想定外のことが二つほど起こったが、安眠の場を取り戻すことの出来た一行は、列車に揺られながらすぐに眠りに落ちていった。
 何故列車が動いているのか、ツッコむ者は結局いなかった。


 明け方が近付いた頃。
(あ〜あ……やっぱり、眠れなかった……)
 割れた窓から差し込み始めた朝日に目を遣り、瑞は溜息をついた。
 彼女は全く寝ることが出来なかったのだ。理由は簡単、ブラッキーは完全な夜行性だからである。
 その点ではゴースである澪亮も同じはずなのだが、そのマイペースさ故か、彼女は天井近くに浮遊したままいびきをかいていた。
 そんなこんなで、瑞にとってはかなり鬱な夜だった訳で。
(はぁ……)
 もう一度溜め息をつく瑞。
 ……と。
 その時突然、目映(まばゆ)い光が瑞の顔を照らした。
「!?」
 いきなりのことに驚きつつも、瑞は光源を探して辺りを見回す。
 どうやら、光は窓の外から差し込んでいるようだ。
 しかしすぐに、それを確認することすら困難になった。
 光が、どんどんその強さを増していくのだ。最早、目を開けてすらいられない。
 カメラのフラッシュよりも強い光が、間断なく瑞達を照らし続ける。
(ま、眩しい……! 何なのっ、この光は!?)
 光はやがて、皆を包み込んでいって――――。



 しばらくすると、(まぶた)に光を感じなくなった。
 おそるおそる目を開けると、瑞の目の前には全く見慣れぬ光景が広がっていた。
 辺りに広がる、一面の砂浜と海。古列車など、どこにもない。
 そして、11人いたはずの仲間達は、瑞を含めたった3人になっていたのだ。
 瑞のすぐ側、砂浜に倒れている――というか、未だ眠っている223と由衣。
 それ以外のメンバーは、見当たらなかった。
 何があったか分からないが、取り敢えず出来ることは1つしかない。瑞は、223と由衣を急いで叩き起こした。
「……何や、瑞……そんなに慌ててどないしたん……?」
 寝惚け眼を擦りつつ身を起こした223は、辺りの様子に気付くと驚きのあまりに叫んでしまった。
「って……どこやねん、ここは!? 皆はどこに行ったんや!?」
 223の動揺が伝播(でんぱ)したか、瑞の口調も焦ったものになる。
「そ、それが、えーっと、光が現れて、それで――」
 (らち)が明きそうにないのを悟ったか、由衣が口を挟んだ。
「落ち着いて、瑞。急ぐ必要はないから、ひとまずは落ち着いて、ゆっくりでいいから話してみて」
 由衣にそう言われ、瑞はその助言に従うことにした。
 深呼吸を1つして、順を追って説明を始める。
「えっと……皆が寝てた時、突然眩しい光が現れたの。それで、目を開けていられなくなって……気が付いたら、この場所に……」
「そう……」
 瑞にも、何が何だか分からないようである。
 しかしここがポケモンの世界である以上、何かしらのポケモンの能力が関わっているはずである。
 離れたところへ、一瞬で移動させる能力――と言ったら。

「つまり……私達、『テレポート』でここまで送られたみたい」

 そうとしか、考えられなかった。
 しかも、あれだけいた仲間達が、3人になってしまっている。
「誰かの『テレポート』で、故意に分断された……そう考えるのが、妥当な線でしょうね」
「え〜〜〜っ!!?」
 223と瑞とが、同時に大声を上げる。
 私だって信じたくないわよ、とぼやきながら、由衣は空を振り仰いだ。
 昨日はほとんど一緒に居合わせなかった彼女だが、大体の事情は聞いて知っている。
 すなわち――《なんでもおはなし板》の住人であるところの自分達が、謎の敵に命を狙われているらしいということは。
(わざわざ分断しにかかって来ている以上……あちらさんは、どうやら本気のようね)



 こうして彼らは、4組に分断されてしまったのだ。



「ここはどこなのーっ!?」
 (うな)りを上げて吹き(すさ)ぶ砂嵐の中心で、愛は悲鳴に近い叫び声を上げていた。
 その隣に立つ浅目は、右腕で目元を庇いながら辺りを見回す。
 そして、淡々とした声でこう言った。
「下に10匹、上に2匹」
「え? 浅目さん、それは一体何の……?」
 浅目の言葉の意味が分からず、首を傾げる愛。
 愛に視線を戻さぬまま、浅目は告げた。心なしか口元が笑っているような気がしたのは、愛の気のせいだったろうか。
「簡単に言えば、敵の数だ」
 そう聞いて、愛の顔から血の気が引く。
「え……ええええええ!?」
「2進化でエスパータイプの愛さんと、『へんしん』使いの私……どう考えても、強い奴(じゃまもの)を先に落としておく策略だろうな」
 さて、と呟いて、浅目は手を前に伸ばす。
 その指先が、少しだけ溶け始めていた。
 『へんしん』する準備は万全のようだ。
「まあ、戦闘は不可避だ。覚悟はいいな」
 口調はどこか気楽だが、内容は全くそうではない。
 突然の戦闘に、愛は叫び返すだけで精一杯だった。
「覚悟しません! ってか出来ません!」




「――で、ここはどこなんだ?」
 ぐるりと辺りを見回して、RXが言う。
 勿論、ガムもヒメヤも的確な答えを持ってはいない。
「それが分かったら苦労はしませんよ……」
 ヒメヤのぼやきも、もっともである。
 ゾイド、ガンダム、特撮ヒーロー。それぞれのジャンルで《なんでもおはなし板》に最も多くのネタを書き込んでいたであろう3人は、その場で立ち尽くしてしまう。
 彼らがいたのは、高層ビルが立ち並ぶ市街地のど真ん中だった。




 波音があたりに満ちる浜辺。
「皆、どこ行ったのーっ!?」
 瑞の叫ぶ声もまた、打ち寄せる波に吸い込まれてゆく。
 由衣は溜息をつくと、223に向き直った。
「これから、どうする?」
「まぁ、皆と合流するのが一番ええ方法やとは思うけど……」
 そう言う223も、それが難しいのは知っている。
 由衣は軽く頷いた。
「そうね。来た時と同じように、『テレポート』で戻れればいいのだけど……残念ながら瑞も私もそんな技は使えないわ。それに、元の場所に戻ったところで皆がいるとは限らないし」
「せやな……取り敢えず、ここで考えとってもしゃーないし、歩いてみようや」
 223の提案に、いつから話に加わっていたのか、瑞も同意した。
「そうだよねっ、歩いてたら誰かに会えるかもしれないし!」
 その提案に関しては、由衣も異存はない。
 しかし彼女は、歩き出そうとした2人を呼び止めた。
「ちょっと待って」
「どうしたの?」
「今なら敵もいないし、どんな技が使えるか試しておきたいの。いざ戦闘って時に、自分の技も分からないんじゃ困りものよ」
 そう言うと、瑞がぴょんと飛び上がった。
「そうだねっ! あたしもそれ試しときたい!」
 完全に楽しげな口調である。
 まあ、ポケモン好きとしてはこれ以上ない貴重な体験なのだから、それも仕方ないといえば仕方ないか。
 そんなことを思いながら、由衣は技を使う為に身構える。
 昨日のサイドン戦以外に戦闘を経験していない彼女だが、それでも何となく、技の出し方は分かっていた。
 経験云々でも、理屈でもない。
 ただ、ポケモンとなった身体が知っているのだ。
 どうやって技を出すかを。どうやって、戦うかを。
 本能が、教えてくれる。
「『シャドーボール』!」



「はわわ……皆、いなくなっちゃいましたよっ!」
 座席の間を右往左往しながら、ひこが焦った声を上げる。
 ここは、昨日まで皆がいた古列車。悠、澪亮、ひこの3人は、この列車に取り残されていた。
「だ、大丈夫ですよひこさん! 皆きっと無事ですし、僕らだって……」
 ひこを落ち着かせようと試みる悠だったが、内心では彼も焦っていた。
 そんな状態で、彼の言葉に説得力が出るはずもない。
 ……ふと天井近くを見ると、澪亮が妙に楽しげな笑みを浮かべていた。
「澪亮さん?」
 ひこもそれに気付き、足を止めて声をかける。
「ふっふっふ……誰もいないか。そりゃあ好都合だなぁ」
(その『好都合』は、僕にとっては絶対不都合だ!)
 心の中で思わずそう叫んでしまう悠。
 澪亮の様子を見る限り、あまりいい予感はしなかった。
「澪亮さん? 何に好都合なんですか?」
 ひこが尋ねる。
 すると澪亮は、悠にもひこにも完全に予想外だった台詞を口にした。

「決まってるだろ、主人公の座を奪う!」

「はぁ!?」
 状況が把握できず、戸惑った声を上げる悠。
 一足先に驚きから立ち直ったひこが、澪亮を説得にかかる。
「れ、澪亮さんっ、それはマズいのでは――」
 しかし、澪亮はそんなもの馬耳東風と聞き流す。
「ふん、影の薄い主人公など不要! 勝負だ、悠!」
「何でそうなるんですか……」
 影の薄い、という部分に若干傷つきつつも返答する悠。
 一方のひこは焦り通しである。
「そんなことしてる場合じゃないですよっ! 澪亮さーん!!」




「さて……」
 時は、少しだけ(さかのぼ)る。
 薄暗く広い部屋の中。
 物憂げな声が、壁際に居並ぶ4体のポケモン達に声をかけた。
「奴らを倒す手筈(てはず)は整った。昨日その強さは充分に検分したし、既に4つに分断した」
 そこで一息ついて、声は続ける。
「今日お前達を呼んだのは、他でもない。奴らの討伐を、お前達に任せたいのだ――――『ドラゴン四天王』よ」
 そう呼ばれ、4体のポケモン達は居住まいを正す。
 ――カイリュー、キングドラ、フライゴン、チルタリス。
 どうやら、『ドラゴン四天王』とは彼らのことのようだ。
「今から、お前達に倒すべき相手を指示しよう。早急にそちらへ向かい、奴らを始末せよ。こちらの軍は、好きに使用して構わない」
 『ドラゴン四天王』の間に、声にならないまでもざわめきのようなものが走った。
 これから戦いに駆り出される。そのことが、嬉しくて仕方がない様子が、傍目からでも充分に見て取れる。
「リディア」
「は!」
 リディアと呼ばれたフライゴンが前に出る。
「お前はサーナイトとメタモンの討伐に当たれ。便宜上、Dチームと呼ぶことにしよう。強い2人だが地形は砂漠だ、お前にとっては好都合だろう」
「ええ、任せてください。必ずや、成果を上げて戻ります」
 言って、リディアは元の位置へと下がる。
「ファビオラ」
「は!」
 ファビオラと呼ばれて進み出たのは、チルタリスだった。
「お前の相手はCチーム――ブースター、ジュプトル、ヒノアラシだ。相性もお前にとっては有利だが、決して侮れぬ奴らばかりだ」
「承知いたしました。この(わたくし)が、全身全霊でお相手いたしましょう」
 ファビオラが下がり、声は次の名を呼ぶ。
「カール」
「は!」
 進み出たのはキングドラ。
「お前にはブラッキー、グラエナ、そして人間の討伐に当たれ。Bチームと呼ぶことにするが、奴らのうち1人は人間、ポケモンもタイプが偏っている。戦闘能力は劣るが、それでもそこそこ頭は切れるようだ。油断は禁物だ」
「ラジャー! この僕にかかれば、奴らの俄作(にわかづく)りの戦略など通用しませんよ」
 カールが下がり、残すところはカイリューだけとなった。
「最後に……ハインツ!」
「は!」
 他の3体同様に進み出たハインツに、声は命令を下す。
「お前はAチーム――ワカシャモ、ゴース、メリープの討伐に向かえ。特にゴースは要注意だが……この3人を一緒にすれば、仲間割れする結果は目に見えている。お前の力ならば、捻り潰すことは容易(たやす)いだろう」
「……承知した」
 少し不満そうな声でそう答え、ハインツは後ろに下がった。
 どうやら、もう少し手ごたえのある相手と戦いたかったようである。
 『ドラゴン四天王』を見回して、声は最後にこう告げた。
「忘れるな。お前達の役目は、何としてもあの連中を消すことだ。ポケモン世界の秩序の為に、奴らをのさばらせておくわけにはいかぬ」
「は!」
 声を揃えて返答すると、4体のドラゴンポケモン達は、そのまま部屋を出て行った。
 それぞれが倒すべき、相手のところへ向かって。



「で……これから、どうします?」
 困りきった顔でガムとRXを見て、ヒメヤがそう尋ねた。
 整然とタイルが敷き詰められた街路。その左右には住宅街が広がり、等間隔に樹が植えられている。
 しかし街中にしては静かで、彼ら以外には誰もいなかった。
「取り敢えず、皆さんと合流したいところですけど――」
「でも、ここがどこかも分かんないんじゃ、どうしようもないだろー」
 ガムの言葉を遮るようにそう言って、RXが溜息を一つ。
 彼の言い分にも一理あるのは確かだ。
 彼らもポケモンのゲームには慣れ親しんでいる身だが、だからといって実際の地理が分かるかというと、それはまた別問題。
 それに、いくらポケモンの世界とはいえ、この場所がゲーム内に存在する地とは限らない。
「でも……何だかこの町、見たことがあるような……?」
 ガムが静かにそう呟くが、明確な答えは得られないままだった。
「ここで止まっていても始まりませんし、少し歩いてみませんか? これだけの街だったら、住人に会えるかもしれませんよ」
 ヒメヤの言葉に、ガムとRXはほとんど同時に頷いた。
 そうして3人が歩き出そうとした、次の瞬間。

 ものすごい爆発音が、3人の真後ろで炸裂した。

 爆風で街路のタイルが次々と吹っ飛び、四方八方にぶつかって粉々に砕け散る。
 辛うじてその不意打ちを避けた3人は、本能的に身構えながらばっと振り返った。
「な、何だ!?」
「オーッホッホッホッホ! 私の攻撃を避けるとは、そこそこ出来るようですわね」
 そこにいたのは、1体のチルタリスだった。
「誰だ!?」
 ガムが叫ぶ。
 チルタリスは綿毛の両翼を広げ、どこか嘲笑とも取れる不敵な笑みを浮かべた。
「申し遅れましたわね。私、『ドラゴン四天王』の一、『死の歌姫』ファビオラという者ですわ」
「『ドラゴン四天王』……!?」
 聞き覚えがない名前ではあるが、嫌な予感がするのは確かだった。
 『ドラゴン四天王』――いかにも、敵のトップといわんばかりの名称ではないか。
「私と戦うことになるなんて、不幸なお方々ね」
 丁寧すぎるほど丁寧な口調とは裏腹に、彼女からは惜しむことのない敵意と――それから、殺意が発せられていた。
 ぴりぴりと肌を刺されているように感じるほど、明白な殺意。
 こいつはヤバい。強い。
 痛いほどに、それが分かるのだ。
「すぐに――とはいきませんわ。たっぷりと甚振(いたぶ)って差し上げますわよ。オーッホッホッホ!」
 高笑いが終わるか終わらないかといううちに、ヒメヤが地面を蹴って飛び出していた。
「ふざけるなっ!」
 ヒメヤの腕の葉が緑色の光を帯び、鋭利な(やいば)へとその形を変える。
 ヒメヤの『リーフブレード』だ。
 しかしファビオラは、簡単に攻撃を通してはくれなかった。
「あらあら、可愛らしい攻撃だこと。そんなものが私に届くと思って?」
 大きく振りかぶったヒメヤの一撃を、紙一重のところでひらりとかわす。
 そして、続く2撃目を使わせることすらしなかった。
「『りゅうのいぶき』!」
 褐色の炎がファビオラの口から発せられ、ヒメヤへと襲い掛かった。
「ぐわああっ!」
 ヒメヤはその一撃に吹っ飛ばされ、ガム達のすぐ後ろへ落ちる。
「ヒメヤさん!」
「おい、大丈夫か!?」
 ヒメヤを助け起こそうとするガム達に、ファビオラは言う。
「さあ、本当の苦痛はこれからですわ。私の歌声の前に、いつまで立っていられるか……見ものですわね」
 大きく息を吸い込んで、
「私の歌声を聴くことになった、自らの運命を呪いなさいな!」
 その言葉に続いてファビオラの口から発せられたのは、歌だった。
 美しく、妖しいほどに魅力的な歌。
 全てを預けて聞き惚れていたいほどの……。
 そして、変化はすぐに現れた。
「な……身体が……!?」
 RXが苦しげに呻く。よろめきつつ、倒れこみそうになるのを必死でこらえる。
 大きな塊のようなものに、()し掛かられている感覚。
 身体を動かすことも出来ない。重い。息が詰まる。苦しい……。
 息を切らしながら、ガムが叫んだ。
「こ、れは……『ほろびのうた』……! マズいです、2人とも……このままでは……!」
 このまま何もしないでいたら、確実に倒されてしまう。
 しかし、ファビオラは正面きって戦っても敵う相手ではない。
 何とか、歌だけでも止めさせなければ……。
(でも、どうしたらいいんだ……!?)
 地面に片膝をついて、ヒメヤは荒い息をつく。
 時間が経てば経つほど、彼らの体力は削られてゆく。
(どうすればっ……!)
 ヒメヤの右手が、タイルの表面を上滑る。
 ぐっ、と握り締めたその右手が――ばちり、と火花を帯びた。
「!?」
 ヒメヤも、自分の使える技を全て把握出来ているわけではない。
 だが、これはもしかしたら……「あの技」なのでは――?
(迷ってる暇は、ない!)
 気が付いたら、ヒメヤはガムとRXにだけ聞こえるよう、小声で告げていた。
「今から僕があいつに突っ込みます。『でんこうせっか』を使えば、この状態でもなんとか動けるはずです」
 突拍子もないその提案に、ガムが制止の声をかける。
「ダメです! ヒメヤさんはただでさえ相性が悪いんですよ? それなのにこんな状況で……っ!」
 ヒメヤは、小さく首を左右に振った。
「大丈夫、僕に考えがあるんです。きっと、あいつが歌うのも止められます。身体が自由になり次第、逃げて下さい」
 ガムは尚も何か言いたげだったが、目を閉じてその言葉を呑み込んだ。
 代わって、RXが言う。
「絶対、やられるなよ」
「後から追いかけます。絶対に」
 言うが早いか、ヒメヤは『でんこうせっか』を発動、ファビオラへと突っ込んで行った。
 しかしファビオラは、笑みを浮かべてさっと身を引き、『でんこうせっか』による突撃をかわす。
 その間も、歌い続けたままである。
 空中で静止して、一層大きく声を張り上げる。

 まさか、ヒメヤの2撃目が来るとは、思っていなかったから。

「ッ!?」
 ヒメヤの拳が、ファビオラの身体を捕らえる。
 一瞬のことだったが、ファビオラの翼の先まで電流が走った。
 ファビオラの歌が、止まった。
「今です!」
 ヒメヤが叫ぶまでもなく、重圧から解放されたガムとRXは、精一杯地面を蹴って逃げ出していた。
「逃がしは、しませんわ……!」
 言って、翼を広げようとするファビオラだが、思うように身体が動かないらしい。
 その表情に、戸惑いの色が広がる。
「こ、これは……っ」
「そう、『かみなりパンチ』によるマヒ状態です」
 荒い息をつきながらも、ヒメヤはにやりと笑って見せた。
「草が必ずしも飛行に不利だとは……思わない方がいいですよ……」
 そう言い残し、自らも『こうそくいどう』を発動。目にも止まらぬスピードで、ファビオラの前から逃げ出した。
 追おうにも、身体が充分には動かない。
 彼らが逃げた方向を睨みつけ、ファビオラは呟いた。
「次はこうは行きませんわ。その命、必ず討ち取ってみせますわよ……!」



「わああああっ!?」
 瑞の叫び声。223と由衣は驚いて、そちらを振り向いた。
「な、何やっ!?」
 技の試し撃ちで互いを攻撃しないよう、瑞と由衣とは離れた場所で練習をしていたのだ。
 まさか、これほど早々に狙われるとは、思ってもいなかったから。
(甘かったわ……やっぱり、離れるべきじゃなかった!)
 心中で歯噛みしつつ、由衣は223と共に瑞の元へ駆ける。
 砂浜の一部に、岩が陸地から突き出て入り江になっているところがある。瑞がいるのは、そこだった。
 223達がそこから顔を出すのと、瑞がそこから横っ飛びに飛び出してくるのと、ほとんど同時だった。
「瑞、どないしたんや!?」
「何か変なの出て来たっ!」
 223と由衣の少し前で止まり、瑞は自分が出て来た場所を振り返る。
「変なのとは失礼じゃないか、お嬢さん?」
 声と共に、そこから1体のキングドラが現れた。
「それに、僕らにとっては倒すべき君達こそが異分子なのだからね!」
 倒すべき、異分子。
 《なんでもおはなし板》の住人であるが故、狙われる自分達。
 ――間違いなく、このキングドラは「敵」だった。
「貴方、何者よ!?」
 由衣が声を張り上げる。
「HAHAHA! よくぞ訊いてくれた! 僕は『アクアファイター』カール! 『ドラゴン四天王』のうちでも一番の――――ぐはぁっ!!」
 黒い影が彼の前を横切り、カールと名乗ったキングドラはふらついた。
 瑞の『だましうち』が炸裂したのだ。
「瑞、ちょっとは待ったったれや……」
「ごめん、なんか……終わりそうになかったから」
 あっけらかんとそう言い、瑞はカールをねめつける。
「要するに敵なんでしょ、あいつ? だったら倒せばいいじゃん」
「それはそうなんだけど……もう少し、情報得てからでも良かったんじゃないかしら……」
 由衣が引っかかったのは、『ドラゴン四天王』という言葉だった。
 カールの属するものを意味するらしいが、言葉だけではそれ以上のことは分からない。
「でも、埒明かなそうだし」
 しかし、瑞のその言葉については、特に否定は出来ない。
「……せやな」
「……そうね。倒しましょっか」
 3人の意見は、早々に一致を見たのだった。
 それに――上手く言い表せないのだが、このカールからは何かただならぬものを感じるのだ。
 放っておくわけには、いきそうもなかった。
「よっしゃ! 行け、ロゼリア!」
 223はポケットに手を伸ばし、モンスターボールを取り出す。
 高く放り上げたボールから飛び出したのは、ロゼリアだった。
「223、いつの間にそんなこと出来るようになったわけ!?」
 驚く瑞。由衣も目をぱちくりさせている。
 先程、何やら服をまさぐっているのには気付いていたが、まさか手持ちポケモンを所持しているとは。
「何か、気が付いたら持っとったんや。とにかくっ、これはチャンスやで!」
 確かに、戦力にならないと思っていた223がポケモンを使役することで戦えるのなら、これほど心強いことはない。
「ロゼリア、『はなびらのまい』や!」
 ロゼリアは両腕の薔薇を宙に向ける。
 すぐに、そこから大量の花弁(はなびら)が舞い上がり、カールへ向けて襲い掛かった。
「そこそこ、美しい攻撃が出来るようだね。でも――」
 カールは、花弁の方に顔を向ける。
「僕の美しさには、敵わないっ!」
 カールの口から、水で出来たリングのようなものが発射された。
 カールの『みずのはどう』だ。
 『みずのはどう』はロゼリアの花弁をことごとく撃ち落としてゆく。
「くっ!」
「まだまだ、こんなものじゃ終わらないさ!」
 『はなびらのまい』を潰してもその勢いは衰えず、『みずのはどう』がロゼリアを直撃した。
「ロゼリア!」
 効果はいまひとつの技である。普通に考えたら、ほとんど効かないはずの技。
 それなのに、『みずのはどう』を受けたロゼリアは大きくよろめき、片膝をついてしまったのだ。
 それは、カールのレベルの高さの証左に他ならない。
 戦いを長引かせるのは、得策ではなさそうだ。
 そう判断した由衣は、ロゼリアの頭上を飛び越え、カールへと『とっしん』した。
「正面きっての攻撃か……美しくないな」
「そんなもの、攻撃の基準にしてほしくないわねっ!」
 由衣はそのまま突撃するが、カールはひらりと身をかわす。
「それは、僕に勝ってから言う台詞じゃないのかな? 『みずのはどう』!」
 水のリングが、追撃を食らわそうとした由衣を蹴散らす。
「きゃあああっ!」
 吹っ飛ばされた由衣は、瑞の真後ろに墜落した。
 ろくに戦った経験がなかった為に受身も上手く取れず、まともに地面に叩きつけられたのだ。
「ゆ、由衣っ!」
 瑞が慌てて駆け寄るが、由衣は叩きつけられた衝撃で気絶してしまっていた。
 この時点で既に、満足に戦えるのは瑞だけだ。
 しかし当の彼女はというと、戦えるのが自分だけになってしまい、すっかり逃げ腰である。
「あたしだけでどうしろって言うのよぉ……」
「おやおや、怖気(おじけ)づいたかい? まったく、美しくないな」
 カールはニヤリと笑うと、今にも『みずのはどう』を放たんばかりの体勢を取る。
「そもそも、ブラッキー(キミ)のような地を這うばかりの醜い種族に、僕を倒せるはずなんかないのさ! 水中を華麗に舞い、水を自由に操る僕にこそ――」
 しかし彼は、最後まで言い切ることが出来なかった。

 ――瑞の、ただならぬ様子に、気付いたから。

「み、瑞……?」
 文字通り、目の色が変わっている。
 その奥に見えるのは、(まご)うことなき怒りの色。
「醜い……っつったな」
「?」
 触れるだけで怪我をしそうな殺気を、全身から放って。
 瑞は、低い声で続けた。
「てめえ、ブラッキーのことを『醜い』って言ったんだよなぁ!!?」
 口調すら、先程までの面影を留めていない。
 そのあまりの剣幕に、223は口出しも出来なくなっていた。
 しかし、流石は強そうなだけはあるのか、それともただ空気が読めないだけなのか、カールは全く怯まない。
「当然じゃないか! この僕の美しい水のイリュージョンの前では、どんなポケモンだって――」
 最早瑞は、カールの言葉を聞いてはいなかった。
 目にも止まらぬスピードで飛び出すと、『でんこうせっか』の一撃を食らわせる。
「ぐほっ!!」
 ふらついたカールに、更に『だましうち』を仕掛けた。
 カールは数メートル吹っ飛ばされるも、何とか体勢を立て直す。
 ――しかし、瑞の攻撃は終わりはしない。
「現実世界の私なら兎も角……ブラッキーを馬鹿にしたんだよなぁ、あぁ!!?」
 完全に、堪忍袋の緒が切れているようだ。
「な、何だよいきなり……!?」
 瑞の突然の変化に、カールは付いていけない。
 勿論、だからといって瑞が手を緩めるはずもなく。
 息を鋭く吸い込んで、瑞は叫ぶ。
「ブラッキー狂のあたしにとっちゃ、ブラッキーをけなす奴ぁ万死に値する! ぜってぇ許さねえっ!!!」
 『でんこうせっか』で、一気にカールとの間合いを詰める瑞。
 慌てて『みずのはどう』を発動するカールだが、一拍及ばなかった。
 瑞はカールのすぐ側で、四肢を滅茶苦茶な方向に乱暴に動かし始めた。
 カールを蹴飛ばし、尻尾で殴りつけ、頭突きを食らわせる。
 これは――ブラッキーが本来使用できないはずの技、『あばれる』。
 瑞の怒りが成せる業なのだろうか……?
「うああああっ!!」
 カールは逃げることも出来ず、どんどん傷だらけになってゆく。
「瑞ー……その辺にしたったれやー……」
 控えめに呼びかける223だが、瑞の耳に届こうはずもない。
 やがて、カールがぐらりと身体を揺らし、横様に倒れる。
 それと同時に、瑞はふらふらと不安定な足取りでその場を離れた。
 『あばれる』が解け、混乱状態に陥ったようだ。
「瑞、大丈夫か!?」
 彼女が混乱状態になったことで、あの剣幕も消えていた。もう怖くないと判断した223が、瑞に駆け寄る。
「あー……」
 意識がはっきりしないらしく、ぼんやりとした返事をする瑞。
「……追い討ちかけるなら、今がチャンスね」
 いつの間にか、由衣が223の隣にいた。
「由衣、起きとったんか?」
「さっきから、ね。――瑞を邪魔しちゃ悪いと思って、黙ってたけど」
 言外に、先程の瑞は怖くて手出しが出来なかった、という正直な感想が伝わってくる。
 223が肩を竦めると、由衣は咳払いを1つして、「兎に角っ」と続けた。
「攻撃するなら、今よ」
「せやな……ロゼリア!」
 223のその声に、片膝をついていたロゼリアが、ゆっくり立ち上がった。
 カールへの追撃くらいなら、出来そうである。
「『はなびらのまい』や!」
 ロゼリアの薔薇から溢れた大量の花弁が、カールへと襲い掛かる。
 それに併せて、由衣が『とっしん』でカールへと突っ込んでいった。
「や、やめろっ……!」
 しかし、ボロボロのカールはもういくらも動けない。
 ロゼリアと由衣の攻撃が、カールにクリーンヒットした!
「がはぁっ!」
 血を吐いて、カールは水飛沫(みずしぶき)を上げて水面に投げ出された。
「くそっ……貴様ら、許さんぞ……!」
 身体を半ば海に浸して、彼は3人を睨む。
「僕を怒らせたことを、後悔する時がいずれ来る……」
 そう言い残し、カールは水中へと姿を消した。
 泳いで逃げてしまったようである。
「完全に、負け犬の遠吠えね……ま、(わたし)が言えた義理じゃないけど」
 カールの去った方を見て、由衣が呟いた。
 それから、223と瑞の方へと戻る。
「瑞、大丈夫か? もうバトルは終わったんやで!」
 混乱状態の瑞に話しかける223だが、瑞はほとんど聞こえていないらしい。
 その挙句、砂浜に倒れこんでしまった。
「瑞!?」
「Zzz……」
 心配して覗き込む223だが、瑞は非常に安らかな寝息を立てている。
 疲れ果てて、眠ってしまったようだ。昨日の夜に眠れなかったことも災いしているのだろうか。
「あかん、寝とるわ……」
 首を左右に振って、223が由衣を見る。
「ひとまずは、これで一件落着のようね」
「……そうなんか?」
「…………多分」
 何はともあれ、瑞が起きないままでは動きようもない。
 それに、由衣やロゼリアもノーダメージではないのだ。
 Bチームの面々は、一旦休憩することにした。



 一方、こちらは砂漠地帯。
 浅目は姿勢を低くすると、さっと周囲に視線を走らせた。
 砂嵐から垣間見えるのは、下にサボネアとサンド、上にビブラーバ。
 圧倒的に敵の数が多い上、彼らは「砂嵐」の影響を受けない、あるいは寧ろ「砂嵐」によって有利になるポケモン達だ。
 この地に放り込まれた時点で、浅目と愛の不利は確定したようなものである。
 本当に、2人を確実に倒す為の策略のようだ。
 だとしたら――腹を括って、戦うしかない。
「数に任せた戦いでは、私達は倒せないぞ」
 そう言った時にはもう、浅目の姿は『へんしん』を終えていた。
 茶色の体毛に覆われた大柄な身体に、短いながらも鋭く尖った牙。
 ――イノムーである。
「悪いが、地形での相性は(くつがえ)させてもらう」
 氷タイプの技は、サボネア達には効果抜群。更に、地面タイプを併せ持つイノムーは、砂嵐の影響を受けることがない。
 愛もまた、戦闘は避けられないと悟ったか、浅目と背中合わせに立つと戦闘体勢を取る。
 その時、砂嵐の中、どこからともなく笑い声が届いてきた。
 くすくすというその声は、砂漠に不規則に響き渡り、不気味な色合いを帯びる。
「だ、誰!?」
 本能的に危機を悟ったか、愛が声を上げた。
「ふふ……なかなか頭が切れるようね」
 声が言い終わらないうちに、浅目が叫ぶ。
「愛さん、上だ!」
 2人が同時に見上げると、そこにはフライゴンの姿があった。
「初めまして。あたしは『ドラゴン四天王』のうちの1体、『砂上の蜃気楼』リディア!」
「『ドラゴン四天王』……『砂上の蜃気楼』?」
 リディアの言葉を、浅目が鸚鵡(おうむ)返しにする。
「ええ、そう。簡単に言えば……あんた達を倒す為に遣わされたドラゴン達の一角、ってコトよ!」
「倒す為……だと?」
 浅目はその長い体毛の下から、リディアを見上げた。
 昨日、彼女達の目の前に現れ、襲い掛かってきた数々の敵。
 彼らの仲間、といったところだろうか。
(いや……あるいは上司、か)
 昨日のどのポケモン達より、このリディアは強い。
 戦わずとも、それが痛いほどに伝わってくる。
「今頃、あんた達の残りの仲間も、他の『四天王』に倒されているでしょうけど……心配しなくてもいいわ。すぐ、同じところに送ってあげるから」
 リディアの言葉に、愛が反駁(はんばく)する。そこには、怒りと共に若干の焦りが含まれていた。
「そ、そんなわけないじゃないですか! 皆さん、強いんですよ! あんたなんかに負けるはずありません!」
「あら? 本当に、そう言い切れるかしらね?」
 含み笑いをしながら、リディアは真意の読み取れない目で2人を見下ろす。
 尚も口答えしようとする愛を、浅目が止めた。
「愛さん、いちいち反応しちゃ駄目だ。これはきっと、私達を惑わせる奴の作戦だ」
「私は真実を言っているまでよ?」
 どこかからかうような口調でそう言って、リディアは鼻で笑う。
 そして、2人が攻撃する前に、羽根を大きく羽ばたかせて上昇した。
 翼の起こす風圧が砂塵を舞い上げ、2人の視界を覆い隠す。
「わ、わっ!」
「くっ……マズいな」
 遮られた視界を割るように、2体のサボネアが飛び出して来る。
 愛がそれを視認した時にはもう、彼女の眼前まで迫ってきていた。
 自分でそうと意識する間もなく、愛は『サイコキネシス』を発動。無我夢中になって、気付けば2体を弾き飛ばしていた。
「……やるな、愛さん」
 浅目がふっと笑みを浮かべる。
「い、今のはつい条件反射で――」
「しっ! 次が来る」
 愛の言葉を遮って、浅目は警戒を促す。
 そして、突如として上空に『れいとうビーム』を放った。
「えっ!?」
 突然のことで驚く愛の目の前に、氷付けになったビブラーバが2体、墜落していた。
 よく見ると、口をすぼめている。今まさに『りゅうのいぶき』を放たんとしていたところだったらしい。
 砂嵐の間から、リディアの声が聞こえてくる。
 発信源が分からないほどに響き渡り、浅目達を惑わせてくる。
「なかなかやるわね」
 しかし、彼女自身の姿は全く見えない。
 空にいたビブラーバは2体だ。浅目は、認めざるを得なかった。
 砂嵐の中のリディアを、自分は感知さえ出来なかったことを。
「それなら、これはどうかしら!?」
 その声と同時、砂嵐をかいくぐるようにして、『りゅうのいぶき』が飛んで来た。
「きゃああっ!」
「愛さん!」
 飛んでくる方向も、技も、全く予測が出来なかった。
 『りゅうのいぶき』は愛を直撃し、浅目から数メートル離れたところへと吹っ飛ばす。
「大丈夫か、愛さん!?」
 吹き荒れる砂嵐の合間から、何とか「大丈夫です」という返事が聞こえる。
 しかし、このままでは互いをカバーしあうどころか、意思疎通すらままならない。
 浅目は『りゅうのいぶき』が飛んで来た方を見遣るが、リディアの影さえ見えなかった。
「さあ、次はあんたよ!」
 リディアの声が、再び響く。
 『りゅうのいぶき』が飛んでくる。
 ――先程とは、全く違う方向から。
「くっ!」
 浅目はギリギリのところで『こらえる』を発動。『りゅうのいぶき』によるダメージを抑えたが、技の勢いで愛とは正反対の方向へ押し出されてしまった。
(最初から、私達を引き離すのが狙いで……!)
 ぎり、と歯噛みするも、もう遅い。
 浅目は、ちらりと愛に目を向けた。
 浅目と違い、愛には砂嵐のダメージが徐々に蓄積してゆく。
 襲い掛かるサンドとサボネアを『サイコキネシス』で蹴散らしている愛だが、息が上がっているのは傍目にも明らかだった。
 更に、サンド達の特性は『すながくれ』。全ての攻撃を当てきることが出来ておらず、撃ち漏らしたサンド達が何度でも飛び出してくる。
「ふふ……他人のことを気遣っている暇があるのなら、自分の心配をしたらどう?」
 砂塵を突き破り、『りゅうのいぶき』が次々と放たれる。
 連続攻撃に避けようにも避けられず、姿が見えないのでは、反撃も出来ない。
 浅目は出来る限り『れいとうビーム』で『りゅうのいぶき』と応戦するが、何せ全ての攻撃が不意打ちである。
 対応出来る量にも、限界があった。
 跳ね返しきれなかった攻撃は『こらえる』で防ぐものの、そのダメージは半端なものではない。
 リディアのレベルの高さを痛感する。
(――強い)
 ただでさえ強いのに、地形という味方を得て、リディアの強さは確実となっている。
 砂嵐の中で羽音だけが聞こえる為、「精霊」と思われていた――フライゴンという種族には、そんな設定がある。
 声はするのに、いると分かっているのに、捕らえることが決して出来ない。
 ――――『砂上の蜃気楼』。
「さて……そろそろ、終わりにしましょうか?」
 リディアの声が響く。
(来るっ……!)
 浅目は、大きく息を吐き出した。
 正直、当たるかどうか分からない攻撃をするのは、あまりにも危険だ。
 特に、強い奴を敵に回している時は、その攻撃が却って隙になりかねない。
 だから、先程から思いついていた攻撃手段だったが、使わないで来た。
(それでも――!)
 このまま何もしないで倒されるより、ずっといい。
 当たらないかもしれないが――最後の、抵抗だ。
「『れいとうビーム』!」
 浅目は『れいとうビーム』を発射し、その場でぐるりと1回転した。
 その動きに併せ、『れいとうビーム』が円を描く。
 煌く尾を引いて、砂嵐を突き破る。
 姿の見えない敵だが、浅目の周囲にいるとしたら、もしかしたらこれで――。
「ふん、甘いわね!」
 次の瞬間、『りゅうのいぶき』が浅目の真上から飛んできた。
(しまった……!)
 『こらえる』で対応するも、間に合わなかった。
 『りゅうのいぶき』が、浅目を直撃する。
「あ、浅目さん……!?」
 遠くで叫ぶ愛。
 砂埃を巻き上げ、その巨体が横倒しになって――、

 その時にはもう、浅目の姿は「元」に戻ってしまっていた。

「浅目さん!」
「ふふっ、体力の限界のようね」
 メタモンに戻った浅目をめぐり、2人の声が交錯する。
「その身体じゃ、どんな攻撃も防ぎきれないわね!」
 愛は浅目を助けに行こうとするが、砂嵐によって食らったダメージが大きく、思うように身体が動かない。
 そんな彼女に、砂嵐の中からポケモン達が容赦なく襲い掛かってくる。
「あたしの勝ちね!」
 リディアの勝ち誇った笑い声が、砂漠に反響して――――。



「ちょ、ちょっと澪亮さん! 何も、こんな時に戦わなくてもいいじゃないですかっ!!」
 必死で止めようとするひこを無視し、澪亮は列車内を逃げる悠を追い掛け回す。
「こんな時だからこそだっ! 待て、悠! 主人公の座、俺がもらったあああ!」
「ぎゃああああ!」
 悠は列車の連結部へ向かい、隣の車両へと逃げようとして――、

「!」
 突如として感じた気配に、足を止めた。

「うわっ!」
 前触れもなく止まった悠の背中に、澪亮が思いっきりぶつかる。
「いきなり止まるなよ、危ねぇなぁ!」
 「待て」と言っておいて、それはないだろう。
 ――と思った悠だったが、どうやら今は、そんなことをツッコんでいる場合ではないようである。
「……誰か、います」
 隣の車両から、ただならぬ気配を感じる。
 誰かがいるのだ。それも、相当強い奴が。
「え……でも、ここには私達しか――」
 ひこの問いかけは、途中で止まることとなった。
 車両の連結部に、大きな影が現れたのだ。
「誰だ!?」
 澪亮の叫び声に、影はゆっくりと前に進み出る。
 それは――カイリュー、だった。
「お前らが、純粋な子供達を惑わす悪人だな……?」
「……え?」
 脈絡もなく貼られた理不尽かつ不名誉なレッテルに、ひこが戸惑いの声を上げる。
「それ、どういう意味ですか……?」
「そーだっ、意味が分かんねぇよ! 誰が悪人だ!」
(いや、澪亮さんはそう思われても仕方がないと……)
 胸中でツッコむも、口に出しては言えない悠だった。
「兎に角、こっちの質問に答えろ! お前は何者だ!?」
 澪亮の問いかけに、カイリューはふんと鼻を鳴らす。
「俺はハインツという。またの名を――いや、お前らに教えるまでもないか」
「どういう意味だよそれっ、最後まで言えよ!」
「言ったところで……冥土の土産にしか、ならんだろうからなっ!!」
 叫ぶなり、ハインツは3人に向かって『はかいこうせん』を放った!
「うわあああああ!!」
 『はかいこうせん』は、巻き込んだ座席を木っ端微塵に粉砕し、後続の車両へと貫通してゆく。

 爆煙が辺りを満たし、後続車両は吹っ飛ばされて、連結部だったところには大穴が。
 ものの数秒も経たないうちに、列車内は先程までの面影を留めないほどに破壊されてしまったのだ。

 信じられない破壊力、速さ、そしてこの威圧感。
 ゴーストタイプの澪亮でさえ、『はかいこうせん』の風圧で列車の壁に叩きつけられていた。
 悠は辛うじて直撃を避けたが、ひこは避けきれずにまともに食らってしまったようだ。
 ピクリとも動かない彼女を背負い、悠は煙に紛れてまだ原形を留めている座席の下に隠れた。
 すぐ、澪亮がそこに潜り込んでくる。
「くそっ……悠、大丈夫か?」
 出来る限り声を潜め、彼女は悠に呼びかけた。
「はい、僕は大丈夫ですが……ひこさんが……」
 澪亮はちらとひこを見たが、すぐに悠に向き直った。
「この分じゃ、ひこはもう戦闘不能だな……早いトコ、ポケモンセンターか何かに連れてかねぇと」
「でも、ハインツを倒さないとここから動きようが――」
 悠の言葉を遮って、澪亮は続ける。
「分かってる。だから……取り敢えず何か、あいつを倒せそうな作戦考えろ」
 考えよう、ではなく、考えろ。
 その言葉の意味を理解するのに、悠はたっぷり数秒を要してしまった。
「――ってそれ、僕1人で考えろってことですか!? な、何て人任せな――」
「こらっ、静かにしねぇと見つかっちまうって。ほら、進化的にはお前が1番強ぇんだから、お前が考えるのが筋ってモンだろ? 分かったら黙って考えろ」
(いや、進化とかそういう問題以前に……間違いなく、澪亮さんが1番強い!!)
 よっぽどそう言いたかったが、ここで口論していても始まらない。
 今まで出会った敵の中で、このハインツは文句なしに最強だ。
 ひとまずは、彼を倒す手段を考えなければ。
「でも、どうしたら――」
 悠は言いかけたが、列車中に響いたバシンという音に驚いて、次の言葉を呑み込んだ。
 ハインツが、尻尾で床を叩いたのだ。
「ふん、隠れていてもムダだ! 出て来い!!」
 そう言われても、易々と出て行くわけにはいかない。
 有効な手立てを見つけられないまま、座席の下で悠と澪亮は作戦会議を続ける。
「――おいおい、マジでどうすんだ? 悠、ここで死んだらそれこそ主人公の座を剥奪されっぞ?」
 自分もピンチのはずなのにそんなことを言って、暗い座席の下でにやっと笑う澪亮。
 その種族もあいまって、非常に不気味である。
「笑ってる場合じゃないですよ……」
 ぼそっと呟いて、それから悠は話し始めた。
「まず、今のこの状況を整理してみませんか?」
 澪亮は軽く頷いた。
「えー、ここは古列車の中。敵、カイリューが1体。ものっそい強い」
「僕達……ゴース1匹、ワカシャモ1匹、メリープ1匹、ただし戦闘不能……ですね」
 僅かの間の沈黙。
 そして、辿り着いた作戦は――、

「諦めるか」

「ええぇぇぇぇぇぇ!?」
 あまりにも想像を絶する答えだったので、思わず悠は叫んでしまった。
「馬鹿、大声出すなよ! ハイムさん来ちまうだろ!」
「何ですか、そのドイツ語の『おうち』みたいな名前は! ハインツですよ! ――じゃなくて、どうしてそういう結論にも作戦にもなってない答えに至るんですか!」
 尚も言い争いを続けそうになった2人だが、同時にぴたっと口を閉ざす。
 大きな足音が、着実に、こちらに近付いてきていたから。
「そこにいたか、貴様ら!」
 完全に、居場所がバレてしまったようだ。最早、逃げ場などない。
「こうなりゃ……」
 澪亮がぐいっと顔を上げる。
(次は何を言い出すんだ……?)
 悠はごくりと唾を飲み込んで、恐る恐る尋ねた。
「ど、どうするんですか?」
 ハインツは、もうそこまで迫ってきている。
 威圧的な声が、すぐ側で響く。
「一気にカタを付けさせてもらおうか」
 その声が聞こえるや否や、澪亮が座席の下から飛び出した。

「終わるものかぁぁぁぁ! 強行突破だぁぁぁぁ!!」

「何故〜〜〜っ!!?」
 しかし、澪亮を放っておくわけにはいかない。
 ――こうして、座席の陰から、狂気的かつ猟奇的な目をしたゴースと、メリープを担いだやけくそ気味のワカシャモが現れたのだった。




「ふーっ、何だか寝たらすっきりしたーっ!」
 目を覚ました瑞が、そう言って大きく伸びをする。
 そこに、カールとの戦闘時の怖さは全く見当たらなかった。
「うん、それは良かったわ」
 苦笑しつつ、由衣が話しかける。
 その口調には、瑞の怒りが晴れたことへの安堵が多分に含まれていた。
「さて……瑞も起きたことやし、少し歩いてみぃへんか?」
 223の提案に、瑞が頷く。 「そだね。ここでいつまでもじっとしてても始まらないし」
 3人は海に背を向けると、砂浜から内陸に向かって歩き始めた。


 少し歩くと、閑静な町並みが見えてきた。
 いかにも「田舎の港町」といった風情の、小さな店舗が立ち並ぶ商店街。
 しかし、そこに人やポケモンの姿は見当たらず、町には似つかわしくない静けさが漂っていた。
 遠くの潮騒(しおさい)が、やたらと大きく聞こえてくる。
 道に沿って、歩き続ける3人。
 やがて、223がぼそっと独りごちた。
「なんか……腹減ったなぁ……」
 その言葉に、瑞も由衣も忘れかけていた食欲を思い出す。
 そういえば、朝から何も食べていないのだ。
 カールとの戦闘があってそれどころではなかったが、バトルが終わってこうして落ち着いてみると、急に空腹が激しくなってくる。
「そうだね……お腹空いたね……」
 とはいえ、道端にそう簡単に木の実が落ちているはずもなく、3人は仕方なしに歩き続ける。
 ――と。
 見覚えのある青い看板が、3人の目に留まった。

 「LAWSON」。

「ローソンや!」
「何でローソンがあるのよ!?」
 思わずツッコミを入れる由衣。が、あくまで入れてみただけだ。
 ローソンがあることに、特に異存があるわけではない。というか寧ろ大歓迎。
「何であるのかは分からんけど……あれは紛れもなくローソンやで!」
「取り敢えず、何か買ってこうよー! あたし、もうお腹ぺこぺこ!」
「……腹が減っては何とやら、ね。入ってみましょうか?」
 というわけで、3人はローソンに入ろうとして――根本的な問題に気付いた。
「でも……あたし達、お金持ってなくない? ポケモンになっちゃったんだし」
「……あ」
 223と由衣とが同時に声を上げるが、それぞれ別の理由からだった。
 由衣のそれは、自分が無一文なのを思い出したから。
 そして223のそれは、自分がお金を持っているのを思い出したから、だった。
「俺、お金持ってるで」
 言いながら、ポケットから財布を取り出す。
「多分、ここに迷い込む直前、ポケットに財布入れっぱなしのままパソコンしとったから……一緒に持って来れたんやと思う」
 何はともあれ、これで根本的な問題は解決した。
 4足歩行の瑞達に代わって223が扉を開け、3人はローソンに立ち寄ることにしたのだった。

 中に入ると、外の商店街同様誰もいなかった。店員の姿すら見当たらない。
 が、商品は綺麗に陳列されており、要冷蔵食品のエアコンもちゃんと動いている。店としては機能しているようだ。
(……しかし、この世界の店員は人間なのかしら、それともポケモンなのかしら……)
 由衣の脳裏をそんなことが過ぎるが、そもそもいないのでは詮索しようがない。
 3人はおにぎりとからあげクンを選ぶ。そして、代金をどうすればいいか迷った挙句、カウンターに置いておくことにした。

 食べ物を「購入」した3人は、食べながら辺りを探検してみることにした。
 おにぎりを頬張りながら、223が何気なくローソンを振り返る。
 そして、あっと声を上げた。
「ここ、セキチクシティやったんや!」
「え!?」
 彼の目に飛び込んできたのは、店先の看板の、「LAWSON セキチクシティ店」という文字だったのだ。




 Cチームの3人――ヒメヤ、RX、ガムは、無我夢中で走っていた。
 ファビオラが動けないうちに、体力が許す限り彼女から遠ざかっておかなければならない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 しかし、『ほろびのうた』を長く聴いていたせいで体力の消耗が激しく、走るペースは徐々に落ちてゆく。
 特に、ヒメヤは先程『りゅうのいぶき』の直撃を食らっている。『こうそくいどう』で2人と合流出来たはいいものの、彼の体力はほとんど限界に近かった。
「ヒメヤさん、大丈夫ですか!?」
 苦しい息の下から、ガムが呼びかける。
「ええ、大丈夫です……早いところ、あのファビオラから逃げないと……っ」
 尚も走り続けていると、3人の視界が突然ばっと開けた。
 左右を遮っていた住宅が途切れたのだ。
 そこは、大きな公園になっていた。
 3人は、誰からともなく足を止める。
「公園……ですかね」
 数歩進んでみて、3人はそこで、鼻腔を突く厭な臭いに襲われた。
 嗅いだことはあるけれど、慣れることはなかなか出来ず、慣れたくもない臭い。

 それは、血の臭いだった。

 3人は顔を見合わせると、その臭いを辿って走る。
 砂場の脇を通り抜け、植え込みを回り込んで、その先にあったのは――、

 想像を絶するほどの、恐ろしい光景だった。


「なっ……これは……!」
 ガムがようやく搾り出した声は、しかし、ほとんど意味を成すことが出来なかった。
 3人の顔から、血の気が失せる。

 血溜まりの中、無造作に投げ出された手足や尻尾。
 無数の傷痕。
 生気のない、濁りきった瞳。

 そこにあったのは、無数のポケモン達の屍だった。

 よく見ると、その中には見覚えのあるポケモン達がいる。
 ゴシックロリータ衣装のラティアス、背中のきのこにネクタイをつけたパラセクト、頭に鞄を引っ掛けたままのミロカロス……。
「ここは、もしかして……『サナスペ』の世界なのか……!?」
 そのポケモン達は、『サナスペ』――『ポケ書』に掲載されている漫画『サーナイトエクスペリエンス』の登場人物だったのだ。
 とすると、この公園は、漫画内でサナがラティオスとデートした公園。
 そしてこの街は、漫画の舞台となったあの街そのもの――。
 ガムの既視感の正体は、これだったのだ。
「一体、この世界は何なんだ……? それに、誰がこんなひどいことをっ……!」
 ヒメヤが拳を握り締めた、その時だった。

「知りたいのなら、教えて差し上げましょうか? この世界の真実を」

 後ろから聞こえた、ソプラノの声。
 3人は本能的に戦闘体勢を取りながら、一斉に振り返る。
 もう2度と聞きたくなかった声だが、こうも早々に聞くことになるとは……。
 果たして3人の後ろには、先程戦ったチルタリスの姿があった。
「ファビオラ!」
 RXが叫ぶ。
「覚えていただけて光栄ですわ」
 ふっと笑みを浮かべて、ファビオラは3人を見回した。

「この世界は、ポケモンを愛する人全ての『心』から生まれた、仮想空間なのでしてよ」

「ポケモンを愛する人の……心!?」
 予想だにしていなかった言葉に、3人は驚きを隠せない。
 ファビオラは頷いて、続けた。
「ええ。そして『私達』は、『ポケットモンスター』そのものを作った方々の『心』から生まれました」
 彼女の言う『私達』がどこまでを範疇とするのか、この状況でははっきりしたことは分かりかねる。
 ただ、もしかするとそれは、『ドラゴン四天王』だけではなく――今までヒメヤ達を襲ってきた、全てのポケモンを指すのだろうか。
 彼らは今まで、大好きなポケモンの製作者達の「心」が生み出した存在に、襲われていたというのか。
「そしてここ一帯は、あのソアラとかいう人間の『心』が生み出した街、というわけでございますわ」
 ――自分がもし、《なんでもおはなし板》の住人を狙う敵だったら、最初に狙うのは管理人のソアラ本人だ。
 昨日、自分で言ったことが、ヒメヤの脳裏にまざまざと蘇る。
 間違いない。
 この惨状の原因は……ファビオラ達だ。
「何故、何故こんなことをしたんだ!」
 ガムも、同じことに気付いたらしい。怒りに燃える目をファビオラに向け、彼は叫ぶ。
 しかしファビオラは、彼の怒りなどお構いなしに、涼しげな顔をしている。
 大したことはしていないと、そう言わんばかりの表情。
「簡単なことでしょう? 私達にとって、ここは有害な街。ここに住むポケモン達は有害な存在。だから、粛清しなければならなかった――それだけのことですわ」
「有害!?」
「そう。私達はポケモンを純粋に愛する子供達の『心』を守る為、それを害するような存在を淘汰しているのです。つまり私達の使命は――――子供達にとって悪影響を及ぼしかねないポケモン作品を、抹殺することなのですわ」
 言いようによっては、ファビオラ側が「正義」と取れる言い分だ。
 しかしそれは、《なんでもおはなし板》の住人を狙う理由にも、このような惨状を引き起こしていい理由にもならない。
「じゃあ、何で『ポケ書』に関係のある皆を狙うんだ!?」
 RXの問いに、ファビオラは嘲笑を浮かべる。
 当然のことを訊かないでほしい、といわんばかりに。
「考えれば分かることではございませんか? あの『ポケ書』なるサイトの作品には、ブラックユーモアや卑猥な表現など、有害なものがあちこちにばら撒かれているのです。私達が淘汰するに充分値する――寧ろ、最優先で抹殺しなければならないものでしてよ?」
 そして、再び3人の顔を見回して、
「そんなものを見て喜んでいるあなた達も、同罪ということですの。お分かりいただけたかしら?」
 認めたくなかった。
 手前勝手な基準を押し付け、淘汰と称して殺戮を行ったファビオラの側が、「正義」だなどとは。
「分からないし、分かるつもりもない! 『ポケ書』はそんなサイトじゃないんだ!」
 ヒメヤが叫ぶが、ファビオラはそんな彼を軽蔑しきった瞳で見下ろす。
「そういえばあなた……ヒメヤ、という名でしたわよね。あなたも、ポケモンを使って卑猥なことを考えた経験がおありでしたわね?」
「!?」
 誰も知らないはずのことを指摘され、ヒメヤは思いっきり動転してしまう。
「そ、そんなことはっ……!」
「言ったでしょう? この世界はポケモンを愛する全ての人間の『心』が生み出したものだと。ポケモンに対する想像力が、この世界の至るところで新たなエリアを生み出しているのですわ。つまり、この世界にいる以上、あなた達の想像は全てお見通し、ということですわね」
 冷たい目のまま、彼女は笑った。
「うおおおおっ!」
 ポケモンを愛する子供達の為だ、と自らの行為を正当化するファビオラ。そして、自らの想像にまで干渉してくる悪趣味さ……。
 遂に、ヒメヤがキレた。
 『リーフブレード』を振りかざし、ファビオラに向かって突進する。
 ガム達が止める暇もなかった。
「あら、大人気(おとなげ)ない方だこと。もう、先程のようには参りませんわよ?」
 大きく羽ばたいてヒメヤの攻撃をかわし、ファビオラは宙で1回転する。
「食らいなさいな、『りゅうのいぶき』!」
 ヒメヤ目掛けて、『りゅうのいぶき』が繰り出される。
 彼の反応は、あと一歩のところで及ばなかった。
 ファビオラが放った兇悪な息吹はヒメヤを直撃し、そのまま彼を弾き飛ばす。
「ヒメヤさん!」
 ガムとRXがヒメヤに駆け寄る。
「も、もうダメ……ぽ……」
 それだけ言って、ヒメヤは気を失ってしまった。
 やはり、先程の体力の消耗が激しかったらしい。
 ガムとRXは、ファビオラを睨み据える。
「よくもヒメヤさんを!」
 しかし、正面から攻撃しても勝ち目がないのは事実だ。
 ヒメヤのように、ファビオラを特殊状態にして、それから攻撃するのが得策だろう。
(ブースターがこれを使うのは、ブースター好きの僕としては納得がいかないんだけど……)
 ガムは大きく息を吸い込むと、その口から紫色に渦巻く怪しげな気体を吐き出した。
 『スモッグ』だ。
 これで相手を毒状態に出来れば、戦闘をかなり有利に運べるはずである。
 しかし、ファビオラは『スモッグ』を受けても動じなかった。
 その身体が柔らかい緑色の光を帯びる。
「オーッホッホッホ! 私にこんな攻撃が通用するとでも? 私は『リフレッシュ』が使えましてよ。毒状態など、回復するまでですわ!」
 マヒ状態からの回復がやたら早かったのも、この技のおかげか。
 『スモッグ』を完全に振り払い、ファビオラがガム達に迫ってくる。
「さあ、あなたもこれで終わりですわ。私の『めざめるパワー』を、受けて御覧なさい!」
 ファビオラの周囲を、紅く光る球が回り始める。
 その球は次々と数を増やし、ガムに襲い掛かった!
「うわあああっ!!」
 ガムにぶつかった球は、水滴を散らしながら弾ける。
「ま、まさか……」
「ええ。私の『めざめるパワー』は水タイプ。あなたには天敵でございましょう?」
 ファビオラが言い終わる前に、ガムはもう倒れこんでしまっていた。
「が、ガムさん!」
 RXがガムに駆け寄る。
 彼を見据えて、ファビオラが大きく羽ばたいた。
「さて、お嬢さん。残るはあなただけですわね。さあ、覚悟なさい!」
 言うが早いか、RXに向かって急接近する。
「うるさい! 俺はおと――」
 RXは最後まで言い切ることも、反撃することも出来なかった。
 ファビオラの『めざめるパワー』が、至近距離から放たれたのだ。
「ぎゃあああっ!」
 RXはまともに『めざめるパワー』を食らい、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
 動かなくなった3人を見渡して、ファビオラは満足げに息をつく。
「これで、私の役目は終わりですわね」
 綿毛の羽根をはためかせ、ふわりと舞い上がる。
 宙から倒れているポケモン達を見下ろして、勝ち誇った声で言った。
「聞こえてはいないでしょうが……最後に言っておきますわ。心の穢れた人間に、ポケモンを愛する資格などございませんのよ。オーッホッホッホ!」
 その言葉を最後に、ファビオラは飛び去って行った。
 後には、力なく横たわる3匹のポケモンと、無数のポケモンの屍があるだけだった。



「まずは3人」
 愉快で堪らないと言わんばかりの声が、石牢にこだまする。
「残りの2人は誰になるか、楽しみだな。なあ、ソアラ?」
「くそっ……皆、済まない……こんなことになってしまって……」
 楽しげなものと、苦しげなもの。
 閉ざされた薄暗い空間に満ちる、2人の声――。



「うぃ……」
 力なく頭をもたげ、RXが小さな声を上げる。
 目の前が(もや)でもかかったかのようにぼんやりとして、焦点が定まらない。
「水……」
 うわ言のように、RXはぼやく。
 人間の時には痛くも(かゆ)くもなかった、水の力。
 炎ポケモンになってしまった今、その力はまさに脅威であった。
 身体に力が入らない。もう、動くことすら出来ない。
(俺……このまま死ぬのかな……)
 そんなことさえ考えた、その時だった。
 突然、視界いっぱいに金色の光が広がったのだ。
 どうやら、光は上から降ってきているようだ。
 RXは必死で顔を上げ、光源を視界に入れようとする。

 そこにいたのは、巨大な鳥ポケモンだった。
 七色に輝く翼が、更に陽光を受けて金色の光輝を生む。
 見るものの心を奪うような、神々しいその姿。
 ゲームのグラフィックで見るよりも、ずっと……。

「……ホウオウ……?」

 紛れもなく、それはホウオウだった。

 どこからともなく、声が聞こえる。
『ヒノアラシ、ジュプトル、ブースター……』
 それがホウオウの声かどうか判別する間もなく、RXは再び意識を失った……。



 他のチームの人々が戦っているとは露知らず、Bチームの面々は食事を取りながらセキチクシティ内を歩いていた。
「セキチクシティってことは、サファリゾーンとかもあるのかな?」
 瑞が弾んだ声を出す。
「あるかもしれないけど……自分が捕獲される側(ポケモン)だと思うと、若干複雑な気分ね……」
 苦笑して、由衣がそう答えた。
「しっかし、何で誰もおれへんのやろ? 気味悪いところやなぁ」
 223の言うとおりだった。
 家々が立ち並んでいるのに、そこに住んでいるはずの人は1人だって見当たらないのだ。
「私達が狙われていることと、何か関係があるのかしら?」
 由衣にそう言われ、瑞は今朝戦った敵のことを思い出したようだ。
「関係あってもなくても何でも、あいつだけは絶対許せない! 今度会ったら覚えてろよ……」
 瑞の回りに不穏な空気が漂い始める。
 223と由衣は顔を見合わせ、心持ち身を引くのだった。

 ――そんなこんなで歩き続けていた3人だったが、しかし彼らは建物の陰から突然出てきたポケモンに、足を止めざるを得なかった。

「ふっふっふ……やっと見つけたぞ、お前ら!!」
 現れたのは、カール張本人だったのだ。
「あっ、今出てきたら――」
 由衣の忠告は、一歩及ばなかった。
 瑞の『だましうち』が、またしてもカールにクリーンヒット。
「ここで会ったが百年目ぇ! 覚悟しろ、そこのキングドラ!」
 明らかに敵役くさい台詞を叫ぶ瑞。
 カールはよろめいたが、しかし倒れはしなかった。
「ふん、そんなものが効くか! さっきまでのはほんの小手調べだったんだぞ? 『ドラゴン四天王』の実力、なめてもらっちゃ困るなあ」
 その割には大ダメージ受けてなかったか? ――とツッコみたいのを抑え、223が言う。
「けど、3対1やで? 勝てると思わん方が――」
「HAHAHA! 誰が、僕1人で戦うと言ったんだい?」
 その声に呼応するように、四方八方からゴーリキー達が飛び出してきた!
「こ、これは……!」
「マズいわね……囲まれたわ」
 ゴーリキー達はあっという間に瑞達を取り囲んでしまった。
「ここはセキチクシティ――つまり、『ポケモンの製作者』の『心』が生み出した世界だ。お前らのような悪人の味方など、この地には存在しない!」
「!? それ、どういう――」
 由衣が情報を聞き出す間もなかった。
 ゴーリキー達が、一斉に3人めがけて襲い掛かってきた!



 RXが、自分がマグマラシに進化していることを知ったのは、もう1度意識を取り戻してからすぐのことだった。
 未だ身体はふらつくが、歩けそうではある。
 彼はゆっくり身を起こすと、周囲の状況を確認する。
 かけていた眼鏡がとっくの昔に吹き飛んでいた為、視界が少しぼんやりする。
 しかし、周囲を見渡す分には支障はなかった。
 そしてそれは、彼が倒れる直前と何ら変わってはいなかった。
 気を失ったままのヒメヤとガム。そして、数え切れぬほどの屍――。
 RXはヒメヤとガムに駆け寄ると、その身体を軽く揺さぶり、頬を叩いた。
「ヒメヤさん、ガムさん! 起きろって、大丈夫か!?」
 しかし、2人はぐったりとしたまま反応しない。
 もしかしたら、もう手遅れ……?
(いや、そんなことは考えたくない!)
 脳裏によぎった嫌な可能性を振り払うように、RXは首を激しく左右に振る。
 そして2人から離れると、きょろきょろと辺りを見回しながら歩き始めた。
 まずは、2人を回復しなければならない。その為に、ポケモンセンターでもこの際道具でも何でもいいから、回復できそうなものを探すことにしたのだ。


 公園から出たRXは歩き続ける。しかし、2人を回復できそうなものはおろか、人っ子一人、猫の子一匹見当たらない。
 それでも、諦めるわけには行かない。何とかして見つけなければ。
 尚も探し続けるRX。

 と、突然、彼の真上で大きな羽音が響いた。

(まさかっ……!?)
 てっきりファビオラだと思い、戦闘体勢を取ったRXの目の前に、そのポケモンは降り立ってくる。
 それは、一羽のオオスバメだった。
 青緑色の翼と橙の胸元が、「色違い」であることを示している。
 オオスバメはRXの目の前に着地するなり、大声を張り上げた。
「さっきの公園での戦い、見せてもらったぞ! 何故、あんな無茶をしたんだ!?」
 叱責するようなその言い方に、RXは少なからず反感を覚える。
 ――戦う以外の選択肢が、先程までの彼らにあっただろうか?
「向こうから仕掛けてきたんだし逃げ場はなかったんだ。それに、俺達は元の世界へ帰りたい! こんなところで殺されてたまるかってんだ!」
 それからRXは、ふっと俯いてしまう。
 ――「殺される」。
 自分で口にした言葉に、先程の公園の惨状を思い出してしまったのだ。
 見るも無残な姿で殺されたポケモン達。ソアラが生み出した、RX達も大好きだったキャラクター――。
 あの光景が、この世界における「正義」の結果なのだとしたら。
 たとえ自分達に、その為の力がないとしても。たとえ、その先に待っているのが敗北であったとしても。
「……俺達は……ファビオラ達に苦しめられているポケモン達を、助けたい」
 そんな言葉が、RXの口から零れ落ちていた。
 帰る方法を見つけるのが先決なのに、こんなことを言うなんて馬鹿げているかもしれない。
 けれど彼は、一緒に迷い込んだ他の誰が一緒にいたって、RXの言い分には賛成してくれると、そう確信していた。
 オオスバメは「助ける?」と呟くと、どこか嘲るように溜息をついた。
「さっきの戦いで、あいつとの圧倒的な実力差に気付かなかったのか? お前らにそんなことが出来ると、本気で思っているのか?」
 RXは顔を上げると、オオスバメを見据える。
「出来ないかもしれない。でも、俺達は――」
 オオスバメは、彼の言葉を遮った。

「奴らを倒すのは俺だ! お前達は余計な手出しをするな!」

「嫌だ!」
 考える間もなく、RXは即答していた。
「目の前で大好きなポケモン達が苦しんでるのに、見過ごせってのか!? 放っとけってのか!?」
 そんなこと、耐えられるはずがない。
「ってか、実際問題俺達は奴らに狙われてんだよ! それに、奴らを倒したら、もしかしたら元の世界に帰る手がかりが見つかるかもしらん……だから、お前が何と言ったって俺達は戦うからな!」
 そこまで叫んで、RXはオオスバメを睨みつける。
 オオスバメはRXを見返しながら、しばらく何事かを考え込んでいた。
 しかし、やがて1つ頷くと、翼の内側から何かを取り出し、RXに投げて寄越す。
 咄嗟に咥えてキャッチしてから、RXはそれを地面に置いた。
 先の方にモンスターボールをあしらった、黄色い笛――。
「これ……『ポケモンのふえ』?」
「お前がそこまで言うのなら、それをやろう。お前らの力だけで戦うとなると、どうにも不安だからな。助けが必要になったらそれを吹け。いつでも飛んできてやる」
 RXが答える前に、オオスバメはばさりと翼を広げ、飛び上がった。
「奴らを倒せるのは、この俺の力だけだ。俺は俺で、奴らを探し出し、戦うことにする。出来れば邪魔してほしくはないのが本音だが……お前がそこまで言うのなら、止めはしない」
 そこまで言うと、別れの言葉もなしにオオスバメは飛び去って行った。
 1人残されたRXは、首を傾げてその姿を見送る。
「何だったんだ、あいつ……?」
 そのまま回復道具探しを続行しようと思ったが、残してきた2人が心配なのは事実だ。
 RXは、ひとまず公園に戻ることにした。



「なっ……!?」
 悠達の行動は、ハインツにとっても予想外だったようだ。
 驚いて思わず動きを止めてしまったハインツをよそに、澪亮が叫ぶ。
「よし、行くぞ悠!」
 澪亮の意味するところは、ただちに悠に伝わった。
 つまり、この場合の「行くぞ」は――「逃げるぞ」、だ。
 澪亮はそのまま、先程ハインツが列車に空けた大穴から飛び出そうとする。
 悠もジャンプして、それに続こうとしたが――上手く踏み切ることが出来ず、派手に転んでしまったのだ。
「何やってんだよ、アホ!」
 にべもなくそう切り捨てる澪亮に、悠は何とか声を絞り出す。
「い、や……何だか、身体が痺れてきて……」
 手足が、思うように動かないのだ。
 言いながら、悠はその原因に思い当たる。
 背負っているひこの特性が、『せいでんき』だったからだ。
「とんだ命知らずだとは思ったが……まさか、自分の仲間に足を引っ張られるとはな」
 そう言って、ハインツが一歩踏み出す。
 彼が大きく息を吸い込むと、周囲の空気が熱を帯び始めた。
 熱はすぐにハインツの元に収束し、渦巻く赤色となって凝縮してゆく。
「やべぇ! 悠、逃げ――」
「『はかいこうせん』!」
 逃げる間もなく、動けない悠に向かって『はかいこうせん』が打ち出された!



 公園に戻る途中、何の気なしに立ち寄った工事現場から台車を拝借し、RXはそれにヒメヤ達を乗せて住宅街を彷徨っていた。
 戦闘不能状態の2人を放置しておくのは、やはり危険だと判断したのだ。
 しかし、RXの体格でポケモン2匹を運ぶのは、たとえ台車があったとしてもキツい。
 それに、RXも元気いっぱいというわけではないのだ。
 時折ふらつきながら、RXは歩き続ける。
 台車に乗せられた2人は、
「むー……ハヤテライガー……」
「うぅ……クロスプラモぉ……」
 などと、(うな)されてうわ言を言い始めている。
「このままどうなるんだよ俺達ぃぃぃ! 誰かいないのかようぅぅ!」
 助けを求めて――というか、半ば慌てるあまり――声の限り叫びながら歩くRX。
 よっぽど先程の笛を吹こうかとまで思った、その時だった。

「動くなっ!!」

 突然、目の前にライフル銃を構えたラティオスが飛び出してきたのだ。
 彼の命令を聞いたというより、驚きでRXは思わず足を止める。
「お前は誰だ!? ゴッドフリートの回し者なら容赦は――」
 しかし、威勢の良かったその言葉の語尾は、少しずつ弱くなっていって……。
「……え?」
 ラティオスはいつの間にか、輝かんばかりの眩しい笑顔を見せていた。
 RXのすぐ隣に飛んでくると、ライフル銃を置いて彼の前足を握る。
「何て可愛いマグマラシちゅわん……今度ボクとデートしませんか?」
 ハートマークで彩られたその口調は、明らかにRXをナンパしている。
 このラティオスが敵か味方かはよく分からなかったが、RXはRXで男としての意地というものがある。
 取り敢えず、思いっきりその手を振りほどいた。
「いきなりなんだよお前っ! 俺は男だ!!」
 彼は昔からよく女の子に間違われており、それを結構気にしていたのだ。しかし、ポケモンになってもそれが相変わらずとは……。
 RXが男と知り、ラティオスは呆然とその場に立ち尽くす。――浮いているのだから、この表現が正しいかどうかはまあとにかくとして。
「え……男なの……?」
 がっくりと肩を落とすラティオスに、RXは畳み掛ける。女に間違われたことへの、若干の苛立ちを含みつつ。
「第一、ゴッドフリートなんかしらねぇよ! ア○ク○ン○ェ○のビーム砲かってんだ!」
 RXの言葉は、ラティオスには余程的外れなものとして映ったようだ。
 首を傾げ、それから小さく頷く。
「そうか、敵じゃないのか」
「それよか、聞きたいことがあるんだ! 俺の仲間が大変なんだよ! ポケモンセンターとか、なんかそういうモンねぇか!?」
 息せき切ってRXが尋ねると、ラティオスは台車に乗せられたヒメヤとガムに目を遣った。
 その瞳に、一瞬で冷静な色が戻る。
「ひどい怪我だな……。この辺りのポケモンセンターはきっと使い物にならないだろう。良かったら、ボク達のアジトで手当てしてあげるよ」
 願ってもない助けである。
 ラティオスが言い終わる前に、RXは大きく頷いていた。



 ハインツの『はかいこうせん』は、確実に悠を打ち抜いた――――その、はずだった。
 しかし、悠は辛くもその攻撃から逃れていたのだ。

 何者かが、悠を突き飛ばして『はかいこうせん』の軌道から外したから。

「え……?」
 悠はつんのめりながら、自分を突き飛ばした「誰か」を振り返る。
「秋葉さん……っ」
 澪亮が呟く。
 そこにいたのは、黄色いコートにシルクのスカーフ、頭には緑のバンダナを巻いた不審人物――もとい、ライチュウだった。
 澪亮の姿を認め、にっこり笑う。
「澪亮さん、お久しぶりです」
 2人のやりとりをみていた悠の脳裏に、昨日澪亮が言っていたことがよぎる。
 ――『ただ、秋葉さんはソアラさんが作った仮想現実世界じゃねえのかと考えているとか』。
 つまりこのライチュウは、秋葉……あきはばら博士。
「秋葉さん……」
 澪亮が秋葉に詰め寄っていく。
 感動の再会――というわけには、いかなかった。
「久しぶりで済むかよ、コノヤロー! 俺は知ってんだぞ! 俺達とハイムさんが戦ってるとこから、お前ずっと見てただろ!! でなきゃ、こんなタイミングで現れるはずがねぇ!!」
 どうやっているのか、あきはばらの襟を掴んでいるらしい。あきはばらの身体がガクガク揺れる。
「ご、ご名答……確かに見ていました……出難(でにく)かったんで……」
 あきはばらの返答に、澪亮の語気は更に荒くなる。
「やっぱそうじゃねぇか! 何でさっさと助けに出て来なかったんだ! 大体、今までどこで何してたんだよっ!?」
「い、いや、色々と調査に回っていて……」
 しかし、2人の口論はハインツの怒号によって中断されることとなった。
「お仲間の登場かと思ったら、俺を無視して口論とは……随分ナメられたものだな!」
「おっと、忘れてたぜ」
 言って、澪亮はあっさりとあきはばらを放す。
 あきはばらはむせながら、ちらりとハインツを見遣った。
「はぁ、はぁ……あ、あんな奴、澪亮さん1人で充分ですよ」
 言って、ハインツの足元に『でんじは』を放った。
 床の一部が吹き飛び、爆煙が舞い上がる。
「くっ……!」
 勿論これは、隠れるまでの時間稼ぎだ。
 ハインツの視界が遮られたのに乗じ、4人は再びシートの下に隠れる。
「秋葉さん、何言ってんだよ? ムリムリ、俺じゃあんな怪物は勝てないって」
 首を左右に振る澪亮に、あきはばらは重ねて言う。
「いや、澪亮さんでなければムリです。耳を貸してください」

 というわけで、俄か作戦会議敢行。

 そして終了。
「え〜っ! 俺、そんな作戦ヤダ!」
「でも澪亮さん、やっぱりそれしか方法ないのでは……」
 説得を試みる悠だが、澪亮は心底嫌そうな顔をする。
「だって、身体に釘刺すんだろ? 俺、痛いのヤダし」
「大丈夫です、死にはしませんよ。――――多分」
「あきはばらさん、『多分』は余計かと――」
 悠が言いかけたその時、彼らが隠れていたシートが吹っ飛んだ。
 身をかがめていた悠達が恐る恐る視線を上げると、ハインツが兇悪な目つきで彼らを見下ろしていた。
「観念しろ、貴様ら!」
「ああ、もう分かった! やりゃあいいんだろ!!」
 どこか投げやりな口調で叫び、澪亮がハインツの正面へと飛び出す。
 身体を包む紫のガスが彼女の正面に集まり、やがてその一部が気体から固体へと変化する。
 尖った先端が鈍く光る、長く細いもの――釘、だった。
 ハインツが止める間もなく、澪亮はそれを自らの身体へと突き刺す。
 その瞬間、傷口から妖しい色に渦巻く邪気があふれ出し、ハインツの身体へと乗り移る。
「もしや、貴様っ……!」
「そう! 『のろい』を使わせてもらったぜ!」
 ハインツは尚も余裕な表情で、ふんと鼻を鳴らす。
「『のろい』のダメージで倒れるまでに、お前らを倒せばいいことだ。今度こそ、『はかいこうせん』を食らえ!」
 言って、先程と同じように大きく息を吸った。
 ――しかし、その口からは何一つとして出なかった。
 当人が、1番そのことに驚いたようだ。
「な、何……!?」
「無駄無駄! さっき、『うらみ』で『はかいこうせん』のPPをなくしといたからな! ついでに『くろいまなざし』も食らっとけ!」
 澪亮がくわっと目を見開く。
 その形相に思わず後ずさったハインツだが、その身体は途中で動かなくなってしまう。
「ハッ! 逃げ道は遮らせてもらったぜ!」
「いいぞ、澪亮さん!」
「そのまま技を使わせないように!」
 ひこを背負った悠とあきはばらは、少し離れたシートの陰から応援。
 ハインツは舌打ちをし、ぐっと身構えた。
 『のろい』が効いているらしい、その顔には少しずつ汗が滲み始めている。
「これ以上、行動を制限されては敵わんな……ここは『しんぴのまもり』で――」
 ハインツの判断は、決して間違っていない。
 ――しかし彼は、その判断を行動に移すことが出来なかった。
「はぁ? こんなところで『しんぴのまもり』だってぇ!? 男ならここは攻撃だろ!? ……はは〜ん、そうか、お前がへっぴり腰だってのはよーく分かったぜ。ドラゴンよりか、負け犬がお似合いだな! おい負け犬、かかってこい!!」
 ハインツは、怒りに燃える瞳で澪亮を睨んだ。
 自らが、『ちょうはつ』されたとも気付かぬまま。
「き、貴様、言わせておけば! 貴様だけは許さん!! 食らえ、『げきりん』!!」
 ハインツの身体が、青色に光り始める。
 そのまま両の腕を振り上げ、澪亮に飛びかかろうとしたハインツだったが――。
「ばあ!」
「うわぁ!!?」
 澪亮が、ハインツの真下から突如飛び出す。
 びくりと身体を震わせ、動きを止めてしまったハインツに、澪亮はにやりと笑ってみせる。
「HAHAHA! 『おどろかす』だよ!」
「なにくそ、もう一度『げきりん』を――」
 必死に澪亮への攻撃を成功させようとするハインツ。
 澪亮は、そんな彼を馬鹿にしたような笑い声を上げる。
「あれぇ? 同じ技を使うのか? ははは、学習能力がねぇなぁ! これはもしかすると負け犬以下ってことかな? とすれば、何だ? お前は犬のクソ程度ってことか? 確かにお似合いだな! HAHAHA!!」
「うぬぬぬぬ……!」
 澪亮の『いちゃもん』にハメられたハインツは、『げきりん』を使用することが出来ない。
「こうなったら……!」
 次の攻撃に何とか繋げようとしたハインツだったが――。
「べろんっ!」
「ぐわっ!?」
「HAHAHA、『したでなめる』だ!」
 『したでなめる』によってマヒさせられたハインツは、満足に身体を動かすことすら出来なくなってしまった。
 膝を突きつつも、澪亮に怒号を浴びせるハインツ。
「くそ……貴様、絶対に許さん! 覚えてろ!!」
 そう言い捨てて、ハインツは『のろい』のダメージで倒れた。



 RXが案内されたのは、大きな倉庫だった。
「住宅街にこんなところが……」
「驚いただろ? ここが僕らのアジトなんだ」
 ラティオスはそう言って、閉ざされたシャッターの隣の小さな扉を開く。
 彼に続いて、RXも中に入った。
 倉庫内は薄暗く、そこここに武器が並べられている。その間を縫うように布団が敷かれ、包帯を巻かれたポケモン達が寝かされている。
「さて、改めて自己紹介をしようか」
 少し歩いたところで、ラティオスはRXを振り返る。
「ボクはラティオス。この街の住人だ」
「ああ……俺はRXデス。それに、こっちがヒメヤさんとガムさん……」
 言いながら、RXはラティオスの言葉を思い返す。
 ここは、ソアラの創り上げた『サーナイトエクスペリエンス』の世界。
 ということは、このラティオスもまた、『サナスペ』の登場人物のラティオスなのだ。
「取り敢えず、この子達の手当てはボクに任せて」
 RXが返事をする間もなく、ラティオスはRXの代わりに台車を押して奥へと行ってしまう。
(さっき、一進化の俺に目を付けたってことは、やっぱり『サナスペ』のラティオスなんだろうな…………って、オイ!?)
 『サナスペ』のラティオス。一進化の女の子に目のない一進化コンプレックスだという設定があったような……。
 慌ててラティオスの背中を見ると、
「ボクの大好きな一進化ちゃぁ〜ん♪」
 などと呟きながら、暗がりへと消えていくところだった。
「だ、大丈夫かな……」
 しかし、ヒメヤもガムも男である。
 男だから大丈夫か、などと謎の確信を持って、RXは空いていた布団にごろりと横になった。
 助かった安心感で、疲労がどっと溢れてきたのだ。
 そのまま、RXはぐっすり夢の中へ……。
「むにゃむにゃ……スカイグラスパー……」



―――――――
  少年は、夢を見ていた――。

 「ただいまぁ〜」
  北海道、札幌近郊のとある町のとある家。
  鞄を背負った、ジャージ姿の眼鏡の少年が、鍵を使って扉を開けた。
  どうやら、両親は仕事中のようだ。
  彼には高校生の兄がいるのだが、部活があるのでまだ帰って来てはいない。
  妹も、まだ学校のようだ。
 「まだ誰も帰ってないか……」
  呟いて、玄関を上がる少年。
  ふと、彼の視界に、玄関の隅に置かれたダンボールが飛び込んできた。
  少年の表情に、一瞬で笑みが広がる。
「あ、ハヤテライガーだな! 届いてたのか」
  どうやらその中身は、先日彼がインターネットショップで注文した、ゾイドのようだ。
  少年はそのダンボールを抱えると、自室に入っていった。
  しかし、荷物を置いてすぐにそこから出てくると、居間へと向かう。
  犬、猫、インコなど沢山のペット達に迎えられつつ、パソコンデスクに腰掛けた。
  目的は勿論、『ポケ書』へのアクセス。
  受験生だというのに、お気楽な少年である。
  普段学校や塾では、『くさい』だの『キモい』だの『死ね』だのと言われることの多いこの少年だが、『ポケ書』の住人達は――《なんでもおはなし板》の人々は、そんなことは言わない。
  そんなこともあって、この少年は彼らを心から慕っていた。
  クラスメートよりも、実際に会ったことのある人よりも、ずっとずっと、彼らは「友達」のようだった。
  ――しかし、その日の《なんでもおはなし板》は、いつもと様子が違った。
 「あれ? 何だ、これ……」
  見覚えのあるHNがスレ主として連なった、無数の真っ白なスレッド。
 「何だろ……」
  足元に擦り寄ってくる犬を片手であやしつつ、マウスのカーソルを「返信」ボタンのところに持ってくる。
  何故だか、そこから目を逸らせなかった。
  クリックしなければいけないような、そんな気がした。
  魅入られるまま、少年はクリックする。
  途端、目の前で弾ける光。風のようなものが強く吹き付けてきて、何かに吸い込まれる感覚がして――。
  耳に飛び込んできた犬の吼え声が、いつまでも残響として聞こえていた……。

  彼のいなくなった部屋。困りきった様子で、主人を探しうろつく犬。
  パソコンの画面には、『ヒメヤMkU量産型』というスレ主の新しいスレッドが――――。

―――――――




「う……」
 少年――ヒメヤは、呻き声を上げた。
 意識が、覚醒に近づいてゆく。
(夢、か……)
 未だぼんやりとする頭で、何とか記憶を辿ってみる。
 ああしてこの世界に飛ばされて、皆と離れ離れになって、ファビオラと名乗るチルタリスに負けて……それから……?
「お、気が付いたか?」
 すぐ側で、誰かの声が聞こえる。
 ゆっくり目を開けると、目の前にバクフーンの顔があった。
 心底安心した表情で、にかっと笑う。
 一瞬、RXの進化した姿かと思ったが、よく見ると頭に制帽を被っている。別人らしい。
「ここは……?」
 ファビオラに負けた後のことが、何も思い出せない。ここはどこなのだろう?
「オイラ達のアジトッスよ。あんたの連れが、あんた達をここまで運んできたんだ。ひどい怪我だったけど、『まんたんのくすり』を使ったから、もう大丈夫なはずッス」
「そうですか……助けてくださって、ありがとうございます」
 確かに、もう痛いところはない。ちゃんと動けそうだ。
 ヒメヤは、ベッドから起き上がった。
「あんた、ヒメヤっていうんだってな。オイラはバク次郎ってんだ、宜しくな」
「……えっ!?」
 バクフーンの名前に、ヒメヤは驚きの声を上げてしまった。
 それは、『サナスペ』に登場するバクフーンその人の名前だったから。
 一瞬固まったヒメヤだが、しかし彼はすぐに驚きから立ち直る。
 ファビオラの言によれば、ここはソアラの創った世界。ならば、ソアラが創り出したキャラクターである「バク次郎」がいても、何ら不思議ではないのだ。
(この世界でいちいち驚いてちゃ、身がもたないもんな……)
 そんなことを思いながら、ふっと隣に目を遣る。
 そこに、ガムが横になっていた。
 まだ眠ってはいるが、その寝息は穏やかだ。命に別状はなさそうである。
(ってことは、僕達を運んでくれた「連れ」ってのはRXさん……?)
 バク次郎にそのことを確認しようとした瞬間、
「おおーっ! 目が覚めたんですね!!」
 叫び声と共に、部屋にラティオスが飛び込んできた。
 ヒメヤの両手を握り、ぶんぶんと上下に振る。
「ボクはラティオスです、可愛い可愛いジュプトルちゃん! お近付きの印に、ボクのことはお兄ちゃんって――」
 このバクフーンがバク次郎なら、このラティオスも間違いなく『サナスペ』の登場人物のラティオスだ。
 何か多大なる勘違いをしているようなので、ヒメヤは慌てて彼の話を遮った。
「い、いや、僕は男なんで……それに、お兄ちゃんって呼ぶのは実の兄だけで充分なんで……」
 ヒメヤがそこまで言った時にはもう、ラティオスは唖然としてヒメヤの手を離していた。
「えっ……キミも男なの……!?」
(み、見境なしかラティオス……)
 それから、はっとして付け加える。
「あ、あと一応言っておくと、そこのブースターも男です!」
 ラティオスが見る見るうちに真っ白になってゆく。
「そ、そんなぁ……期待したボクって…………」
 肩を落としてうずくまるラティオスに、悪いことをした気がしないでもないと思ってしまうヒメヤだった。



 一方その頃、セキチクシティでは。
「行け、ロゼリア! 『マジカルリーフ』や!」
 飛び掛ってくるゴーリキーを『マジカルリーフ』で足止めさせつつ、223が叫ぶ。
「こんなに数おったら、キリないで!」
「それに、相性も悪いわ……圧倒的に不利ね」
 しかし由衣は、瑞の方を見て、ちらりと笑った。
「あんたにだけは、ぜぇってぇ負けねぇからな!!」
 ゴーリキー達の向こう、カールを見据え、そう叫んで息巻く瑞。
 『でんこうせっか』で飛び掛ってくるゴーリキーを往なしつつ、カールに近付こうとする。
「……瑞は、諦める気なさそうよ?」
「俺らかて同じや! ロゼリア!」
 223の命令で、ロゼリアがゴーリキー達に攻撃を仕掛けてゆく。
 由衣も、ゴーリキー達に『シャドーボール』で攻撃する。
 ――しかし、相性的に不利な上、多勢に無勢。
 瑞と由衣に蓄積するダメージは、馬鹿にはならなかった。
「も〜っ、何体いるのこいつら!? 早くカールと戦わせろーっ!!」
 叫ぶ瑞だが、既に息が上がっている。
 由衣も似たような状態だった。
「このままじゃ……っ」
 焦りの言葉を口にした、その瞬間だった。
 討ち漏らしたゴーリキーのうち1体が、223に襲い掛かったのだ。
「223っ!」
 助けに向かおうとするロゼリアも、追いつかない。
 ゴーリキーが223に迫り――、
「え、えーい、このからあげクンでも喉に詰まらせとけやー!」
 223は半ば自棄になって、まだ熱いからあげクンをゴーリキーの口に放り込んだ。
 その途端。
「あぢあぢあぢーっ!!」
 叫び声を上げ、ゴーリキーが仰け反った。
 動きを止めたゴーリキーを、追いついた瑞が『でんこうせっか』で追い払う。
「223、大丈夫!? ってか、今何したわけ?」
「も、もしかして……こいつら、熱いの苦手なんか?」
 呆然としていた223は、にやりと笑う。
「これでも食らえーっ!」
 叫んで、手元に残ったからあげクンをゴーリキー達の口に投げつけ続ける。食べかけで勿体無いが、背に腹は変えられない。
「今のうちや、瑞、由衣!」
「う、うん!」
 怯んだゴーリキー達を、瑞と由衣は次々に攻撃し、あっという間に倒していった。



「う〜ん……あ、あれ? ここは……?」
 しばらくして、ガムが目を覚ました。
 身体を起こして、きょときょとと辺りを見回す。
「ガムさん! よかった、これで皆無事ですね……」
 ヒメヤは胸を撫で下ろした。
 ガムの方を見て、バク次郎はラティオスに目を向けた。
「さて、2人とも目が覚めたことだし、そろそろアネさんとディグダマンとも顔合わせした方が良さそうッスね」
「そうか……サナさんとディグダマンもここに……」
 呟くように、ヒメヤがそう言った。
 目を覚ましたばかりのガムはいまいち状況がつかめないらしく、首を傾げている。
 ――バク次郎が「アネさん」と呼ぶのは、『サナスペ』の主人公であるサーナイトのサナ。
 そしてディグダマンは、昔『ポケ書』で行われたイラストリレー小説の登場人物。ディグダの地下部分の想像図で、その実体は赤いふんどしのマッチョな男の身体に、申し訳程度にディグダの被り物――もとい、頭がついているという、いかんとも形容しがたい生き物である。
「ん? あんたら、アネさん達のこと知ってるのか?」
 首を傾げて笑顔を浮かべたバク次郎だったが、その表情にはすぐ曇りが浮かぶ。
「オイラ達は、こうして笑うことも出来る。けど……もう、笑うことも泣くことも出来なくなった仲間達が、沢山いるんだ……」
 バク次郎の沈鬱な声に、ヒメヤとガムは公園の惨状を思い出していた。
 ファビオラ達に殺された、バク次郎の仲間達――。
 バク次郎の頭を帽子の上からぽんと叩き、ラティオスが声を上げる。
「ここには色々あるから、君達の役にも立つと思うよ。どうかな、見て回ってみるかい?」
 その声は先程までと同じようにも聞こえたし、無理やり出した声のようにも聞こえた。
「そうですね、行きましょう!」
 それでも、その声に縋るように、ヒメヤは頷いていた。

 ラティオスはヒメヤ達を引き連れて、部屋の端にあった扉を開ける。
 その先は、倉庫入り口の広いスペースに繋がっていた。
「行く前に、彼を拾って行かないとね」
 ラティオスの視線の先には、ぐっすり眠りこけているRXの姿が。
 進化し、マグマラシになってはいたが、ヒメヤもガムも一目で彼がRXだと分かった。
 ヒメヤは肩を竦めると、素早い動きでRXのところまで行く。
「RXさん! 起きて下さい!」
 RXを揺すると、彼はガバッと起き上がった。
「す、ストライクフリーダム! ……あれ、夢か……」
 それから、目の前のヒメヤに気がついたようだ。その奥に、ガムがいるのも。
「ヒメヤさんにガムさん! もう大丈夫なのか!?」
「ええ。僕達はもう平気です」
「それにしても、RXさん、いつの間に進化してたんですか?」
 ガムに問われ、RXは照れたように頭を掻く。
「いや〜、俺もよくわかんねぇけど……」
 それから、ガムの隣にラティオスがいるのを見つけ、目をむいた。
「そ、そうだ! ラティオスに変なことされなかったか!?」
 本人がすぐ側にいるのに、そんなことを叫ぶ。
(ボク、そんな目で見られてるのか……)
 RXの言葉を聞いて、ますます落ち込むラティオスだった。




「いや〜、秋葉さんは最高ッス!」
 倒れているハインツの横で、澪亮がからからと笑う。
 あきはばらは肩を竦め、「そんなことないですよ」と言った。
「澪亮さんが1人でやったことじゃないですか。――しかし、『ちょうはつ』と『いちゃもん』の使い方、澪亮さんらしくてお上手でしたよ。嫌がらせに関して、澪亮さんの右に出る者はいないのでは?」
 言いながら、『ミックスオレ』を澪亮に手渡すあきはばら。全く褒め言葉になっていないような気がするのは、気のせいだろうか。
「HAHAHA、そうか?」
 どことなく嬉しそうな様子の澪亮。
 悠には、澪亮がもはや悪魔に見えて仕方がなかった。
「ところで、こちらはひこさんですか?」
 悠が背中から下ろし、ひとまず無事なシートに寝かされているメリープを見て、あきはばらが尋ねる。
「おう、よく分かったな」
 澪亮が頷くと、あきはばらは「まあ……」と頭を掻いた。
「『シャクナゲイロ』に、羊の絵が置いてありますから」
 ひこの運営するサイトの名を挙げ、そう言うあきはばら。
「同じように、由衣さんはウパー、ガムさんはブースター、あきおさんはサンド――といったところでしょうか?」
「や、由衣さんは違いますが……。あと、あきおさんはまだ会ってないんで、ここに迷い込んでいるかどうかも分からないです」
 悠が答えると、あきはばらは「そうですか」と言いながら、再びひこを見る。
「取り敢えず、ひこさんを起こしましょうか」
 こともなげにそんなことを言うあきはばらに、悠は少なからず驚いてしまった。回復道具もないのに、どうやって……?
 澪亮も、同じことを思ったらしい。
「ンなこと言ったって、どーすんだよ?」
 ひこに近づきながら、あきはばらは答えた。
「電気タイプですから、私の電気を送り込めば戦闘不能からは回復すると思いますよ。体力までは、あまり回復しないでしょうけど」
 しかし、ひこの特性は決して『ちくでん』ではない。あきはばらの提案は、いわゆる荒療治では――。
 そうツッコもうかどうか迷っている悠を後目(しりめ)に、あきはばらは自分の尻尾をひこの尻尾にくっつけると、目を閉じた。
 その頬袋が電気を帯び、薄い静電気のベールが尻尾を通じてひこへと流れ込んでゆく。
 すぐに、ひこの(まぶた)がぴくりと動いた。
「うぅ……ん……?」
「ひこさん、大丈夫ですか?」
 ひこは目を開け、数度瞬きすると、がばっと起き上がった。
「ご、ごめんなさい! 私気絶しちゃって……ハインツはどうなりました!?」
 それから辺りを見回し、破壊されつくした車両と倒れているハインツ、見覚えのないライチュウを見て、ますます混乱する。
「え……と、これは一体……?」
「な、何から説明すればいいのか……取り敢えず、あのカイリューは澪亮さんが倒しました」
「そうですか……」
 もう1度ハインツを見て、ひこは胸を撫で下ろす。
 それから、あきはばらの方を見て尋ねた。
「で、こちらの方は?」
「当ててみて下さい」
 そんなことを言われ、ひこは真面目に考え込む。
「え、えっと……ライチュウだから、朝霧燕さんですか?」
「……ずいぶんマニアックな線を攻めてきましたね」
 言って、あきはばらは苦笑いした。




「ここは、元々はデパートの商品保管倉庫だったんだ。今はもう、その機能を果たしてはいないけどね……」
 説明しながら、ラティオスは倉庫奥へと向かう。
 そこにはエレベーターがあり、その前でバク次郎が4人を待っていた。
 バク次郎がエレベーターのボタンを押すと、間もなくシテ扉が開く。
 一同はエレベーターに乗り込んだ。
「オイラ達は、ここでゲリラ活動を行ってるんスよ。奴らと戦ったり、奴らに粛清されそうになったポケモンを助けたりしてるんだ」
「ゲリラ活動……」
 ガムが繰り返すと、ラティオスが頷く。
「あいつらはまるで軍国主義者だ……。ボク達を下劣な異分子と決め付けて弾圧し、虐殺するなんて……っ」
 その声は、聞いている方が哀しくなるほどに悲痛で、悔しげだった。
「奴らに、ボクの妹まで殺された! だからボクは、こうして戦うことに決めたんだ……!」
 血を吐くような叫び声は、声の届かぬ妹の為に。
 ヒメヤ達の脳裏によぎったのは、血溜まりに倒れているゴスロリのラティアスの姿。
 黙りこくった一同に、ラティオスははっとして首を左右に振る。
「いや……ごめん」
「謝らなくてもいいですよ。好きだった存在を殺された怒りは、僕らだって同じです」
 ヒメヤが静かにそう言うと、RXとガムも頷いた。
 バク次郎が目を(しばた)く。
「あんた達、さっきからオイラ達のことを知ってるみたいだけど……一体、何者なんスか?」
 ヒメヤ達3人は、誰からともなく顔を見合わせていた。
 バク次郎達は、命を助けてくれた恩人だ。それに、当面のところは敵の敵は味方としていいだろう。
 共闘するのであれば、こちらの情報は教えておいた方がいいだろう。
 代表して、ガムが口を開いた。
「実は僕達……『ポケ書』の《なんでもおはなし板》からこの世界に飛ばされてきた、人間なんです」
 ラティオスとバク次郎は「えっ」と驚きの声を上げる。
 が、これで彼らの存在に説明がつく。すぐに納得したようだ。
「そうか……ソアラさんと、一緒なんだな」
「あ、着いたっスよ」
 バク次郎達に先導され、一同はエレベーターを降りた。
「これは……」
 整然と備え付けられた商品棚と、その間に山と積まれた段ボール箱。
 物が多くてごちゃごちゃとした空間だったが、よく見るとそこには、ポケモン用のアイテムなどに混じって非常に物騒なものが並べられていた。
 ――ライフル銃に小銃、手榴弾と思しきものまで……。
「ここは、元々ポケモン用の回復アイテムが保管されていた場所なんだ。まあ、今は武器庫も兼ねてるけどね……」
 壁にかけられたライフルを1つ手にとって、ヒメヤが呟く。
「AK-47か……」
 その言葉を聞きつけて、RXが尋ねた。
「ヒメヤさん? 何だ、そのえーけー何とかって?」
「AK-47というのは、1947年に旧ソ連で使用されたアサルトライフルで――いや、話が長くなりそうだから後にしますね」
 説明もそこそこに、ヒメヤはライフルにマガジンがセットされていないことを確かめ、銃の横のレバーを引いて引き金を引いた。
 呆気に取られるRXの前で、ガシッという音がして、レバーが元の位置に戻る。
「ヒメヤさん? 何でそんなに手馴れてるんだ……?」
 その時、一同の後ろから女性の声が聞こえてきた。
「バク次郎、その人達は?」
 振り返り、バク次郎が笑顔になる。
「あ、アネさん!」
 エレベーターの扉のところに立っていたのは、サーナイトだった。彼女がサナなのだろう。
「さっき、ボロボロになってたところを助けたんスよ。ソアラさんと同じ、《なんでもおはなし板》からこの世界に迷い込んだ人間らしくて……」
「ということは……奴らに狙われて、ボロボロになってたの?」
 サナの問いに、3人は同時に頷いた。
「そうか……大変だったね」
 言って、サナが優しく微笑む。
 どこか、こちらが安心できる笑みだった。
「ところで、お名前は?」
「あ、僕はガムといいます。宜しくお願いします!」
「俺はRXGHRAM! RXって呼んでくれ!」
「ヒメヤMkU量産型です。ヒメヤでいいですよ」
 3人はそれぞれ自己紹介した。
 それから、ヒメヤが手にしたAK-47型ライフルを示して尋ねる。
「それもあるけど……それより、こっちに来てくれないか?」
 ラティオスに言われ、3人は彼に続いて奥へと進んだ。無論、ヒメヤはライフルを置いた後でだが。
 中ほどまで来たところで、ラティオスが前の方を指す。
「ほら、ここだ」
「これは……」
 ガムが驚きの声を上げる。
 そこには、『すごいキズぐすり』やら『わざマシン』やらが、所狭しと並べられていたのだ。
「なかなかいいものが揃っているだろう? ボクらもここや倉庫から道具を自由に調達して使っているんだ。君達も、ここにあるものは自由に使って構わない」
 ラティオスはそう言った。
「ウッヒョー、お宝の山ですなぁ! 売りさばいたらいくらになるだろ?」
「売りさばくって……僕らが使うんじゃないんですか?」
 目を輝かせるRXに、呆れてヒメヤがツッコんだ。
「まあ、どう使うかは君らの自由ッスよ」
 後ろから付いてきていたバク次郎が、苦笑しながら言う。
 その姿を見て、RXがぽつりと呟いた。
「……バクフーン……」
 唐突だけれど、その姿に憧れを抱いたのだ。
 今はまだマグマラシの自分だけれど、いつかはバク次郎のようにカッコよく、強くなれるのだろうか……?
「早く進化しねーかなー……」
 進化したばかりだというのに、そんなことを言う彼だった。
「取り敢えず、『わざマシン』を使おうかな……。使える技が多ければ、もっと有利に戦えるでしょうし……」
 言いながら、ガムは『わざマシン』を探し始めた。今までの経験が生きているらしい。
 その後姿を見ながら、RXははっと閃いた。
「待てよ? ……ここには、『ふしぎなアメ』はないのか?」
「残念ながら……それはないな」
 済まなそうにラティオスが答える。
 「そっかぁ〜」と残念がるRXに、ヒメヤが声をかける。
「ないなら仕方ないですね。とにかく、ここにあるもので少しでも強くなって、ファビオラに対抗できるようにしないと……」
 言って、彼も『わざマシン』を集め始めた。
 RXも気を取り直して、アイテムの山に踏み込んでいく。
「俺は回復アイテムでも集めますか」
 3人が思い思いにアイテムを漁っていた、その時だった。

「大変だ!」

 叫び声と共に、ディグダマンが飛び込んできた。
「どうした!?」
 どこかのドラマのように叫び返すラティオス。
 息を切らせつつも、ディグダマンが告げる。

「ファビオラが!!」



「さあ、覚悟しなさい!」
 メタモンに戻ってしまった浅目を前に、リディアが声高に笑う。
 浅目は、ゆっくりと視線を上げた。
 ――確かに、彼女は元の姿に戻った。
 しかしそれは、「負けた」ことを意味するのと同等ではないのだ。
 このままでは勝ち目がないのは確かだ。それなら――。

「私達は……諦めはしないぞ、リディア!」

 大声でそう叫ぶと、浅目は立ち上がりながらカクレオンに『へんしん』した。
 だが、ほとんど残されていない体力を振り絞ったその変化(へんげ)は、当然のことながら長続きはしない。
 すぐに彼女は横倒しになり、動けなくなってしまう。
 最後の抵抗とばかりに、その姿が砂嵐に紛れて揺らいだ。かと思うと、すうっと風景に溶け込んで、見えなくなってしまう。
「悪足掻きは見苦しいわよ!」
 リディアは動じるどころか、浅目のいた場所にまっすぐ飛びかかってきた。
 カクレオンは、体色を背景と同化させ、姿を消す能力を持つポケモンだ。
 だがその力は、あくまで「姿を見えなくする」もの。「存在を消す」わけではない。
 つまり、カクレオンがその力を使おうが使うまいが――本人は確かに、「その場所にいる」のである。
 更に言えば、浅目の体力は限界だ。もはや、動くことなど出来はしない。
「これで終わりよ! 死になさい!!」
 リディアは大きく息を吸い込むと、『りゅうのいぶき』を放った。
 浅目が倒れたその場所に、寸分違わず業火が降りて来る。
 地面にぶつかって『りゅうのいぶき』は大きく飛散し、熱風が砂嵐に舞い上げられる。
 リディアは自分の力量を、いかに強いかを正確に把握している。
 あそこまで弱らせたポケモンが、『りゅうのいぶき』で死なないはずはない。
 それは、彼女の確信だった。
(まずは1人……)
 手柄を立てたことに胸中でほくそ笑みつつ、リディアは首を廻らせる。
 もう1人――愛の方を、手下共が仕留められたか確認しなければなるまい。
 自分よりも弱い部下に頼りきるのが愚かなのは、リディアも知っている。が、相手は元々砂嵐により大きなダメージを受けていたポケモンだ。
 それならば、数において(まさ)っている部下に任せておいても倒せないはずはない。
 そう、踏んでいたのだが――。
「!?」
 リディアの目に飛び込んできたのは、砂漠に倒れ伏す、自らの部下の姿だった。
 正確に言えば、それ「だけ」だった。
 そこにいたはずの愛の姿が、どこにも見当たらない。
(どこへ消えた!?)
 リディアは高度を上げ、砂漠を見渡す。
 しかし、愛はどこにもいなかった。
 倒すべき相手がこれ以上いなくなったのだから、リディアには撤退する以外の選択肢は残されていない。
 ――確かに、手柄を上げることは出来た。
 だが、あろうことか残りの1体を取り逃がしてしまったのだ。しかも、部下は全滅。
 プライドの高いリディアにとって、これ以上ない屈辱だったのだ。
「くっ……次は、逃がさないわよ……!」
 悔し紛れの台詞を吐いて、リディアは飛び去って行った。



 準備を整えるヒメヤ達3人に先立って、まずバク次郎とサナが倉庫の外に走り出る。
 傷だらけのポケモン達が、それでも武器や自らの技を振りかざし、宙を舞う歌姫に立ち向かっていた。
「オーッホッホッホッホ、小賢しい異分子が! そのような無粋な攻撃で、私を()とせるとでも!?」
 ファビオラの吐いた『りゅうのいぶき』が、応戦するポケモン達に襲い掛かった。
「うわあああああ!」
 業火に燃やされ、次々と倒れ伏すポケモン達。
 脳裏に蘇る、公園の光景――。
「やめろ、ファビオラ!!」
 バク次郎が、『かえんほうしゃ』を放った。
 ファビオラは旋回し、すんでのところでその攻撃を()ける。
「そのような穢れた力で、私を汚せるとでも?」
 ファビオラは軽蔑しきった声で、バク次郎を見下ろす。
「所詮あなた達も、公園の彼らのように、地を這い血を吐く無様な姿がお似合いなのですわ!」
 その言葉に、バク次郎はファビオラを睨み付けた。
 背中から、ゴウッと勢いよく炎が噴き出す。
 それは、バク次郎の怒りの証左でもあった。
「貴様……今の言葉、訂正しろ!!」
 怒りに任せた叫びは、(おめ)くように、泣くように。
「訂正しねぇって言ってみろ、焼き殺すぞ!!」
「あらあら、威勢のいいこと。でも、それだけでは――」
 ファビオラは、『めざめるパワー』を放つ。
「それだけでは……この私は、墜とせないっ!!」
 『めざめるパワー』が、飛沫(しぶき)を散らしてバク次郎に襲い掛かった。
「ぐわああっ!!」
 バク次郎はその一撃で、後方へと吹っ飛ばされてしまった。
「ば、バク次郎!」
 サナが慌てて駆け寄る。
 バク次郎は倒れたまま何とか顔を上げると、力の抜けた手をサナに向かって伸ばす。
「アネさん……すんません、オイラ……」
「効果抜群の技を食らったんだ、大人しくして――」
 サナの言葉に、バク次郎は首を左右に振る。
「オイラ……悔しいっス……あいつに勝てる力、足りなくて……っ」
「……私に守ってもらってばかりだったアンタが、頑張りすぎなのよ。ここは私に任せて」
 サナが拳を握ると、その表面にばちりと火花が走る。
「誰が戦おうが、結果は同じですわ!」
 ファビオラは、サナに向かって急降下した。
 その動きに合わせ、サナはその右腕を大きく振りかぶる。
「食らえ、必殺『かみなりパンチ』!」
 今度の攻撃は、ファビオラも避け切れなかった。
 その身にサナの拳を食らう。
 しかしファビオラは攻撃の手を緩めず、サナに至近距離から『めざめるパワー』を撃ち込んだ。
 紅く光る玉が、サナの華奢な身体を弾き飛ばす。
「きゃあああああ!」
 悲鳴を上げ、サナはがくんと倒れこんだ。
「そのような生温い攻撃、私には通用しませんわ!」
 再び空高く舞い上がると、ファビオラは勝ち誇った笑い声を上げる。
「くっ……どうすれば……っ」
 サナが忌々しげに呟いた、その時だった。
「サナさん、バク次郎!」
「待たせたなっ!」
 倉庫から、ディグダマンとラティオス、そしてCチーム一同が飛び出してきたのだ。
 ヒメヤとディグダマンは、AK-47まで携えている。
 ファビオラの表情が、変化した。
 一瞬の驚きから、僥倖と言わんばかりの笑みへ。
「あら、生きていたのですね。――――あの時に死んでさえいれば、もう苦しまなくて済みましたのに!」
 高笑いをするファビオラに、いの一番に飛び掛かったのはラティオスだった。
「よくも、よくもボクの妹をっ……! ファビオラ、お前だけは許さない!!」
 その両腕に白い光が宿り、ファビオラに向かって照射される。
「『ラスターバージ』!!」
 彼を後ろから援護するように、ヒメヤとディグダマンが銃撃を放った。
 しかし、ファビオラはその全ての攻撃を、いとも容易くかわしてしまう。
「オーッホッホッホ! あなた方の攻撃など、私には通用しませんわ。まとめて消えてお終いなさい!」
 ファビオラは宙を飛び回る。いつでも飛び掛かれると、そう言わんばかりの態度で。
 先程ヒメヤ達が生き残れたのも、勝てたからではなく、辛うじて逃げることが出来たからだ。
 そもそもファビオラは、バク次郎達がゲリラ活動で抗戦し続け、それでも敵わなかった相手。
 ――このまま戦っても、勝ち目はない。
「どうすりゃいいんだよっ……!」
 思わずそう叫んだRXの脳裏に、閃くものがあった。

 ――助けが必要になったらそれを吹け。いつでも飛んできてやる――

 あのオオスバメの、言葉。
 皆にあのことを告げる間もなくここまで来てしまったが、『ポケモンのふえ』はしっかりRXの懐にある。
 『ポケモンのふえ』を渡すまで、彼はRXと敵対的だった。
 全て自分で解決すると言って、RX達のことを拒んだ。
 本当に来てくれるかどうか、確証はない。
 それでも、このままでは勝てない以上、賭けてみるしかなかった。
 RXは『ポケモンのふえ』を取り出すと、大きく息を吸い込んで吹き始めた。
 柔らかく澄んだ音色が、辺りに満ちる。
 その場の誰もが、予想外のRXの行動に驚いていた。
「な、何してるんですかRXさん!? 別に今は、誰も眠っては……」
 尋ねるガムにもお構いなしで、RXは笛を吹き続ける。
 すると――。
 空の高みから、鋭い羽音が響き渡った。
 羽音は徐々にその音量を増し、信じられないスピードで近づいてくる。
「ぬおおおおおおお!」
 雄叫びを上げ、目にも止まらぬ速さで飛んで来た「何か」が、ファビオラの身体を直撃した。
「くっ……!」
 どれほど攻撃しても、ダメージを与えることすら出来なかったファビオラが――地面に、墜ちた。
「よう、また会ったなそこのマグマラシ」
 彼女は頭を上げ、何とか身体を起こしながら、飛んで来た彼を睨みつける。
 勿論その視線の先にいるのは、色違いのオオスバメ。
「あ、あなたは……ジルベール……!?」
 隠しきれない戸惑いが、その呼びかけに表れる。
「いかにも」
 どこか余裕とも取れる笑みを浮かべ、ジルベールと呼ばれたオオスバメはそう応対した。
「何故、あなたがここにいるのです!?」
「さあな、あんたに答えてやる筋合いはない」
 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)と睨み合うファビオラを前に、ガムがRXへ説明を求める。
「RXさん、あのオオスバメは一体……?」
「ヒメヤさんとガムさんが気を失ってる時、会ったんだ。何だか1人で戦いたいみたいなこと言ってたけど、最後に『ポケモンのふえ』を渡してきて、これを吹いたらいつでも助けに来る、って……」
 しかしその口調から、RX自身本当に来るかどうか半信半疑だったことが窺える。
「ホントに来るとは……」
 彼らはそのまま、ジルベールとファビオラの間に漂うただならぬ雰囲気に、手出しが出来ずにいた。
「ジルベール!」
 怒りに震える声で、ファビオラが叫ぶ。
「あなたも、『ドリームメーカー』の一員でありましょう! それなのに何故、私の邪魔をなさるのです!? 汚らわしい存在を消し去るという、私達の使命をお忘れですの!?」
 ジルベールは、首を左右に振った。
「まだ分からないのか、ファビオラ! こんなことをして、俺達(ポケモン)を愛する子供達が喜ぶと、本気で思っているのか!?」
「お黙り! 分かっていないのは、あなたの方ですわ!」
 ファビオラは聞く耳を持たない。
 羽毛を散らして、彼女は再び舞い上がる。
「『ドリームメーカー』を裏切るならば、消し去るのみですわ。覚悟は宜しいですわね!?」
 ジルベールへと滑空すると、『りゅうのいぶき』を放つ。
 避ける間もなく、『りゅうのいぶき』はジルベールを直撃した。
「ああっ!」
 軽々と吹っ飛ばされたジルベールの姿に、ガムが思わず叫び声を上げる。
「『ドラゴン四天王』に楯突くとどうなるか、あなたも知っていたはずですのに、このような愚かな――」
 自信たっぷりなファビオラの言葉はしかし、中途で途切れることとなった。
 吹っ飛ばされたジルベールが煙を上げたかと思うと、忽然とその姿を消してしまったのだ。
「あれは……『みがわり』!?」
 ヒメヤが叫ぶ。
 果たして、その通りだった。
 本物のジルベールは――ファビオラが『みがわり』に気を取られている隙に、彼女の後ろを取っていた。
「っ!」
 慌てて振り返るファビオラに、ジルベールは叫ぶ。
「ファビオラ……お前は、俺の行為を裏切りと言ったな? しかし、俺は初代の意志に従っているまで。初代の心を忘れた、お前達『ドラゴン四天王』こそ、真の裏切り者だ!」
 ジルベールが大きく息を吸うと、その口元で緑色の光が渦を巻いた。
 ファビオラは逃れようとするが、間に合うはずもない。
「食らえ、『オウムがえし』!」
 ジルベールの口から、『りゅうのいぶき』が放たれる。
 『りゅうのいぶき』はファビオラを直撃し、彼女は大きくよろめいた。
「ぐうっ!」
「すごい……あのファビオラが、押されてる……」
 思わずヒメヤがそう呟く。
 ファビオラは大きく翼を広げてバランスを取り、ジルベールを見返した。
「なかなか、やりますわね……流石(さすが)は初代リーダーに見初(みそ)められたお方ですわ。ですが――今の私達のリーダーはゴッドフリート様! あなたは紛れもない反逆者ですのよ!」
 彼女がジルベールに飛び掛かろうとした、その時だった。
「ほら、もうそんな物騒なことは止めるんだ、お嬢さん」
 ファビオラの下方から、そんな呼び掛けが聞こえた。
 呼んだのは――RXだった。
「君は美しいね……まるで、秘密の花園に咲く一輪の薔薇だ」
 恥ずかしげもなくそんな台詞を口にし、微笑むRX。
 バク次郎は、「これ」が何なのか察したようだ。
 半身を起こすと、側にしゃがみこんでいたサナの両目を後ろから覆った。
「え? な、何してるのバク次郎?」
「いいからっ」
 彼が何をしているのか分からず、ヒメヤもガムも目を白黒させている。
「ちょ、ちょっとRXさん! どうかしちゃったんですか!?」
 ヒメヤの疑問にも構うことなく、RXはファビオラを見つめたままだ。
「そのような無粋な攻撃は、美しい君には似合わないよ」
「な、何を……お言い、に……」
 そう言うファビオラの様子が、何だかおかしい。
 言葉を上手く紡ぐことも出来ず、とろんとした瞳でRXを見つめている。
「いい加減戦うのは止めようじゃないか。君が俺に勝てたとしても、君の心は俺の魅力に負けるのだからね」
「甘〜い!!」
 どこかで聞いたような反応を見せるヒメヤだった。
 一方のファビオラはというと――。
「あ、ああ……あなたのような素敵なお方に……そう言っていただけるなんて……」
 高度を下げ、RXににじり寄るファビオラ。
「ふぁ、ファビオラっ!!?」
 あのファビオラが、頬を紅く染め、うっとりとした眼差しをRXに向けている。何だか、語尾にハートマークがついているような気さえ……。
「まさか、RXさん……」
 ガムの問い掛けに、「そのまさかさ」と応じるRX。
「わざマシン45『メロメロ』を使ったんだぜ!」
「さ、流石は女子と間違えられるほどの美男子……僕には真似出来ませんね」
 ぼそっとヒメヤが呟く。RXが《なんでもおはなし板》で、「よく女子に間違えられる」と零していたのを思い出しながら。
 異性の心を捉え、メロメロ状態にすることで行動を封じてしまう技、『メロメロ』。使用者の元が元なので、その効力も尋常ではないようだ。
 ファビオラがRXの目線まで高度を下げたところで、RXの背中から炎が噴き出した。
「隙だらけだぜファビオラ! 『かえんぐるま』!」
 RXの背の炎が、全身に広がる。
 そのまま、彼はファビオラに突撃した。
 『かえんぐるま』はファビオラの胸元に直撃。彼女は地面すれすれまで落ち、危うく墜落しそうになったが――、
「ああ、胸を焦がすようなこの想い……私はこれほどまでに、あなたを愛していたのですね……!」
 目を閉じ、そんなことを言う。どうやら、メロメロ状態からまだ立ち直れていないようだ。
「今がチャンスですね! 行きますよ!」
 ヒメヤの掛け声で、ガム、RX、ラティオス、ジルベールが一斉に戦闘体勢を取った。
 ガムが口に炎を満たし、RXが炎を身に纏い、ヒメヤの腕から草の刃が伸び、ラティオスが光を両腕に集め、ジルベールがファビオラに向かって急降下する。
「『かえんほうしゃ』!」
「『かえんぐるま』ぁ!」
「『リーフブレード』!」
「『ラスターバージ』!」
「『つばめがえし』!」
 徹底的にファビオラを叩きのめす彼ら。
 ファビオラが遂に地面に落ちたのを見計らい、ヒメヤが飛び出した。
「とどめは僕が!」
 ファビオラの正面で膝を突き、地面に右の掌を当てる。
「僕もコイツとの戦いを予測して、使っておいたんだ! いくぞ、わざマシン39――」
 彼の声に呼応するように、コンクリートの地面にびきびきとひびが入り始めた。
「――『がんせきふうじ』っ!!」
 その瞬間、コンクリートを割ってファビオラの真下から大岩が盛り上がり、彼女を挟みつけた。
「や、やった……っ! ファビオラを倒した!」
 ラティオスが快哉を上げる。
「あ、RX様……今度私とお茶でも……いかが、です……か…………」
 最後にそう言って、ファビオラは戦闘不能となった。




 相性の悪いゴーリキー達を何とか倒した瑞達だったが、まだ本命のカールは無傷である。
 瑞と由衣は呼吸を整え、いつでもカールに飛びかかれる姿勢を取った。
 カールの舌打ちが聞こえる。
「ちっ……なかなかやるね」
「さあ、あとはあんただけっ! 覚悟しなさい!」
 瑞がそう叫ぶが、カールは既に余裕の表情を取り戻していた。
「ふん。『ドラゴン四天王』ともあろう僕が、2度も同じ相手にやられると思ったか!?」
 言うが早いか、彼は『みずのはどう』を放った。
 避けようとしたが避けきれず、水のリングは瑞と由衣の身体をかする。
「っつ……!」
「瑞! 由衣!」
 223が叫び、すぐさまロゼリアに指示を飛ばした。
「『はなびらのまい』や!」
 ロゼリアが出した桃色の花弁がカールに襲い掛かるが――、
「言ったろう、2度同じ相手には倒されないと!」
 カールの『みずのはどう』に、容易く弾き飛ばされてしまう。
「もうそれほど体力は残されていないだろうし、バトル慣れもしていないはずだ。連戦がきついのは分かりきってるんだ。それに――」
 カールは、ぐいっと顔を上に向ける。
「――お前らみたいな、子供達に悪影響を及ぼす異分子に、この僕が負けるはずがないんだよ!」
 その言葉と共に、地響きが起こった。
「!?」
 バランスを崩した3人に襲い掛かるように、地面から水柱が次々と噴き出してくる。
「これは……『ハイドロポンプ』!?」
 223の予想は正しかった。
 うねる巨大な水の鞭が、3人に襲い掛かる隙を窺う。
「このままじゃ……!」
 この攻撃をまともに食らえば、残存体力の少ないこの状況では全員ただでは済まされない。
 そう判断した由衣は、カールへ向けて『シャドーボール』を放った。
 しかし、勢いよく飛び出した影の球は、水柱に次々とその進路を阻まれ、勢いを失ってゆく。
 カールに到達する時には、小さくはたいた程度の弱々しいものになっていた。
「ふん、僕の二つ名を忘れたとは言わせないよ?」
 ゆらり、ゆらり、身体を踊るように揺らしながら、誇らしげにそう言うカール。
「この『ハイドロポンプ』を操った戦いこそが、僕の本分。華麗に水を操り、攻撃に防御に美しく戦う――――『アクアファイター』カールとは僕のことだ!」
 水柱が大きくうねり、風を切って3人に襲い掛かった。
「くっ……!」
 無駄が多いと思えるほど大きく振りかぶり、3人を四方八方から攻撃する。
 それはあるいは――わざと避ける隙を与え、一気に倒してしまわないようにして、楽しんでいるのだろうか。
 それに、もう彼女達の体力は限界だ。
 最初のうちはかする程度で避けてはいたが、その動きも目に見えて鈍くなってゆく。
 避ける隙間からカールに攻撃を当てようとするが、『ハイドロポンプ』に阻まれるせいで1つとしてカールには届かない。
 そして――、
「うわああああ!」
 よろめいた223に、遂に『ハイドロポンプ』が直撃した。
 瑞や由衣と違い、223は変身していても「人間」なのである。
 ポケモンの技に対して、全く耐性がないも同然なのだ。
 彼は地面に倒れ伏したまま、全く動かなくなってしまった。
「223っ! 大丈夫!?」
 残された2人とロゼリアは彼に駆け寄ろうとするが、水柱に邪魔されてそれすらままならない。
 早く彼を助け出して、病院なり何なりに連れて行かなければ。
 けれどそれには、ここから抜け出さなければならない。
 そしてその為には、カールを倒さなければ……。
(でも……何の義理があって、私達はあいつと戦わなきゃならないの……!?)
 由衣はそう思ってしまう。
 別段悪いことをした覚えはない。ただ、《なんでもおはなし板》の住人というだけで、異分子と呼ばれ襲われる……。
 何故、自分達はこのような目に遭わなければならないのか――。
(待って……狙われてるのは、私と瑞と223だけじゃない……!)
 今まで自分達のことでいっぱいいっぱいだったが、ここにきてようやく、他のメンバーのことに思いが至った。
 バラバラにされた一同。襲い来る『ドラゴン四天王』。
 ――「四天王」は、4人いないと成り立たない。
 もっと早く、気が付くべきだった。
「まさか……他の皆も、こうやって……!?」
「その通り。君達のお仲間も、今頃は倒されてるだろうね!」
「そんなわけないっ! 皆が倒されるなんて、そんな……!」
 反駁する瑞に、カールは「どうだか?」と言ってふふんと笑う。
 尚も言い返そうとする瑞を制止し、由衣は目で合図した。
 カールが話すことに気を取られており、『ハイドロポンプ』の動きが鈍くなっている。
 由衣の言わんとすることを理解し、頷く瑞。
「一体、あんた達の目的は何なの? 異分子って、どういうこと!?」
 一層声を張り上げて、由衣はカールを睨む。
「冥土の土産に、教えておいてあげるよ。この世界は、ポケモンを愛する人々の『心』が生んだ仮想空間なのさ」
 得意げに、それでいて簡潔に、カールは説明した。
 ここ「セキチクシティ」は、ポケモンの製作者の「心」が生んだ空間であること。
 そして、同じく彼らに生み出された存在である『ドラゴン四天王』は、純粋にポケモンを愛する人々を汚す『ポケ書』の住人を狙っていること――。
「なるほど……理解はしたわ。納得はしてないけど」
 呟いて、ちらっと223の方を見る由衣。
 カールに質問し、その気を逸らしているうちに、瑞が彼に近付いていた。
 しかし、体格からして瑞が223を運ぶのには無理がある。ただでさえ、彼女の体力はほとんど限界だというのに。
「さあ、これで満足したかい? そろそろ終わり(フィナーレ)にしようか!」
 カールが頭を振ると、それに連動して水柱の勢いが増す。
 折角223を助け出す隙を作ったのに、このままでは3人とも――。
 由衣は焦りを抱えて、何の気なしに足元にいたロゼリアに目を遣る。
(…………ちょっと待って……ロゼリア?)
 もし、223のロゼリアが、アニメのシュウのロゼリアと「同じ」であるとしたならば。
 彼女達が使える技のうちでもっとも強いのは、まず間違いなく、威力120であるロゼリアの『ソーラービーム』だ。
 由衣は瑞を見遣る。何とか223を持ち上げられたようだが、体格的には由衣が手伝ってやりたいところである。
 だが、カールが本気になった以上、距離のある瑞のところまで駆け寄るのには無理がありそうだ。そんなことをしていたら、その間に倒されてしまう。
 だから、今この状況で、生き残る可能性の一番高い策は――。
(私がロゼリアに道を作って、至近距離で『ソーラービーム』を撃ち込んで……それにカールが気を取られている隙に、瑞と223を逃がす。そして、カールを倒した私達が追いかける……)
 それが一番、妥当な策のように思えた。
 カールを倒しきれなかった場合、自分がどうなるのかは、この際考えないことにした。
 瑞に向けて、叫ぶ。
「瑞、今すぐ223連れて走って!」
「は!?」
 驚きから、瑞が叫び返してくる。
 しかし、説得している時間はない。
「後から追いかけて、私も絶対追いつくわ。こんなところで死なないって、約束するから……!」
 その瞬間、水柱が一同に襲い掛かった。
「ロゼリアっ!」
 由衣は姿勢を低くすると、短く何事かを囁く。
 すぐ、ロゼリアが由衣の背に飛び乗った。
 それを確認するや否や、カールに向けて『とっしん』する由衣。
 カールの『ハイドロポンプ』にすぐさまその進路を邪魔されるが、由衣は渾身の力で走る。
 「終わり」が見えていれば、そこに向けて全力をつぎ込むことが出来るから。
 走り出した由衣を見た瑞は、一瞬だけ逡巡したのち、踵を返して駆け出した。
 それを視認する間もなく、由衣はカールに突っ込んでゆく。
 『ハイドロポンプ』でいくら襲ってもスピードの衰えない由衣に、カールもやや焦っているようだ。彼女1人に、攻撃を集中させた。
 多くの水柱が、ひとところに一斉に飛び掛ってくる。
 視界が遮られるほど、大量の水流。
「ロゼリアっ」
 カールの姿が水柱で見えなくなったところで、小さく合図する。
 そして、最後に一言、
「……巻き込んで、ごめん」
 今なら、『ハイドロポンプ』のおかげで、互いの姿が見えなくなっている。
 仕掛けるなら、この一瞬しかない。
 ロゼリアの準備が整ったのを見て、由衣は思い切って『ハイドロポンプ』の中を突っ切った。
「ふん、自ら突っ込んで来るとは――」
 カールの台詞は、途中で凍りついた。
 飛び込んできたのは、『とっしん』を発動した由衣。

 彼女の背には、両手の花に眩しい光を集め続けるロゼリアがいたのだ。

「ま、まさか……!?」
「私達を甘く見てたこと、思い知りなさい!」
 由衣が急ブレーキをかける。
 ロゼリアの薔薇が、カールの身体に密着する。
「行けっ!!」
 超至近距離から、ロゼリアはカールに『ソーラービーム』を放った。



「――しっかし、まさかこんな場面で嫌いだったトコが役に立つとは……俺って運がいいな〜!」
 岩に挟まれて気絶しているファビオラを前に、RXはそう言って快活に笑う。
「しかし、土壇場で『メロメロ』が戦況をひっくり返すとはね……」
 ヒメヤが肩を竦め、そう呟いた。
「いつも女と間違われない為にそして目が悪い為に眼鏡をかけていたのがファビオラと初めて戦った時に吹っ飛んでたから余計効果があったな〜まさにイエ〜スイエ〜イエ〜〜〜スだ!」
 余程興奮しているのか、RXは息継ぎもせず、訳の分からない長台詞を口にする。
「それにしても……」
 ガムが話に入ろうとしたけれど、その声はどこか浮かない感じだった。それを悟られまいとして、無理に話に参加しようとしている風さえある。
 もっとも、ファビオラ戦勝利の余韻に酔いしれ、誰もそれには気付かなかったけれど。
「銃を使っても苦戦するなんて……やはり、敵は相当のものですね」
「銃じゃなくてAK-47型アサルトライフルです!」
 不満そうな声で、律儀に訂正するヒメヤ。
 やたら銃に手馴れていることといい、この少年は果たして「ミリタリーマニア」という言葉で片付けていい存在なのだろうか……。
 RXが場を取り成すように笑い声を上げたが、笑顔が引きつっていないかどうか若干心配だった。
「ははは……まあとにかく、俺達に球が当たらなかっただけでも――」
「『球』じゃなくて『弾』です! それに僕が使ってる以上、仲間に当てるなんてへまはしませんよ」
 RXの言葉を遮って、またヒメヤが言う……。
「まあ、万が一ということはありますから、念の為にマガジンは抜いておいた方がいいかもしれませんね」
 言いながら器用にAK-47を操作するヒメヤに、RXもガムももはや何も言えなかった。
 困ったように辺りを見回して、ガムが「あれ?」と声を上げる。
「あの、ジルベールってオオスバメは……?」
「え!?」
 その言葉に、皆は慌てて辺りを見回す。
 しかし、あの色違いオオスバメの姿は、もうどこにも見当たらなかった。



「大丈夫か?」
「ええ、何とか……。それより、浅目さんこそ大丈夫なんですか?」
 砂嵐の中、互いを支えあうように歩く2つの人影。
 正確には、片方が人間で、片方は人型のポケモンである。
 ――それはまさしく、浅目と愛の姿だった。


 あの時――浅目が、カクレオンに変身した時。
 彼女はわざと声を張り上げ、リディアに注視されるようにした。
 それは、愛の取る行動を悟られたくなかったから、だったのだ。
 愛の特性は、他のポケモンの特性をコピーする『トレース』。彼女はその特性で、カクレオンの『へんしょく』能力――ひいては、自在に姿を消せる能力ををコピーしたのだ。
 そして、リディアが浅目に攻撃を仕掛ける寸前、『テレポート』で浅目の側まで瞬間移動すると、彼女を抱え起こして逃げおおせた。無論、2人とも姿を消したまま。
 リディアは、1人どころか2人とも倒し損ねていたのである。
 ――それでも、かなりのダメージは与えられていた。
 ただし、愛のダメージは天候によるところがほとんどだ。リディアの配下は、隙を見つけて『サイコキネシス』を撃ち込めば、余裕で倒すことが出来た。
 技の出元が分からない多数の相手を攻撃できる、強力な技。今回の戦いは、まさにその力が求められる局面だった。
「でも……これで、あいつの戦い方は分かりましたね」
 愛がそう言う。
 相手のレベルが相当高い以上、どんな小さなことでも勝利のきっかけに繋げていかなければならない。
 愛の言葉に、浅目は静かに頷いた。
「ああ。次は、必ず――」
「必ず、倒しましょう」
 愛は浅目の言葉を無理やり引き継いだ。
 浅目が続けようとしていた言葉が、「殺す」だと分かりきっていたからこそ。
 明確な理由はなかったけれど、彼女にその言葉を口に出してほしくなかった。
「……ああ、そうだな」
 愛の意図が分かったのか、浅目は苦笑しつつ同意した。



「や、やった……倒したわ……!」
 由衣は、自らの勝利を確信していた。
 光線の熱が水を蒸発させ、辺りには蒸気がもうもうと立ち込めている。
 その為にカールの姿は確認できないけれど、『ソーラービーム』は、確実に彼を撃ち抜いたのだ。

 ――その、はずだった。

「……僕は、『りゅうのまい』のステップは踏んでも、二の舞は踏まないのがモットーでね」

「!?」
 蒸気の向こうで、陰がゆらりと動いた。
「ま、まさか……!」
「発想が悪くなかったことは認めてやろう。ただ、相手が悪かったな」
 蒸気で煙る由衣の視界に現れたのは――カールその人だった。
 明らかに傷だらけではあるが、しっかりと立っている。
「『こらえる』を使ったのさ」
 言って、カールはにやりと笑った。
「言った通り、この場所も、僕自身も、ゲームの製作者によって作られた存在。つまり、彼らの知識が僕に埋め込まれていると言っても遜色はない」
 得意げなその笑みに、凶暴な色が少しずつ混じり始める。
「分かるかい? 僕がコンボ技を使えても、おかしくないということだよ!」
「コンボ技……!?」
 はっとして、由衣は目を見開く。
 そういえば先程、『ハイドロポンプ』で攻撃をしている最中に、カールは踊るように身体を揺らしてはいなかっただろうか。
(『りゅうのまい』……!)
 由衣は、どこかで聞いたことがあった。
 キングドラの使用する、『りゅうのまい』+『こらえる』+『じたばた』のコンボ。特性『すいすい』を追加することで更に絶対的なスピードを生み出す、破壊力抜群の攻撃技。
 『こらえる』でギリギリ耐えた体力により、『じたばた』の威力は最大。『りゅうのまい』で、攻撃力に加え素早さまで上昇している。
 スピードも、パワーも、敵う相手ではない。
(逃げなきゃ……!)
 約束、したのだ。
 私は何が何でもこの場を切り抜けて、瑞と223と――他の皆と、合流しなければ。
 そう、皆で帰る為に。
(――そうだ。私は、『ほえる』が使えた……)
 吼え声で相手を怯え竦ませて、戦闘を強制終了させる技だ。これを使えば、絶対に逃げられる。
 早く、逃げて――――。

 しかし、『りゅうのまい』で強化されたカールのスピードは、由衣にそれを実行に移す間すら与えなかった。

 激痛と共に、身体が宙に浮く。
 あまりにも軽々と吹っ飛ばされ、真後ろの壁に叩きつけられる。
 何かがひしゃげる、厭な音。
 ああ、この音の主は自分なのか。
 ――――私は、負けたんだ。
(……ごめんなさい…………やく、そく……)
 その思考を最後に、由衣の目の前は真っ暗になった……。




 皆がいなくなってしまったジルベールを探している中、その場から動けなかったポケモンがいた。
 ――先程から浮かない表情をしていた、ガムである。
 やがて彼は、意を決したように顔を上げると、ガムはラティオスに歩み寄った。
「ラティオスさん……『げんきのかけら』ってありますか?」
 ガムの問いの意図が分からず、怪訝そうな顔をしつつもラティオスは答える。
「ああ、それならさっき案内したところにまだあるはずだよ。好きなだけ取ってくれて構わないけど……」
 言外に疑問の念を感じたが、ガムはただ頭を下げただけで何も言わず、倉庫に向かって駆けて行った。
 彼の後ろから、ヒメヤとRXの声が届く。
「本当に、RXさんの見た目と『メロメロ』のおかげで助かりましたよ。ありがとうございます」
「……改まって感謝されると、若干複雑な気分だな……」


 やがて戻ってきたガムは、その口にしっかりと『げんきのかけら』を咥えていた。
「それ、どうするの?」
 サナが首を傾げるが、ガムはその問いには答えない。

 その代わり、答えといわんばかりに、岩の隙間から覗くファビオラの身体に、何の躊躇もなく『げんきのかけら』を当てたのだ。

「ちょ、ちょっとガムさん! 何やってるんですか!?」
 止めようとしたヒメヤが、慌ててガムに飛びついた。
 しかしガムは、こともなげにヒメヤを振り払うと、なおもファビオラを回復しようとする。
「正気かよ!?」
 RXも、ガムが血迷ったとしか思えないようだ。
 振り払われたヒメヤが、もう1度ガムに飛びつく。

 しかし、もう手遅れだった。

「うぅ……ん……――――はっ!?」
 ファビオラが目を覚まし、がばっと頭を上げる。
 ガムがさっと飛び退のと、ファビオラが翼を広げて周りの岩を吹き飛ばすのと、ほとんど同時だった。
 いつでも飛び立てる、いつでも飛びかかれる体勢を取り、ファビオラはガムを睨みつける。どうやら、自分を回復したのが彼であることを察したらしい。
「私を助けるとは……何を企んでいるのか知りませんけれど、後悔させてあげますわよ!」
 戦う気満々のファビオラに、ヒメヤとRXも身構える。
 ラティオス達こちらの世界の住人も、いつでも技を出せる体勢を取った。
「くそっ……またバトルかよっ……!」
 しかし、彼女を回復した当のガムだけは、戦う意志を見せなかった。
「ファビオラ」
 静かな声で、彼女に呼びかける。
「私を回復させただけでなく、戦う気もないと? 気が違ったようですわね」
 皮肉を込めた言い方は、幾分か挑発的だった。
 けれど、ガムは動じない。
「そうだ。僕は、お前と戦う気はない」
「え!?」
 ガムの発言に、敵味方共に驚いてしまった。無理もないことではあるが。
 ガムはゆっくりと、しかししっかりした足取りで、ファビオラに近付いてゆく。
 警戒心を解かないまま、ファビオラは疑問の声を上げた。
「な、何を考えていますの……?」
「戦う気はない……が、お前に1つだけ頼みがあるんだ」
 そう告げると、呆気に取られる皆の目の前で、ガムはファビオラに何事かを囁いた。
 ガムの真意が読めず、ヒメヤとRX、それにラティオス達は、緊張した面持ちでその様子を見守る。
 少し距離があり、またガムが小声なせいで、彼らには何を言っているのか聞こえない。
(ガムさん、何を考えているんだ……!?)
 問いただそうとヒメヤが1歩踏み出したその瞬間、ファビオラが綿毛のような翼を優雅に広げた。
 細められたその瞳からは――喜びの色が、見て取れなくもなかった。
「分かりましたわ。私の背中にお乗りなさい」
 これは一体どうしたことか。
 あの『死の歌姫』ファビオラが……ガムに、背中を許した。
 ヒメヤも止めるのを忘れ、目を瞬いてファビオラを見上げている。
 ガムはファビオラの背中に躊躇いなく飛び乗ると、仲間達に目を遣る。
 そして、小さく頭を下げた。
 それはまるで――身勝手な自分の非礼を、詫びるかのようだった。
 ガムの表情を覆い隠して白い翼が羽ばたき、気付けば2人はもう飛び立っていた。
「あ……ま、待て!」
 あまりの事態に面食らっていたヒメヤ達は我に返り、ファビオラを追う。しかし彼女は、もう飛び道具すら届かない空の遥か高みへと上昇しており、その姿はじきに見えなくなった。
「な、何が起こったんだ……?」
 ヒメヤが戸惑いの声を上げる。
「まさか……裏切り……?」
 RXがそう呟き、項垂(うなだ)れる。
 彼の言葉を面と向かって否定できる状況にないのは、誰の目にも明らかだった。
 それでも、「そんなことを言うもんじゃない」とラティオスが首を左右に振る。
「彼は、君達の仲間なんだろう? かけがえのない友人なんだろう? それなら、最後まで信じるべきだと思うよ。彼の行動は、きっと正しいんだって」
 ヒメヤとRXは顔を見合わせると、ほとんど同時に頷いた。



・−・−・−・−・−・−・−・−
えー、どうも由衣です。あまりにも自分の編集がひどすぎたリレー小説『Dream Makers』を思い切って書き直すことに決めてから早数ヶ月、ようやく第2章のアップに漕ぎ着けられましたです。
いや、マジであの編集はひどかった。あんなんでよく「編集した」なんて嘯けたなと思うと、過去の自分ホントに空恐ろしいです。マジですみませんでした。特に執筆に関わった皆様……。
初版(?)は自分でも恥ずかしくて読み返せなかったのですが、これで多少は見れる文章になった……なんて……思ったりとかして……。
実はこっそりサナスペのパロディ台詞入れました。分かりにくいかもですが探してみてくださいv
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