「いててて・・・。あ、秋葉さん、大丈夫ですか?」
「私は何とか」
 あきはばらの手を借りて、水無月は立ち上がった。
「やれやれ・・・リーディの奴」
 そう呟きながら、水無月は辺りを見渡す。
「で・・・ここはどこでしょうか、秋葉さん? 皆さんは・・・?」
「残念ながら、答えを知らない問いに答えられるほど、私は万能じゃありません」
 ――つまり、仲間達とはぐれた。
 ここがどこかも分からない。
「まあ、こういう事もありますよ」
 淡々としているあきはばらに対し、
「そ、そんな! どうするんですかっ!?」
 水無月はかなり焦っていた。まあ、こちらが当然の反応なのだが。


 爆発の瞬間、咄嗟に『ひかりのかべ』を発動した愛とひこは、飛ばされずに済んでいた。
「あれ・・・皆さんいませんね・・・・・・」
 爆煙が収まってから、それに気付いた愛が言う。
「飛ばされちゃったんですね・・・」
 兎にも角にも、皆と合流し、ここを脱出しない事には話は始まらない。
「で、どうしますか?」
「取り敢えず・・・愛さんの『テレポート』で――」
「だから、私の『テレポート』はどこに飛ぶか分からないんだってば! ・・・って、ひこさんは知らないんだっけ・・・」


「みんなどこ行っちゃったのかしら・・・」
 由衣は溜息をついて、右斜め下に視線を移す。
 気絶したままの223がそこにいた。
 ・・・良く見ると寝息を立てている。ぐっすり安眠しているようだ。
「寝てるし・・・」
 姿が変わっていても人間のままこの世界に飛ばされ、あれだけ向こう見ずな事をしてきて、疲れが出ないはずが無い・・・。
 出来れば寝かせてやりたかったが、これから皆と合流しなければならないし、何より。
 ――状況が安眠を許さなかった。
「223、起きて! 223!!」
「ぁぅ・・・何や・・・もうちょい寝かせてーな・・・ZZZ・・・」
 由衣は大きく息を吸い込むと、
「起きろーーーっ!!!」
 223の耳元で音量MAXにして叫んだ。
「ぎゃーっ!!? 何やお前――って、由衣? あれ、ここ・・・?」
「起きて早々で悪いけど、逃げるわよ! 私、鋼タイプは苦手なの!」
 二人の目の前には、縄張りを荒らされて明らかに怒っているコイルが何体もいて、一つしかない目で二人を睨みつけていた。


「仕方ないか・・・・・・じゃあ頼んだぞ、プリン君!」
「・・・もう、いいです・・・」
「ん? 何がだ?」
 本気で諦める事にしたらしい。
 プリンスは天井を見上げる。
「室内だからそんなに規模の大きい雨は降らせらんないけど・・・」
 天井の明かりが何かに遮られ、二人のいる場所が段々暗くなっていった。
 雲、だ。
(正直、『あまごい』にあんまいい思い出はねーんだけどな・・・・・・)
 こんな状況で、しかも頼れるのが彼しかいない以上、何者か良く分からなくても任せるしかない。
 薄かった雲は渦を巻くように集まり、濃く大きくなってゆく。
「では・・・・・・『あまごい』!!」
 プリンスのその声が合図になったかのように、二人の上に雨が降り注ぎ始めた。
 ぽつりぽつりという雨が、やがて土砂降りに。
 プリンスの姿は徐々に変わり、水タイプへと変化した。
「おぉぉぉーいっ、みんなーぁ! 見てるかぁーっ!!」
「見てるよ! 絶対見てる!」
 二人の声と雨音が、壁に反響する。





 瑞の『ダークラッシュ』をまともに受け、浅目とファビオラは倒れ たまま動けない。
 効果はいまひとつだったため、二人よりも体力が残ったRXが立ち上がり、瑞に必死の呼びかけを試みる。
「瑞さん、正気に戻って! 今こそ、ダークエネルギーに打ち勝つんだ!」
「だ・・・め・・・。私の、力じゃ・・・と、止められない・・・!」
 仲間を攻撃したくなんてない――辛そうな彼女の表情とは裏腹に、彼女の身体はいう事を聞かず勝手に攻撃を仕掛ける。
 浅目とファビオラに向かって、『ダークレイブ』を放った!
「――っ、危ない! 浅目さん、ファビオラさん!!」
 RXは咄嗟に、二人の前に立ちはだかった。
「瑞さん――!」
 身を挺して二人をかばい、二体攻撃の『ダークレイブ』を全てその身に受けたのだ。
「げほっ・・・!!」
「RXさん!」
「なんて・・・無茶な真似を・・・・・・」
 その様子を見て、ゼロは愉快そうに笑った。
「ははは! 仲間割れか、面白い! ならば、俺はこのまま高みの見物をさせてもらうとするか」
 その言葉と共に、ゼロは闇の中へ姿を消した。
「なっ・・・待て、ゼロ!」
 『勝った』といわんばかりの笑みを、精神世界での絶望的な状況に追い討ちをかけるような笑みを、RXに見せて。
「・・・・・・て・・・」
「・・・?」
「お願い・・・私を・・・こ、ろ・・・して・・・・・・!」
「!?」
 瞳に涙を浮かべ、瑞がRXに訴えかけた。
(・・・に私の中のダークボックスが爆発しちゃって、あの時もみんなを巻き込んだ・・・)
 自分の最期の時といい、今といい、どうして自分はこうも、他人を傷付けずに生きる事が出来ないのか。
 ――もし、自分が死んで、それで皆が助かるのなら・・・・・・。
「そんなの駄目だ!」
 浅目が、叫んだ。今までに無いほどの強い語調で。
「何か・・・何か方法があるはず・・・。だから瑞さん、諦めちゃ駄目だ!」
 自分が、勝手な事を言っているのは分かっている。『何か』と言っても、具体的な方策があるわけではない。
 ただ只管(ひたすら)に、仲間が消えてしまうのは嫌だった。
(私は、本当に寂しがりだな・・・・・・)
「あ・・・さめ、さっ・・・」
 瞳と飽和した涙が、瑞の頬を伝う。
「わ・・・私(わたくし)が、『うたう』で彼女の動きを止めてみますわ!」
「私も協力する!」
 浅目はそう叫ぶが早いか、フシギソウに姿を変えた。
「『うたう』!」
「『ねむりごな』!」
 二人は瑞に向かって走りながら、相手を眠らせる技を同時に繰り出した。
 しかし、瑞は怯えたような表情を見せる。
 ――無差別に攻撃してしまおうとする、自分の能力(ちから)に怯えた顔。
「こ・・・来ないでっ!!」
 自分の意志とは関係なく、瑞はダーク技を繰り出す体勢に入った。
「まずい・・・あれは、『ダークハーフ』!」
 それに気付いた次の瞬間にはもう、RXは『でんこうせっか』を瑞に仕掛けていた。
「きゃっ!」
 浅目やファビオラと充分に距離をとった場所まで瑞を吹き飛ばし、そうしておいてRXは彼女の前に立った。
 彼の体にまとわり付く、瑞のそれと同じ黒いオーラ。
 RXは、自らのダークエネルギーをフルまで開放したのだ。その瞳に宿る光は、間違いなく本気。
「瑞さん・・・分かった。望み通り、お前を殺す・・・」
「RXさん!!?」
 止めに入ろうとした浅目はしかし、がくん・・・と体の力が抜けるのを感じた。
 体力に、限界が来ている。
 ――止められない。
 それに止めたところで、他に良い案が思いついているわけでもない。
 隣では、ファビオラも同じように、地面に降り立って荒い息をついていた。
 なんて無力なんだ。
「・・・食らえ! 『ダークエンド』!!」
「・・・・・・」
 ダークポケモン最大の技が、最大出力で一気に瑞に迫る。
 瑞は、その攻撃を避(よ)けようとはしなかった。
 避けられなかったのも、事実だ。先程の眠らせ技が、確実に効力を現し始めていた。
 身体をそもそも動かす事が出来なければ、勝手に動いて技を発動するなど出来るはずもない。
(これで、みんなを巻き込まずに済む・・・・・・。ごめんなさい・・・)
 『無』となる二度目の死。それを、瑞は覚悟した。
「・・・あれ・・・?」
 ――まだ、死んでない。
 自分の真横に、誰かがいる。
 触れ合ったその身体は、とても温かかった。
 RXが、『ダークエンド』を命中させる寸前で解き、瑞に密着する状態で立ち止まったのだ。
(瑞さん、ダークエネルギーを全て開放するんだ! 俺が、全部受け止めてみせる!)
 実際に口には出していないのに、彼の声が瑞には届いた。
(RXさん・・・!?)
(早く! 同じダークポケモン同士だ、きっと上手く行く! これに賭けてみるしかないんだ!)
(そんな・・・出来ないよ・・・)
 嫌だった。仲間を、攻撃するなんて。
 それも、自分の意志で。
 自分の意志でだったら、まだ瑞には意識がある、出来ないわけではない。だが、
(私には出来ないよっ・・・)
 そんな事をするくらいなら、いっそ殺された方がまし――。
 大粒の涙が、瑞の瞳から零れ落ちた。
 RXはそんな瑞を、思いっきり、叱責した。
(っ、甘ったれるな!!)
(!?)
 その言葉を聞くと同時、彼女の中で何かが大きく動いた。
 ――いつまでも怖がってちゃいけない。
 ほんの僅かでも可能性があるんだったら、賭けてみなければ分からない。
(・・・・・・やってみる)
 瑞は大きく息を吸い込むと、彼女の中にあるありったけのダークエネルギーをRXにぶつけた!
「ぐぅぅっ・・・!!」
 同じダークポケモンの自分なら、瑞の制御できないほど膨大なダークエネルギーを自分のダークエネルギーとぶつける事で、相殺するようにバランスを取れる のではないか・・・・・・RXはそう踏んだのだ。
 瑞自身が制御できないのなら、自分が彼女のエネルギーの一端を担って、コントロールに手を貸す。それが、RXが咄嗟に考えた事だった。
 しかし、瑞のエネルギーは思ったよりもずっと、ずっと強大だった。RXは、瑞のエネルギーを受けきれずに身体が悲鳴を上げているのをひしひしと感じてい た。
「RXさん、もうお止めなさい! このままでは、あなたまで死んでしまう・・・!」
 ファビオラが叫ぶ。
「嫌だ! 瑞さんは俺達の大事な仲間だ、見殺しになんか出来るもんか!!」
 RXはそのまま、必死になって瑞のエネルギーを受け続ける。
 ただ見ている事しか出来ない、浅目とファビオラ。
 諦めちゃ、駄目だ。 
 さっき自分で言ったその言葉を、浅目はかみ締めていた。
 ――やがて、限界が来る。
 RXと瑞の間に黒くたちこめていたダークオーラが、爆発したのだ。
「きゃあぁぁっ!!」
「うわぁぁっ!!」
 爆発と同時、二人は吹き飛ばされてしまった・・・・・・。





 無人発電所内の一角で、雨は降り続く。
 しかし、誰一人として集まっては来ない。
「おいおいプリンさんよぉ。誰も来ねぇじゃんか」
「だからノープロブレム、だってば!」
 相変わらずお気楽な口調でプリンスは言う。
 もしかして彼は状況の深刻さが分かっていないのではないだろうか・・・・・・澪亮はそう思い始めていた。
 雨を降らせながら、ふとプリンスが尋ねた。
「そういえば、君の名前聞いてなかったね」
「ああ、俺か? 俺は仙崎澪亮」
「へぇ、澪亮さんか・・・」


「――なるほど・・・」
 愛の『テレポート』にまつわる話を聞き、それからひこは言った。
「でも、誰かの顔を想像したらその人のところには必ず行けてるじゃないですか」
「それはそうなんですけどね・・・。でも、同じポケモンって沢山いるから、他の奴の所に飛んじゃったら・・・ってちょっとそれも不安なんです」
 ひこは頷き、それから少し考えた。
「・・・じゃあ、人間の223さんを想像してみたらどうですか?」
「・・・・・・他に手は・・・?」
「・・・・・・・・・ないんじゃないですか?」
 溜め息をついて、愛はひこの手を握った。
「分かりましたよ。じゃあ、行きます!」
 一瞬の後、その場所に二人の姿はなかった。




 一方、グレン島の塔の二十六階では、アッシマーとガムが完治したラティア スを放っておけずそのまま待機していた。
「うぅ・・・ん?」
「ラティアス!」
 ラティアスが、目を覚ましたのだ。彼女は起き上がると、目の前のアッシマーとガムを交互に見た。
「あれ・・・? ガムさんにアッシマーさん・・・・・・。私、生きてる・・・?」
「ガムさんが、助けてくれたんですよ!」
「僕は、そのアッシマーさんに助けられましたけどね」
 そう言って、二人は顔を見合わせて笑った。
 良かった。本当に、良かった。
 三人はしばらく、その場にそうしていたが、やがてガムがふと天井を見上げ、呟くように言った。
「今、悠さん達は大丈夫なんでしょうか・・・?」
「心配ですね・・・」
 アッシマーも頷く。
 追いかけたいのはやまやまだが、ラティアスを連れて行くわけには・・・・・・。
 二人がそう考えているのに、ラティアスは気付いた。
(私は・・・いっつも、助けてもらってばっかりだね・・・・・・)
 『ドリームメーカー』の攻撃が始まるその前から、一見頼りない兄に、それでも何度も助けてもらっていた。
 ガムに助けてもらったのだって、二度目だ。
(それなら・・・今度は、私が助けてあげる番なんじゃないかな・・・?)
 ラティアスは、自分の力量を正確に知っていた。少しだったら、力になれるかもしれない。
 そう思ったときにはもう、ラティアスは二人に声を掛けていた。
「あの・・・」
「何ですか?」
「お願い、私も連れて行って!」
「!!?」
 その言葉に二人は驚き、しばし二の句がつげなかった。
 二人にとって、ラティアスはそれこそ命よりも大事。そんな彼女を、再び危険に晒すような事が出来ようか。
 しかし、ラティアスは続ける。
「私、みんなに助けられてばっかりだもん・・・。今もこうして、二人が悠さん達から遅れているのに、その足手まといになんかなりたくない・・・私だって、 ちゃんと戦えるんだよ!!」
 彼女の、今までにない強い語調に、何よりその熱意に負けたのか、アッシマーは少ししてから頷いた。
「分かりました・・・では、ラティアスも一緒に悠さん達のところへ向かいましょう!」
「・・・」
 ガムは、首を縦に振った。
 ――勿論口には出さないが、もしまたラティアスに危険が及ぶようなら、自分の命をなげうってでも救出する覚悟だった。
 ラティアスを加え、三人は二十七階へと向かった。




 一向に、皆が集まってくる気配はない。澪亮は、段々苛立ち始めた。
「・・・・・・ほんとに誰も来ねぇじゃんかよ」
「多分そろそろ来ると思うよ? ――ほら、来た!!」
 プリンスがそう言って顔を向けた先・・・・・・223と由衣が、沢山の『オマケ』を引き連れてこっちに向かって走ってくる。
「あっ、れ、澪亮さ〜んっ!!」
「こいつら、何とかしてくれや〜っ!!」
「はぁっ!? 何で俺が!? つーかお前らなんてもん連れてきやがったんだ!」
 澪亮は、口ではそう言って怒りながらもしっかり戦闘態勢をとっている。
 その口許は、心なしか笑っているようにも見えた。
 彼女なりに、仲間との再会に安心したのかもしれない。
「ったく、しゃーねーな・・・。『ナイトヘッド』!!」
「僕も協力するよっ! 『ウェザーボール』!」
 二人の技に、コイル達は吹っ飛ばされた。それだけで、野生のコイル達を追い払うのには充分だったようだ。
 クモの子を散らすように去っていったコイル達を見て、荒い息をつく223と由衣。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・た、助かったで・・・」
「あ、ありがと、ございます、澪亮さん・・・・・・」
 二人は顔を上げて、プリンスを見て、首をかしげる。
「あれ・・・そっちの、ポワルンは?」
「ああ、こいつ? こいつはプリンっつって――」
「はっはっは、チャオ! チャオ! 僕はプリンス・マッシュ!」
 澪亮の台詞を思いっきり邪魔して、プリンスが名乗る。
「プリンスって呼んでね!! プリンス、だぞ!」
「は、はぁ・・・。あ、そうそう、俺は223や」
「私は由衣よ」
「まぁ、何とか合流できたし・・・残りを探しに行くか?」
 一通り自己紹介を終えた後の澪亮の言葉に、三人は頷いた。





 爆煙で視界が効かない中、RXは誰かに呼ばれたような気がして振 り返った。
「――さん・・・RXさん・・・!」
 その声は、先程までに比べるとずいぶんとしっかりしていて。
 RXは、彼女の名前を呼び返した。
「瑞さん?」
 煙が晴れる。
 そこに立っていたのは、笑顔の瑞。
 理性を取り戻した、本当の姿でそこにいた。
「瑞さん・・・良かった。上手く行ったんだ・・・」
「うん・・・RXさんがいてくれたから・・・・・・」
 悲しいのではなく、嬉しくて。瑞は少しだけ涙をこぼした。
 それから瑞は、敏捷な動きで浅目とファビオラの元へ向かう。RXも、それに続いた。
「浅目さん、ファビオラさん!」
「瑞さん・・・」
「自分の意志を、取り戻してくれたのですね・・・本当に、良かったですわ」
 少し俯いて、瑞は申し訳なさそうに口を開いた。
「二人ともありがとう・・・それから、ごめんなさい」
「いいんだよ」
 ――しかし、この空間での平和的な時間は、どうしてか長く続いたためしがない。
「ククク・・・別れの挨拶は済んだか?」
 残酷さが現れているその声に、四人は上を向く。
 ゼロが、闇の中から再び姿を現し、地面に降り立った。
「このままお前らの自滅を誘っても良かったが・・・それではあまりに芸がない。やはり、俺が直々に始末してやらねばな・・・」
 ゼロは笑う。しかし、彼の笑顔は、瑞のそれとは全然違うものだった。
 もっと凶暴で、もっと残忍で、もっと――嬉しそうな笑顔。
 これからRX達を殺す事に、喜びを感じている顔。
 背筋が寒くなるのを、RXは感じた。
 ゼロは、無数の霊魂を周囲に漂わせながら、全員にとどめを刺す構えに入る。
 RXと瑞は申し合わせていたかのように顔を見合わせて頷くと、浅目達をかばうように立った。
「二人は下がってて! こいつは俺達が何とかするから!」
 瑞は、怒りの表情をあらわにして、ゼロを睨みつける。
「ゼロ! あなただけは・・・あなただけは、絶対に許す事が出来ない!!」
 そして、ダークエネルギーを一気に開放する。しかし――
「くぅぅっ!?」
 再び、彼女は苦しみ始めた。ダークエネルギーのコントロールが、まだ上手くいかないのだ。
 だが次の瞬間、ふっと身体が軽くなるのを瑞は感じた。
「瑞さん、自分を恐れるな! 俺が手を貸す!!」
 隣り合った二人のダークエネルギーがぶつかり合い、見事なまでに調和を保った!
「RXさん・・・」
「いけ、瑞さん。その怒り、全部あいつにぶつけてやるんだ!」
 瑞は頷いた。
「『ダークブレイク』!」
「ふん・・・無駄だと何度言えば分かる!?」
 ゼロは、霊魂を『みがわり』にして、またも攻撃を防ごうとする。
 攻撃が、届かない――。瑞は、絶望的な思いでそれを見ていた。
(やっぱり・・・私達じゃ、駄目なの・・・?)
 それでも・・・・・・少しでも、ほんの僅かでも、可能性があるのなら。
 『ダークブレイク』を、瑞は止めなかった。ゼロの盾にする霊魂に攻撃が当たりそうになる。が、その時。
「がはぁぁっ!!?」
 何と、ゼロが『ダークブレイク』をまともにその身に受けたのだ!
「な、なんだと・・・! この世界の霊魂は、全て俺の奴隷のはず! なぜだ!? なぜだぁぁぁ!!」
 ゼロが盾にしようとしたその霊魂が、逆にゼロの身体に取り付き、自由を奪っている。
 その状況に、RX達もしばし唖然としてしまった。
 やがて、ファビオラが気付いた。ゼロには届かないが、他の三人には届くくらいの小声で言う。
「あれって・・・もしかして、神田さんじゃありません・・・?」
「あ!」
 そう、その霊魂は神田だったのだ。
 ゼロの懐にもぐりこんでおいて、この好機をずっとうかがっていたのだろう。
「ええい! 止(や)めろ、止めろぉぉぉ!!」
 神田の霊魂は、RXと瑞と目が合うと、軽く頷いて見せた。
 ――早く攻撃するのだ、そう言っているように思えた。
 二人は、頷き返す。
「大義の名のもと、殺戮を繰り返すあなたの悪行・・・そして、意味もなくあなたに殺された多くのポケモン達の仇よ!」
「今、ここで決着付けさせてもらうぜ! 覚悟しな、ゼロ!!」
 二人は、ダークポケモン最大の技、『ダークエンド』の体勢に入った!




 
 ひこと愛が降り立ったのは、草がぼうぼうと生えただだっ広い空き地。 間違っても、ここが無人発電所内には見えない。
「・・・・・・ごめんなさい失敗しました」
「ま、まあ、そういう事もありますって! っていうか無理に『テレポート』勧めちゃったのは私だし・・・・・・ごめんなさい・・・」
 ひこは頑張って愛を慰めようとする。が、途中から段々自分が落ち込み始めた。
 二人ともしばらく沈黙する。やがて愛が、話題を作ろうと辺りを見渡した。
「それにしても、ここってどこなんでしょうね・・・?」
「さあ? ――あれ?」
 ひこの声につられて、愛は後ろを見る。
「誰かいますよ・・・」
 草陰から姿を現したのは、一体のシャワーズだった。
「あらあら、久しぶりのお客様ね。それでも、招待のないのに勝手に踏み込むのは、失礼なんじゃないかしら?」
「もしかして・・・ここ、あなたの家ですか?」
「ええ」
 事も無げにそのシャワーズは言った。
「ただの空き地じゃないのっ! っていうかここどこ!? あんたは誰よ!」
 愛は切れ気味になって、シャワーズに詰め寄る。
「だから言ったじゃない、私の家だと」
「そういう事を訊いているんじゃないーっ!!」
「まぁ、落ち着きなさい」
 そう言って、シャワーズは尻尾をくゆらした。
「私はユーリ、元々はカール様の部下として、『ドリームメーカー』の最前線で働いていたの。今は引退して、ここで暮らしているわ。あなた達に危害を加える つもりはないけれど、私の家に黙って入ってきてもらっては困るのよね」
 『ドリームメーカー』を辞めた・・・。ユーリと名乗ったシャワーズのその台詞に、二人は幾分か安心する。
 それから、ひこはユーリに頭を下げた。
「あの、勝手に入ってしまった事は謝ります、ごめんなさい・・・」
 愛も、ひこに倣って謝る。
 ユーリは、『いいのよ』と言いたげに笑顔で頷いた。
「折角きてくださったんだし、お茶でもいかが? 用意するわ」
「あ、ありがとうございます・・・」
 思わず、ひこは賛成していた。ユーリはぴょんとジャンプすると、再び草陰に姿を消す。
 二人は、草の上に腰を降ろした。
「良かった、いい人みたいですね」
 ひこの言葉に、愛は頷く。しかし、次の瞬間――

 ドンッ!!

「きゃぁぁっ!?」
 突然、『何か』が二人に向かって飛んできた。二人はそれをもろに受け、思いっきり吹き飛ばされてしまう。
「こ、これは・・・『みずのはどう』!?」
「ふふふ、ご名答」
 ユーリが再び姿を現す。先程の笑顔のままで。
 だが、何だろう。この変な感じは・・・。さっきとは全然違う嫌な雰囲気を、彼女はまとっていた。
「ちょっと、私達に危害を加えるつもりはないんじゃなかったの!?」
 愛が叫ぶ。その台詞を、ユーリはふふんと笑って一蹴した。
「あっさり信じるなんて、馬鹿ね。確かに、第一線を引退したのは本当よ。その代わり今は裏方に回って、ここで暮らしながら『ドリームメーカー』に協力して いる」
 二人を睨むユーリ。
「そして、私が今与えられている使命は、『ドリームメーカー』に対する反逆者の抹殺!」
 その台詞を言い終わるか終わらないかのうちに、ひこと愛は走り出していた。
 無我夢中になって、空き地を走る。どこへ行けばいいか分からないから、ただただ走る。
 ひたひたという足音は、確実に二人を追いかけてきている。
 やがて、ひこが片足を何かに突っ込んでしまった。
「冷たっ!? ――愛さん、見てください、池ですっ!」
「取り敢えず、その場しのぎにはなりますね・・・っ!」
 その言葉と同時に、二人は池に飛び込んだ。
 しかし二人ともが水タイプではない。水中で息が出来よう筈もなく、二人は頑張って息を止めようとしている。
「がばごぼ・・・」
「ぐぼぼぼ・・・」
 水面のその上に、誰かの影が映る。シャワーズの影だ。
「どこへ行ったのかしら・・・? ここはもう探し終わった、あとは・・・・・・」
 池を覗き込んで、ユーリはにやりと笑う。
 ――その瞬間、遂に呼吸が苦しくなって、ひこと愛は水面から顔を出してしまった。
「やっぱり、ここにいたのね! 逃がさないわよ・・・!」
 二人は逃げようとする。が、池の水が盛り上がったかと思うと、二人に襲い掛かってその進路をふさぐ。
「『なみのり』よ。この敷地内で、私が知らないところなんてないの。あなた達はもう逃げられない。・・・ここで殺しておけば、邪魔者も減るわ」
 ざばん、と、波が二人を襲った!

 ――しかし、波が引いた後、そこには平然と立っている二人の姿が。
 ユーリは思わず我が目を疑った。
「なっ・・・!?」
 そして、愛がひこをかばうように立っていることに気付く。
「まさかっ、お前の特性は・・・!!」
「お察しの通り。私の特性は『トレース』よ! あんたの『ちょすい』、コピーさせてもらったわ! 水タイプの技なんかヘッチャラよ!」
 舌打ちしてから、まあいい、とユーリは呟く。
「ならば、こっちのモココを・・・・・・」
 だが、辺りをいくら見渡しても、ひこの姿は見当たらない。いつの間にか、消えてしまっていた。
 ユーリは歯軋りして、愛を見た。
 愛は笑っている。
「ちっ・・・仕方ない。この女だけでも始末できれば・・・!」

 その頃、ひこは草陰に隠れてじっと様子を伺っていた。
 愛がユーリを攻撃してチャンスをつくり、そこにひこが効果は抜群の電気技で不意打ちをかける。それが二人の作戦だった。
「もうじき、あいつの悲鳴が聞こえてくるはず・・・」
 そうしたら、自分が飛び出して最後の一撃を食らわせる。
 しかしひこに聞こえたのは、皮肉な事に愛の悲鳴だった。
「きゃああああああああああ!」
「なっ・・・愛さん!!?」
 草陰から飛び出してしまったひこ。
「ふふふ、他愛もない」
 ユーリの側に、愛が倒れていた。
 慌てて、ひこは駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!? 愛さん、愛さん!!」
 しかし、反応はない。愛はぐったりと倒れたまま。
 ひこは、きっと顔を上げてユーリを見た。 
「あらあら、怒るのは筋違いよ。私はただ、『ドリームメーカー』として当然の事をやったまで」
「『10まんボルト』!!」
「ずいぶんと手荒なのねぇ」
 ユーリは軽々とひこの技を避け、一瞬で彼女の後ろに立った。
「っ・・・!」
「あなたは、自分の心配をなさいな。くらいなさい、『ふぶき』!!」



(う〜ん・・・どうしよう、こいつらについていく前に、少し連絡を入れておくかな)
「ねぇねぇ、ちょっとタイム!」
 プリンスの言葉に、三人は彼を振り返る。
「あ? 何だ?」
「ちょっと連絡したい所があるんだ。待ってて!」
 無人発電所内に備え付けてある、非常用の電話。
 プリンスは、手がないにもかかわらず器用に受話器をとると、電話をかけた。
(しかし、この電話があるなんてラッキーだなっ!)
 いくつかある電話の中でも、これは必ずあるところに繋がるようになっている。
『――はい、もしもし』
「プリンスです」
『あら、プリンス。どう、あの二人には会えた?』
「いえ・・・二人とも、どこにもいなかったんです。もしかしたら、倒されてしまったのかも・・・・・・」
『そう・・・・・・。ああ、そうだわ、新しい指令が出ているの』
「はい」
『私達[ドリームメーカー]の邪魔をするものの、名前が分かった。その中で現在地が不明なのが、ゴーストのセンザキレイスケ、ライチュウのアキハバラ、グ ラエナのユイに人間の 223よ。他の二人は、もう私が始末した。残りは、グレンの本拠地にいるらしいわ。――この四人を、見つけ次第始末する事。それが今回の指令よ』
「っ・・・!?」
 どうやら、水無月の出現は急だったので、まだ『ドリームメーカー』には伝わっていないらしい。
 プリンスは、冷や汗が額に流れるのを感じた。
 何と自分は、あろう事か敵を助けようとしてしまったのだ。
 だが、今からこの場にいる澪亮達を倒すというのは、気が引けてしまう。
(お人好しな自分自身を、呪うしかないのかな・・・・・・)
 なので彼は、『彼女』の次の一言に、幾分か安堵した。
『取り敢えず、こちらに戻ってきなさい、プリンス。作戦を練り直すわ』
 自分の上司の命令は絶対だ。今から自分は、何よりもまず彼女のところへ行かなければならない。澪亮達を始末するよりも、早く。
 そんな屁理屈とも取れる理屈で自分を無理矢理納得させて、プリンスは了承した。
『あの二人――ザクロ様とリーディの事は、後で構わないわ』
「分かりました――ユーリ様」
 彼は電話を切った。そして、澪亮達に向き直る。
「誰に電話していたの?」
 由衣の質問には答えず、彼はただ笑った。
 この世界にやってきてから初めて、自分と対等に話せる、もっと仲良くなれば『仲間』と呼べるんじゃないかと思える人達に出会えた。
 そんな彼らを、攻撃したくはない。
 努めて明るく、プリンスは言った。
「まさか僕が協力した君達が、敵だったなんてね。じゃあ、僕は上司の元に帰んなきゃいけないから。――あと、ライチュウ以外の人は探したって無駄だよ。 チャオ、チャオ!」
「え、あ、ちょい待てプリン――」
 澪亮が引き止めるのも聞かずに、プリンスは三人を追い越し、途中で通路のわき道にそれて、姿を消した。
「敵ってことは、まさか・・・・・・『ドリームメーカー』?」
 この世界での彼女達の敵なんて、それ以外に考えられない。
「考えてる時間はないで! とにかく、まずプリンスさんを追いかけなあかん!」
 223が言って、由衣が頷く。
「そうね。あきはばらさん以外の人は探したって無駄・・・・・・他の三人に、何かあったのかも知れないわ。プリンスさんについていけば、何か分かるはず よ!」
 正確に言えば、『あきはばら以外の人』に水無月は含まれていないのだが、澪亮達がそれを知っているはずも無い。
 三人はあきはばらを探すのを一旦諦め、大急ぎでプリンスの後を追った。



「愛さん・・・大丈夫ですか・・・?」
 『ふぶき』を受けてはいたものの、まだ僅かに体力が残っている。ひこは愛に呼びかけながら、薄目を開けて辺りを見渡した。
 どうやら、ユーリはどこかへ行ってしまったらしい。ひこは起き上がると、愛の身体を軽くゆすった。
「うーん・・・?」
「あ、愛さん! 良かったぁ、生きてた・・・」
「あれ、ひこ・・・さん?」
 愛はゆっくりと起き上がる。弱った身体に、あまり無理をさせないような起き方をしているのだ。
 かなり、体力を消耗している。恐らく、ひこよりも。
「大丈夫ですか・・・?」
「それはこっちの台詞ですよ! 心配したんですよ、愛さん・・・・・・」
「ごめん、ひこさん。――気をつけて、あいつ、吹き矢を持ってますよ。かすっただけで、かなりのダメージを受けるほどすごいものです・・・。かなり強烈な 毒みたいで――」
 と、その時、草を掻き分ける音が聞こえた。二人は反射的に倒れこみ、気絶したふり。
 ユーリが姿を現したのが、見なくても良く分かった。
(プリンス・・・・・・。あの一瞬の動揺、私が気付かないとでも思ったのかしら?)
 彼女は、ひこ達を見下ろして呟く。
「こいつら、まだ倒れているのね。まったく、だらしない奴らだわ」
 それを聞いて、今にもユーリに殴りかかろうとする愛を、ひこはものすごく小さな声で諌めようとする。
『愛さん、落ち着いて!』
『分かってる! でもこいつむかつく・・・!!』
 ユーリがこっちを向いた気配がする。二人はさっと黙った。
「さてと・・・この好機を逃すわけにはいかないわね。今のうちに、始末しておかなくては」
 その言葉に、二人は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
 ユーリは、吹き矢を取り出して二人に向けた。
 そしてその瞬間、ひこと愛はぱっと起き上がった!
「なっ・・・意識があったのっ!?」
「私達が、黙って殺されるとでも思った!?」
 愛がそう叫ぶなり、ひこの身体を持ち上げ、ユーリに向かって思いっきり投げた。突然の予期せぬ攻撃の仕方に、ユーリは一瞬反応が遅れる。
 勿論、ひこはその隙を逃さなかった。
「今よ、『でんきショック』!」
「くっ・・・!」
 しかし、間一髪のところでユーリは攻撃をかわした。かわされると思っていなかったひこは、そのまま受身を取れずに地面に叩きつけられてしまう。
「きゃぁっ!」
「ひこさん、大丈夫ですかっ!?」
 今度は愛が、ユーリに迫る。
「食らえ、必殺『かみなりパンチ』!!」
 ユーリはにやりと笑うと、『かみなりパンチ』が当たる寸前でかわした。ジャンプして、愛の背後に立つ。
「フフフ、手こずらせてくれるわね。『テレポート』されては困るし、まずはこのサーナイトから片付けさせてもらうわ!」
 彼女が口にくわえたのは、紫色の小さな筒――吹き矢。
「あ、愛さんっ、危ない!!」
 ひこの忠告は、遅かった。
 愛が振り向くよりも早く、ユーリが吹き矢を愛の身体に打ち込んだのだ・・・。
「ぐっ・・・・・・」
 愛の身体が、ぐらりとバランスを崩す。
 ドサッ、という音と共に、愛は地面に倒れこんだ。
「愛さん、愛さーーーーーんっ!!!」
 ひこが叫んで、愛に駆け寄る。
(わた・・・本み・・・大・・・・・・花・・・。今、ふと・・・思い出した・・・なんだろ、これは・・・・・・。・・・そうか、私のほん・・・みょ う・・・・・・?)
 霞む視界に、泣きそうなひこの顔が映る。
 私を気にしている場合じゃないよ。ひこさん、あなたはユーリを倒してください。
 そう言いたいのに、口が動かない。声が、出ない。

 そして、愛は眼を閉じた―――。

「愛さんっ・・・・・・!! 起きてください、返事してくださいよぉ・・・愛さん・・・・・・」
 そう呼びかけるが、ひこは良く分かっていた。
 愛の身体が、もう動く事はない事を。
「ふん、死者に呼びかけたって無駄なのにね」
 ユーリは、平然とそう言った。
 人が死ぬ事を、人を殺す事を、なんとも思っていないその表情。
 ひこはきっと顔を上げ、ユーリに向かって叫んだ。
「そんなに平気で人を殺して、何も思うことがないんですか! この人殺し・・・っ! 愛さんを・・・愛さんを返して!!」
 だが、ユーリはふふんと笑っただけだった。

「ったく、何だよこの伸び放題の草! 見通し効かねぇじゃんか! ったくプリン、どこ行きやがった!」

 その時突然届いた聞き覚えのある声に、ひこは驚いて辺りを見渡した。
「えっ・・・嘘、澪亮さん!?」
「おお、その声はひこさんか!」
 草むらから現れたのは、澪亮、223、由衣の三人。
 ひこは、三人に泣きつくように駆け寄った。
「み、みんなぁ・・・っ! 愛さんが、愛さんが死んじゃったんです・・・・・・っ!!」
「えぇっ!?」
 今にも泣きそうなのをこらえているひこ。由衣は慰めるように、頭をひこにそっと摺り寄せた。
 澪亮はひこの上を飛び越えて、ユーリと対峙する。
「こいつか、愛さんを殺したっていう不届きな野郎は!」
「今日は随分と、無礼な客の多い日ね」
 溜め息混じりにそう言ったユーリの側に、誰かが降り立った。
 ――ポワルンの、プリンスだ。
「ユーリ様・・・」
「お帰りなさい、プリンス」
「プリンスさん・・・!?」
 状況は、飲み込めた。この愛を殺したシャワーズは、プリンスが先程の電話で『ユーリ様』と呼んでいた『ドリームメーカー』のメンバー。 そしてプリンスは、彼女の部下。
 飲み込めた、が・・・・・・納得は出来なかった。
 澪亮は一気にプリンスとの間合いを詰め、彼に殴りかかった。
「うわっ!」
「敵に向かって様付けなんてどういう了見だ、この野郎!!」
「・・・敵じゃない。僕はユーリ様の味方だ。僕にとっての敵は――」
「うるせぇ、ごちゃごちゃ言うな!!」
 『どういう了見だ』と尋ねておいて、『ごちゃごちゃ言うな』はないだろう。
 そう突っ込みたかったが、223も由衣も抑えた。
 二人とも、澪亮と同じ気持ちだったからだ。
「お前、俺が仲間を探すのに協力してくれたじゃねーか。正直あんまし役には立ってなかったが、それでも協力しようとしてくれたじゃねーかよ。だから、だか ら・・・・・・ああくそっ、言いたい事まとまんねーよっ」
 プリンスに対して、言葉が上手く出ない自分に対して、苛立ちを隠そうともしない澪亮。
「私も、言いたい事はまとめられないけど、でも――ねぇ、プリンスさん。あなたがそのユーリとやらの味方だというなら・・・・・・。どうして、どうしてそ んな辛そうな表情(かお)をしているの?」
 ずっと、ずっと《なんでもおはなし板》で話をして来た掲示板の住人達。彼らに愛着が、友達としての感情が少しも無いといえば、それは嘘になる。彼らの一 人を殺した奴に味方するのが辛くないなんて・・・・・・。
「彼女の味方をして、あなたはそれでいいのっ!?」
 そんな事、あるはずがない。
「で・・・でも、でも僕は・・・・・・。僕は、君達の仲間をもう何人も殺している、『ドリームメーカー』なんだっ!」
「だから何なんや」
 プリンスが搾り出した言葉を、あっさり切り捨てる223。
「それはあくまで、『ドリームメーカー』全体の話や。プリンスさんには関係ない。で、プリンスさん自身はどうなんや? どう思ってるん?」
 正直な話、『ドリームメーカー』に対する恨みの一端が、彼に向かっているのも事実だ。
 だが、プリンスだって辛いのは、分かっている。
 何か言いかけようとしたプリンスはしかし、ユーリの『みずでっぽう』を受けて言葉をつむぐ事はできなかった。
「ぎゃっ!?」
「この際だから、私もはっきりさせてほしいわ。あんたが一度、私達を裏切ってそいつらを助けた事は分かっているのよ。裏切り者には、それ相応の制裁を。 ――あのファビオラだって、そうやって殺されたのよ」
 澪亮達四人は、はっとした顔を見合わせる。
 ユーリは、そんな四人を一瞥した。
「やはり・・・ゴースト以外は、そんなに体力が残ってはいないようね。まあ、あんた達の始末は後よ。その前に・・・」
 プリンスに向き直り、ユーリは叫ぶ。
「もう一度だけチャンスをやる、はっきりさせなさい! お前は私達の仲間なの!? それとも敵なの!?」
 彼は何も言わない。黙って、ユーリを見ている。
「プリンスさん・・・・・・」
 プリンスについて、掲示板の住人だったという事以外は、ひこは何も知らない。だが、澪亮達に協力してくれたらしいというのは分かった。そして、自分以外 の三人は、彼に仲間になってほしいと望んでいる事も。
「プリンスさん!」
「・・・?」
「そんなシャワーズの部下なんか、辞めちゃってください! 愛さんを殺した・・・そいつの部下なんてっ!!」
 プリンスは少し驚いていた。目の前で愛を殺されたひこの怒りは、当然ユーリの部下である自分にも来ると思っていたのだ。
 だが、ひこはそうはしなかった。もしかしたらそうしたかったのかも知れないが、そんな理不尽な事は、彼女はしなかった。
 自分は、信頼されているんだ・・・・・・。
 そう思ったときにはもう、プリンスの口は動いていた。
「―――僕は・・・・・・敵です。『ドリームメーカー』の敵です!!」
 その言葉を聞き、ユーリはにやりと笑った。
 体力が減っている者がほとんどとはいえ、これで5vs1になったというのに。
「そう。あんたは敵なのね。じゃあ・・・好きにして、構わないわね?」
 言うが早いか、ユーリはプリンスに『みずのはどう』を仕掛けた!
「その技をずっと近くで見ていた僕が、食らうと思うなよ! 『こなゆき』!」
 『こなゆき』で『みずのはどう』を凍らせ、さらにユーリにダメージを与えようとする。
 しかし、その『こなゆき』は、もっと強い冷気に蹴散らされてしまった。
「『ふぶき』!!」
「わあああああっ!!」
「プリンスさん!?」
 『ふぶき』で、プリンスは吹き飛ばされてしまう。遠くの草むらに、ドサッと倒れこむ音がした。
「くっ・・・」
「さて、残るはこいつらね。・・・・・・さっきから私の周りをうろついている、あの忌々しいサーナイトと一緒にいたモココ! あんたから片付けてやる わ!」
「・・・・・・って、私ですか!?」
 突然の指名にひこが反応し驚いたときにはもう、ユーリは彼女の目の前に立っていた。
「『あまごい』!」
 屋外なので、先程プリンスが無人発電所で降らせたものよりも、更に大規模の雨が降り始める。
「続けて、『ハイドロポンプ』!!」
 威力を増した『ハイドロポンプ』が、ひこに迫る。
 膨大な水量になったそれを、ひこは避け切れなかった。
「きゃああああっ!!」
 吹っ飛ばされたひこは、しかし何とか立ち上がった。
 ここで倒されたら、確実に吹き矢で殺されてしまう。
(それは、嫌だ。私は生きるんだ。愛さんの分まで――)
 そして、ふと空を見上げ、気付いた。
 天候は雨。水ポケモンが、絶対的有利になる天候だ。
 ただし、雨の中の水ポケモンにも弱点はある。
 そうだ、私は――。
「これが、最後の賭け・・・・・・」
 私は、電気タイプじゃないか。
「これで終わりにしてやるわ! 『ハイドロポンプ』!!」
 大量の水が、再びひこに迫る。
 ひこは、避けようとはしなかった。
「・・・『かみなり』!!」
 天候は雨。
 『かみなり』の命中率は――百パーセント。
 空がゴロゴロと音を立てたかと思うと、稲妻がユーリめがけて降ってきた!





 二人分の『ダークエンド』が、神田の所為で身動きが取れないゼロ に、見事に命中した!
「ぐおぁぁぁあ!!!」
 ゼロの叫び声と共に大きな爆発が起きた。
 RXと瑞の姿は、その爆煙に飲まれて見えなくなる。
「RXさん! 瑞さん!!」
 どぉぉん・・・という音。何かが、落ちた音だ。
 ――ゼロが、墜落したのだ。そうとしか考えられない。
「・・・もしかして、もしかして・・・・・・」
 煙が晴れた時、そこにいたのは――
 横たわったゼロ。そして、ブラッキーと・・・バクフーンの姿。
 瑞と、ゼロを倒す事によって経験値を得、進化したRXの姿だった。
「くそ・・・貴様ら・・・・・・覚えていろ・・・っ!!」

 その言葉を最期に、ゼロの姿は端から光となって闇に溶けていき、やがて『無』となり消え去った――。

 四人はしばらく、無言のままその場に立ち尽くした。
 やがて、RXが呟くように言う。
「た・・・倒した・・・・・・」
 その言葉でようやく実感を得たかのように、瑞が叫んだ。
「倒した! 遂にゼロを倒したんだ!! やったぁぁ!!」
 四人は集まって、快哉をあげる。
 大苦戦の末、見事に『冥府の司祭』を倒す事が出来たのだ。
「ありがとう、RXさん、瑞さん・・・」
「お二人のおかげですわ」
「俺達だけじゃないよ。四人がいたから、みんながいたから――」
 そこまで言って、はっと気付いたような声をあげたRX。
「そうだ、神田さん! 神田さんは・・・!?」
 四人は慌てて辺りを見渡す。
 ゼロをしっかり抑える体制で、ずっとそのままでいたのだ。もしかしたら、『ダークエンド』が当たってしまったのかも・・・・・・。
「あっ・・・神田さん・・・!」
 浅目が安心したような声を出す。
 神田は、ゼロが先程まで倒れていたまさにその場所にいた。
「神田さん、生きていたんですか!」
 彼女の霊魂は、ふわりと浮き上がって、嬉しそうに四人の周りを一周した。さすがに、精神世界の元管理者は、ちょっとやそっとで成仏するわけにはいかない らしい。
 だが、神田はすぐに動きを止め、なにやら身振り手振りで話し始めた。
 何を言っているのか、良く分からない。ただ、彼女の焦りだけは伝わってきた。
「神田さん、どうしたのっ!?」
 瑞がそう問い掛けたその瞬間、精神世界の地面がぐらりと揺らいだ。
「うわっ!? なんだ!?」
「・・・・・・崩壊・・・し始めているのかも、知れませんわ・・・」
「ファビオラさん、どういう事!?」
 ファビオラの呟きに、RX達三人は不思議そうな顔をしているが、神田はぶんぶんと頷いた。
「この精神世界を管理していたのは誰ですか? この世界のバランスを、保っていたのは誰ですか?」
 そのファビオラの問いに、浅目は「そんな・・・」と言いたげな顔を彼女に向けた。
「まさか・・・・・・ゼロ、か・・・!?」
「その通り、ですわ。この精神世界は今、管理者を失って均衡が崩れ、崩壊しようとしているのではないでしょうか・・・」
 問い掛けるような視線を神田に向けるファビオラ。首がもげそうなくらいに激しく、神田は頷いた。
「このままでは・・・私達は、この世界ごと『無』になってしまいますわ!」





「ぎゃあああああ!」
 雷はユーリに命中!
 地面に倒れたユーリを見て、ひこは半信半疑の声を出す。
「やった・・・!?」
 しかし、フフフ・・・という笑い声が聞こえたかと思うと、ユーリはゆっくりと立ち上がった。
「私が、『かみなり』を予測していないとでも?」
 そう言ったユーリの額には、『きあいのハチマキ』が。
「うわ・・・・・・カールと同じ持ち物・・・・・・」
 嫌そうな表情を見せて、223と由衣が一歩後ずさる。
「く・・・」
「残念だったわね。『ふぶき』!!」
「きゃあああぁぁぁ・・・!!」
 『ふぶき』をまともに食らい、ひこは倒されてしまった。
「ひこさん!」
 ユーリは、三人に向き直る。
「さぁ、お次は誰かしら?」
「・・・・・・私は嫌よ、倒されるなんて」
「俺もごめんだな」
「ほな、俺か? 無理無理!」
 三人の意見は一致した。
「じゃあ、お前だな!」
 澪亮が指したのは――ユーリ。
 ユーリは確かに強い。だが、現在の彼女には、『きあいのハチマキ』で持ち堪えたギリギリの体力しか残っていない。
 それなら、勝てるかもしれない。
 そう思った、矢先だった。
「・・・・・・まさか、私がこの体力のまま戦うとでも思っているの? あんた達」
 そう言いながらユーリが懐から取り出したのは・・・『かいふくのくすり』。
「なっ・・・あんなん隠し持っとったんか!?」
「私が何の対策もなく、数で圧倒的不利の状況に立っていると思って?」
 ユーリは『かいふくのくすり』を飲んだ。
 見る見るうちに、身体の傷が癒えていく。
 雨が止むのとほぼ同時に、ユーリの体力は完全に回復してしまった。
「さあ、仕切り直しよ」
「・・・・・・どうする、澪亮さん・・・」
 緊急作戦会議を持ちかける由衣。
「仕方ない、強行突破だぁ!」
 実はちょっと前にも、澪亮は緊急作戦会議で同じような結論を出した事があるのだが、223や由衣がそれを知ろう筈もない。
「強行突破、って・・・」
「でないといつまでたっても終わらないだろ!?」
 三人の会話は、ユーリがバシンと尾で地面を叩く音で中断せざるを得なかった。
「ごちゃごちゃ言ってるんじゃないわよ! 『ふぶき』!!」
「うわぁっ!!」
 『ふぶき』の命中率は、そう高くはない。何度も連発していれば、自然と外れてくる。
 『ふぶき』は、三人を直撃はしなかった。しかし、それでも人間にとっては大きなダメージになる事に変わりはない。
「223!」
 223も、雪が積もるその上に倒れこんでしまった。
 残るは、あと二人。澪亮と由衣だ。
「フフフ、最後の仕上げね。私の力、思い知るがいいわ!」
 そう言ってユーリが取り出したのは・・・吹き矢。
「それは・・・・・・」
「この吹き矢には、強力な毒が仕込まれているのよ。たとえポケモンといえど、急所に一発でも当てられたら、無事ではすまないわ」
 その言いように、由衣は気付いた。
「っ、まさか・・・!?」
「そう。あのサーナイトを殺したのも、この吹き矢よ。あんた達も、サーナイトと同じように死になさいな!!」
「・・・・・・・・・!!」
「・・・と、言いたいところだけど」
 ユーリはそう言って、倒れたままの223に目を向ける。
「――そろそろ、時間切れかしらね。ポケモンに戻られると厄介だから、最初に始末しておくわ。」
「・・・・・・は!?」
 今、ユーリは確かに言った。『ポケモンに戻られると厄介だから』、と・・・。
 つまり、それは。
「つまり・・・223は、元々ポケモンだったって事っ!?」
「ええ。彼は、ポケモンの中でもハイレベルの力を誇る、ドラゴンタイプのポケモンとなってこの世界に飛ばされてきた。でも彼は運が悪かったのよ。飛ばされ たのが、カール様と私の丁度目の前だった」
 でも・・・223は、そんな素振りは全然見せていなかった。
 その話が本当なら、最初に瑞や由衣と一緒にカールに出会ったとき、何らかの反応を示さなかったはずはないのに。
「私達は、彼が『ポケ書』の住人だと気付いて、この吹き矢を打ち込んだのよ。彼が運が良かった点は、その時に私が、毒の吹き矢を持っていなかった事ね」
 ユーリは、さっきのとは違う吹き矢を取り出した。筒の色が、紫ではなく赤い。
「この吹き矢には、そのポケモンの能力を、一時的に封印してしまう力がある。技が出せなくなる、とかそんな感じね。それが、この世界にまだ溶け込めていな かった、ポケモンへの変化が完全には終わっていなかった彼の身体と、それから彼をこの世界にワープさせた力と、予想外の反応を起こしてしまったのよ」
「その『予想外の反応』で、シュウの姿に――人間になってしまった、と。あなたはそう言いたいのね?」
「ご名答。そして、彼をワープさせた力との『予想外の反応』・・・・・・。彼の身体に、もう一度ワープが作動してしまったのよ。でもそれは偶発的に発動し たもの、実験中に起きた爆発みたいなものだったから、どうやらよっぽど負担がかかったみたいね」
 その言葉に、由衣は少し考えた。澪亮はとっくの昔に考えるのを放棄して、いつでもユーリに飛びかかれるような体勢を保ったままでいる。
「つまり・・・・・・あんまり自信はないけど、その負担が強すぎて、223のカールとあんたに出会った部分の記憶が吹っ飛んだ、と・・・?」
「私の側もあくまで予測だけど、その通りよ。なかなか冴えてるじゃない」
 当然、素直に喜ぶ気にはなれない。
 223は、元々ドラゴンポケモン。――ユーリとカールが余計な手出しさえしなければ、今の今までもっと楽にやってこられたのに・・・と思わずにはいられ ない由衣だった。
「でも、この吹き矢の効力はそんなに長くはない。持って一週間って所かしら。だから私達は、彼がポケモンに戻ってしまうその前に、彼を殺す必要があった。 そうでもしないと、折角吹き矢で力を封印した意味がないもの」
 カールがあそこまで執拗だった意味。彼は余裕綽々(しゃくしゃく)のような風情でいて、実は内心焦っていたのではなかろうか。
 ドラゴンはドラゴンに強く、ドラゴンに弱い。223がドラゴンポケモンに戻ってしまえば、カールは、有利になる分だけ不利になるから。
 ――と、一陣の風が吹いた。
 その風は段々強さを増していく。
「うわっ、何だこの風!?」
「・・・・・・遅かったか・・・」
 風は草を巻き上げて竜巻状に吹き荒れる。223を、中心に取り込んで。
「223!?」

 風がやんだその時、竜巻の中心にいたのは、一体のフライゴンだった――。

「え・・・・・・223・・・?」
「・・・あれ? 俺、一体――」
 223は起き上がると、驚きを隠せない澪亮と由衣を交互に見て、ふと首をかしげた。
 何だか、視点が今までと違う。もっと、高くなっている。
 自分の身体を見下ろして、223は自分がフライゴンになっていると気付いた。

 ――そして、思い出す。

(・・・・・・・・・そうや。俺は、元々・・・元々、この姿でこっちの世界に飛ばされたんや・・・)
「よっしゃ、でもこれで有利になったぜ! なんてったってフライゴンはドラゴン・・・・・・・タ・・・イプ・・・・・・」
 だが、そこで澪亮ははっとした顔になる。
 そうだ・・・。ユーリは、氷技を覚えているのだ!
「そう! いくら相手がドラゴンだろうが私の敵ではないわ! 食らえ、『オーロラビーム』!」
 223に、効果は抜群威力四倍の『オーロラビーム』が迫る。
 ――その前に、澪亮が立ちはだかった。
「俺に任せろ! がっちりガードしてやらぁ・・・・・・がっ!!」
「澪亮さん!」
 澪亮は吹っ飛ばされたが、浮遊している事も手伝ってか、空中で何とか体勢を整える。
「どうする? 相手は体力満タンだし、『きあいのハチマキ』を持ってる、そう簡単には倒せないわ・・・」
「じゃあ・・・由衣はひこさん起こして来て。もう一度電気技でも決めんと、きっとあいつは倒せへん」
 223の言葉に由衣は頷き、ユーリに見つからないようにひこに近付くため、草むらに飛び込んだ。
 なるべく草の擦れ合う音を立てないようにしながら、ひこのそばへ行く。
「ひこさん・・・?」
「う・・・・・・由衣さん? あれ、私一体・・・・・・」
「ひこさん、まだ戦えますか?」
 由衣のその言葉に、ひこは現実に引き戻された。
「ユーリはあの後、回復道具で回復しちゃったの。もう一度、ひこさんの電気技で力を貸してほしいんだけど・・・」
「分かりました」
 ひこは何とか起き上がる。
 東の空が、白み始めてきた。
 夜が、明けようとしていた。




「この世界ごと『無』になるって・・・じゃあ俺達これからどうす りゃいいんだよ!? ファビオラさん、神田さん!!」
 RXは半ば叫んで問い掛けるが、分からない、と二人とも首を横に振る。
 もう一度、地面が揺れた。がこん、と地面の一部にひびが入り、底の見えない真っ暗な地面の下が覗く。
 ――崩壊が、始まった。
 もう時間はない。
「ねぇ・・・ちょっと待って?」
 瑞が、口を開く。考え考え、言葉を紡ぎ始めた。
「でも、もしこの世界が無くなってしまえば・・・この世界でゼロに殺された、此処にいる罪のない霊魂達は、私達と一緒に消えてしまうっていう事ですか?  それにこれから、現実世界で死んだ者達が行きつく先は、どうなるんですか・・・?」
 ファビオラの言葉が思い出される。
 『その精神世界だって、元々は死した者達が安心して暮らせる平和な世界だったでしょう!』
 そう、元々は、そうだった。それがゼロの力によって、こんなに殺風景な、死の世界になってしまった・・・・・・。
 「私もそれを考えていました」、とファビオラは頷く。
「この霊魂達には、何の罪もありませんわ・・・。でも、ご覧なさい。彼らはやっと、解放されたようですわ」
 その言葉に、RX達は周囲を見る。
 それまでは苦しげだった霊魂達の表情が、柔らかい安堵に変わっている。そして彼らは一人、また一人と、上へ昇ってゆく・・・。
 ゼロが死んだ事によってようやく解放され、成仏できたという事なのだろうか。
「瑞さんが言った最初の問題はこれで解決、か? じゃあ、もう一つの方はどうする・・・?」
 現実世界で死んだ者達が、これから行きつく先。
 浅目の問いに、RXが答える。
「このままここにいれば、俺達は『無』になってしまう。でも、一度死んだ俺達が精神世界以外の場所へ行く事は、第二、第三のゼロを生み出しかねないんだ」
 だが、選択肢はもう一つある。RXは、言葉にする事で自分自身に確認しているように、ゆっくりと言った。
「俺達が、この世界を平和に元通りにしていかなくちゃ・・・。ここを、死んだ者達が安心して暮らしていけるような場所に戻すっていう大事な役割が、まだ俺 達には残ってるんだ!」
「でもRXさん・・・」
 瑞が言いかけ、RXは「分かってる」と首を振った。
 その為には、まずこの精神世界を存続させなければならない。始まった崩壊を、止めなければ。
 しかし支配者のゼロは死に、元管理者の神田は霊魂になってしまって何も出来ない・・・。
 崩壊する精神世界を前に、成す術なく黙り込むRX達。
 その時、背後から聞きなれた声が皆に届いた。
「それなら、私が何とかします!」
「・・・・・・えっ!!?」
 瑞がぱっと振り向いた。この声は、まさか・・・・・・。
「愛さんっ!?」
「皆さん、お久しぶりです。――ここは死者の世界、なんですね・・・」
 そこにいたのは、サーナイトの愛。

 自分が死んでしまった事に、動揺がないわけではない。
 あの後、ひこはユーリを倒せただろうか。澪亮達と合流できただろうか。
 ひこもユーリも精神世界にこないのを見ると、取り敢えずひこは無事なようだが・・・。
「えぇと、神田さん・・・でしたっけ? あなたは、この世界の元管理者、なんですよね?」
 神田は頷く。
「それなら、あなたの能力を私が引き継いでみます」
 一瞬、何を言われているのか分からなかったが、「そうか!」と浅目が言った。
「愛さんの特性は『トレース』だ。神田さんのこの世界の管理者としての能力をコピーする事で、精神世界での管理を引き継ぎ、崩壊を食い止める・・・。そう いう事だな、愛さん?」
「はい!」
 愛は、神田に向き直る。
「何とかなるかもしれない・・・!」

 



 塔の二十七階まで上り、ガム達三人は辺りを見渡す。が、もうそこに悠達の 姿はなかった。
「か、完全に遅れてる・・・!」
「しかもここ、ものすごい迷宮ですよ・・・」
 ガムがうなだれて言った。この男、地理に弱いせいか迷路が大の苦手なのだ。
 尚も周囲を見渡していたラティアスは地面に視線を落とす。そして、なにやら水滴のようなものが点々と続いているのに気がついた。
「二人とも見て!」
「え?」
 二人はラティアスの視線を追う。アッシマーが屈みこんで、水滴に目を近づけた。
「この色・・・。どうやら・・・オレンのみ、みたいですね。多分、あかつきさんが『ものひろい』で拾ったオレンのみを絞って、果汁で道しるべを残してくれ たんだと思います」
 三人は、その道しるべを辿って行き、迷う事無く上へ続く階段へ辿り着く事ができた。

 ――しかし三人は、二十八階へ到着した途端、目の前に広がった光景に愕然とした。
 悠達三人が倒れており、その前には一体のエアームドがいたのだ。
「悠さん! ワタッコさん! あかつきさん!」
 三人は、慌てて悠達に駆け寄った。
「ガムさん、アッシマーさん・・・やっと、到着してくれましたね・・・」
 何とか身体を起こして、悠が本当に安堵したように言った。
「気をつけろ。このエアームド・・・相当な強さだ・・・」
 ワタッコの言葉に、あかつきも首肯する。
「オイラ達、全力で戦ったんだけど・・・・・・」
「ふん! お前らの全力とはこんなものか!」
 エアームドがそう言って、余裕に満ちた目でガム達をにらみつけた。
「ワカシャモ達たった三体で戦いを挑むとは、俺も見くびられたものだ。さて、お前達は少しは楽しませてくれるかな?」
 ガムとアッシマーは身構える。しかし、最悪に相性の悪いジュプトルのアッシマーと、傷がまだ癒えたばかりのガムの二人で、果たして彼に敵うのだろう か・・・。
 と、そのときだった。
「二人とも、伏せて!」
 その言葉と共に、光弾のようなものが大量にエアームドに向かって放たれた!
「ぐぁぁ!!」
「なっ・・・!?」
 二人は振り返る。
 ラティアスが、『ミストボール』を発射していたのだ。
 そしてその体勢が、アッシマーのライフルの発射体勢と酷似していた事に、二人は驚かざるを得なかった。
 『ミストボール』を受けて、エアームドは体勢を崩す。
「二人とも、今よ!」
 ラティアスの声に、ガムとアッシマーはエアームドに向かっていく。
「させるかぁ!」
「うわっ!?」
 二人を近づけまいと、エアームドは『まきびし』をあたりにばらまいた。二人の動きが止まる。
「捕まって!」
 だが、ラティアスが二人を掴んで『ふゆう』で『まきびし』を回避し、二人をエアームドの上に放した。
「いっけぇぇ! 『かえんほうしゃ』!」
「食らえ、『かみなりパンチ』!!」
「ぐぎゃぁぁぁあ!」
 効果抜群の技を二つも食らい、恐らく悠達にもかなりダメージを与えられていたのだろう、エアームドは床に倒れ伏し、動かなくなった。
 二人は、悠達の方へ向かおうとする。どうやって彼らの体力を回復したらいいか、考えあぐねながら。
 しかし、その心配は無用だった。
 ラティアスが悠達三人の元へ行き、『ねがいごと』をかけている・・・・・・。
 悠達の傷は、少しずつだが確実に消えていった。
「ラティアス・・・?」
 ガムが声を掛けると、『ねがいごと』をかけ終えたラティアスは振り向いて、二人に向かって微笑んだ。
「アッシマーさんからは時として戦う勇気、それにガムさんからは、仲間を助ける優しさをおそわりました・・・」
 ――その時、ガムの真上に何かが落ちてきた。
「うわぁ!」
「きゃあ!?」
 それは、ラティオスとサナだった。ガムの『ラティアスを助ける』という言葉を信じ、今『テレポート』で迎えに来たのだ。
「しっかし・・・・・・どうしてみんな『テレポート』をすると人の上に落ちたがるんだろう・・・・・・」
 ぼそっと呟く悠だった。
「お、お兄ちゃん!」
「いてて・・・・・・ラティアス、大丈夫だったか!?」
 ラティオスが、ラティアスを見て歓喜の声を上げる。サナも嬉しそうだ。
「ちょっ・・・ラティオス、サナさん・・・・・・降りてください・・・・・・」
 下敷きにされたガムが苦しそうに言う。
 二人は慌てて飛び降りた。
「ご、ごめんガムさん!」
「大丈夫!?」
 それから、ラティオスはガムとアッシマーに向き直った。
「それと・・・妹を助けてくれて、ありがとう。ガムさん、アッシマーさん!」
 二人の反応を待たず、サナがラティアスに言った。
「ラティアスちゃん、私に捕まって! ここは危ないわ、セキチクシティに避難するわよ!」
 突然の事で、ラティアスは少し驚く。
 それでも頷くと、
「うん、分かった。でも、少し待って」
 そう言って、ガムとアッシマーの元に駆け寄った。
「二人とも、ほんとにありがとう・・・」

 そして――二人の頬に、キスをした。

「!!?」
「ら、ラティアス!?」
 思いっきり動揺する二人を前に、ラティアスは少し照れくさそうに笑い、サナのところへ戻った。
「ラティアスちゃん、いつの間にかたくましくなったわね」
「えへへっ!」
 サナとラティアスのその会話が、印象的だった。
 そして三人は、セキチクシティへ『テレポート』していった・・・・・・。
「・・・いい子でしたね」
「うん・・・」
 この先、もしかしたらまた会えるかもしれない。
 ラティアス達の姿が見えなくなるその瞬間まで、ガムとアッシマーはその場に立って、見送っていた。
「さてと、これで合流できたし、次の階へ急ぎましょう!」
 悠のその言葉に活気付けられるように、突撃部隊は次の階へ向かって行った。




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何だか私が編集すると瑞が段々女の子っぽくなっていくなぁ・・・。まあそれでいいんですけど。むしろそれがいいn(強制終了

実は最初、愛が精神世界に来た時、現実世界で今まで起きた事を語って聞かせてたんですが、彼女があかつき&イーナスの事を知りえたはず がないので、すごい心残りはありますが削らせていただきました。申し訳ない・・・;;
えぇとあとは・・・223がフライゴンになるシーン。最初は、ユーリが吹き矢でシュウをフライゴンに変えていたんですが、ちょっと説明を付け足していった らだいぶ設定が変わってしまい、『もとに戻る』になってました・・・・・・。それでもやっぱり説明不足感は否めないかなぁ・・・反省です;;
それからそのユーリ自身も、元々『ドリームメーカー』そのものを引退した事になってたんですが、それはさすがにないだろうと思ってちょっと付け加えさせて いただきました。

この13章を書き終わったので、「祭」での予告どおりドリメの人気投票を行いたいと思いますw どんどん投票してってくださいねw(宣伝/笑
ちなみに私は誰が好きかというと・・・あ、困るな(笑
それこそ最初のうちはかなり好きなキャラがいたんですけどね。いえ別にそのキャラが嫌いになったんじゃなくて、他のキャラも段々好きになってった訳なんで す。やっぱり私は全員好きですww
それこそ最初はドラゴン四天王めっちゃ嫌いだったんですけど、最近は(出てこないけどね)愛着湧いてきまして。敵キャラに魅力があるのもこの話の醍醐味な のかな〜、とか思ってみたりするわけです(笑笑
だから、そういう風に敵に素敵なところを持たせられる、参加者の方々を私は全員こっそり尊敬してます。私なんてまとめてるだけですからね(爆

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