ね飛ばすと、部屋の窓を開けて飛び出し、大空へと消えていった・・・。
  
「あかつきさん!」
 アレクセイの突然の失踪に、呆然としているあかつきの耳に、ヒメヤの声が飛び込んだ。
「とってもいい歌でしたよ! 僕もあんな高い声が出せたらな・・・」
 ヒメヤはまだ包帯の取れない顔で微笑んだ。そして、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「・・・よかったら、甲板で話でもしませんか? 何か、急に誰かと話したくなっちゃって・・・・・・」
「・・・オイラの作戦、効果抜群だったみたいだね。それに、オイラに『さん』はいらないよ!」
 あかつきは笑顔で返す。
「・・・いいえ、僕ははなから絶望なんてしてませんでしたよ」
「え!?」
 ヒメヤの思いもかけない言葉に、あかつきは少し首を傾げた。
 片目を失ったというのに、はなから絶望などしていなかった? ――その言葉の意味が、彼には良く分からない。
「だって、あんな至近距離で爆発が起きたのに、片目だけで済んだんですからね。普通だったら・・・絶対に死んでますよ。だから、命が助かっただけでもマシ だな・・・って。命は一つしかないし・・・命さえあれば何だって出来ますからね。開き直るのは得意なんですよ、僕」
 ヒメヤは微笑みながら言った。
「くす・・・・・・」
「あ、今笑いましたね!?」
「いや、別にどうって事ないよ!」
 あかつきとヒメヤは、にこやかに笑いながら甲板へとあがった。


 既に日は暮れ、甲板の上には一面の星空が広がっている。
「あ、ヒメヤさんにあかつきさん!」
 甲板の上には、悠とガムがいた。
「きれいな星ですね・・・・・・」
 ガムが呟く。
「そうですね。こんな星空見るなんて、田舎者の僕でも久しぶりですよ・・・」
 ヒメヤが微笑みながら(さっきからずっと微笑んでいるのだが・・・)答えた。
「さっき、由衣さんがガムさんに謝りに来てました・・・」
「え?」
 どうして、と問い掛けた言葉を、ああと思い出して飲み込む。
 『どうして!? どうして、教えてくれなかったの・・・!? こうなる事・・・分かってたんでしょ!?』
 きっと、その時の事だ。
「僕も気にしていたわけじゃなかったけど―――謝る事だけさせて、って」
 由衣がガムに謝るべき事があったのを、ヒメヤもあかつきも先程まで忘れていた。
 何だか、悩み事などなくなったように思えていたのだ。あかつきの、歌のおかげで。
 きっとそのおかげで、彼女にも謝る勇気が出たんじゃないだろうか。
「あかつきさんの、おかげですね・・・」
 そう考えて、思わず言葉を漏らしたヒメヤに、あかつきが物問いたげな視線を投げる。
「オイラがどうかしたの?」
「何でもないですよ」


 四人は甲板に寝そべって星を見ながら、ずっとおしゃべりを続けていた。
「僕の住んでるところは北海道でね、札幌の近くだけど、田んぼがたくさんあるんですよ。今頃は雪も降ってるかな・・・」
 独り言のようなヒメヤの声に、悠が返す。
「北海道ですか・・・僕は東京生まれの東京育ちですから・・・一度は行ってみたいですね、北海道・・・・・・」
「あ、もし来るんだったら、僕達道産子(どさんこ)一同、悠さんを歓迎しますよ!」
「ははは・・・・・・」
 ヒメヤの意味もない言葉に、一同は笑った。
「・・・・・・初めてこっちで会った時の事、覚えてますか? 僕がヒメヤさんにぶつかったとき、『もう・・・今日は踏んだり蹴ったりだ・・・ 買ったばかりのハヤテライガーもまだ組み立ててないのにいいいっ!!』――なーんてって言ってましたよね!」
 悠はヒメヤの声を真似て言った。
「何でそんな細かく覚えてるんですか・・・」
「えっ!そんな事言ったんですか〜。ゾイド好きのヒメヤさんらしいですね!」
 ガムが笑いながら言う。一方で当のヒメヤは、恥ずかしそうに笑っていた。
 そして、また四人の間に笑い声が響く。
「・・・・・・もうこの世界に迷い込んでから、どれくらい経ったんでしょうかね・・・・・・。ほんの一瞬のような気もするし、何ヶ月もいたような気もしま すよ・・・・・・」
 悠が静かに言った。
「・・・もうみんな、悲しみたくなんかないんだよね? 死んだRXさんや瑞さんの努力を、無駄になんかしたくないよね? だから、絶対にドリームメーカー を倒そう! そして、みんな笑顔で元の世界に帰ろう! ね!」
 あかつきが明るい声で言った。
「うん!」
「そうですね!」
「そして、またみんなで、《なんでもおはなし板》で話しましょう!」
 四人は決意を新たにする。


 明日、このフェリーはついに、グレンじまへたどり着く・・・。

 ――最終決戦の火蓋が、切って落とされようとしていた。





 真っ暗だった。
 自分の体さえ見えない。この世の終わりの姿のような、全てが闇に鎖された、静かで重々しい世界。
(いや・・・・・・この世の終わり、なのかも知れないな・・・・・・)
 そんな世界を下へ下へと堕ちながら、RXはそう思う。
 自分は―――自分は、もう死んでしまったのだから・・・。

 だが、その世界が一瞬にして光に溢れた。
「うわっ・・・・・・!?」
 思わずRXは声を出す。
 今まで真っ暗闇にいたので、光に包まれると逆に目が見えなかった。
 何度も何度も瞬きをして、苦労して目を光に慣れさせる。
「ん・・・?」
 目の前に浮かび上がる、二つのシルエット。
 一つは人型、もう一つは四本足のポケモン。
 ―――浅目と、瑞。
「あれ・・・・・・!?」
 その声に、二人もまたRXに気付いた。
「なっ・・・RX!?」
「・・・じゃあ、RXさんも・・・・・・」
「うん・・・でも相打ちだぜ、敵の御大将ゴッドフリートと!」
 誇らしげにも聞こえる彼の声に、浅目と瑞は目を丸くする。
「すごいじゃん!! 私は―――私は、ダークポケモンにされて・・・自分の意志を取り戻したと思ったのに・・・・・・ダークボックスが爆発して・・・」
「そうか・・・。私は、カールに『へんしん』していたのを、ゴッドフリートに見破られた・・・」
「そうっすか・・・」
 ふと、目の前に何かが映し出された。
 いや・・・目の前に見えるのは、浅目と瑞の姿だけだ。
 なんというか、頭の中に浮かんでくる、のだ。
 映像が。
 未来というには、あまりにも絶望的過ぎる、未来が。
「んな・・・馬鹿、な・・・そんな・・・ゴッドフリートは俺が倒したはずなのに・・・みんな・・・」
 三人の見ていた物。それは――。
「そんな・・・どうしよう・・・浅目さん・・・瑞さん」
 RXは隣にいる浅目と瑞に相談する。が、どうにかできる力を、三人が持っている筈がない。
「・・・誰かが知らせられれば・・・」
 浅目が言うが、そんな事ができないのは良く分かっていた。
 三人が既に死んでしまっていて、もう生者とコンタクトが取れないというのは、良く分かっていた。
 ―――あの時、悠とガムに声を掛ける事が出来たのは、彼らが一時的にとはいえ、今RX達がいる精神世界へ来ていたからだ。だが、悠達がまだ完全には死ん でいない事に気付いた三人は、お互いが近くにいる事には気付かないまま、悠とガムに声を掛けた。
 だからきっと、生きている者の世界に帰った彼らには、三人の声はもう届かない・・・。

 三人が見た、衝撃的な未来。
 それは―――メタグロス、つまりゴッドフリートによって、皆が全滅させられるというものだった。
 戦いを挑み、一度は勝利するものの・・・・・・。

「私(わたくし)なら・・・私なら、声を届けることが出来るかも知れませんわ」
 後ろから、高く綺麗な声がした。
 振り返ると、そこにいたのは―――
「ファビオラさん!?」
「・・・?」
 ファビオラが味方である事を知らない浅目に、RXは簡単に説明をする。瑞は、ダーク化していた中でもファビオラがRX達の味方である事は見て取っていた が、詳しい事は知らなかった。ので、一緒に説明を受ける。
「私の声なら・・・歌なら、もしかしたら届くかも知れません」
「歌? そうか・・・『死の歌姫』なら!!」
 ファビオラは、RXににっこりと笑いかけた。
「今は、『慈しみの母鳥』ですけれどもね」
 それから彼女は、大きく息を吸い込んで、歌い始めた。
 もしこの場にあかつきがいたら・・・綺麗な混声二部合唱になったであろう、美しい歌声。
 だが・・・果たして、この声は本当に、届いているのだろうか・・・?

 ――やがて歌い終わると、ファビオラは息をついた。
「・・・・・・出せる最大の声で歌いましたが・・・届くのは明日・・・明後日か・・・もしかしたら届かないかも、間に合わないかも知れません・・・」
 ファビオラが、疲れきったような声で言う。全力で歌ったのだ、当然だろう。
「お疲れ様、ファビオラさん」
「届くと、いいけど・・・そうでないと、みんなこっちに来る事になっちゃう・・・」
「それだけは、避けなければな」
 しばらく四人は、真っ白な空間の中で何も言わなかった。
「アメリア・・・」
 やがてRXは、無意識にかZガンダムの『カ○リ○ン・カ○ー○』の真似をし始める。
「何やってるいるのですか?」
「イエ・・・チョットガンダムな気分に浸ってるんですよ」
 ファビオラの問いに、RXは少し照れたように答える。
「・・・もう、見れませんわね」
 申し訳なさそうに言うファビオラの羽根を、元気付けるように彼は叩いた。
「ま、仕方ないでしょ! 過ぎてしまった事だし―――ん? 何だ・・・また何か・・・見えてきてるけど」
 もう一度、頭の中に映し出される未来。
 中央に大きな塔がある、いっそ不気味ともいえる島に、フェリーが横付けされる。
 ワカシャモ、ゴースト、片目に包帯を巻いたジュプトルに続き、マッスグマ、サーナイト、グラエナ、人間――あれはシュウか?――、ブースター、最後に色違いオオスバメが島に降り立っ た。
 そして、一行の前に立ち止まる、鉱物のような蒼い影・・・・・・。
 メタグロスがいるのだ!
「うわー・・・やっぱあいつ生きてる・・・最悪じゃないか・・・一体俺の死んだ意味って・・・」
 RXは後悔する。が、今更どうにかなる事ではない。
「爆弾・・・・・・ヒメヤさんに使い方聞いときゃ良かった・・・」
「でも、あいつダメージ受けてるじゃん。あながち無駄じゃなかったよ」
 瑞の言うとおり。
 メタグロスは頭がへこんでいて、足は一本を残して全て吹き飛んでいる。残りの一本ですら、引きずるように歩いているのだ。
「まあ・・・使い方が例え間違っていても、爆弾の威力は高いという事だな」
「でも生きてるじゃないっすか・・・あー、へこむ・・・。援軍に行きたいけど・・・・・・」
 そう言いながら、RXは皆に背中を向ける。
 マグマラシが背中を向ける・・・それは、背中から炎を吹き出す合図なのだ。
 ――すぐ、彼の背中からは炎が立ち上り出す。
「炎が吹き出ております・・・その炎を止めて・・・そこを触って前に引っ張って・・・忍法! 国旗出し!」
 訳の分からない忍法の名前を付けながら、RXは立ち上る炎の間から国旗を出した。
 安直な忍法のネーミングに僅かに苛立った顔をしているのは忍法帖マニアの浅目、でもRXは気にしていない。
「てかどうやったわけ?」
「まあ細かい事は気にするなって! で、もう一個あるのです・・・ここを見てください」
 と言いながら、背中の炎に今度は国旗を入れていく。怪しげな魔術師のような口調で、彼は続けた。
「すると、燃えてゆきます・・・そしてその灰の中から・・・いでよ、フェニックス!!」
 RXがそういうと同時に、灰の中から赤色に輝く燃える鳥が現れた。
「魔法学校の校長先生ダン○○ドアの不死鳥です」
 RXが言う。
 皆唖然としていた。
「他版権物だな・・・・・・」
 ぼそっと呟く浅目。
「何でこんな所にこいつが出てくるのっ!?」
「え・・・? こいつなら、何とか向こうに行けるんじゃないかって」
 至極全うな疑問を口にする瑞に、全然答えになってない答えを口にするRX。
「本当に、元の世界へ渡る事が出来るのかしら・・・?」
 ファビオラですら首をかしげている。
 浅目は、ファビオラの後ろの方を見た。
 白い世界に、一つだけ差した黒色。出口とおぼしき穴だ。
 だが、簡単にはそこへ行けそうになかった。
 今四人が立っているところと、遠くにあるその穴の間には、炎が燃え盛っているのだ。すごい熱気が立ち上り、黒色が蜃気楼のようにかすんで見える。
(蜃気楼・・・嫌な事思い出した・・・)
 『嫌な事』を頭から追い払って、再び浅目は考える。
 あの熱気では、ファビオラですら飛んで通るのは難しいだろう。だが、元が燃えている不死鳥なら―――?
「そういえば、映画でもこいつは、何人もの人を一度に運んでいた・・・もしかしたら、炎の上を、私達全員を連れて通る事が出来るかも知れない・・・」
「浅目さん・・・本気?」
「・・・・・・溺れるものはわらにもすがる・・・」
 浅目が言ったそのことわざを聞いていたのかいないのか、RX一人だけはやけに元気だ。
「出来るか分からないけど、やってみりゃいいじゃん!」
「まあ・・・やってみる価値はあるだろうけど・・・でも、それで失敗したら・・・??」
「瑞さんやけに心配性だな、大丈夫だってば!!」
 あんたが心配しなさ過ぎじゃないのか・・・?
 そう思った瑞の隣に、浅目が立つ。瑞が見上げると、軽く溜め息をついて苦笑して見せた。
「まあ・・・・・・もう私達は死んでいるんだから、これ以上死にようはないだろう」
「そんなんあんまりだ・・・・・・」
「俺を信じろ! 無限の彼方へさぁ行くぞ!!」
(何でそうお前はパクリばっかりするんだっ!?)
 RXには、三人の心の叫びは聞こえなかった。
「さあ、フォークス、俺達を乗せて飛んでくれ!」
「クエー!!」
 フォークスの上げた間の抜けた鳴き声に、瑞も少しは緊張が取れたのか、
「へぇ、フェニックスってこんな鳴き声するんだ・・・」
 なんて言っている。
 兎にも角にも、フォークスことフェニックスは、皆を乗せて飛び始め―――
「きゃあ!!」
 瑞の悲鳴とともに、全員が炎に弾き飛ばされた。
「なぜだ・・・なぜ上手くいかないんだーっ!?」
 ひたすら自分を呪うRX。
「・・・・・・今度は何を考えてますの・・・?」
「いや、別に」
「忍法国旗出しの術はどうしたわけ?」
 瑞の言葉に、RXは溜め息。
「国旗は焼けてしまったから・・・。こうなったらフォークス! 貴様燃えろ!!」
「そんな・・・早すぎるって、さっき生まれたばっかじゃん!」
「そうだよなぁ・・・よし、『アバダ ゲダブラ』で殺して・・・・・・」
「・・・・・・フェニックスは、死なないから『不死鳥(フェニックス)』なんじゃないのか?」
 などと、額を寄せて話し合うRX達に、忍び寄る影が一つ。
「あれ・・・ねえ、何か聞こえない?」
 その足音を敏感に聞きつけた瑞が、耳をピンと立てた。

「我は、ここの支配者・・・神田泉子!」

 そう言って出てきたのは、一体のゴルダック。
「誰っ!? ――あれ、もしかして『ポケ書』の方?」
「神田って人いたか? 違うんじゃないの?」
「うるさーーーいっ!! 我もちゃんと『ポケ書』の住人だったのだ! つい、最近までの話だが―――」
 瑞が素っ頓狂な声を上げる。
「じゃあ、貴女も『ポケ書』からここに・・・!?」
「違う、我は皆より先に死亡した・・・だから、ここの支配者になったのだ! ここを出たくば、我の言う事を聞け!」
 神田の発言に、四人は驚いた。
 ここを出たくば我の言う事を聞け――ここから出る方法がある・・・?
「何だって、生き返る方法があるのか!?」
 息巻くRXを制するように、神田は続ける。
「いや、違う。亡霊として、生者の世界に一時的に出る事が出来るのだ」
「何でだよ、生き返れないのか!?」
「当たり前だ! 死者を生き返らせる事は、ここでは禁じられている! 貴様らの運命はそうなっているのだ! 兎に角、ここから一時的に出たいのならば、我 の言 う事を聞けとさっきから言っているであろう!」
「分かった、分かったからさぁ、もったいぶらないで、早く言ってよ」
 せかす瑞の方を向いて怒り出す神田。
「無礼者! もうちと言葉を慎め!」
 それから、再び全員に向き直る。
「よいか。ここから一時的に皆の前に姿を現したくば、三つの試練のうち一つを選び、それをクリアする事だ。そうすれば、五分間だけ皆の前に亡霊として姿を 現せる!」
「本当なの? 嘘をついてはいないでしょうね?」
 念を押すようにファビオラが訊く。
「我は嘘は言っていない! 百歩譲っても嘘は言っていない!」
 神田は叫ぶ。先程から大声を出し続けているのだが、大丈夫なのだろうか?
 RXの顔は、笑ったり泣きそうになったり怒ったり、と百面相をやっている。信じたいが、信じていいのか分からない――そういった様子だ。瑞も似たような 状況にある。ファビオラは、尚も首をかしげていた。
 浅目は――浅目は、表情を変えずにその場でじっとしている。
「どうしたの?」
 瑞の問いに、浅目はやっと言葉を発す。
「――信じてみよう。フェニックスの力でも出られなかったのだ、やるだけやってみよう」
「よし! よく言った! ええと・・・」
「浅目童子」
「浅目。いいか? 三つの試練の一、この炎を消す。三つの試練の二、貴様らの誰かが一人ここに残る。三つの試練その三、生存者と会話をする。この三つのう ち一つを、クリアしてみろ! どれに挑戦するかは、貴様らに選ばせてやろう」
「ふんっ、ずいぶん優しい事」
 憎まれ口を叩く瑞の前に、神田はジャンプをして降り立つ。
「貴様、言葉を慎まんと、試練をクリアしても皆の前に出さんぞ。だいたい、ブラッキーという奴らは昔から、言葉の使い方が・・・」

 ぷっつん。

 223か由衣がその場にいれば、前にも聞いたであろう音。
 ――瑞の堪忍袋の緒が、切れる音・・・。
「貴様! 今ブラッキーの悪口言いやがったな!!」
「な、何だ!? いきなり大声を出し―――ふげっ!!」
 瑞の『だましうち』が急所に当たり、神田はよろめいて倒れた。
 だが、すぐに立ち上がり、皆をきっと睨みすえる。
「貴様ら・・・いい加減にしろ、我に従うのだ!!」
「――おい神田! 黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! 誰が従うかよ!!」
 ちっとも黙って聞いていなかったような気がするが、まぁその辺は気にしないことにして――RXが叫んだ。
「コンチキショー! 必殺―――」
 RXは叫びながら、煙を瑞の頭越しに、神田に向けて放つ。
「魔神戦法! チョコになっちゃえー!」
 またパクリワザで攻めるRX。
 だが、その煙は神田には当たらなかった。
 ――というか、煙の中から紫色の光線が発生し、白い空間のあちこちに当たって大量にチョコが出てくる。
「オー! CHOCOLATE! いっただきまーす!」
 とか言いながらそのチョコを食べだすRXは呑気だ。いたって、呑気だ。
「貴様・・・我をなめておるのか!? どうせ貴様は炎タイプ、我の技を食らわば瞬殺よ!! 『ハイドロポンプ』!」
 神田がそう叫ぶと同時、どこが壁だか分からないような空間のあちこちから水が噴き出す!
「ふん・・・何のこれしき。私こそ完璧な生命体だという事を教えてくれるわ!」
 『セ○』のパクリの台詞を口にしつつ、RXはダーク化、『ダークエンド』で『ハイドロポンプ』をはじき返す!
「ちっ・・・!」
 ―――何となく、不思議な光景だ・・・。
 端っこで炎が燃え盛っていて、その辺にチョコがばら撒かれている、真っ白なわけの分からない空間で、ゴルダックとダークポケモンのマグマラシが戦ってい る。
 何となくでなく、不思議な光景だ・・・・・・。
 ブラッキーと人間体のメタモンと、それからチルタリスは半ば呆然としながら二人の様子を見ていた・・・。



 

「何だか物凄く不気味な所ですね・・・寒いし・・・」
「まあ、ここがドリームメーカーの本拠地なわけですし・・・裏口ですが」
 ひことあきはばらは、ふたごじまへと来ていた。
 あきはばら曰く、ここには『敵の本拠地・グレンじまへ通じる道』があり、『言ってみれば裏口』なのだそうだ。
「でも・・・」
 ひこが不安げに言う。
「裏口にも、きっと門番ってのがいますよね? そしたら・・・戦う事に、なりますよね・・・?」
「当然でしょう。――さて、門番が地面タイプだったらどうします?」
 逆に訊き返すあきはばら。
「秋葉さんは、どんな技が使えるんですか? それによっては、地面タイプでも何とか――」
「私は・・・あんまり戦いたくないですね」
 ひこの質問の内容と、あきはばらの答えが一致していない。
 その答えと、質問に一致していないという事実が更にひこを不安にする。
「戦いたくないとか言ってられませんって! あああきっとこの展開から察するに、門番は地面タイプですよぉ〜っ!!」

「残念でしたね、ひこさん。格闘タイプでした」
 あきはばらの指す先には、ゴーリキーが一体。
「――おい、貴様ら何者だ!?」
「あっ、秋葉さん・・・戦ってくれませんか?」
 ひこが逃げ腰で言う。が、
「進化したんですから、戦いに慣れておいて下さい」
 ひこの為を思っているとも、自分が戦いから逃げたいが為の建前とも取れる言葉を言うあきはばら。
「―――分かりましたよぉ〜・・・」
 敢えて前者と受け取っておく事にし、ひこはゴーリキーの前に立った。


「意外と・・・弱かったですね。」
 電撃で焦げたゴーリキーを前に、ひこは言った。
「良く考えたら、なにも戦わなくても、適当な嘘を言って騙しても良かったような・・・」
「早く言ってくださいっ」




 神田は、ダーク化したRXに苦戦しつつも叫ぶ。
「早いところ我に従うのだ! 試練をクリアすれば、生者の世界との交流を許す、と言っておろう! そのルールに何か文句があるのか!?」
「あるに決まってるだろ!! ブラッキーの悪口言いやがって!!」
「うるさ―――ぐあっ!」
 『ダークエンド』が命中し、倒れる神田。
 四人は、神田のまわりに集まった。
「大人しく私(わたくし)達の言う事を聞いたほうが懸命ですわ、神田さん」
「言う事を聞けというのは我の台詞だ!」
 ファビオラは、なおも微笑みを称えたまま言う。
「この人はゴルダック。あの炎を消していただきましょうか。私も、技タイプが水の『めざめるパワー』が使えますが、私一人では大変ですもの」
「そうだな。この際、お前にやってもらおう」
 浅目も同調する。
「何を言うか! 我が貴様らに従うはずなど――」

 と、その時、この空間に満ちているよりも更に大きな光が舞い降りてきた。
『神田よ・・・』
「カ、カオス様!? 何用でっ!?」
 神田は、先程とは別人のように恐れ入った口調だ。土下座をして、頭を深く深く下げてすらいる。
「何? あの光・・・」
「貴様ら! カオス様だぞ、頭が高い!」
 神田は、皆の頭を無理矢理地面に押し付ける。
『よいか、神田。そのように、死者の運命を勝手に動かそうとすることは許さぬ。従って、そこらの者は生き返れないが、亡霊として五分間生存世界に出るこ とを許そう。今から一時間後、貴様らは、ふたごじまに亡霊となって現れるであろう・・・』
「ははーっ!!」
 カオスと呼ばれた光は、出て来た時とは逆に、ゆっくり上へとのぼっていき、やがて消えた。
「カオスって、神田と違っていい人だなぁ・・・」
 瑞がうっとりした声で言う。
「しかし・・・一時間後か・・・。でも、なぜふたごじまなんだろう・・・?」
「それはきっと、ふたごじまが『ドリームメーカー』本拠地の裏口になっているからですわ。あの島から、グレンじまに通じる道が伸びていますの・・・」
 浅目とファビオラが話している。
「我の意思はカオス様の意思・・・口惜しいが認めてやろう・・・」
 神田は小さくそう呟いた。





 フェリーは、いよいよグレンじま、敵の本拠地へ到着した。
 『ドリームメーカー』の本拠地となっている塔は、まさに「建築法上等だゴルァ!」という感じで立っていた。何といっても建物が半端でなく高い、見た感じ で大体八十階はあるだろうか。
 海の中心にこんな建物を建てると海風ですぐに倒壊するのではと気になるが、今はそんな場面では決してない。決してないのである。
 一行は、その半端でない建物の高さに兎に角圧倒されていた。
「――いよいよ、着きましたね、皆さん覚悟はいいですか?」
 悠が、精一杯主人公としての威厳を張って言う。
 みんなから「オー!」と言う声が上がった。
 それを聞いて悠は唾を飲みこむ。そして、塔の入り口に向かって歩き出し――
「おい、どこ行くんだよ、悠」
 澪亮に呼び止められた。
「どこって・・・ゴッドフリートを倒しに行くんでしょ」
「知ってる、あいつを倒すって事は分かってる。だがわざわざ入ることはないだろ?」
「でも、入らなければ倒せないと・・・ほら、虎穴に入ずんば虎子を得ずって・・・」
「ダメだな〜。そんな事をしなくても、もっと簡単な方法があるぞ」
 澪亮の『簡単な方法』という言葉に、悠は嫌な予感を覚えた。
 大体、この人の言ってる事はいつだって無茶苦茶なんだ、ハインツ戦の時だって投了を提案したのは確かこの人―――。
 そう思い出しながら、悠はこわごわ呟く。
「もしや・・・」
「そう、建物を爆破☆」
 澪亮はあっさりと、しかも星印付きで言った。そして、その気楽な口調と言っている事の深刻さの落差に沈黙する一同の前で、話を続ける。
「この中にはもう敵しかいないんだろ? だからまとめて倒すのには絶好のチャンスじゃねえか。一階さえ崩せばそのまままるごと倒壊す――」
「ちょっと待ってください、敵だけじゃありません! 中にソアラさんがいるんですよ!」
 慌てた様子でガムが口を挟んだ。
「え? 中にソアラさんがいるのか?」
「はい、そうですよね? ワタッコさん」
 ガムに言われてワタッコが答える。
「ああ、人質として――だが、戦いが終わったら公開死刑にされるようだが・・・」
 予測はしていても、実際に真実を聞くのは誰だって辛い。皆は事実を聞いて塞ぎこんでしまった。
「澪亮さん、やめましょうよ、ソアラさんを建物の下敷きにする破目になりますよ」
 愛も澪亮を押し止めるが、澪亮は懲りない。
「バカかお前ら、人質っていうものはな、安全なところにいるものだぜ。人質ってものは生きているからこそ意味があるものだ。多少 ど〜んとやっても平気だと俺は思う」
 澪亮のとんでもない発言にみんな、唖然としている。が。
「みなさん、やりましょう!」
 と、ヒメヤだけはATMを持ち出して妙に楽しそうだ。
「ヒメヤさん、また新しい武器を・・・何ですかそれ」
 もう一度こわごわと、今度はヒメヤに質問を向ける悠。
「これはATMです」
「ATM? 現金自動預け払い――」
「違ーうっ!! これは、アンチ・タンク・ミサイルといってですね・・・」
「ストップ! 今は銃器の説明聞いてる場合じゃないですって!」
「―――誰かこの人達止めてくださいぃ・・・・・・」

 ――本当に、大丈夫なのか?




・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
やっとゴルダックが登場ですよぉ! 神田さん遅くなってすいません・・・。
一時編集作業を中断したりもしましたが、何とか第8章までこぎつけました! 由衣です。
――最近、自分がこの話を編集しすぎなんじゃないかという事にも気づきましたが気にしません(しろよ
今回は、ちょこっとエピソード削ったりも・・・してしまいました・・・;; だって精神世界のとこ話長いし・・・。

このリレー小説、各章ごとのKB数を見てみたら、大体全部40KB前後でまとまってました。
・・・・・・ただ、第2章が、なぜか169KBと一番重いのです(汗
きっと・・・字数の多さと、あちこちで色を変換しているからかと・・・。実は色の変換の仕方があの時は良く分かっておらず(爆

中身について少し語ろっか(何
今回の見せ場(見せ場言うな)は、何といってもファビオラ様(様付けが定着してしまった・・・)とあかつきの悲痛な別れだと思うのです。あかつきの想い、 ファビオラ様の想い、ファビオラ様と一緒にいたがったアレクセイの想い、そしてアレクセイを許せないガムや、アレクセイに治してもらったヒメヤや、ファビ オラ様の死に悲しむみんなの想い・・・・・・。その想いが交錯する中に届く、あかつきのまっすぐな声。
絆って素敵です。


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