「――ここだ。降ろしてくれ、ファビオラ」
 ファビオラの背に乗ったガムは、ある場所で彼女にそう告げた。
 ファビオラは黙ったまま、旋回しつつゆっくりと降下する。
 そこは、先程ガム達がポケモン達の亡骸を目の当たりにした、そしてファビオラと戦った、あの公園だった。
 地面に翼を下ろしたファビオラの背から降りると、ガムは静かに歩みだす。

 彼の視線の先にあるのは――ラティアスの、亡骸だった。

 ブースターであるガムよりも1回り大きな身体は、既に冷え切っていて。
 その身体を覆うゴシックロリータの衣装には、血が(まだら)になってこびりついている。
 閉じた彼女の瞳はもう、2度と開くことはないのだ――。
「ラティアス……」
 ガムはゆっくりと前脚を伸ばすと、その亡骸を抱きしめた。
 戦いの時は、自分が生きることで精一杯だったけれど――彼は、ラティアスの死という事実を受け入れることが出来なかったのだ。
 彼の漆黒の瞳から、1粒、2粒と涙が零れ落ちる。
 次から次へと頬を伝い、流れてゆく大粒の涙。
「う、うあぁぁぁ……!」
 とても男の泣き声とは思えないほど、大きな声を上げて。
 ガムは、泣いていた。
「……」
 ファビオラは攻撃する様子も見せず、黙ってそれを見下ろしていた。
 ――やがて、ガムはラティアスの身体を離し、ファビオラを睨みつけた。
「さあ、約束だ! 煮るなり焼くなり好きにしろ。……その代わり、僕もただではやられない。お前とここで刺し違えてでも――」
 言いながら、ガムは『アイアンテール』の体勢で身構える。
 その瞳には、本気の覚悟の色が燃えていた。
 しかし、ファビオラは尚も、戦おうとはしていなかった。
 さすがにそれに気付いたガムが、僅かに怪訝そうな表情を見せる。
 そして、ファビオラの口から出てきたのは――

「……気が、変わりましたわ」

 信じられないような言葉だった。
「えっ……?」
 思わず間の抜けた声を上げてしまったガムを、目を細めてファビオラは見る。
 彼は、まだ知らない。ファビオラが彼の真っ直ぐさと重ねて、胸の内に思い描いた「誰か」のことを――。
「ポケモンの為に、そこまで涙を流し、覚悟を決められるとは……この街とあなた方を有害と判断したのは……私の、思い違いだったのかもしれませんわ」
 呟くようにそう言うと、ファビオラはガムに背を向けた。
 そして、背中越しにこう告げる。
「そこの可愛いお嬢さんは、まだ完全に死んだわけではありませんのよ」
 ――と。
 ガムの表情に、みるみるうちに喜びと驚きとが満ちてゆく。
 言葉を探して口ごもり、ようやく絞り出した言葉は、
「……どうしてそんなこと、僕に……?」
「さあ、どうしてでしょうね?」
 彼女の顔はガムからは見えなかったけれど、笑顔であろうことは想像に(かた)くなかった。
 それも、出会った時のような嘲りの高笑いではない。もっと純粋で、もっと――。
「あなたが私にして下さったように、『げんきのかけら』を与えれば、まだ助かる見込みはありますわ。1つや2つでは、足りないでしょうけれど」
 それなら、先程の倉庫に戻れば沢山あるだろう。
 ガムが思わずラティアスを振り返ったその一瞬に、ファビオラは綿毛の翼を大きく羽ばたかせた。
「おい、ファビオラ、待ってくれ! どこに行くんだ!?」
 無意識のうちに制止の声を上げていたガムを、ファビオラは上空からちらりと見下ろした。
「……無理かもしれませんけれど……あのお方を説得しに」
 ガムにとってはあまり意味の分からない言葉を残し、ファビオラは飛び去っていった。
「ごきげんよう」
 翼の綿毛を、宙に舞わせながら。
「ファビオラ……」



 瑞は、走っていた。
 カールから逃げる為ではない。カールのいた場所に向かって、だ。
 気絶している223を少し離れた場所に寝かせた後、瑞は戻ってきていたのだ。
 無論、残してきた由衣のことを思って、だ。
 ――1人だけ置いて行くなんて、出来っこない。

 そして彼女が目にしたのは。
 地面に倒れ伏した仲間と、止めを刺さんと飛び掛るカールの姿――。

「由衣!!」
 考えている暇なんて、なかった。
 瑞は『でんこうせっか』を発動すると、由衣を庇うようにして、2人の間に割り込んだ。
 カールは瑞の姿を見ると、嘲笑を見せる。
「わざわざやられに戻ってくるとはな。今度はあの時のようには負けないぞ、小娘!」
「くっ……」
 ――勝算があって、割り込んだわけではない。
 先程のゴーリキー達との戦闘のダメージが、瑞の身体には確実に蓄積していた。
 正直、立っているだけで、辛い。
 それでも。
「まとめて吹き飛ぶがいい、これで最後だ! 『ハイドロポンプ』!!」
 瑞達の立っているところに、一際大きな水柱が噴き出す。

 しかしその水柱は、虚空を切っただけだった。

「何!?」
「あんたの最後、だろっ……!!」
 その声は、カールの真後ろから聞こえた。
 『ハイドロポンプ』を食らいそうになった瞬間、瑞は『でんこうせっか』で由衣を射程圏外へと突き飛ばすと、そのままカールの背後へと回り込んだのだ。
 そのスタミナが、彼女のボロボロの身体のどこから出てくるのか、カールには見当もつかなかった。

 ――加えて彼女は、にやりと笑ってさえいたのだ。

 仲間を守る為に、一人戦った由衣の勇気と、仲間を助ける為に、勝算もないのに戻ってきた瑞の気概。
 今まで見たこともない、自分が知らないけれども確かに目の前に突きつけられた「強さ」に、カールは背筋が寒くなるのを感じた。
「な、何故だ……何故貴様らは、そんなに強くなれる!?」
 瑞にとっては自明のことを問うカールの叫び声に、瑞は笑ったまま答える。
「馬鹿だな、あんた。そんなもの――仲間を守る為だからに、決まってるっ!!」
 その言葉と同時、瑞の全力の『だましうち』が、カールに炸裂した。
「ぐあああぁぁ……!」
 その悲鳴を最後に、カールの身体は横倒しになる。
 彼の身体が動かなくなったことを確認して――瑞もまた、地面に崩れ落ちた。
 もう疲労の限界だ。一歩たりとも動けそうにない。
 それでも、瑞の表情は満足げな笑みに満ちていた。
 ドラゴン四天王の1人、『アクアファイター』カールを、瑞は確かに、
「……倒した……」

「――――本気でそう思っているのなら、やはりまだまだ未熟なようだね」

「!!?」
 辛うじて瑞が頭を上げると、あろうことか彼女の目の前には、立ち上がったカールの姿があった。
「残念だったな」
 死神。
 笑顔のカールを前にして、瑞の脳裏をそんな単語が掠める。
「貴様ら、悪人のしかもガキの分際で、僕をここまで追い詰めるとは……よく頑張った、と言いたいが――」
 そう言うと、カールは自らの尻尾をちらりと見た。
 そこに固く巻きつけられた、赤の色彩。
 瑞はすぐ、その正体に思い当たった。
(くっ……『きあいのハチマキ』!!)
「『こらえる』が発動しなかった時の為に、つけておいたのさ。惜しかったな!」
 カールが高らかに笑い声を上げるのを、
 こちらに向かって『みずのはどう』を放つのを、
 その攻撃が迫り来るのを、

 瑞はただ、成す術もなく受け入れるしかなかった。



「ククク……今度こそ、3人減ったか」
「畜生……っ。皆……!」
 薄暗い部屋に、愉快そうに笑う声と、悔しさの滲んだ呟きが響く。
 ――宣言した数まで、あと2人。



 一方ガムは、ファビオラの飛び去った方向を見つめながら、1人公園に佇んでいた。
 その彼に、後ろから声を掛ける者があった。
「すごい威勢だったな」
 はっとしてガムが振り返ると、そこにいたのは色違いのオオスバメだった。
 ガムは安堵の表情を見せて、彼に駆け寄る。
「ジルベールさん! 突然いなくならないで下さい、心配したじゃないですか」
 しかし、ジルベールであるはずのオオスバメは、首を左右に振った。
「いや。私の名は、ジルベールではない」
「……え?」
 予想もしない言葉に、ガムは首を傾げる。
 では、別人ならぬ別ポケということだろうか。しかし、いくらオオスバメが珍しくない種族であるとはいえ、色違いとなれば話は別だ。そうそうどこにでもいるわけがない。
 腑に落ちない表情のガムに、オオスバメは咳払いを1つして、
「私の名前は――」

「見つけたぞ!」

 彼の言葉は何者かの叫び声に遮られ、ガムの耳には届かなかった。
 2人は同時に、声の聞こえた方――上空を振り仰ぐ。
 彼らに向かって、色違いのオオスバメが急接近してくる。
「『俺』こそがジルベールだ! 貴様の命、頂こうか!」
 そのオオスバメが急降下しざまに繰り出した『つばめがえし』を、先程からいたオオスバメが咄嗟に同じ技で打ち返す。
 そして、まるで言い聞かせるように、襲ってきたオオスバメに向かって言った。
「愚かなことを……。『私』も『お前』も、『ジルベール』では有り得ない。この世に既にいない者を、いくら追い求めたところで無駄でしかないのに」
 その言葉に、ガムは大きく目を見開く。
「ジルベールが……この世にいない……!?」
 ガムの隣にいるオオスバメは、小さく頷いた。
「その通りだ。ゴッドフリートに、殺されてな」
 予想だにしなかった事態に、ガムの頭は混乱するばかりだ。
「あいつは恐らく、そのジルベールの力を利用して作られたコピーだろう」
「でも、僕らは確かに『ジルベール』と名乗るオオスバメに助けてもらって――」
 ガムの言葉を遮って、コピーと言われたジルベールが吼える。
「お喋りはそこまでだ!」
「……どうやら、お前の話を聞いている暇は、なさそうだな」
 その言葉を皮切りにして、2体の色違いオオスバメは空高く舞い上がった。



(2人とも……無茶しすぎや……)
 そんなことを思ってから、自分も他人のことは言えないか、と胸中で自嘲気味に笑う。
 223はふらつく足取りで、瑞と由衣を担ぎ上げ、歩いていた。
 1人意識を取り戻した彼は、仲間のところへ戻ってきていたのだ。
 自分が戦力にならないことは分かっていても、何かせずにはいられなかった。
 ――そして彼が見たのは、カールが去った後の戦場。
 倒れたまま、いくら呼んでも目を覚まさない、2人の姿だった。
 放っておけば、命に関わるかもしれない。とにかくポケモンセンターを探して、2人の手当てをしてもらわなければ。
 ロゼリアをモンスターボールに戻した223は、回復施設を探そうとした。
 だが、彼もまた歩きまわれる状態ではなかった。
(あかん……俺かて、頑張らな……)
 223は薄れてゆく意識の中、目的地も定められずにどこかへ歩いてゆく――。



 オオスバメとジルベールコピーとの戦闘は、引き分けに終わった。
 2体とももう、戦闘を続行する力は残っていない。互いに互いのその様子を悟ったか、2体は地面すれすれまで高度を下げた。
「今日のところはこれくらいにしてやる! だが、次に会った時は今度こそ殺してやる……!」
 ジルベールコピーは肩で息をしながら、来た方向へと去っていった。
 ガムは残ったオオスバメに視線を戻し、尋ねる。
「彼はジルベールのコピー、そしてジルベール本人は既に亡くなっている……。それでは、あなたは何者なんですか?」
 その質問には答えず――むしろ、わざと話題を逸らすようにして、オオスバメはガムに告げた。
「奴は『悪』によって生み出されたコピー……そう、喩えるならば『ブラックウォーグレイモン』といったところか。だが、奴の心はまだ完全ではないはずだ。その前に、私のスピリットの力でなんとかしなければならない」
 言外に、だからガム達と共に行動できない、というニュアンスを感じて、ガムは黙り込む。彼の言葉の全貌は、まだつかめないまでも。
「もしかしたら、他のコピーも生み出されているかもしれないから、注意してくれ。私から言えるのはそれだけだ。では、さらば!」
 そう言い残して、そのオオスバメもまた、ジルベールコピーとは反対の方向に去っていった。
 彼を止め損ねたガムは、ポツリと呟く。
「ブラックウォーグレイモンにスピリットって、デジモン……? じゃあもしかして、あの人は……」
 『ポケ書』の《なんでもおはなし板》の住人の中に、デジモン好きの人が確かにいた。
 そう、彼の名前は――――。



「……あ、……」
 足がもつれ、223は無意識のうちに気の抜けた声を上げる。
 そのまま体勢を立て直せず、彼は地面に崩れ落ちた。
 もう、動けない。
(……ここで、死んでしまうんやろか……)
 そんなことが脳裏にちらついた、次の瞬間だった。
 ――誰かの声が、彼の耳に届く。
 どうやら女性のものであるらしい。
 が、何を言っているか聞き取る間もなく、彼の思考は闇の中に落ちていった――。


「君達、しっかりして!」
 倒れ伏した3人に声をかけているのは、1匹のガーディだった。
 数度の呼びかけの後、彼らが目を覚ましそうにないと判断したか、ガーディは身を翻して走り出す。
「とにかく、助けを呼んで病院に搬送しなきゃ……!」
 そう、呟きながら。



「NO!!」
 その頃、ガムに置いていかれた残りの面々はというと。
 倉庫内に戻り、傷付いたポケモン達の手当てをしながら。
 ――また変なことを叫び始めたRXに、若干手を焼いていた。
「俺はこれでも11だ!」
 何故か自分の年齢を叫び始めるRX。
「……全く……ガムさんがいなくなったというのに、暢気というかなんというか……」
 ポケモンを介抱する手を止め、溜息をつくヒメヤに、ラティオスが苦笑してみせる。
「まあ……RXさんなりに、不安を紛らわせようとしているんじゃないかな?」
「……ものすごく最大限好意的な解釈ですね」
 そんなことを話していると、倉庫の奥に引っ込んでいたオバサナが、
「誰がオバサナですって!?」
 ――失礼、サナが、両腕に大きな鍋を抱えて戻ってきた。
 辺りに、おいしそうなシチューの香りが漂う。
「皆、ご飯が出来たわよ!」
 どうやら、奥に調理場があるらしい。
「おおっ! 食いモンじゃないか!!」
 即座にシチューの鍋に飛びつこうとするRX。
 両腕の塞がったサナは、足でRXの前足を器用に払った。
「おおわっ!?」
「こら! ちゃんと配膳するから、それまで待ちなさい!」
「はぁ〜い……」



「これから……どうするんですか、浅目さん?」
「……」
 愛の問いに、浅目は答えない。先程から、ずっとこの調子だ。
 浅目と愛は、ひたすら砂漠を歩き続けていた。
 現在、浅目はゴルダックの姿になっている。特性『ノーてんき』を発動させることで、自身と愛とを砂嵐のダメージから守っているのだ。
 すっかり無口になってしまった浅目を、愛はダメージが大きかった所為だと思い、そっとしておくことにした。
 だが、それは浅目の孤独感を、ますます強めるだけだった。
 浅目には精神的に余裕がなかった。敵すら撤退した今、他の皆との接点が全くない。隣のサーナイト以外に誰もいない、砂漠の真ん中。
 ――こう見えて寂しがりやの浅目童子には、耐えられないのである。しかも逆境に弱いこの女は、今のこの何もない砂漠にいること自体が苦痛なのだ。
 二人は無言で、無人の砂漠を歩き続ける。




 サナの作ってくれたシチューを食べ終わり、Cチーム一同は束の間の静かな休息を取っていた――。
「あ〜〜〜〜っ!!」
 ――そしてその休息を中座させる、RXの叫び声。
「どうしました?」
 窓の外を見ていた彼は、ヒメヤの問いかけに心底嬉しそうな表情で振り返った。
「ガムさんだ!!」


「ガムさん、どこ行ってたんですか!?」
「心配したんだぜ!」
 倉庫内に入ってきたガムに、入り口まで出迎えたヒメヤとRXが口々に声をかける。
 ガムはとにかく、今起きたことを説明しようと口を開いた。
 しかし、何から説明したらいいのか分からない。
 ラティアスが生きていること。ファビオラが意味深な言葉を残し去っていったこと。敵に、ポケモンをコピーする技術があること。
 ジルベールという名のオオスバメは、既に死んでいること――。
 ガムが逡巡したその瞬間、RXが再び大声を上げた。
「あ〜〜〜〜っ!!!」
 彼の視線は、ガムが入って来た為僅かに開いている、倉庫の扉の外に向けられている。
「今度は一体、何が――」
 扉の向こうを覗いたヒメヤの言葉は、途中で凍りついた。
 目算でも50体を優に超えている、ミニリュウとハクリューの群れ。そして、彼らを牽引するように先頭に立つ、1体のブラッキーとエーフィ。
「すごい数ですね……」
 絞り出すような声でそう言ったガムの頬を、冷たい汗が流れた。
「多すぎだろ、こりゃ倒せないぜ……」
 どこか苦笑するような声で、それでも瞳には焦りの色を宿して、RXが呟いた。



 223が目を覚ました時、彼はポケモンセンターのベッドの上にいた。
 程なくして来たラッキーに訊くと、命に別状はないが著しく体力が消耗している為、しばらく安静にしていることが必要だ、とのこと。
 カールは、223達の味方などこの世界にはいない――と言ったが、助けてくれたこの施設のポケモン達は、どうやら信用して良さそうだ。
(人生2度目の入院は、異世界で、か……)
 そんな取り留めのないことを考えていると、キィ……と小さく軋むような音を立てて、病室の扉が開いた。
「223! 目が覚めた、って聞いたから来たんだけど……」
 扉の隙間から、瑞が顔を出す。
 良かった、彼女も無事だったか。知らず、223は深い溜息をついていた。
「瑞! もう動いて平気なんか?」
 彼の問いかけに、瑞は笑顔で応じる。
「うん! あたしの怪我が意外と軽かったらしいってのもあるけど……ポケモンの体力ってすごいね。もう全然平気!」
 病室まで入ってきて、瑞は軽く飛び跳ねてみせる。
 本当に、もう大丈夫のようだ。
 安心すると共に、もう1人の仲間についても思いが至る。
「由衣は?」
 瑞は小さく頷いて、
「うん、由衣も無事だよ。さっき見に行ったけど――結構元気そうだったから、大丈夫だと思う」
「そっか……」
 大敗を喫してしまったけれど、生きてさえいれば何度だって戦える。今度は勝つことだって出来る。
 取り敢えずは仲間が全員無事だったことを、喜ぶべきだろう。
「223こそ大丈夫? 人間のままなんだから、あんまり無理しちゃ駄目だよ!」
 そう言って笑顔を見せる瑞に、一瞬誰かがダブって見えた。
 223はすぐに、現実世界の友人だと思いが至る。
 そうだ。人生初の入院の時も、こうして友達が見舞いに来てくれた。
 ――「よう、――――。案外元気そうやんか」などと、軽口を叩きながら。
 あの時と状況は全く違うけれど、やはり彼の目の前には、信頼できる友達が。あの時と、同じように……。
(……ん!?)
 一瞬、回想の中で何かに引っかかり、223は首をかしげた。
 ものすごく重大な記憶の欠落があったような、そんな気がしたのだが……。
「? 223、どうかした?」
「や……いや、何でもない」
 不思議そうに顔を覗き込んでくる瑞に、223は首を左右に振って応じた。
 少し考えてみたが、思い出せそうにない。大したことはないのか、そうでなければ気のせいだろうか……?



 敵の奇襲を受けたCチームでは、倉庫内のポケモン達が次々と外に出て、迎え撃つ姿勢を取っていた。
 ただし、先程のファビオラとの戦闘で受けたダメージが大きく、まともに戦えるポケモンはほとんどいない。多勢に無勢、こちらの不利は明らかだった。
「僕らも行きましょう!」
 ヒメヤが、RXとガムに呼びかける。しかし、頷いたのはRXだけだった。
「……ガムさん? どうしたんですか?」
 ヒメヤの問いに、ガムは意を決したように頭を下げた。
「ごめんなさい、皆さん! 僕……もう一度、あの公園に戻らないといけないんです!」
「……はい?」
 あまりにも唐突な申し出に、RXが目をぱちくりとさせる。
「何言ってんだガムさん! 敵があんなに多いんだから、1人でもこっちの戦力が欠けたら――!」
 RXの言葉に、ガムは「分かってます!」と首を左右に振る。
「でも、こちらも急がないと、手遅れになってしまうかもしれない……ラティアスが、まだ生きているんです!!」
「え!?」
 その言葉を聞いていた倉庫内のポケモン全員が、思わず動きを止めてしまった。
 ガムは、構わず声を張り上げる。
「『げんきのかけら』を大量に与えたらまだ蘇生する可能性はあるって、ファビオラに教えてもらったんです! だから、早く行かないと――」
「ガムさん、それは本当か!?」
 倉庫の奥から、ラティオスが顔を見せた。
 その両腕には、既に溢れんばかりの『げんきのかけら』が抱えられている。
「ラティオス……」
「行ってくれ、ガムさん。ここはボクらに任せて」
 ラティオスの後ろから出てきたサナが、『げんきのかけら』を手早く風呂敷に包み、ガムの背に担がせる。
「皆さん、すみません――」
「謝る必要はないですよ。僕らが、あいつらを止めきってみせます。だから、早くラティアスを」
 ヒメヤの言葉にもう一度深く頭を下げ、ガムは一目散に倉庫の外へと走り出て行った。
 その後姿を見送る間もなく、ヒメヤは倉庫内の武器をかき集め始めた。
「はい、RXさん。正攻法が駄目なら、武器を使っていきましょう」
「え?」
 RXにもAK-47アサルトライフルを手渡すと、呆気に取られる彼を残して扉へと向かう。
 サナやバク次郎達も武器を手に外へ出て行く中、RXは慌ててヒメヤを追いかけた。
「ちょっ、ヒメヤさん……これ、どうやって使うんだ!?」
 おっかなびっくりライフルを持ちながら戸惑うRXの反応は、銃火器を扱ったことのない人間(ポケモンだが)のものとしては至極全うといっていいだろう。
 ――そして、当のヒメヤはというと。
「使い方ですか!?」
 扉の手前で振り向いてそう尋ね返すなり、RXの手からライフルをもぎ取った。
「わっ!?」
 驚くRXをよそに、ヒメヤはライフルの部位を手で指し示しながら、信じられないほどの早口で説明を開始する。
「まず、マガジンをセットしてセーフティを外してください!  そしてレバーを引いて一発目の弾をチャンバーに入れて、あとは左側のスイッチでセミオートかフルオートか選んでから撃つんです! マガジン装弾数は三十発、マガジンちゃんと持って行くんですよ!!」
「は、はい……?」
 勿論RXは素人なので、この説明一度で使い方が分かるはずもない。
 しかし、困りきっている彼にライフルを返すと、ヒメヤはかき集めた武器を背に再び扉に向かって歩き始める。
「ちょ、ちょっと待ってくれよヒメヤさん! セーフティってどうやって外すんだよ? セミオートとフルオートって何!? おーい、聞いてる!?」
 RXの声が届いていないのか、ヒメヤはさっさと外に出てしまった。
「し、仕方ない……適当に――じゃなかった、バク次郎とかに訊いてみるか……」


「うおおおおおっ!!」
 倉庫の正面玄関前で、バク次郎とサナが銃撃を開始した。
 サナはAK-47、バク次郎はグロック17型拳銃を二丁、それぞれ構えて立ち、敵に弾幕の嵐を浴びせかける。
 さすがのハクリュー達もこれには耐えられず、次々と吹っ飛んでいく。だが、倒しても倒しても、後ろから新手が襲い掛かってくるのだ。
「くそっ、いつまで撃たせるつもりだ!? 敵が多すぎる!」
 撃ちつくしたマガジンを取り外しながら、バク次郎が毒づく。
 彼を援護しようと射撃したサナの足元に、ハクリュー達の放った『りゅうのいぶき』が炸裂した。
 間一髪でそれを避け、「何体いるのよ!?」とサナが呟いた、その時だった。
「2人とも、避けて下さい!」
 背後から、ヒメヤの声が響いた。
 2人が反射的に身を(かが)めると、背中にライフルを数本背負い、肩からAK-47を提げ、何やらバズーカのようなものを担いだヒメヤの姿が、敵からも視認出来るようになった。
「喰らえ!!」
 ヒメヤの叫び声と共に、バズーカの先端からロケット弾が放たれ、ハクリュー達に襲い掛かった。

 ズガアアアン!!

 轟音と爆風が巻き起こり、ミニリュウやハクリュー達が数匹まとめて吹き飛ばされる。
「さすがに、RPGは強力なんだな……!」
 そう呟きながら、ヒメヤはバク次郎達に駆け寄った。
「RPG……? アレか、ポケモンとかドラクエとかのことか?」
 少し遅れて出てきたRXが、そう言いながらヒメヤの隣に並ぶ。
「それは『ロールプレイングゲーム』の方ですよ! これは、ソ連製の対戦車用ロケット砲、RPG-7といってですね――」
「あー、うん、大体分かった。説明はいいや」
 RXが説明を遮った直後、ヒメヤはAK-47を乱射し始めた。
 どうやら、説明しながら発射準備を整えていたらしい。
「ええい、こうなりゃヤケだ! 喰らえええ!!」
 そう叫び、RXも見よう見真似でAK-47を撃つ。
 かくして、倉庫前の激しい銃撃戦の火蓋は、切って落とされた。



 苛立ちの隠しきれぬ瞳で、クラッシュは闇に目を向けた。
 自分の周りにはいくつもの水溜りがある。ここはどうやら洞窟の中であるらしく、視界はほとんど利かない。
 身体の随所でちろちろと燃える炎が、クラッシュの周囲を照らす。しかしそれは、その外周にある闇を、かえって深めるだけであった。
 ちっ、とクラッシュは舌を鳴らす。どうして、こんなことになってしまったのだろうか?

 そう、あれは――数時間前、『ポケ書』にアクセスしてしまったことが、全ての始まりだったのだ。



―――――――
 パソコンの電源を点けて、少女は1人、不敵な笑みを浮かべる。
 彼女は有名な荒らし、クラッシュ。金・銀が出た頃からポケモン嫌いになり、以来数多くのポケモン掲示板を荒らしてきた。
 そして今日は、引越しが終わった日。パソコンも住所も接続方法も変えた彼女はふと、以前アクセス禁止を食らったこのサイトをもう一度荒らしてやろう、と思ったのだった。
 しかしいざアクセスしてみると既に他の荒らしが来ていたようで、名前とアイコンだけのスレッドだけが沢山。
 「こりゃぁいいな」と彼女は呟く。
 荒らしの血が騒ぎ出す。誰だかは知らないが、この荒らしに対する対抗意識が湧き上がって来た。
 さて。自分は、どんな風に荒らしてやろうか。  ぞくぞくしながら返信ボタンを……押した――。
―――――――




 ―――次の瞬間、意識が途絶えた。
 そして気が付けばここにいて、水溜りに映る色違いのポニータになった自分を見ていた。
(冗談じゃない。何故、俺がポケモンなんかに……!)
 何もかもが理不尽すぎる。クラッシュは、非常に苛立っていた。

 ――だから、「その気配」が近付いて来るのに、全く気付くことが出来なかったのだ。

「ようこそ、おいで下さいました。我々は貴女のような方を待ちわびていたのですよ」
 突然声をかけられて、クラッシュは驚いて2、3歩後退した。洞窟内に、(ひづめ)の音が響き渡る。
「貴様は誰だ!?」
 思わず漏れた誰何の声は、自分で想像していたよりもずっと鋭く、突き刺すような語調だった。
 彼女の炎が届かぬ闇の向こう、そこに誰かがいる。
 この世界で、初めて出会った自分以外の誰か。
 クラッシュは俄かに、今自分が感じている苛立ちを全て、こいつにぶつけてやりたくなった。
「この世界は何なんだ!? どうして、俺がポケモンなぞになっている!? それに『待っていた』とは――俺をどうするつもりだ!?」
 ここまで言えば相手は怒り出すかもしれない、とクラッシュは言ってから思ったが、予想に反して聞こえてきたのは、くすくすという愉快そうな笑い声だった。
「これはこれは、説明不足で申し訳ない。私の名はゴッドフリート。腐りきったポケモンの作品世界と、その住民を破滅させるために活動している、『ドリームメーカー』の首領です」
「『ドリームメーカー』……だと?」
 「破滅させる」という語感とあまりにも食い違ったその名前を、クラッシュは鸚鵡返しにする。
「ええ。ここは、公式、非公式を問わぬ、ありとあらゆるポケモンの世界が交じり合って構成された世界です。あなたがポケモンになったのも、そんな世界に迷い込んだからなのですよ」
 それからゴッドフリートは、やや改まった口調で、
「実は少々、貴女の力を貸していただきたいのです」
 先程の「待っていた」という発言からしても、ゴッドフリートのこの言葉は、クラッシュの予想の範疇だった。
 ――だからこそ、クラッシュの苛立ちは増すばかりだったのだが。
「その住民達が――あんなゴミ屑のような奴らなど簡単に消し去れると思っていましたが、予想以上に抵抗しましてね」
 どういう「協力」を求めているのか、その方向性も大体読み取れた。
 クラッシュは、フンと鼻を鳴らす。
「で? 俺にどうしろと? はいそうですか、なんつって協力するとでも思っているのか?」
 挑発的なクラッシュの物言いに、しかしゴッドフリートはあっさりと頷いた。
「ええ。貴女からは、今の不純なポケモンを嫌う気持ちを感じます。――我々の同士と、同じ気持ちを。それに、このままここにいても貴女は飢えて野垂れ死ぬだけです。違いますかな?」
 それは図星だった。クラッシュは数秒置いてから、ゆっくりと頷く。
「それならば、どちらが賢い選択かは分かりきっているでしょう。それに我々に協力すれば……腐りきったポケモンの作品世界を、貴女の手で燃やし尽くし、壊し尽くし、消し尽くして書き換えることが出来るのです。これほど痛快なことは、他にはないと思いますがね」
 特に、貴女にとっては。ゴッドフリートは、最後にそう付け加えた。
「……確かに、俺は今のポケモンを嫌っている。それに、こんな世界じゃ他に当てもない」
 どこから来たのか一陣の風が流れ込む。その風が、クラッシュの蒼い(たてがみ)を揺らした。
 ゴッドフリートの提案は、魅力的だった。もしかしたら、掲示板を荒らすよりもずっとずっと、愉しいかもしれない。
「あんたの提案を呑もう」
 彼女がそう言うと、ゴッドフリートはまたも愉快そうに笑う。
「思い切りがいいですな。……では、行きましょうか」
 そう言って、ゴッドフリートは歩き始める。クラッシュも蒼い鬣をくゆらせながら、四足で後に続く。
「そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたね」
「……クラッシュ。俺の名は、クラッシュだ」
「いい名前です。――その名に違わぬ働きを、期待していますよ」
 クラッシュの蹄の規則的な音は、やがて静けさにかき消される。
 2人が去った後には、暗闇ばかりが残っていた。



「ラティオス! 早くRPGのロケット渡してくれ! ヒメヤの奴、結構乱射してやがる!」
 倉庫内の武器庫。エレベーターの入り口で、ディグダマンが叫んだ。
「ああ、分かってる!」
 ラティオスが、ディグダマンの声に答える。
 2人は、弾薬をヒメヤ達のところまでリレーする役目を負っているのだ。
「ほら、これ!」
 ラティオスは台車に山と積まれた弾薬をディグダマンに手渡す。
「よし、じゃあ行って来るぞ!」
 台車と共にディグダマンがエレベーターに乗り込み、その扉が閉まった。
 ふう、とラティオスは大きく息をつく。
 まだまだ油断は出来ない。早く、次の弾薬を用意しなければ――。
 動こうとしたラティオスの背後で、こつこつというノックの音がした。
 建物の裏手に備え付けられた階段に繋がる、裏口。
 ノックの音は、そこから聞こえていた。
 ――このタイミングで裏口から戻ってくる人は、まず間違いなく「彼」しかいない。
 そして彼が連れ帰ってくれるのは、きっと……。
 逸る気持ちを押さえ、ラティオスは裏口を開けに行った。
「ラティオス!」
 案の定、そこにいたのはガムだった。
 そして彼の隣には――半ば彼に支えられるようにして、どうにか浮遊しているゴシックロリータ衣装のポケモン。
 ほとんど意識がないらしく、俯いた顔を上げようとはしなかった。
 けれど、見間違うはずもない。それは、ラティオスの最愛の妹の姿だった。
「ら、ラティアス……」
「『げんきのかけら』をめいいっぱい与えたけど、まだ全快はしていません。他の回復アイテムで、ちゃんと回復してあげないと……」
 ガムの言葉に、ラティオスは力強く頷いた。
「分かった! すぐに持ってくる!」
 零れそうになった涙を隠すようにガムに背を向けると、ラティオスは急いで回復アイテムを取りに向かった。



 訳の分からない引っ掛かりが、どうしても気になってしまう。
 黙りこんだ223に、瑞が不思議そうな目を向けた。
「何でもないように見えないんだけど? 何、気になることでもあるの?」
「いや……現実世界のことでなんか忘れとるような、そんな気がして……」
「えー、何それ? 明日の宿題とか?」
「……かもしらん」
 ポケモンとなってこの世界に迷い込み、死闘まで経た後にそんな日常的な話題になったのがおかしくて、2人はどちらからともなく笑い始めた。
 そしてじきに、2人はどちらからともなく口を閉ざした。
 失ってから初めて大切だと思った、現実世界での日常。
 この先生きていけるかも分からないこの世界から脱出して、元の世界に帰れる日は、来るのだろうか――――。
 やがて、223がわざと明るい口調で言った。
「なんや、湿っぽい雰囲気になってもうたな……俺、こういうのちょっと苦手やねん。他の話せぇへん?」
「そだね」
 瑞も笑顔を見せて、その提案に賛成した。
「でも、他の話って……?」
「うーん……そや! こういうときは音楽でも聴いて元気だそうや!」
 そう言うと、223はポケットからMDプレーヤーを取り出した。
「それ、ナイスアイデアかも! でも、何聴くの?」
 イヤホンの片方を受け取り、前脚で器用に耳に差し込みながら、瑞が尋ねる。
「こういう時は明るい曲に限るわ。『Every Little Thing』の『ファンダメンタル・ラブ』なんかどうや?」
 223は自身もイヤホンのもう片方を付け、プレーヤーのスイッチを入れる。
 スピード感のある曲が流れ出した。
 最初は指先でリズムを取っていた223だが、曲に乗せられてついつい身体を動かしてしまい、最後には踊り始め――、
「だあーっ! 痛ぁぁー!」
 打ち身になったところを思いっきり捻ってしまい、大声を上げる結果に。
「あーもう、呆れた……」



「ったく……バズーカなんて撃てるわけないだろー……」
 銃撃が飛び交う中、RXは小声でぶうたれる。つい先程、予備のバズーカがあるからこれを撃て、とヒメヤに渡されたところなのだ。
 しかも、今度はヒメヤがすぐに銃撃に戻ってしまった為、説明もなしと来た。
 RXは数秒迷った末、バズーカを放り出した。
(取り敢えず、さっき何とか撃つことはできたから、えーけーなんとかってライフルの方使おう……)
 そんなことを思いながら、ちらりとヒメヤを見る。
 相も変わらず、彼は狂ったように――――失礼、非常に慣れた手つきで銃火器を乱射していた。
「……なあなあ、ヒメヤさん……楽しい?」
 思わず感じた疑問を口に出すRX。
 勿論、ヒメヤからの返事はない。しかしそれは戦いに集中しているからであって、撃ちまくるのが楽しいあまりRXの声が聞こえていないからではない。――多分。
 RXはライフルを手に、戦闘に戻ることにした。
 しかし、いくらトリガーを引いても、ライフルはうんともすんとも言わない。
「…………あれ?」
 どうやら、先程撃ち尽くしてしまい、弾切れになったようだ。
「もういーや! 銃は諦めた!」
 言うなり、RXはAK-47を投げ捨てた。
「やっぱり、フツーに戦う方が性に合いそーだ!」
 そう叫んだ時、彼の目の前に小柄な影が走り出てきた。
「――お初にお目にかかりますわ。(わたくし)、ルエルスと申しますわ」
 「声がとても美し〜いお姉さん……!」――なんて、タケシならそう言いそうだ。ちらっとそんなことを思うRX。
 しかしルエルスと名乗ったそのエーフィは、RXに容赦なく『サイケこうせん』を浴びせかける。
「わわっ!」
 間一髪でその攻撃をかわし、RXはさっと辺りを見回した。
 ハクリュー達の声を聞く限り、その大多数は♂のようだ。いや、もしかすると全員……?
「なるほど、エーフィ(こいつ)以外は全員♂か……よし、あれっきゃないな! ホントはちょっと嫌だけど」
 言いながら、RXはルエルスからの追撃を食らわぬよう彼女と距離をとり、ミニリュウとハクリューの群れに駆け寄っていく。
「へっへっへ……いくぜ、必殺!!」



 その頃、あきはばらを仲間に加えたAチームは、動き続ける列車に揺られていた。
 ちなみにハインツは動かせそうになかったので先程の車両に放置し、悠達は無事な1つ前の車両に移動していた。
 後続車両は根こそぎ吹っ飛んでいるというのに、列車は不具合を見せる気配もなく、淡々と走り続ける。
「この列車……どこまで行くんでしょうか?」
 ひこの問いに、あきはばらが肩を竦めて答える。
「さあ……私も、そこまでは分かりかねますね」
「ま、なるようになるんじゃねぇの?」
 澪亮は天井近くを周回しながら、気楽そうにそう言った。
 しかし、そんな彼女の様子とは裏腹に、ひこは浮かない顔だ。
「ひこさん? どうしました?」
 悠がひこの顔を覗き込み、そう尋ねる。
 その途端、堪えきれなくなったのか、ひこはぽつりぽつりと呟き始めた。
「……ばらばらになっちゃったみんなが無事かどうか分からないし、この世界は敵だらけだし……」
 自分の言葉に自分で歯止めが利かなくなったのか、堰を切ったように彼女は喋り続ける。
「どうして私達、ここに迷い込んできたんでしょうか……どうして狙われなきゃ、戦わなきゃいけないんでしょうか…………もうやだ、帰りたい……」
 そこまで言ってから、はっとしたように顔を上げ、彼女は大きく首を左右に振った。
「ご、ご、ごめんなさいっ! 変なこと言っちゃって!」
「いえ……変なことなんかじゃ、ありませんよ」
 あきはばらはそう言って微笑む。
 悠も、同意見だった。
(ひこさんの気持ちも分かる……こんな訳の分かんない世界に放り込まれて、戦いばかりだなんて――)
 とにかく、ひこを元気付けようとして何か言おうとした悠の言葉はしかし、
「だあっ、何辛気臭ぇ雰囲気作ってんだ、お前ら!」
 澪亮が張り上げた大声に、邪魔される格好になった。
「れ、澪亮さん?」
「答えの出ない問いなんざ、繰り返したってしょうがねぇだろ!?」
 天井近くを浮遊していた澪亮は、悠達の目の高さまで降りて来る。
「でも澪亮さん――」
「でもも何もあるか! 帰れるんだったらとっくに帰ってら! 帰れないんだからここにいるんだ、それはしかたのねぇことだろ!?」
 澪亮はひこの顔を覗き込むようにして、続けた。
「けど、帰る方法は絶対に見つかるはずだ。それを見つける為に、今は戦うんだろ? そりゃ、今は辛ぇかもしれねぇけど、戦うことしか今の俺達にはできねぇんだ。だったら諦めずに戦って、あんな奴ら見返してやれ!」
 彼女の言葉に、悠は知らず、笑顔になっていた。
「そうだ……弱気になっちゃ、いけないよな」
 吹っ切れたらしく、そう言って彼は頷く。
 そして、ひこに向き直って、
「ひこさん、きっと帰れますよ。バラバラになっちゃったけど、他の人達だって無事に決まってます。だから――みんなで一緒に、帰りましょう」
「……はい!」
 そう答えて微笑んだひこの顔にはもう、先程までの陰りは残っていなかった。
「こら、一番いいトコ持ってくんじゃねぇ!」
「いいだろ別に、僕が主人公なんだから!!」
 そんな応酬を始めた澪亮と悠に、ひことあきはばらは顔を見合わせて苦笑した。




「へっへっへ……いくぜ、必殺!!」
 ――しかし、そう叫んだRXの前に、RPGを構えたヒメヤが飛び出した。
 夢中になるあまり――じゃない、戦闘に集中するあまり、自分の後ろにRXがいるのに、気付かないまま。
「食らえっ!!」
 ヒメヤがRPGを発射した、その瞬間。
「うぎゃっ!!」
 RXは、発射に伴ってRPGの後ろから出た爆風に、思いっきり吹っ飛ばされた。
 更に、それだけでは済まなかった。
「ぶべらっ!!」
 RXの身体に当たって跳ね返った爆風がヒメヤをも直撃し、彼もまた前のめりに倒れこむ結果になる。
 もし2人が、ポケモンより格段に耐久力の劣る人間だったら、大変なことになっていただろう。
「あ、RXさん……」
 身体を起こしながら、ヒメヤが言った。
「ロケット砲の後ろにいたら……危険極まりないんですけど……」
「あ……はい、勉強になりました……」
 そっちが出てきたんだろ!――というツッコミが咄嗟に出てこないまま、RXはそう言う。こんなことを勉強しても、仕方ない気がするが……。
「RXさん、さっき渡したバズーカは?」
 コケたおかげで幾分か冷静さを取り戻したらしく、ヒメヤがRXに尋ねてきた。
「いや、使い方が――」
 RXが言い終わる前に、ヒメヤが流暢な説明を始めた。
「RPG-7の使い方は、まず推進薬が入った本体と組み合わせることで弾頭を作り、弾丸を先端から装填します。これにかかる時間は約14秒、覚えておいて損はしないですよ」
「……得もしないと思いまーす」
 ぼそっとそう呟いたRXの言葉が聞こえなかったのか、ヒメヤは続ける。
「あとは自分の後方30メートル以内に何もないか、そして発射機の後ろを何かが塞いでいないかを確認してから弾頭の安全カバーを外し、安全ピンを抜いて撃ってください」
 説明が終わると、ヒメヤは『でんこうせっか』で素早く動いて先程RXが放ったRPG-7を持ってくると、RXに手渡す。
「あ、はい……何となく分かったような気がする」
 などと心許(こころもと)ないことを言いながら、RXはRPGを構えた。


「これで、ひとまずは安心だ」
 ラティオスがそう言い、ガムも頷いた。
 2人はベッドの(しつら)えてある部屋にラティアスを運び込み、出来る限りの回復処置を施していた。
 そのラティアスはというと、ベッドの上で安らかな寝息を立てている。
「後は回復を待つだけですね」
 ガムがそう言った時、外から爆発音が聞こえてきた。
 思わずびくりと身を竦ませたガムだったが、ラティオスは至って冷静だった。
 ラティオスはガムを見て、困ったような笑顔を浮かべる。
「慣れてるんだ」
「そう……ですか」
「ここは、ボク達ゲリラ軍と、『ドリームメーカー』との戦いの最前線だからね。一日に数度戦闘があったっておかしくない地域なんだ」
 言って、ラティオスは目の前に横たわる妹に視線を遣った。
「一応容態は安定したけど……念の為、ボクは彼女に付き添うことにするよ」
「僕も、そうします。今は、みなさんを信じるしかありませんね……」
 人気(ひとけ)のないフロアに、2人の声がやけに大きく響いた。



「暇ね……」
 ベッドに伏せるようにして横たわり、由衣は溜息と一緒にそんな言葉を吐き出した。
 由衣自身は動いても差し支えないとは思っているのだが、一応安静にしていろと、看護師らしいラッキーにきつく言われているのだ。
 ――それにしても、この世界に、暇と思えるほどの安息があるとは思わなかった。
 それをありがたいと思うのは紛れもない事実なのだが、ただ寝ているだけなのが退屈なのも事実である。
「瑞、早く戻ってこないかしら……」
 先程まで話し相手になっていた瑞が223の様子を見に行った為、由衣は退屈な時間をもてあましていた。
(元いた世界では、小説書くとかゲームするとか、暇な時間の潰し方はそれなりにあったんだけれどね……)
 そんな、取りとめもないことを考え始める。
 ――現実世界のことを思い出すと、次から次へと色々なことが頭に浮かんでくる。
 学校のこと、家族のこと、友達のこと、それから――。
(…………あれ……? 私、何か忘れてる……ような、気が……)
 突如として、そんな感覚が由衣を襲った。
 それは一瞬のことで、正体を掴む間もなく消えてしまったけれど、「何かを忘れている」という確かな思いは由衣の中に残っていて。
 一体「何か」とは「何」なのか考えあぐねていると、そこへ、瑞が戻ってきた。
「ただいまー」
「お帰り。……223の様子、どうだった?」
 瑞は、その問いに思わず苦笑を浮かべる。
「あー、うん、元気そうだったよ。ってかちょっと元気良すぎ……かも……身体の治癒力がそれに付いていってないというか……」
「?」
 疑問符を浮かべる由衣に、瑞は笑いながら223の様子を説明した。
「あらら。……まあ、元気であることに越したことはないわよ」
「……随分前向きな解釈だね、由衣」
 それから瑞は、「223の様子」という話で思い出したことを、何の気なしに話し始めた。
「あと、なんか現実世界のことでどうしても思い出せないことがあるって言ってたよ、223が」
「それ、本当!?」
 思わず、由衣の声が大きくなる。
 予想外に由衣がその話題に食いついたので、瑞は若干面食らいながら首を縦に振った。
「う、うん……でも、それがどうしたの?」
「……実はそれ、私にもあるのよ」
 由衣がそう言うと、言葉の意味を取り損ねたか瑞は首を傾げる。
「え?」
「私にもあるの。現実世界のことで、どうしても思い出せない『何か』が」
 驚いた表情を見せる瑞の前で、由衣は考え込む。
 223との、「記憶の欠落」という奇妙な一致。きっと、偶然では有り得ない。
 けれど一体自分は、何を忘れているのだろう。
 両親や弟の顔だって、友人の顔だって、ちゃんと思い出せる。自宅の住所に学校への通学路、部活や先輩のこと。
「由衣?」
 瑞の言葉には答えず、由衣は尚も頭脳をフル回転させ、「思い出せない何か」を思い出そうとする。
 名前だって、ちゃんと覚えてる。家族のものも、友人のものも、それから――――。

 ――それから?

「……あっ……!」
「な、何!?」
 由衣が突然声を上げたので、瑞は目をぱちくりさせる。
 そんな瑞に向き直ると、由衣はどこか困ったような表情で、こう尋ねた。
「ねえ、瑞。貴女、この世界に迷い込んできた時、皆に対してなんて名乗った?」
 瑞はこうして「瑞」と呼ばれているのに、どうしてそんな分かりきったことを聞くのだろう。
 怪訝そうな顔で、それでも瑞は答える。
「勿論、今由衣が呼んだように、『瑞』って」
「じゃあ、どうしてその名前(ハンドルネーム)を名乗ろうと思ったの?」
 由衣の質問の意図がつかめないながらも、瑞は何とか思い出そうとした。
「そりゃ……目の前にいたのが、『ポケ書』の皆だったから……」
「――本当に、それだけ?」
 そう問われ、瑞はぐっと言葉に詰まる。
 何だか、言われてみると――「それだけ」では、ないような気がする。
 そんな瑞に、由衣は最後の、そして決定的な質問を投げかけた。

「もし、この世界に迷い込んだ時に、目の前にいるのが瑞のクラスメートだったら……瑞、なんて名乗った?」

「……あれ!?」
 思い出せない。
 確かにあったことは覚えているのに、それが何だったのか覚えていない。
 ――自分の「本名」が、思い出せなかった。




「ぬおおおおおっ!!」
 バク次郎とサナが最前線で射撃を続け、ヒメヤとRXは後方からの援護射撃に回る。
「くっ……なかなか強いですわね」
 ルエルスと名乗ったエーフィが、銃撃を避けながらそう言った。
 しかし、数の上で圧倒的に不利なヒメヤ達は、徐々に追い詰められている。
「戦力はこちらが圧倒的に有利ですわ。いい加減降伏するのが賢い選択だと思いますわ」
 笑顔でそう言うルエルスに、バク次郎が叫ぶ。
「降伏したってどうせ殺されるんだ! だったら、死ぬまで戦う方を選ぶ!!」
 ――しかし、彼らの方が不利であるのは、否定しがたい現実だった。
「くそ……せめて航空支援でもあれば……」
 ヒメヤが呟いた、その時。
「きゃあっ!?」
 敵ポケモン達の上に、突如として『スピードスター』が降り注いだ。
 ヒメヤ達が視線を上げると、上空を旋回する色違いオオスバメがそこに。
「ほ、本当に航空支援来た!」



「どういうこと……?」
 瑞の問いに、由衣も首を左右に振ることしか出来なかった。
「分からないわ……。でも、私も瑞も、それに恐らく223も『本名』が思い出せないとなると……全員覚えていない、と考えるのが妥当かもしれないわね」
 それは、この世界に迷い込んだ、だから本名を忘れてしまった、という論理関係を示唆していた。
 尻尾をくゆらせ、「ただし」と由衣は続ける。
「私達は、パソコンに吸い込まれてここにやって来た。『本名』を使うことがタブーである『掲示板』を介して……。その辺りのことが、関係しているのかもしれないわね」
 半ば思いつきで言った言葉ではあったが、あながち的外れでもないだろうと由衣は思った。
「例えば……全国の人々が、『掲示板』を介してとはいえ会うことが出来る場所、本名が必要ない場所、人々がポケモンを愛する心が形になって現れる場所……そうね、この世界は『インターネット』の中にあるのかもしれない、という仮説も立つかしら」
 彼女がそう言うと、瑞は少し考えた後、目をきらきらさせて言った。
「それって……もしそれが本当だったら、バク次郎とかサナとかもいるかもしれない、ってこと?」
「そうね、カールの言い分から考えても、有り得ない話じゃないわ。彼らが粛清しようとしている、所謂(いわゆる)『二次創作』によって作られた世界も、どこかに存在するんだと思うし」
「じゃあさ、そのサナ達にも協力してもらえばいいんじゃない!?」
 瑞の提案に、由衣も頷いた。
「そうね。敵の目的が目的だし……敵の敵は味方、ってことで協力してもらえるかもしれないわね」
 この世界は、敵ばかりではないかもしれない。
 その可能性は、瑞達にとってこれ以上ない支えになる。
「皆がある程度回復したら、バラバラになってしまった『ポケ書』の方々も含め、共闘できる仲間を探しに行きましょう。カール達に対抗するには、それが一番の手段のようね」
「じゃああたし、223にそのこと伝えてくるね!」
 言うが早いか、瑞は病室から飛び出していった。



 航空支援、もとい色違いオオスバメの登場で、ヒメヤ達ゲリラ軍は俄かに活気付いた。
「このまま一気に畳み掛けますよ!」
 そう叫んだヒメヤを、ルエルスが睨みつける。
「調子に乗るのもいい加減にするのが宜しいと思いますわ!」
 彼女の言葉と同時、ハクリュー達が上空に向かって一斉に『たつまき』を放った。
「ぐあああ!!」
 四方八方から荒れ狂う暴風に、さしものオオスバメも飛んでいられなくなってしまう。
「情け容赦は無用ですわ! 一気に叩き潰すのですわ!」
 地面に叩きつけられたオオスバメに、ルエルスの命令でハクリューとミニリュウが一斉に襲い掛かる。

 そして、彼を庇うように、RXが前に飛び出した。

「あ、RXさん、危ない!」
 ヒメヤの叫びに、RXは「大丈夫」と笑った。
 そして、オオスバメをちらと振り返り、
「あん時に『笛』をくれた借り、返すぜ」
 RXは迫り来るハクリュー達に視線を戻すと、鋭く息を吐いて『必殺技』を構えた。
 彼の必殺技、それは――、

(『メロメロ』だ!)

 そう。RXには、人間の時から嫌で嫌で堪らない短所があった。
 それは、「女の子」と間違われてしまう自身の声や顔つき。
 それを利用すれば、♂でも『メロメロ』に出来るのではないか――RXはそう考えたのだ。
 本音を言えば『メロメロ』をこういう使い方をするのは男としてのプライドに反するが、背に腹は変えられない。
 RXは、どこか潤んだ瞳でハクリュー達を見た。
「あ、あんまり苛めないで下さい……戦いなんか、無益ですよ」
 彼の言葉に、ハクリュー達の動きが止まった。
 RXは尚も甘えた声で敬語喋りを続ける。
「それよりもほら、仲良くしましょう? RXは凛々しい殿方とお近づきになりたいですよ……?」
「な……なんと可愛らしいお嬢様……!」
 ――『メロメロ』、成功。ハクリュー達は完全にオチた。
「RXさん……なんかちょっと楽し気じゃないか?」
 ぼそっとそんなことを呟くヒメヤ。
 戦闘を止めてしまったハクリュー達を前に、RXはヒメヤ達へ呼びかける。
「今だ! ヒメヤさん、サナさん、バク先輩、ジルベールさん! やっちまってくれ!」
「お、おう!」
 RXの突飛ともいえる行動に戸惑っていたバク次郎達は、一斉に銃を構えた。
 雨霰と襲い掛かる銃弾をまともに食らい、ハクリュー達は次々と倒れていく。
「なっ……!?」
 ――気付けば、ルエルスは部下のほとんどを失っていた。
「お姉様!」
 ルエルスとは少し離れたところでハクリュー達を指揮していたブラッキーが、ルエルスに駆け寄る。
 どうやら、ルエルスの弟であるらしい。
「ルレン……!」
「お姉様、お怪我は?」
「私は大丈夫ですわ。けれど――」
 ルエルスは悔しげな瞳を、倒れているハクリュー達に向ける。
 ルレンと呼ばれたブラッキーは姉の視線を追うと、彼女にまた視線を戻した。
「お姉様、ここは一旦――」
「ええ……悔しいけれど、それしかないようですわ」
 言うが早いか、2体は『でんこうせっか』で戦場から駆け去っていった。
「ま、待て!」
 追いかけようとしたヒメヤを、身体を起こしたオオスバメが制した。
「私達だって、余裕で勝てたわけじゃない。深追いは禁物だ」
「……くそっ」



 瑞は由衣の病室を出ると、223のところへと向かう。
 ――しかし、彼の病室に辿り着くことは、出来なかった。
 廊下の角を曲がった瞬間、彼女の背中に叩きつけられた、痛いほど強い殺気。
「!!」
 全身の毛が逆立ち、背筋が寒くなる。
 瑞は、思わず足を止めていた。
「……ふん、それなりに戦いには慣れたか」
「……誰だ」
 彼女の後方で、壁にもたれていたのは1体のキノガッサ。
「ここをバトルフィールドにしてほしくなければ、表に出ろ」
 ――ここはポケモンセンターだ。瑞が顔も知らないようなポケモン達が、大勢いるに違いない。
 それに、未だ全快してはいない223と由衣を、戦闘に参加させたくはない。
「――分かった」
 キノガッサの言葉に、瑞は従うしかなかった。


 キノガッサについて病院の裏手に出た瑞は、そこで目を瞠った。
「あんたは……!」
「止めを刺したと思ったが、こんなところにいたとは……まったく、運のいい小娘だ」
 そう言って、そこにいたキングドラ――カールは、瑞を睨みつける。
 けれど、瑞は冷静だった。もう恐れていても仕方がない。気持ちには、ケリがついている。
「何の用だ……?」
「正攻法で駄目なら、少し戦略を変えようと思ってな!」
 カールの言葉が合図であったかのように、キノガッサが見事なフットワークで瑞と一旦距離をとると、彼女に向かって猛スピードで飛び出した。
 その腕が、瑞を捕らえようとしなる。『スカイアッパー』だ。
「なめんなよ……こんなところで、倒されてたまるか!」
 叫ぶと同時、瑞は『でんこうせっか』で地面を蹴って後ろに飛び、キノガッサの一撃をかわした。
 空振りして体制を崩しかけたキノガッサに、『かみつく』で攻撃を食らわせる。
「効かないとは言わせない!」
「低脳なポケモンだな。正攻法で攻めるつもりはないと、言わなかったか?」
 カールの言葉の意味を瑞が理解した時には、もう遅かった。
 黄色がかった粉のようなものが、瑞の周囲に漂う。全身から力が抜けていく。何だか、とても、眠い――。
「なっ……ほ、『ほうし』……?」
 噛み付いていたキノガッサの身体を離し、瑞はがっくりと地面に倒れこむ。
「そう、キノガッサの特性『ほうし』だ。直接攻撃の得意なポケモンには、有効な特性だな」
 カールの言葉は、もう瑞には届いていなかった。
 眠ってしまった瑞をキノガッサが無造作に掴み、肩に担ぎ上げる。
「奴らが降伏するまでとはいえ、大事な人質だからな。大切に扱えよ」
 そう言ってにやりと笑うカールに、キノガッサは無言で頷く。
「降伏しなければ人質に取ったこいつを殺す、と揺さぶりをかけることにしよう。どうやら、異分子どもにとってお仲間は重要な存在らしいからな」
 カールはそう言いながら、キノガッサ共々姿を消した。



「そういえば……」
 黙りこんでいた浅目が突然口を開いたので、愛は少し驚きながら訊き返した。
「え? どうかしましたか、浅目さん?」
「愛さん、あんた『テレポート』が使えるんじゃないか?」
 名案を思いついたと言わんばかりの浅目を前に、しかし愛は首を左右に振った。
「確かに、使えますけど……ただそれは、私が行ったことのある場所にしか、行けないんです」
 その辺りは、最後に行ったポケモンセンターの前まで移動出来る、ゲームでの『テレポート』に近いようだ。
 浅目は少し考えて、今度はこう問うた。
「じゃあ、行ったことのない場所に無理やり行こうとしたら、どうなる?」
「どこに飛んでしまうか、分かりません」
 その言葉に、浅目は気落ちするどころか笑顔になった。
「どこに行くか分からなくても、ここではない『どこか』には行けるんだな!?」
 彼女の勢いに気圧されながら、愛はおずおずと頷く。
「え、ええ、まあ……多分――」
「よし! 取り敢えず使ってみてくれないか!」
「使って、って――えぇぇ!?」
 無闇に使うと危ないと説明したはずなのに、「使え」などという浅目に、愛は目をぱちくりさせた。
(浅目さん、あの冷静さはどこへ……)
 彼女が意外と寂しがりであることを、愛は知らないのだった。
 驚いている愛をよそに、浅目は自分の提案に自分で納得しているらしく、何度も頷いている。
「そうだ。もしかしたら皆の所に行けるかもしれないし、少なくともここよりはマシなところに行けるはずだ。だから、頼む!」
 そこまで言われると、愛も嫌とは言えない。
 それに、どの道この砂漠を彷徨(さまよ)っているばかりでは野垂れ死にも時間の問題だ。
「……分かりました」
 覚悟を決めたのか、それとも諦めたのか、愛はこくんと頷く。
 そして浅目の手を握ると、集中する為に目を閉じた。
「行きますよ? 手、絶対に離さないで下さい。別々の場所にワープしてしまうかもしれないですから」
「分かってる」
 浅目が、愛の手を握り返す。
 2人の足元に光の輪が現れ、彼女達の体を包み込んでゆく。

 そして次の瞬間、暴風のようなものが叩きつけてくるのを2人は感じた。
 まるで竜巻の中にでもいるみたいに、四方八方から吹き付けてくる風。
「――――!」
 叫び声も形にならないまま、光の中で2人は手を離してしまっていた――。


 光の輪が消えた後には、完全な無人の死の砂漠が残されていた。



「……ここは?」
 地面に光の輪が現れ、そこからゴルダック――浅目が姿を現した。
 人間の姿に『へんしん』し直しながら、辺りを見回してみる。しかし、愛の姿はどこにも見当たらなかった。
「やはり、手を離してしまったのはまずかったか……離れ離れになってしまったな……」
 浅目の足元の地面はコンクリートでしっかりと固められ、背後には大きな倉庫が何列にも並んでいる。
 そして彼女の眼前には、潮騒を響かせる広い海。そして、船着場に停泊している1台の船。
「港、か?」
 ぽつりと呟く彼女の足元には、オーロラ色のチケットが落ちていた。




 瑞が病室を出て行ってから、再び手持ち無沙汰になった由衣は、何の気なしにベッド脇の小さな棚に目を向けた。
 先程まで気にも留めなかったが、そこに小さなラジオが置いてある。
(……情報収集、してみる価値はあるかもしれないわね……。仲間を集めるって決めたところだし)
 由衣は身体に負荷をかけないようにゆっくりと身体を起こすと、前脚を伸ばしてラジオの電源を入れた。
 ジジ、という低いノイズ音と共に、スピーカーから音声が流れ出す。

『――我々は「ドリームメーカー」である。ゲリラ軍に告ぐ。我々は一人の人質を取った。ブラッキー、名を瑞と言う。このガキを殺されたくなければ、すぐ我々に降伏すること。繰り返す――』

「なっ……!?」
 由衣は尚も同じ言葉を繰り返すラジオ放送に、しばし絶句した。
 しかしすぐに落ち着きを取り戻すと、考えるより早く起き上がった。
 ――瑞がこの病室を出てから、223のところに辿り着くまで。その僅かな距離、僅かな時間の間に、彼女は拉致された。
 そうとしか、考えられない。
 それが真実であるなら、まだそう遠くには行っていないはずだ。
 傷の痛みになど構っていられない。由衣は、全速力で病室を飛び出した。



 RPGを担ぎ直し、ヒメヤが溜息と共に言う。
「まんまと、逃げられましたね……」
「油断するのは、まだ早いがな。次にいつ襲ってくるか分からない」
 言いながら、オオスバメは翼を大きく広げ、羽根を整えるように数度羽ばたいた。
 そんな彼の様子を見ながら、ヒメヤはおずおずと問いかける。
「ジルベールさん、また助けに来てくれたんですね」
 ヒメヤの言葉に、オオスバメは困ったように笑った。
「私は、ジルベールではない。仕方ないとはいえ、よく間違えられるものだな……。私の名は、『ワタッコHB』だ」
 ワタッコHB――その名前には、ヒメヤもRXも聞き覚えがあった。デジモン好きに定評のある、《なんでもおはなし板》の住人の一人だ。
「そうですか、ワタッコさんもこの世界に……」
 彼がこの世界にいることもそうだが、彼とジルベールの容姿があまりにも酷似していることに、ヒメヤ達は驚かざるを得なかった。
「同じ種族の『色違い』が2体……そういうことって、あるんですね……」
 ポツリとヒメヤが零す。ありえないことではないし、何よりそう納得するしかない状況である。
 オオスバメ――改めワタッコHBの方を見て、サナが尋ねる。
「彼も、ヒメヤさん達と『同じ』なの?」
 RXが大きく頷いて、その問いに答えた。
「ああ。俺達と同じ、《なんでもおはなし板》の住人さんさ」
「じゃあ、仲間ってことだな。取り敢えずオイラ達は一旦休むことにするけど、一緒に来るか?」
 バク次郎にそう訊かれて、ワタッコは頷いた。
「そうさせてもらうことにしよう」
 彼らは、再び倉庫の中へと入っていった。




 ポケモンセンターの外に飛び出した由衣の耳に、車のエンジンの起動音らしき音が届いた。
 きっと、瑞に関係がある。そう当たりをつけた彼女は、音のした方向――建物の陰へと向かう。
 しかし、一足遅かった。
 彼女の目の前で、建物の陰から装甲車が発車し、猛スピードで走っていったのだ。
「ま、待ちなさい!」
 意味がないと分かってはいても、制止の声が漏れる。
 街中の光景に明らかに不釣合いな大型の装甲車は、由衣の追跡をものともせず、見る間に遠ざかっていく。
 更にこちらは手負いであり、全速力を出すことはできない。追いつくことは、不可能だった。
「瑞!!」
 叫び声は届かない。相手はあまりにも速く、遠い。
 しかしその時、聞き覚えのある声が由衣の名を呼んだ。
「由衣さん!?」
「えっ……?」
 由衣は足を止め、振り返る。先程彼女が通り過ぎた脇道から、顔を出したのは――。


 一方、車両の中のカールは、バックミラーに映る由衣の姿を目にしてニヤリと笑った。
 倒さなければならない相手が、1人でこちらに向かってくる。しかも彼女は手負いと来ているのだ。
 飛んで火に入る夏の虫とは、まさにこのこと。すぐにでも出て行って、倒してやりたいところである。
 だがカールは、自ら手を下したいという欲望を無理にでも押さえつけた。
 ここで自分が出て行く必要などない。カールの役目は、人質交渉と今後の出撃だ。
 カールはキノガッサを呼びつけ、視線でバックミラーに映る由衣を指し示した。
「サイモン、貴様に手柄を譲ってやる。あの怪我人を叩き潰して来い!」
 人質は一人で十分。多すぎれば、むしろこちらの負担になる。
 カールが車内のボタンを押すと、それに応じて車両後方のハッチが開く。
「はっ!」
 威勢のいい返事とともに、サイモン――キノガッサは装甲車の後ろから飛び降りた。
 そのまま、後ろから追い縋ってくる由衣に向かってまっしぐらに駆ける。
 由衣が、足を止めた。
 ――相性での圧倒的不利に、怖気づいたか。そう判断して、にやりとサイモンはほくそ笑む。
 相手は悪タイプ、自分は格闘タイプ。その上相手は手負いと来ている、自分の負けなど有り得ない。
 ――彼は、気付いていなかった。由衣が足を止めたのは、サイモンを警戒するばかりではなかったということに。
 自らの勝利を確信し、サイモンは叫ぶ。
「死ねぇぇぇぇぇい!!」
 そして、
 サイモンの視界は、真っ赤に染まった。


 由衣の隣には、1体のサーナイト。
 そして2体の足元には、ボロボロになったキノガッサが横たわっている。
 サーナイトの――愛の『サイコキネシス』によって倒されたのだ。
 こうして、愛と由衣が合流した。



 倉庫の中に戻ったヒメヤ達は、ベッドルームへと向かった。
 扉を開くと、ガムとラティオスがほぼ同時に振り向いた。
「みんな! 無事でしたか!?」
 ガムの言葉に、ヒメヤが頷く。
「ええ、何とか。生憎、敵のリーダー格には逃げられてしまいましたが……」
 言いながら、ヒメヤはガムの後ろを――そこに眠っている、ラティアスを覗き込もうとする。
「ところで、ラティアスの容態は……」
「もう心配要らないぞ」
 後ろからそんな声が聞こえて振り返ると、ディグダマンが部屋に入ってくるところだった。
「容態は安定した。後は、目覚めるのを待つだけだ」
「本当ですか!?」
 途端、ヒメヤの瞳がらんらんと輝いた。
 その場にいた全員が呆気に取られるほどの勢いで、彼は目の前にいたガムに詰め寄る。
「もう、大丈夫なんですね!?」
「え、ええ……何とか」
 苦笑しながら、ガムは答えた。
 ヒメヤは心底嬉しそうな顔で、拳を高々と突き上げる。
「よっしゃああっ! 僕に手伝えることがあったら、なんなりと言って下さい☆」
 どうやら、ラティアスが生きていることが嬉しいのは、ガムとラティオスだけではないようである。



「あ〜……もうすっかり夜やなぁ……」
 ベッドに寝転がり、日の落ちた窓の外を見ながら、223は1人呟いていた。
 先程の「瑞が誘拐された」という情報は、由衣と同じ情報源(ニュースソース)を通じて223にも届いていた。しかし彼は、瑞を追って飛び出すのをすんでのところで思いとどまったのだ。
 いくらロゼリアが使役できるとはいえ、自分は人間であり、しかも怪我をしているのだ。行ったところでどうにも出来ず、悪くすれば返り討ちに合う結果は目に見えている。
 今、1人でも味方の戦闘要員を減らすのは、得策ではない。
 ――頭では、そう分かっている。
 けれど、納得しているかというとそれはまた別問題だった。
(……俺、何で人間の姿なんやろ……)
 足手纏いには、なりたくないのに。
 その為に努力する力すら、今の彼にはない――。



「う……」
 (かす)かな呻き声が、ラティアスの口から漏れた。
 続いてその(まぶた)が震え、ゆっくりと開く。
 間近に見慣れた兄の姿を認め、彼女はぎこちない笑みを浮かべた。
「お兄、ちゃん……?」
「ラティアス……!」
 ラティオスは涙をたたえた真っ赤な目をして、何度も何度も頷いた。
「良かった、良かった……生きていてくれたんだね……ボクは嬉しいよ……!」
 ラティアスはゆっくりベッドから起き上がると、辺りを見渡した。
「……私、何でここに戻って来れたの……?」
「あの人が、お前を助けてくれたんだよ」
 そう言って、ラティオスはガムを指し示す。
 ラティアスは柔らかく笑い、ガムに向かって頭を下げた。
「そうだったの……ありがとうございました」
「いいんですよ、お礼なんて」
 どこか照れくさそうに言って、ガムも笑顔を見せる。
「初めまして。僕はガムといいます」
 彼に従い、RXとワタッコもそれぞれに自己紹介をした。
「俺はRXGHRAM、RXって呼んでくれ!」
「私はワタッコHBだ」
「はい。こちらこそ、宜しくお願いしま――」
 3人の自己紹介を受け、そう言いかけたラティアスの声を、
「ラティアス様あああああっ!!」
 ヒメヤの大声が遮った。
 彼はラティアスに駆け寄ると、しっかりとその両手を握る。
「何事もなくて良かったです! いや本当に良かったです! 僕はヒメヤMkU量産型、貴女の大ファンで――いででででっ!!?」
 台詞の途中で頭の葉を後ろ向きに引っ張られ、ヒメヤは声を上げながら後ずさりした――というか、後ずさりさせられた。
「はいはい、ラティアス回復したばっかなんだから、迷惑掛けないようにして下さいね〜っと」
 引っ張っているのはRX、アニメで言うとタケシに対するカスミやマサトの耳引っ張り同様の活躍である。
 ――小学生に引きずりまわされる中学生。何だか情けない気がしないでもないが。
 それでも、ヒメヤは少しだけ、嬉しかった。
 こうして、みんなとふざけあえる自分を、まだ失わないでいられることが。

 そんなこんなしていると、やがてディグダマンが咳払いを1つして、こう切り出した。
「さて……ラティアスも目覚めたことだし、大事な話を始めていいだろうか」

 彼の言葉に、そこにいた全員が瞬時に真剣な表情になる。
 ディグダマンの口ぶりから、話の重大さを見て取ったからだ。
「大事な話?」
 ディグダマンの台詞をリピートするガムに、ディグダマンは頷いてみせる。
「危険が伴うことは百も承知だ。だが……我々は今夜、この町を出なければならない」
 あまりにも唐突な提案に、全員が驚きの表情を見せる。
「そりゃまた何でだよー?」
 RXの問いに対するディグダマンの答えは、彼らの想像を絶するものだった。

「見過ごすことの出来ない事態になってしまった。先程ラジオで放送されていたのだが、セキチクシティで『瑞』という名のブラッキーが拉致された。放送を聴くところでは、どうやら我々の同胞らしい。――いや、君達なら既に彼女を知っているか」

「な、何だって!? 瑞さんが!?」
 ガムの口から思わず零れた声が、ヒメヤとRXの気持ちをも代弁していた。
「瑞さんもこの世界に来ていたのか?」
 ワタッコが問いかけると、ヒメヤが頷く。
「ええ。昨日まで、10人ちょっとくらいで行動していたんですけど……今朝になってみたら、何故か分断されてしまっていて」
 彼の言葉を聞いてから、ディグダマンは続ける。
「我々の同胞である以上、見捨てるわけには行かないと思ってはいたが……君達の仲間であるなら尚更だな。彼女を、救出しなければならない」
 その場にいた全員が、それを聞いて頷いた。
「まずは、セキチクシティに向かおう。まだ瑞がセキチクにいる可能性は薄いが、情報収集なら出来るかもしれん。ここはカントーの北岸に位置しているから、車を使えば明日の昼前にはセキチクに着くだろう」
 ――車?
「でも、ここに車なんてあるんスか?」
 至極全うな疑問を口にするRXに、ディグダマンは首を縦に振る。覆面でよく分からないが、何故だかにやりと笑っているように思えた。
「心配するな。車の件は、ちゃんと伝手(つて)がある」
 その言葉を最後に、ディグダマンはベッドルームを立ち去った。




 一方、列車の中のAチームはというと。
「……どうやら、列車が止まるようですよ」
 列車がスピードを落とし始めたのを感じ、あきはばらがそう言った。
「これでようやく降りられるんですね!」
 結局この列車の正体は不明な上、隣の車両ではハインツが倒れたまま。更に、ずっと列車に揺られているのも疲れるものだ。ひこの言葉には、安堵の色が見えた。
 やがて列車は駅へと到着し、ブレーキの音を軋ませながら停車した。
 ぷしゅー、という空気の抜けるような音と共に、ドアが開く。
 主人公なはずなのにやけに久々の登場である悠を先頭に、4人は列車を下りた。
 この列車に乗った時は10人だったのに、降りてみれば4人、しかもそのうち1人は最初から乗っていたメンバーではない。少し、不思議な感じだ。
 そんなことを思いながら、悠は辺りを見渡した。
 古びていると言うほど野放図な感じはしないが、かといって外観を重視して整備されている感じもない。
 駅のホームから外を見ると、高層ビルの群れが遠くに見えた。
「ここはどこなんでしょうか……?」
 ひこの問いに答えられる材料を持たないまま、悠は何の気なしに視線を上げた。
 駅の看板が、視界に入る。
「えぇと……『クチバ貨物駅』?」
「ってことは何だ? ここはクチバシティなのか?」
 どうやら、そうであるらしかった。



「ハッヒフッヘホ〜♪」
 そんなどこかで聞いたような節と共に、倉庫の扉が勢いよく開いた。
 そこにいたのは、咥えたパイプに紫色の髪の毛、黄色いエプロンのノクタス。『ポケ書』の漫画『サーナイトエクスペリエンス』に登場したノクタスちゃんである。
 彼の後方、扉の外には、巨大なトラックが停まっていた。どうやら、ノクタスちゃんがここまで運転してきたらしい。
「迎えに来たわよ。さあ、さっさと乗っちゃって!」
 出会いの挨拶もそこそこに、倉庫の中はあわただしい雰囲気に包まれた。
 敵が数の上でも戦力でも圧倒的に優位であり、こちらが防戦を強いられている以上、味方の戦闘要員を分散させるのは得策ではない。それに、怪我をしているポケモンたちを放っておくわけにもいかない。
 ――つまり、倉庫内にいるゲリラ軍のポケモンたち全員を移動させる。それが、ヒメヤたちの話し合いの結論だった。
「よし。俺たちは怪我人を運んでくるっス」
「そうね、急ぎましょう」
「あ、俺も行きます! バク先輩!」
 バク次郎とサナ、それにRXが、怪我人を運び出すために倉庫の奥へと走ってゆく。
 一方、段ボール箱いっぱいの回復アイテムを荷台に積み込んでいたヒメヤは、荷台の奥の方に据え付けてある物を見つけ、思わず声を漏らした。
「ふ〜ん……コレは使えそうだな……」
 そこにあったのはM2重機関銃。アメリカ軍で長きに亘って使用され、重機関銃のベストセラーとも言われる12.7ミリ口径の機関銃だ。
 ちなみに、『トリビアの泉』のトリビアの種で、日本刀と戦って勝ったのもこの機関銃である。
「こんなものまで……」
 ヒメヤの後ろから荷台を覗き込んで、ガムがそう言う。
「確かに、数で(まさ)っているあいつらには、正攻法じゃ勝てませんからね」
 言いながらヒメヤが荷台から顔を出すと、ノクタスちゃんが彼に声を掛けてきた。
「あらあら、そこのアンタ、それにそんなに興味があるのかい?」
「ええ……まあ、そんなとこです」
 そう答えてから、ヒメヤはふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「ところで、この機関銃一式、一体どこから持ってきたんです?」
 先程から使っている武器といい、この機関銃といい、「純粋なポケモンの世界」に存在するとはまず考えられない。
 ノクタスちゃんは煙を吐き出しながらこう答えた。
「この辺の武器は大概、『ヒメヤMkU量産型』とかいう人の『世界』にあったわね」
 ――この世界は、全てのポケモンを愛する人の心が生み出した空間。ファビオラの言によれば、そういうことになる。
 つまり、そんな人間の一人であるヒメヤの世界というのも、この仮想空間のどこかに存在するわけで。
「あ、そうですか……」
 ノクタスちゃんの答えを聞いて、内心苦笑するしかないヒメヤだった。
(や、やっぱりそうなんだ……まあ、ミリタリーとポケモンをごっちゃにするなんて僕ぐらいだろうしなあ……)


 怪我人を含めた倉庫内のポケモン達を皆トラックの荷台に載せ、武器や回復道具も積めるだけ積んだことを確認してから、ガム達も荷台に乗り込んだ。
 ヒメヤが荷台に足を掛け、乗ろうとしたその時、RXが後ろから彼を呼び止める。
「ヒメヤさんっ、コレ!」
 彼が差し出したのは、眼鏡だった。見ると、RXもなくしたはずの眼鏡を掛けている。
「さっき、俺のもヒメヤさんのも、どっか行っちまっただろ? ここ倉庫だし、もしかしたらと思って探してみたんだ。度が合うかどうか分かんねぇけど……」
「いえ、ありがとうございます! 眼鏡がないとやっぱり見えにくくて不便だったんですよ!」
 心から嬉しそうな顔で、ヒメヤは眼鏡を受け取った。
 ――見えにくかったなどと言いながら、あの銃器の扱いの異常な上手さはなんだったんだ……というツッコミを胸の内に仕舞い込むRX。
「よし、準備OKだ。いつでも出られるぞ」
 全員が乗ったことを確認し、ディグダマンがノクタスちゃんに発車準備完了を告げる。
 ディグダマンが最後に荷台に乗り、戸を閉めた。
 ノクタスちゃんは運転席に乗り込むと、エンジンを吹かしながら言う。
「んじゃ、出発進行〜! クチバ経由でセキチクまで!」
 荷台の壁越しにくぐもったノクタスちゃんの声を聞きながら、バク次郎がこぼす。
「それにしても……狭いっスね……」
 トラックの中は、大勢のポケモンと武器やアイテムでいっぱい。既に積載量オーバーなのだ。
「ハッヒフッヘホ〜♪」
 ノクタスちゃんがアクセルを踏み込む。
 夜闇が辺りを塗りつぶし始める中、トラックはセキチクシティへ向かって発車した。


・−・−・−・−・−・−・−・−
受験前にかなりの部分書き進めていたのですが、受験を挟んだせいで第3章うpがものすごく遅くなってしまいました……。
今回は、話を上手くまとめる(努力はしました)都合上、エピソード自体はほとんど変えていないのですが、それを起こす人なんかに若干の修正が入りました。あと表現も分かりやすいものを試みて大幅に改定…。っていうか表現変えないと書き直しの意味がないんですけどね!(笑
それと、回収できそうにない伏線と本編の流れからして完全に浮いてるエピソードを、(主にBチーム中心に)ちょっとだけ改定させていただきました……です。

しかし、コレ読み直しててほんと思うことなんですけど、ドリメ執筆当時と比べて皆さん小説ものすごく上手くなられましたですよね。
いや、由衣にとって年上の方もいるのでこういう言い方は失礼かもしれないですが(汗
でもこの当時の参加メンバーで今もポケモン二次創作ジャンルで活躍してる方の小説読むと、上手くなってるのが分かってやっぱりすごいなぁって素直に思います。

……由衣もさすがにこの当時と比べたらちょっとは進歩できてるかな〜……と思ったりなんかしちゃったりして……(苦笑
っていうか由衣の場合この当時(中2)の小説レベルが低すぎるので、比較対象にならないという話もありますが(笑
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