「よし、これでミッションクリアだな!」
 なんて言って、澪亮は笑う。
「探索部隊の役目は果たせましたね」
「探索部隊・・・?」
 不思議そうに問い返すひこに、由衣が答えた。
「ここにいない残りの人達・・・悠さん、ガムさん、ヒメヤさん、ワタッコさんにあかつきさんが突撃部隊として、今グレンじまの塔に登ってるの。で、私達は 探索部隊としてひこさん達を探すためにここまで来たってわけ」
「すげぇ大変だったんだぞ! 二度手間かけたり敵ぶちのめしたり・・・」
「澪亮さん、結構楽しんでましたけどね・・・」
「あと、このサンドパンは水無月さんや」
 223の紹介を受け、水無月は軽く頭を下げた。
「水無月琴美です」
「そうですか、水無月さんも・・・。今の状況は、大体分かってるんですか?」
 あきはばらの質問に、水無月は苦笑いで応じた。
「うん・・・何となくは分かりましたが・・・何となく、って感じですね」
 水無月の答えに同じく苦笑を返し、あきはばらは通路の更に先を見た。扉と思しきものが、行き止まりになっている通路の先にある。
 同じ方向を見ていたひこが言った。
「あれは扉でしょうね・・・」
「取り敢えず、出ましょうか? あとスリーエリアといったところでしょうか」
 大体十五メートル、という事だ。水無月のその言葉に、ひこは頷く。
「行きましょう。外に出てグレンじまに行って、皆さんと合流します」
 その言い方に、澪亮がからかうような視線を向けた。
「断言したなぁ」
「しますよっ!」
「ずいぶん元気になったじゃねぇか。いつだったか・・・二日目か? あんなに弱気だったのに――」
「あ、あの時はあの時ですよっ!!」
 事情を知らないあきはばら以外の人々は、何があったんだろうと顔を見合わせ、ひこと澪亮を見る。
 ひこは『何でもないですよっ』と言いたげに首を左右に振って、それから持ち直したように言った。
「澪亮さん達には、私達が捕まっちゃってたせいでずいぶん大変な思いをさせちゃって、迷惑かけちゃって・・・。だから、その分をこれから取り返します!  足手まといにはなりません、皆さんと一緒に精一杯戦います!」
 もういつかのように、一撃でやられたりはしない。
 強くなりましたね・・・・・・あきはばらは、ひこを頼もしげに見ていた。
 澪亮も満足したようににっと笑う。
「よっしゃ、それでこそ俺らの仲間だ!」
「・・・でも、あんまり無理はしないでくださいね?」
 愛の言葉に、223が頷く。
「ひこさんはひこさんなりに、頑張ればええって」
 『俺は足手まといになってる・・・。カールの時やって、それからみんなと合流しようとした時やって、俺の所為で迷惑掛けてしまった・・・・・・』
 彼なりに、ひこの決意に思うものがあったのだろう。
 皆は一致団結、出口に向かって歩き出そうとして―――

「待ちなさい!」

 目の前に立ち塞がった影に、行く手を阻まれた。
「っ!?」
「この建物から出るのは、アタシを倒してからよ!」
 そこにいたのは、何匹ものコイルやビリリダマを引き連れた、一匹のサンダース。
「まったく・・・ゴーリキーやふたごじまの氷ポケモン達は全滅させられるわ、船は奪われるわ、忘れ去られたトラップに引っかかるわ・・・余計な動きしてく れるわね。まあ、そこのライチュウとモココがトラップに引っかかってくれたおかげで、あんた達を集められたわけだけど」
 その台詞に数秒考える時間を要してから、由衣がはっと顔を上げた。
「まさか、私達が引っかかった海上の罠は、あなたが・・・私達を一箇所に集めて一気に倒すために・・・!?」
「さぁ、どうでしょうね?」
 人の悪そう・・・というよりか、意地悪そうな笑い方をして、サンダースは一同を見渡した。
「あなたは誰!?」
 妥当な愛の問いに、サンダースはふんと鼻を鳴らす。
「アタシ? アタシはリーディ。リディアの親友、よ!」
「リディアの親友・・・!?」
 愛は思わず顔をしかめていた。砂嵐という天候を最大限に利用し、自分と浅目をぎりぎりまで追い詰めた上、船上にまで現れて仲間である瑞をけしかけてき た・・・『砂上の蜃気楼』。
 倒したのでもう会う事はないだろう・・・そう思っていたのだが・・・よりによってその親友が。
「あんた達を倒す命令を受けてきたけど、そんな命令なくたってアタシはあんた達を倒す! あの子を海に落とした・・・殺した罰よ!!」
 震える声を精一杯張り上げそこまで言うと、リーディは先程の自信たっぷりな声を取り戻した。
「こいつらはね、ここの野生のポケモンとは一味違うわよ。『ドリームメーカー』で訓練を受け、強くなった精鋭達。更に、アタシにはこの方もついているの!  あんた達に勝ち目はない!」
 リーディの後ろから、大きな影が現れた。バチバチという音が大きくなる。その大音声はほとんど雷のようだ。
 黄色と黒色のぎざぎざにとがった翼。鋭い瞳とくちばし、このポケモンは――
「――っ、サンダー!!?」
 サンダー、だった。
「アタシの司令官、ザクロ様よ!」
 ザクロと呼ばれたサンダーはリーディを背中に乗せると、澪亮達に向かって叫んだ。
「お前達が『ポケ書』の住人の一部、だな!? まあ一部でもいい。なるべく多く消すのが俺とリーディの役目だからな。七、か・・・」
 澪亮、由衣、223、愛、水無月、ひこ、あきはばら――の七人を見て、ザクロが頷く。
「さあ、あいつらを倒すのだ! かかれ!!」
 ザクロのその声で、コイルやビリリダマが一斉に七人に向かって飛び掛ってきた!
 ビリリダマ達は『ころがる』でこっちに向かって来、コイル達は電気技を放つ構えでいる。
「おりゃぁぁぁ! 食らえぇぇっ!!」
 この怒号を上げたのはしかし、ザクロの部下達ではなく――澪亮だった。
 『ころがる』を避けるどころか逆にビリリダマの進行方向に立ち塞がり、『ナイトヘッド』を叩き込んだのだ!
「おいおい、誰が精鋭だって?」
 にやりと笑う澪亮。残ったビリリダマにコイル達は、少し後ずさった。
 その目の前に、すかさず愛が現れる。
「『サイコキネシス』!!」
 全員を投げ飛ばして、愛はふうと一息。
「ちっ・・・やはり、奴ら相手ではあまり役には立たんか・・・行くぞ、リーディ!」
「ラジャー!」
 リーディを背に乗せたザクロが、一直線に皆に向かって迫ってくる。
「きゃぁっ、来ますよ水無月さん!」
 ひこがそう叫ぶが、水無月も叫び返した。
「無理ですよ! 相手は空を飛んでいるんです、地面技は効きません!」 
「じゃあ、どうすればいいんですかっ!?」
 愛も声を張り上げた。
「相手は、私達を倒す事を確信してかなり油断している・・・地面技を当てる隙が必ず出来るはずです。それまで、踏ん張っていてください!」
 そう言い残すと、水無月はさっと飛び上がって勢いをつけ、床にぶつかった。そのままスクリュー回転の要領で地面を掘り、姿を消す。
 それを見て、リーディは笑い声を上げた。
「ふふふ、そんな隙がザクロ様にあるはずがないでしょう!? サンドパンが出てくる前に、あんた達は全員皆殺しよ!!」
 彼女の体毛が、ぱりぱりと音を立てて電気を帯び始めた。青の火花が良く見える。
「アタシの全身からは、常に弱い電気が発せられているの。それを、体毛の静電気で増幅させると・・・こうなるのよ! 『10まんボルト』!!」
「うあああああ!!」
 標的にされた223はロゼリアを出す余裕もなく感電、そして電気の勢いで壁まで吹っ飛ばされた。
「223さん! 大丈夫ですか!?」
「な、何か最近俺標的にされまくってる気が・・・。大丈夫やけど、あと二、三発も食らったらバテそう・・・」
「マイナス思考は止めた方がいいですよ」
 あきはばらがそう言って、223に向かってニッと笑った。
「・・・なんて、私が言えた事じゃないですけどね」
 そんな様子を見てか、ザクロの背でリーディは叫ぶ。もう既に、彼女は勝利を確信しているようだった。
「ざまあみろ! これがリディアを海に落とした罰よ! あの子の痛み、辛さ、思い知るがいい!」
「おいおいおい・・・なんか性格悪いぜ、あのサンダース」
「取り敢えず、思い知るべきなのは彼女も同じね。私達だって、相当『ドリームメーカー』を恨んでるのよ?」
 突然未知の世界に引き込まれ、傷付けられ、仲間を殺されて。
 ・・・でも、この気持ちを、彼女も・・・リーディも持っているのだ。そう思うと、何だか―――。
「ザクロ様!」
「ああ、もう一度あの人間に攻撃だ!」
 澪亮達の状況にはお構いなしに、リーディを背に乗せたザクロは223に向かって行く。
「要は、あのザクロとかいうサンダーを地面に落とせばいいんだろ? そうすりゃ、水無月さんが奴に攻撃できる」
「早い話がそういう事ですね。それが出来れば、苦労はしないんですが・・・」
「ってかそんな事話してる間に来てますよ〜っ!!?」
「まずこの一撃を避けられればチャンスは出来るわ。というわけで223、あなたちょっと下がっ――」
 由衣の忠告は遅かった。いや、この忠告があっても、意外と意地っ張りな彼が意志を曲げたとは思えないが。
 223は、すでに澪亮達ポケモンとザクロの間に立ちはだかっていたのだ。
「223!!」
「おのれ、俺の事人間やからって馬鹿にしやがって! 許さーん!!」
 ・・・どうやら、人間だからと馬鹿にされたと思ったようだ。それでぶち切れてしまったらしい。
「ふん、愚かね。わざわざ自分からやられに来るなんて」
「何やと? もっかい言ってみいやこの野郎〜!!」
 彼の心は激しく燃えていた。もう一度言ってみろとは言ったものの、もう一度言われたら殴りかかるつもりだった。
「どうして私と一緒にいる人達ってこうも怒らすと怖い人ばっかなの・・・?」
 ぼそっと呟いて由衣は溜め息。
「身の程知らずがどうなるのか、教えてあげるわよ!」
 この言葉で我慢できなくなった223は、リーディとザクロに向かって全速力で突進した!




 『しんそく』で突っ込んでくるあかつきを見て、一転してピンチに陥ったは ずのイーナスは、その口元に笑みを浮かべた。
「待っていたわ。こうすると、必ずあなたは攻撃を仕掛けてくると思っていた」
 イーナスは歌うのをやめ、あかつきを睨んだ。その瞳はまるで―――まるで、罠にかかった獲物を見る猟師の目。
 しかし、マッスグマであるあかつきは突っ走ってしまったが最後。何かにぶつかるまでひたすら走り続ける。急には止まれない!
 そう、この状況なら必ず仲間を守ろうとする、そんなあかつきの性格を知った上でイーナスが仕掛けた『ちょうはつ』だったのだ。
「そんな感情で、あなたの太刀筋が私を捉えられると思って!? 『かげぶんしん』!」
「なっ!?」
 あかつきの『しんそく』を、その軌道を読んでいたかのようにかわすイーナス。
 そして、彼女は攻撃に転ずる。
「『きりさく』!」
「ぅうあああぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
「あんなにがら空きだなんて。私に対して隙を見せたあなたが悪いのよ」
 攻撃後の無防備状態を狙われたあかつきの声と、イーナスの声。十三階に、無慈悲なほどに響き渡る二重奏(デュエット)。
「くっ・・・・・・」
 イーナスの攻撃が急所に命中し、深手を負ったあかつき。出血の量も半端ではなく、茶と白の毛の半分以上が鮮やかな赤に染まっている。
 それでも、奇跡といわんばかりに彼は一命を取り留めていた。まだ、意識もある。
 だが、イーナスは容赦をしなかった。あかつきに対する憎悪や嫉妬の念を、浴びせかける。
「余所者のあなたがファビオラ様のご寵愛を最も受けていたなんて・・・私は許さない! さぁ、ひとおもいにとどめを刺してやる!」
 再び、『きりさく』で飛び掛る体勢のイーナス。しかし、あかつきは重症で動けない。
 イーナスはその鎌を大きく振りかぶってあかつきに向かっていき――
「『スピードスター』!」
「M4カービンの威力を食らえ!」
 ものすごい速さの星と弾丸がいくつも飛来してくるのを認め、飛びずさってかわすしかなかった。あかつきとの距離は、縮まるどころか広がる。
「な、何!?」
 ワタッコの『スピードスター』と、ヒメヤの銃が火を噴いたのだ。
「あかつきさん、大丈夫か!?」
「『リーフブレード』のつばぜり合いでは負けたけど、僕にはまだ銃があるんだ! 更に、この銃には近距離戦でその威力を発揮するオプション、マスターキー 12――」
「せ、説明はいいですって!」
 ガムが後ろからヒメヤを抑え、あかつきに話しかけた。
「一人で戦おうとしてませんか? あかつきさん。僕らも応戦しますよ」
「さぁ、行くぞ!」
 ワタッコがイーナスを『スピードスター』で足止めし、ヒメヤが弾丸を容赦なくイーナスに撃ち込んだ!
 彼女の身体が後ろの壁まで飛ばされ、ぐったりと崩れ落ちる。
 このコンビネーション攻撃で勝負はついた。誰もが勝利を確信した、その瞬間。
「あら、どこを狙っているのかしら? ぼ・う・や・た・ち!」
「なっ・・・!?」
 イーナスが、不敵な笑みを浮かべて背後に立っていた。
 そのまま、ヒメヤとワタッコに0距離で『れいとうビーム』を打ち込む!
「ぐわぁぁぁ!!」
「ヒメヤさん、ワタッコさん!!」
 まさか・・・!
 ガムは先程倒れたイーナスを見る。そして――『みがわり』で作り出された分身が、大きすぎるダメージを食らって消えてゆく瞬間を見た。
「『みがわり』・・・!」
「あんな攻撃で私がやられるとでも思って? だとしたら見くびられたものね。――今度こそ『ほろびのうた』で、全員この場で葬ってくれる!」
 とても不気味で、邪悪な歌声がフロアに広がりだした。あの時のファビオラと同じ技。いや・・・・・・それよりも、何倍も強力に聞こえる。
 皆がふらふらし始めた、その時だった。
「食らえぇぇぇ!」
「っ!? きゃぁぁぁ!!」
 凄まじい速さで、悠の『かわらわり』がイーナスに命中した。
 本人は心なしか嬉しくなさそうだが、キャラの薄さのおかげで敵を油断させる事が出来たらしい。
「でも・・・この一瞬の為に行動を抑制していて、正解だったな」
 この際、いつもとあまり変わらなかった、というツッコミはNGだ。 
「おのれ・・・まだいたか!」
 イーナスは悠に攻撃を仕掛けようとする。しかし、相性的には悠が有利だ。これでこのバトルをこちらのペースに持っていけるかも知れない・・・。
 そう思って悠は身構えた。だが、そこにあかつきの声が掛かった。
「ちょっと・・・待って! イーナス・・・さんと、勝負・・・するのは、オイラだ・・・!」
 あかつきが、よろめきながらも足を踏ん張って悠の前に立つ。
「いてっ・・・・・・」
「あかつきさん、無理は禁物です! ここは僕が――」
「はぁ、はぁ・・・も、もうダイジョーブ・・・! イーナスさんが怨んでるのは・・・オイラなんだ・・・! オイラが、勝負を付けたいんだ!」
 もう体中の毛が真紅に染まっていて、それでもあかつきは強気な言葉で皆を・・・あるいは自分自身を、励まそうとしている。
 その言葉に、悠は何も言えなかった。
 あかつきは苦しい息の下で笑って見せ、そして『あまごい』を使った。
 建物の中なのに雨雲が広がり、ぽつりぽつりと雨が降り始める。
 あかつきの動きに合わせ、その雨は勢力を増した。
 まるで、凝固し始めた血液と一緒に、弱気になった彼自身を洗い流すかのように。
 雨水が傷口に染みて、あかつきの目が覚めてくる。
 降りしきる雨の中、あかつきは、イーナスに向かって叫んだ。
「イーナスさん! どうして・・・ファビオラ様の本当の心を、理解しようとしないんだ・・・っ!?」
「何を言うか! それはこっちの台詞だ! 『死の歌姫』ファビオラ様から全てを受け継いだ私が、ファビオラ様の心を理解できていなかったはずがない! 理 解していないのは、お前の方だ!」
 両者の一騎打ちが、始まった。間接攻撃の『でんげきは』で攻めるあかつき、『まもる』で応戦するイーナス。
(ファビオラ様は、『死の歌姫』なんかじゃない! ずっと傍で見てきたオイラなら・・・分かるんだ! 嬉しい時も悲しい時も、絶えずやさしい雨を降らせて くれていた『慈しみの母鳥』だ!)
(ふっ、そんなの虚言に決まっているわ。私はそんなファビオラ様を一度も見た事がない!)
 二人の想いは『ファビオラ』という存在を巡ってすれ違い、ぶつかり合う。
 言葉がなくても言いたい事が通じる。ファビオラ軍として今まで共に戦ってきた二人の絆は、本当はそれほどに強い。
 哀しいまでに。
 『すなかけ』で間合いを詰め、『みだれひっかき』で徐々にダメージを与えていくあかつきに対し、イーナスは怯む事無く『かみなり』をあかつきに直撃させ た。天候は雨、『かみなり』の命中率は百%になる。
 しかし、黒焦げの身体に鞭打って、あかつきは立ち上がった。
(それは・・・それは多分、何か訳があったんだよ!)
(では、私がファビオラ様と過ごした時間は偽りだとでも言うつもり!?)
 イーナスは、これ以上、ファビオラの事を聞きたくなかった。二人の想いは通じている、そんな事は不可能なのに。
 あかつきが放った『みずのはどう』を『つるぎのまい』で弾きながら、次の一撃へ向けて体勢を整えた。
 彼女の周りで、空気が渦を巻く。目に見えるほどに強い、その渦の勢い。
(ホントはファビオラ様も、あなたに優しく接したかったんだよ!!)
(えぇぇーい! 黙れ、黙れぇぇぇーーーっ!!!)
 イーナス渾身の『かまいたち』が竜巻上に放たれた!
 巨大な真空の刃はあかつきを一瞬で飲み込んでしまう。
「あ、あかつきさん!!」
 『かまいたち』のあまりの強さに、その場に居合わせた悠達は息を呑んだ。床を巻き込み、天井を削り取って部屋の奥まで飛んで行く竜巻。
 あかつきの姿は、どこにも見えなかった。
「き、決まったわ・・・」
 自分の主張が間違っていると言われる事に、それによって自分の心が揺り動かされる事に耐えられなかったイーナスは、一瞬安堵の表情を見せた。これで、自 分が正しい事が証明された・・・。
 だが、その時。『かまいたち』の中に独楽のように回転している何かがいるのが、イーナスの目に映った。
 そして次の瞬間、竜巻は進路を百八十度変え、イーナスめがけて襲ってきた!
 弱い独楽が強い独楽に弾かれるようにイーナスは跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられた。真空の刃で、体中が切り裂かれている。
 先程の『すなかけ』で、イーナスの命中率は下がっていた。なので、『かまいたち』はあかつきの急所をぎりぎりで逸(そ)れたのだ。あかつきはそのまま竜 巻の中心で、『アイアンテール』の遠心力を利用し、竜巻とは逆に回転した。
 真空の刃はあかつきの動きに流され向きを変える。あかつきは、その中で『きりさく』を使用し、イーナスを攻撃した。そして竜巻は――、
「な、なぜ・・・だ!?」

「そんな心では、君の太刀筋は僕を捕らえられないよ!」

 そよ風となって、消えていった。
 あかつきの『しんそく』を避けた時の、イーナス自身の台詞。
「イーナスさん、もう無駄な戦いは止めましょう! これ以上――」
 イーナスに近寄るあかつき。すると彼女は、ぼろぼろながらも立ち上がり、あかつきを警戒するように『ほろびのうた』を歌う態勢に入った。
(私の考えの方が正しいのだ! あいつが、あいつが正しいだなんて、許せな―――)
「!!」
 はっとして、イーナスはあかつきを・・・いや、その後ろを見る。
 もう何度も見慣れたその顔。幼い頃からずっと追いかけ、慕っていたその姿。
 誉めてもらえるのが嬉しくて、ずっと頑張ってきた。他人に優しくしている姿を見ると、横取りされたような気がして、悔しかった。でも、副隊長としての責 任感から、それをずっと押し隠してきた。
 そして聞こえた、美しいソプラノの声。
『イーナス・・・』
(これは・・・幻? それとも、夢? それとも・・・・・・)
「・・・ファビ・・・オラ・・・様?」
 優しく笑んで、ファビオラは言った。
『ごめんなさい。本当はあなたにも優しくしてあげたかったけど、あなたは副隊長である事にプライドを持っていたから・・・規律を乱すのに耐えられない子 だったから。あなただけに優しくしてしまえば、耐えられないのはあなた自身だと、そう思っていたのですわ・・・。でも、これだけは伝えておきたい。私(わ たくし)は、あかつきやアリョーシャ、皆さんに看取られている時、こんなに温かい気持ちは初めてと、そう思ったのです』
「ファビオラ様・・・・・・」
『だから、あなたも憎むのはおやめなさい』
 光の中に、溶け込んでいくファビオラ。
「ま、待ってください! ファビオラ様!!」
 イーナスの制止の言葉も、届いていないようで。
『あかつきと同じくらいに、私はあなたが好きでしたよ。ずっと、大切に思っています・・・今でも・・・まるで、娘のように・・・・・・』

「――スさん! イーナスさん!!」
 いつの間にか、イーナスは床に倒れこんでいた。
 ぼおっとした頭で、覗き込んでいるあかつきを見る。
 今まで止まっていた時間が動き出した、そう彼女は感じた。
「イーナスさん、ダイジョーブですか?」
「その言葉・・・そっくりそのままあなたに返すわよ・・・」
「オイラは・・・もう平気だよ!」
 その傷は平気といえるレベルではないのに、あかつきは表情すら平気そうに振舞っている。
「強いわね・・・きっと、私と違ってまっすぐに歩いているからなんでしょうね・・・」
 ファビオラの言葉が通じたのか、彼女からはもう『プレッシャー』を感じられない。
「思えば・・・あなたの言葉からは、いつも、嘘や偽りを感じなかったわね・・・。初めて出会った時も、ファビオラ様や私といる時も・・・。でも、私 は・・・」
「もう喋らなくていいよ!」
 あかつきの顔は、泣きそうに歪んでいた。イーナスはふっと表情を崩すと、あかつきと、それからガムを呼んだ。
「ごめんなさいね・・・あなた達を傷付けてしまって」
 そう言って、イーナスは『ねがいごと』を発動した。
 その『ねがいごと』のエネルギーを全て、あかつきとガムにつぎ込むイーナス。二人の傷が見 る見るうちに塞がっていく。
 そして、ダメージが大きすぎる上に、全力の『ねがいごと』で自分自身を回復しなかったイーナスは―――
「初めて・・・ね・・・他人の為に技を・・・使うなんて」
「イーナスさん・・・今度、今度また逢う時は、友達だよね!!」
 あかつきの言葉に、イーナスは小さく頷いた。
「えぇ・・・そ・・・うね・・・・・・」
 そして、あかつきの胸の中で、ゆっくりと息を引き取った。
 初めて感じた、心からあふれ出るその感情に、顔を綻ばせて。
「イーナスさん・・・・・・」
 イーナスの顔に零れ落ちる涙。それは、あかつきのものばかりではなかった。

(イーナスさんの一途な気持ち・・・オイラの心、共鳴したよ)




「ふん、人間の癖に生意気な・・・死ね!」
 『でんきショック』を繰り出したザクロ。
「うわぁぁぁ!!」
「223さん!」
 倒れた223に皆が駆け寄った。
「うぅ・・・俺の遺骨は・・・空へ・・・撒いて下さ・・・い・・・」
 223・・・あえなく気絶。
「え、ちょ、遺骨って・・・223さ〜〜ん!!」
「何だか・・・意味ありげに気絶したわね・・・」
 取り敢えず、あきはばらと愛が、彼を壁の脇へ寄せた。
 ザクロの上で、リーディは相も変わらず余裕の表情を浮かべている。
「次に倒れるのは・・・お前だ!」
 ザクロはそう叫び――愛に向かって突進した!
「あ、危ないですよ〜」
 全く危機感の感じられない澪亮の台詞を、リーディもザクロも本気にはしなかった。
 しかし、この『危機感が感じられない』というのは、あくまで澪亮サイドから見た話なのである。リーディ達から見たら――、
「はんっ、返り討ちにしてくれるわ! 『サイコキネシス』!!」
 危険でしかない。
「ぐっ・・・!」
「うわぁぁ!!」
 二人は一気に弾き飛ばされ、そして――地面に落ちた。
 その瞬間、地面から水無月が飛び出した!
「食らえ! 『あなをほる』!!」
「ぐわぁぁぁ!!」
 効果は抜群、ザクロとリーディに大ダメージだ。
「ふぅ・・・ありがとうございます、水無月さん。ナイスタイミングですよ!」
「そう言われると・・・照れますね」
「すっげぇ、伝説のポケモンに大ダメージ与えたよこいつ〜」
「・・・・・・澪亮さん? やる気・・・ありますよね?」
「な〜に言ってんだよひこちゃん。俺はいつだってやる気満々、気合い充分!」
 ・・・深刻な状況でショートコントを始めてしまうのは、もしかしてこのグループの癖?
 そう思わずにはいられない由衣だった。
「あんた達! アタシをなめてるの!?」
 ・・・そう思われても仕方ないかも知れない。
 リーディとザクロは何とか起き上がった。受けたダメージは大きいが、まだ戦えるようだ。ゲームのHPで言えばオレンジの値くらいか。
 皆は、ちらっと目を見交わした。
 水無月と由衣が、突っ込んでいく。
「『マッドショット』!」
 水無月が思いっきり床に爪を食い込ませた。あらわになった地面から、無数の泥の塊が飛び出し、リーディ達を襲う。
「おのれ・・・小癪(こしゃく)な・・・!」
 まともに食らって動きが鈍くなった所に、後ろに回りこんでいた由衣が突撃した!
「『かみくだく』!」
「ぐわっ!」
 『かみくだく』を受けたリーディは怯んでしまう。彼女の助太刀をしようと、ザクロが翼を振り上げた。
「『かみな――」
「そうはさせるかよ! 『あやしいひかり』!」
 澪亮の放った光に混乱し、攻撃対象を見失いふらついたザクロに、愛とひこが容赦なく攻撃を浴びせた。
「『サイコキネシス』!」
「『10まんボルト』!」
「・・・私もですか?」
 あきはばらの問いに、ひこが大きく頷く。
「当然です!!」
「じゃあ・・・『でんきショック』!」
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
 リーディは『サイコキネシス』を、ザクロは電気技をもろに食らった。集中砲火を浴びた二人は、もうボロボロだった。ゲームだと、HPはもうレッドゾーン のはずだ。
「くっ・・・そんな、アタシが負けるなんて・・・そんなのありえないわ! 『かみなり』!!」
 リーディの放った雷(いかずち)は、澪亮の真横に落ちた。
 水無月が笑って言う。
「先程、『マッドショット』と一緒に、『すなかけ』も使わせてもらいました。元々そんなに命中率の高くはない技です、一度命中率を下げれば、当たる確率は かなり落ちますよ!」
「うぐ・・・」
「おいおい、いい加減負けを認めたらどうだ?」
「認めるわけ・・・ないじゃない! ザクロ様!」
 リーディはザクロを見上げる。ザクロはうなずくと、『でんげきは』をリーディに向かって落とした!
「あ? 仲間割れか?」
「違うわ! これは・・・『ちくでん』よ!」
 電気の技を食らうと回復する特性、『ちくでん』。リーディの身体は、みるみるうちに回復していく。
「ふふふ、どう? アタシがザクロ様と組んでいる理由、これで分かったでしょう?」
「確かに、リーディはザクロの電気技で回復してしまいますね。ただ・・・」
 ザクロは、回復する事が出来ない。
 あきはばらは、それに気づいた。
「さぁ、これで終わりにするわ! ザク――」
 振り返ったリーディは、目を見開いて硬直した。
 目の前で、ザクロが地面に墜落したのだ。
 その奥には、『でんこうせっか』を使用したあきはばらと、彼女にしがみ付いて後ろまで回りこみ、『10まんボルト』を使用したひこの姿が。
「ザクロの方は、もう限界だったようですね」
「・・・あれ? 秋葉さん、リーディの様子・・・おかしくないですかっ!?」
 リーディの目の色が、変わっていく・・・。
「リディアに・・・ザクロ様・・・。アタシの大切な人を・・・どうしてあんた達は奪っていくの!?」
 ばりばり、と青い火花を上げて、静電気がリーディの身体から発せられる。とてつもなく強いのが、良く分かった。
「これ、もしかして相当まずい状況ですか・・・?」
「もしかしなくてもまずいわね・・・」
「ふんっ、アタシに勝てると思ったら大間違いなのよ! もう、絶対に許さない――!」
 彼女がその身体に纏える飽和量ぎりぎりまで、強くなった電撃。
「『かみなり』!!!」
「まずいです、逃げ―――」

 どおおぉぉぉぉん!!

 あきはばらがその台詞を言い終わる前に、爆発音が響き渡った。
 周囲の電器機器が『かみなり』で誘爆を起こしたのだ。
 ものすごい爆風に、一行はあちこちへ吹き飛ばされてしまった・・・・・・。




 少しの休憩の後、突撃部隊一同は更に上の階へと向かっていた。
 ――次の階は、二十六階だ。
「・・・・・・『風呂』か・・・・・・」
 特に意味もない語呂合わせを、悠は口の中で呟いた。

 二十六階。
 敵ポケモンの姿は見えない。少し奥の方まで進んだが、奇襲作戦、というわけでもないようだ。本当に誰も出てこない。
「今回はお迎えはなしか・・・」
 一同は胸を撫で下ろした。そして、出来るだけ物音を立てないように、廊下を進んでいく。
 と、突然、あかつきが叫んだ。
「ちょっと待って!」
「どうかしたんですか、あかつきさん?」
 いつもなら入る、『さんは要らない!』というツッコミがない。それほど、彼の顔は真剣だった。
 自然、皆の体勢が警戒モードに入る。
「何か声が聞こえる・・・」
「え?」
 あかつきの向いた先の壁・・・。向こうに部屋があるらしく、小さめのドアがついている。
 彼は壁に耳を当てた。それに続いて、悠達も耳を押し当てる。
 壁越しに聞こえる、微かなくぐもった声は三種類。大人の女の人の声に、若い男の人の声、そして少し幼めな感じがする、女の子の声。
 その声には、確かに聞き覚えがあった。
「この声は・・・サナさんにラティオス・・・ラティアス!? 何故こんな所に・・・?」
 ガムの言う通り。壁の向こうの声は、その三人のものだった。
「まさか、『ドリームメーカー』に捕まってここに・・・」
 悠の推測に、ワタッコはうなずく。
「多分、そうだろう。・・・三人以外の声は、聞こえないな」
「おおい、サナさん、ラティオス、ラティアス!」
 ガムの呼びかけに、一瞬壁の向こうからの声が途切れた。そして、もう一度声が聞こえだした。今度は確実に、自分達に向けられている声。
 そこにいるんですか、ガムさん達・・・ラティアスのその台詞が、はっきり聞き取れた。
「よし、じゃあ中に入ってみよう!」
 そう言ってあかつきは後ろ足で立ち、ドアノブを回そうとする。しかし、ノブはびくともしなかった。
「・・・・・・ダメだ。鍵がかかってる・・・」
「じゃあ、僕に任せてください!」
 ヒメヤが名乗りをあげ、銃を持ち出す。
「一体どうやるんですか?」
「まあ、見ててくださいよ!」
 M4カービンの銃身の下についているショットガンのレバーを引き、そして、それをドアに向けて構えた。

 ガァン!!

 ショットガンが火を吹き、散弾でドアのあちこちに穴が開く。
「さてと・・・」
 ヒメヤは左足を上げ、
「てやっ!!」
 そして思い切りドアを蹴り飛ばした!
 何かにひびが入るような音がしたかと思うと、ドアはギシギシと軋みながら内側に倒れた。
「・・・開いた・・・・・・」
「どんなドアもこじ開けられるショットガン。それがこのショットガンユニットの『マスターキー』という名前の由来ですよ」
 いつも通りヒメヤが説明をするが、他の皆は勿論聞いてはいない。中の三人が心配で仕方がないのだ。
「説明したかったら後で聞きますから、今は中へ入りましょう!」
 悠に急かされるようにして、皆は部屋の中へ入っていった。
 ――部屋には窓がなく、蛍光灯の無機質な光が部屋の中を照らしていた。よく見ると、奥の方に上がりの階段も見える。次のフロアへ通じるものだろう。
「皆さん、助けに来てくれたんですねっ!」
「ああ良かった・・・ありがとうございます!」
 ラティオスとラティアスが歓声を上げる。サナも、安堵の溜め息をついた。
 三人とも、身体に目立った傷はない。小さな擦り傷は、恐らくここに運ばれるまでに付いたものなのだろう。
 どうやら、閉じ込められていただけのようだ。それが分かって、悠達もまた、安心した表情になる。
 ・・・・・・と。
「あ、そうだ!」
 突如として、ヒメヤが大声を上げた。
「え?」
 自然、皆の目は彼に向く。
 ヒメヤの観察力は、なかなか鋭い。今度もまた、何かに気付いたのではないだろうか――皆の視線には、その類の期待がこめられていた。
 が。
「そういえば僕・・・パソコンに吸い込まれる前、HNを変えようと思ってたのをすっかり忘れてました・・・。そこで、今から『アッシマーMkU量産型』っ て名乗りたいんですけど・・・いいですか?」
 彼が口にしたのは、別にどうという事のない改名のお知らせだった・・・。
 『沈黙』と大きく書かれた幕が一同の上に降ろされる。
 ヒメヤは慌てて、自分の発言にフォローを入れた。
「勿論、僕自身の都合だけじゃないですよっ!! この世界では、僕らは本名を思い出すことが出来ません。そうですよね?」
 悠は頷く。
「僕らが覚えているのは、HNだけだ・・・」
「どうやらそのHNというのが、キーポイントになっているみたいじゃないですか? ムゲンの話を聞く限りでは、そう思ったんですが」
 これにも、悠は頷いた。
「それなら、そのキーポイントを、僕が自ら変更したらどうなるか・・・。試してみようと思いませんか?」
 期待を裏切らない彼の発言に、ぽん、と悠は手を打った。
「なるほど・・・確かに」
「まぁ、これで僕の存在が消えてしまったらそれはもう笑う事も出来ませんが・・・。でも、たかだか名前を変えただけで、そんな事はないと思いますし」
 それからヒメヤは、苦笑して頭をかいた。
「これは後付けの理由で、改名予定は前からあったんですけどね」
「では、ヒメヤさんはこれからアッシマーさん、という事で・・・」
 ガムがそう言い、あかつきもにっこりする。
「うん、分かったよ♪」
「何も起こらないことを祈りつつ、だがな・・・」
 苦笑いをしてワタッコが言う。
「それではアッシマーさん、これからも宜しくお願いします!」
 悠のその声に、ヒメヤ改めアッシマーMkU量産型は、嬉しそうに顔を赤らめた。
 激戦続きだった五人の間に、久々に和やかなムードが流れる。ラティオス達も顔を見合わせた。
 ラティアスが口を開く。何かを言いかけた、
 ――その時、だった。

 ダァンッ!!

「ああっ!!」
「ら、ラティアス!!」
 銃声が響き渡る。そして、兄妹の叫び声。
 倒れたラティアスに、ラティオスが駆け寄る。
「大丈夫か、ラティアス!?」
「い・・・痛いよぉ・・・うう・・・・・・」
 苦しみもだえるラティアスの腹部には、二つの銃創があり、どくどくと血が流れ出していた。
「さぁて・・・次に、俺のブラックタロン弾の餌食になる奴は誰かな・・・?」
 唸るように低いハスキーボイスが、入り口から聞こえてきた。
 倒れたドアの向こうに立っていたのは、ライフルを構えた一体のボスゴドラ。
「M14ライフルに・・・ブラックタロン弾!?」
 アッシマーの表情は、これ以上ないというほどの驚きに満ちていた。
 ガムが慌ててアッシマーを振り返る。
「アッシマーさん、あの銃は一体・・・!?」
「――詳しい事を説明してる暇はありません・・・あれは、販売中止にまでなったとんでもなく危険な弾なんです!! その弾が腹部に、しかも二発命中なんて したら・・・!」
 その先は、聞きたくなかった――。
「ラティアスは・・・まず助からない!」





 幾度倒しても、生ける屍の如く何度でも蘇るゼロ。
 RX達に勝機はないように思えた――が。
「『ダークハーフ』!!」
 敵味方関係なく体力を半分に削る技、『ダークハーフ』。
 この技により、戦況は少しずつ変わりつつあった。だが、RX達の『勝利』がこのままでは無い事に変わりはない。
 このままでは――全滅、だ。
「RXさん・・・!」
 かろうじて動けるファビオラが、RXに話しかけた。
 RXの横顔には汗が伝っている。彼の体力もまた、もうほとんど残されてはいない。
「RXさん!」
「・・・・・・ごめん・・・俺、他にいい方法・・・思いつかないんだ。みんなを巻き添えにするしか・・・っ!」
 相打ちを覚悟した、RXの最後の手段。
「あ、RX・・・さ・・・」
 後ろから声が聞こえた。もう何度も聞いて、聞きなれた声。
 その声は苦しげだったが、集中している彼には、異常さが届かなかった。
 そして、次の瞬間。
「ぐわっ!?」
 RXは後ろから強烈な一撃を食らい、吹っ飛ばされた。『ダークレイブ』、だ。
「ま、まさか・・・!?」
 振り向くと、そこにはダーク化した瑞が立っていた。
 しかし、今までとは様子が全く違う。
 黒いオーラは彼女の身体と同じくらい濃い黒色を発し、全身から凶悪な雰囲気が漂っている。
「そんな・・・さっき、ダーク技を発動した時は何ともなかったのに・・・!?」
「まずいな・・・・・・」
 浅目が呟いた。
「恐らく、先程そうやってダークエネルギーを解放したせいで、その力が徐々に彼女を蝕んでいたのだろう。本人さえ気付かないくらいに少しずつ・・・」
「それに、瑞さんはRXさんと違って、ダークポケモンの力を完全に使いこなせているとは言えませんわ・・・・・・。命が危険に晒されて、身を守るために本 能が力を使わせたのでしょう」
 ファビオラも頷く。
「そんな・・・瑞さん!!」
 RXにはさほど効かないダーク技だが、浅目やファビオラが食らえば話は別。もうあと一撃でも食らえば、二人は確実にダウンしてしまう。
 この精神世界でもう一度死ぬと――魂が引き裂かれ、完全な『無』になってしまう・・・。
「逃げて・・・!!」
 意識を精一杯かき集め、瑞は叫ぶ。
「この場所から・・・遠く・・・離れ・・・・・・た・・・ところへ・・・! 私から、離れ・・・て・・・っ―――『ダークラッシュ』!!」
 遂に暴走した力を抑えきれなくなり、瑞はRXに向かって突進した!





「ラティアス!? ラティアスーっ!!」
「ラティアスちゃん、しっかりして!」
 ラティオスとサナがラティアスに声を掛けるが、ラティアスは倒れてうずくまったまま動く事ができない。
 それでも、かろうじて顔を上げ、涙の浮かんだ顔で兄を見上げる。
「お・・・お兄ちゃん・・・。私・・・も・・・う、ダメなの・・・かな・・・・・・?」
「もういい、しゃべるな!」
 ラティアスの黒い服の色が、更に濃くなっているのが傍目でも分かる。その服をぬらすのは、水よりももっと濃い色の――。
「・・・ラティアス・・・」
 その光景を見て、皆はただただ呆然としていた。
 やっと、やっと会うことが出来たのに、こんなの悲しすぎる・・・・・・。
「伝説の兄妹など、所詮俺達『ドリームメーカー』の敵ではなかったというわけだな。フフフ・・・」
 M14ライフルを構えたボスゴドラは、さも誇らしげに言い放った。
(・・・・・・許せない)
 折角出会えた仲間同士を、仲の良い兄妹同士を引き裂こうとして、何が『ドリームメーカー』だ。
 ガムは、ふつふつと湧き上がる怒りを、しかし心の隅では冷静に感じていた。
「不意打ちに近いような狙撃で、そんな事言えた口か!」
 悠が叫び、ボスゴドラに飛びかかろうとする。
「待ってください!」
 ――だが、ガムが『でんこうせっか』で彼を捕まえた。そして、静かに告げる。
「こいつは・・・このボスゴドラは俺に任せて、皆さんは早く次の階へ向かってください」
「ガ・・・ガムさん?」
 悠は驚かずにはいられなかった。いつも『僕』だった一人称が『俺』に変わっている事に、そして、静かな水面下の強い思いに。
「・・・・・・分かった、先を急ごう」
「そんな、ワタッコさん!?」
 このボスゴドラは、皆で協力して倒すべきだ・・・悠はそう思っていた。しかし、ワタッコはガムの方へ顔を向け、そっちを見ろと促す。
 二人の視線の先には、今にも爆発しそうな怒りを抑え、ボスゴドラに『にらみつける』を放っているガムの姿が。
「私達は、先に行ったほうがいいだろう」
 アッシマーもあかつきも、ガムの想いの強さに頷かざるを得なかった。
「分かりました・・・だけど、必ず僕らに追いついてくださいよ!!」
 悠の言葉にガムは首肯する。
 四人は、ボスゴドラの前を素通りして、向こうに見える階段に向かった。
「ふん、させるか!」
 すかさずボスゴドラはライフルを構える。だがその一瞬の間に、悠がすぐ目の前まで迫っていた。
「『スカイアッパー』!!」
「くっ!」
 ボスゴドラは咄嗟に『まもる』に切り替え、悠の攻撃を防いだ。四倍のダメージをみすみす受けるほど、彼も間抜けではない。
 四人は階段を駆け上がろうとするが、そこに上の階からアサナンが大量に現れた。
「ここから先は通さないといっているだろう! ――おや、お前らは誰だ?」
 恐らくこのアサナンが見張っている所為で、閉じ込められたラティオス達は上に上がれなかったのだろう。
 だが、戦い慣れた悠達にとって、アサナン達は障害物足り得なかった。
「邪魔だ、どけ!」
 アサナンを蹴散らしつつ、四人は上へと上っていく。
 一度足を止めて、アッシマーが振り返った。
 それでも彼は、首を左右に振って気を取り直し、悠達を追いかける。
「ふん・・・まあいい。ここであと三匹も仕留められれば大手柄だ」
 ボスゴドラは、その銃口をラティオスとサナに向けた。
 今にも命の灯を消してしまいそうなラティアスを助けようと、応急処置を施している最中の二人を。
 とても戦える状態ではないところを狙って――だ。
「『でんこうせっか』!!」
「!?」
 ガムの『でんこうせっか』でライフルの軌道は逸れ、銃弾は天井に向かって発射された。そのまま、ボスゴドラは銃を取り落とす。
「ボスゴドラ・・・!」
 その声は、怒りで僅かに震えていた。
「俺が、ここまで相手を憎いと思ったのは、生まれて初めてだ・・・!!」
 まるで何かが乗り移ったような勢いで、ボスゴドラに向かって『でんこうせっか』を乱発するガム。しかし・・・
「そんな攻撃で俺が倒せると思っているのか? 馬鹿にするな!」
 岩、鋼タイプであり、しかも防御の高いボスゴドラに、ノーマル技はほとんど通用しない。
 ボスゴドラは鼻で笑うと、天井に手を向けた。
 がこん、と音がしたかと思うと、次の瞬間、砕けた天井が岩のようにガムに降り注いだ!
「『いわなだれ』でも食らってろ!」
「ぐぁっ!!」
 先程の威勢も空しく、ガムは『いわなだれ』で吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられてしまう。
 それでも、ガムは立ち上がる。
「お前だけは、お前だけは・・・絶対に許さない・・・!」
「そこまで怒るとは、よほどその小娘が大切らしいな。そいつが撃たれた事が、そんなに悔しいか? だが所詮、そんな『大切』なんていう弱っちい感情は、 『ドリームメーカー』の前では無力なんだよ!」
 そう言いながら落とされたライフルを拾い、銃口をガムに突きつけて、ボスゴドラは高らかに笑う。
「俺に感謝しろよ。二人仲良く、あの世に送ってやるんだからな! ハーッハッハッ!!」
「くっ・・・そうはさせないわ! ラティオス、ラティアスちゃんお願い!」
 立ち上がったのは、サナ。
「食らえ、必殺『かみなりパ――」
「雑魚は大人しくしていろ!!」
 ボスゴドラは焦る事無く、サナとそれからラティオスに、『きんぞくおん』を放った。
「うわっ!」
「きゃぁっ!」
 上手く身動きの取れなくなった二人は、加勢する事ができない。
 今度こそ、とボスゴドラはライフルを発砲しようとする。しかし、先程まで銃口を向けていたところに、もうガムの姿は無かった。
「!? 小僧、どこだ! どこにいる!?」
 ボスゴドラは辺りを見回し、そして振り返る。
 そこにいたのは、『ほのおのうず』を身にまとったガムの姿。
「『ブースターローリング――」
「させるか!」
 ガムがボスゴドラに突撃する前に、銃声が辺りに轟いた。
「ぎゃあ!」
 ガムはボスゴドラに撃ち落とされてしまう。
 『ブースターローリングクラッシュ』は、RXと二人一組で仕掛けたときとは違い、一人だとその発動のタイミングがあまりにも隙だらけなのだ。自分自身に 『ほのおのうず』をかける、それに必要な時間が長すぎる。
 けれど、もう『ブースターローリングクラッシュ』は、一人でしか仕掛けられない。
 そうなってしまったのは・・・・・・こいつらの、『ドリームメーカー』の、せい。
 ガムは、立ち上がる。
 『ドリームメーカー』の今までの所業全てに対する怒りが、隠しようも無いほど彼の中で沸騰していた。
「ほう・・・ブラックタロン弾を受けてまだ立ち上がるとは、その根性だけは認めてやろう」
「くっ・・・『ブースターローリング――」
「同じものが通用するはず無かろう!」
 それでもなお必殺技を仕掛けようとするガムを、銃弾が容赦なく襲う。
「ぐぅっ・・・!」
 全身を裂かれるような痛みにやっとの事で耐え、そうしてガムは立ち上がる。
「こいつ・・・一体、いつ息絶えるのだ・・・!?」
 何度でも、何度でも。
「さっきから、何発も撃っているのに・・・」
 彼の想い(いのち)が、消えてしまうその瞬間まで。
「『ブースターロー――」
「ええい!」
 ボスゴドラは、今度はガムの左後足を撃った。
「うわぁぁ!!」
「ふ・・・ふんっ、敏捷な動きが出来なければ、二度とそのような真似は出来まい」 
 倒れこんだガムの懐からキラキラ光る粉末ががこぼれ落ち、散らばった。
 『よかったらこれ、持って行ってください・・・』――ラティアスが、ガムに渡した『ひかりのこな』だ。
「なるほど・・・これのおかげで銃弾が急所から何度も外れていたというわけか・・・。しかしこれでもう、お前を守るものは無くなった。最後はポケモンらし く、技でとどめを刺してやろう!」
 ボスゴドラは『がんせきふうじ』の体制をとる。
 しかし、彼はそのまま動けなくなってしまった。まるで『かなしばり』を掛けられたかのように、身動きが取れないのだ。
「う・・・これは!?」
 すぐに、ボスゴドラはその原因に気が付く。
 見る事は出来ないが、空気の流れが変わったのは感じられる。
「これは・・・気流か!?」
「い・・・今まで、ただ無計画に『ほのおのうず』を撃っていると・・・思っていたのか・・・?」
 ずたずたになりながらも、ガムは立ち上がる。
 ガムがひたすら撃っていた『ほのおのうず』で熱を帯びた気流が渦状になり、ボスゴドラの身体にまとわりついて、行動を封じているのだ。
「――爆発しろ! 『ほのおのうず』、発動!!」
 自分にではなくて、敵に向かって『ほのおのうず』を放つガム。
 すると、ボスゴドラを包んでいた熱気流が大きく縦一直線に爆発した!
「う、がぁぁぁ!!」
 火柱の中で、言葉にならない悲鳴を上げるボスゴドラ。その火柱の中へ、ガムが突撃する。
「いっけぇぇ! 『ブースターローリングクラッシュ』!!」
 この技をもう、一緒に掛ける事ができないRXの分まで。死んでしまった仲間の分まで。
 今、この世界のどこかで頑張っている仲間の分まで。
 ――ボスゴドラに撃たれてしまった、あの子の分まで。
 火柱の炎を『もらいび』で蓄えたガムは、そのままボスゴドラに突撃し、彼の身体をがっちりと掴んだ!
「うぎゃぁぁぁーーっ!!!」
 それはもう、生ある者の声ではなかった。
 ボスゴドラは炎の中でガムにつかまれ逃げ場も無く、脱出不可能な体勢で、断末魔を上げながら灰にされていった・・・。

「ハァ、ハァ・・・」
 ガムはそのまま倒れこみそうになったが、そんな自分を鼓舞してラティアスの所へ向かった。
「ラ・・・ラティオスさん、ラティアスは・・・?」
「ガムさん・・・だ、大丈夫か?」
 傷だらけのガムにラティオスは気遣わしげに声を掛けるが、ガムはそれには答えない。
「そんな事はどうでもいい! ラティアスは!?」
 ラティオスは哀しげな瞳で、首を左右に振る。
「もう・・・だめだ・・・。もう意識が無いし、今、こうやって息をしているのが精一杯。『じこさいせい』を自力でする事も出来ないんだ・・・」
「・・・・・・」
「回復アイテムも、ここにはないわ・・・」
 サナのその言葉に、それでもガムは一縷(いちる)の望みを捨てなかった。
(そんな事はない・・・ラティアスは、絶対に助ける! 助けなきゃいけないんだ!)
 死んでいった仲間達を、助けてやれなかった。だからもう・・・誰も死なせたくはない。 
 ガムは毅然とした表情で、ラティオスとサナを見上げた。
「ラティオスさんとサナさんは、『テレポート』でバク次郎さん達のいるセキチクシティへ避難して下さい。ラティアスは、僕が必ず助けます・・・!」
 二人は、信じられないといった顔でガムを見た。ここまでひどい重傷を負ったラティアスを、どうやって彼は回復しようというのだろう。ガム自身、回復が必 要な満身創痍の状態で。
「僕を、信じてください・・・」
 やがて、ラティオスは頷いた。
「分かった、ガムさん。妹を頼む・・・」
 放っておけば、どの道ラティアスは助からない。それならば、ガムに賭けてみよう・・・ラティオスは、そう思っていたのだろう。
 ラティオスは、後ろ髪を引かれる思いでラティアスを離し、サナに掴まった。
「ガムさん・・・」
「大丈夫です、から・・・」
「・・・・・・信じてるわ・・・」
 サナは消え入りそうな声でそう言い、『テレポート』を発動した。
 一瞬後、その場から二人の姿は消えていた。
 二人をこの塔に残しておけば、間違いなく戦いに巻き込まれてしまうだろう。それは、なるべく避けたかった。
 それでも、ラティアスは回復の為にこの場に残さなければならない。ポケモンセンターに連れて行っても、突然運ばれてきた重傷者にすぐ対応できるような準 備がされているとは、限らないからだ。
 ラティオスとサナを外に出し、ラティアスを残して自分が回復させるというのは、ガムの苦渋の決断だったのだ。
(一つの生命[いのち]を救うのは、無限の未来を救う事・・・)
 人間界にいた頃好きだった、歌の一節を思い出す。
 ラティアスの腹部は弾が貫通、依然として出血が止まらない。
(僕が助けなくちゃいけない・・・この子だけは助けるんだ! 絶対に・・・!)
 回復の方法なら、思いついていた。――というより、知恵を貸してもらった形だ。
 ガムはその傷口へ手を当て、顔を伏せた。
 どこか祈っているような、その姿。
(神様・・・どうか、この子を・・・)
 二人の身体が光り始めた。それはまるで、星の輝きのよう。
 ガムは、『ねがいごと』をラティアスに掛け始めたのだ。
 あの時のイーナスと同じように。
(僕がこんな技を使うのは、初めてだ・・・。でも、他のポケモンを回復させる方法はこれしかない・・・!)
 自分を二度も救ってくれたラティアス、自分を包み込む『うたう』で助けてくれたファビオラ・・・そんな彼女達の事を思いながら、ラティアスに『ねがいご と』を掛け続けた。




「あーくそ、リーディの野郎、派手にやってくれやがって・・・」
 正確にはリーディは野郎ではないのだが、それを突っ込んでくれる人は澪亮の周囲にはいない。
 澪亮は元が気体なので、爆風でかなり遠くに吹っ飛ばされてしまった。野生のポケモンすら見当たらない。
「え〜と・・・。ここはどこだ?」
 それに答えてくれる人も、澪亮の周囲には皆無。
 ――と、思ったら。
「おう、ゴーストさん! チャオ!」
 後ろから声を掛けられ、澪亮は「うん?」と声を上げて振り返った。
 そこにいたのは、ポワルン。
「誰だ?」
 その声の陽気さに澪亮は警戒する気も失せ、半分興味、半分はこの状況なら訊いた方がいいだろうという妙な義務感で尋ねた。
「僕はプリンス・マッシュだよ!」
「ほう、プリン・スマッシュか・・・ポワルンなのにプリンか・・・」
 そんな名前の人が、『なんでもおはなし板』にいたような、いなかったような・・・?
 名前の区切りを間違えた澪亮は、プリンスが掲示板の住人だと気付けなかった。
「いや、プリンス・マッシュなんだけど・・・」
 訂正を入れるプリンスには構わず、澪亮は話を進める。
「早速だけどプリン、さっきまで他のやつら・・・影の支配者サーナイトと、あんま目立ってないモココと、何考えてっか分かんねーライチュウと、オカマっぽ いサンドパンと、関西弁で向こう見ずなシュウと、何気に技が怖いグラエナと一緒にいたんだが・・・」
「いや、そんな説明されても分からないんだけど?」
 そう突っ込まれるが、澪亮は気にしない。
「まぁかくかくしかじかな事情があって、バラバラになっちまったんだ。どうすりゃいい、プリン?」
 プリンスは「だからプリンスだってば・・・」と無駄な抵抗をし、それからふわりと澪亮の周りを一周。
「うしゃしゃしゃ、それならいい方法があるよ。僕が『あまごい』をして、それでみんなをここにおびき寄せるんだ」
「それ・・・そんなに上手くいくんか?」
 半信半疑といった様子で澪亮は尋ねるが、プリンスはずいぶん気楽に構えている。
「ノープロブレム、ノープロブレム!」




 ずっと、心配だった。
 本当は下の階に戻って、少しでもあの子の力になりたかった。
 それでも、単身二十六階に残った彼の想いを、そして、自分達の本来の目的を思うと、戻る事はできない。
 先へ、一刻も早く先へ進まなければ。

 ――しかし、これは本当に、自分の本心か?
 思考がそこにたどり着き、アッシマーは足を止めてしまった。
「アッシマー?」
 突然立ち止まったアッシマーに驚いて、すぐ後ろにいたあかつきが声を掛ける。
 本心でない行動をしたって、後悔するだけだ。
 それに、他の三人はかなり強い。三人だけで先に行かせても、大丈夫なはず・・・。
 アッシマーは自分に確かめるように頷き、口を開いた。
「・・・あの」
「何ですか?」
「・・・僕も、ラティアスの所に行かせて下さい」
 問い返すように、あかつきが首をかしげる。
「ガムさん一人に、あんな凶悪な奴を任せておけない、っていうのもあるんですけど・・・。僕自身、ラティアスの事が心配なんです! だから・・・行かせて くれませんか?」
 ラティアスを想う、その一心な気持ちは、ガムと同じくらいに強くて。
「・・・・・・分かった」
 ワタッコがそう言って、ヒメヤに何かを投げて寄こした。
「これは・・・?」
「『ふっかつのタネ』だ。さっきそこの通路で拾ったんだ。それでラティアスと・・・・・・必要ならガムさんを、回復してやれ」
 アッシマーは、ワタッコに向かって頭を下げた。
 必ず戻ってきてください――悠のその声に見送られて、アッシマーは階段を下る。


「はぁ、はぁ・・・・・・」
 体力を消耗しきった身体で、それでも懸命に『ねがいごと』をラティアスに掛け続けるガム。
 激しい痛みと失血で、彼の視界は朦朧とし始めていた。
「頑張らなきゃ・・・せめて、ラティアスだけでも・・・助けなきゃ・・・・・・」
 苦痛に耐え、ラティアスを回復させる事だけに専念するガム。
 ――しかし、それにも限界があって。
 遂に立っている事すら出来なくなり、ガムはラティアスにもたれかかった。
 ガムの必死の『ねがいごと』のおかげで、ラティアスの傷はすっかり癒えていた。彼女は、静かな寝息を立てている。
「・・・ごめん・・・・・・みんな・・・・・・。約束、守れないかも・・・知れない・・・・・・」
 ここで死んでも、悔いはない――ガムは、本気でそう思った。
 薄れてゆく意識の中で、そう思っていた。
 自分の命と引き換えにラティアスが助かるなら、それが本望だ、と・・・・・・。
「・・・・・・! ガムさん!? しっかりしてください!!」
 誰かの声が聞こえた。
 しかし、それが誰の声かも分からないまま、ガムの意識は途絶え――。


「――さん、ガムさん!」
「う・・・・・・」
 誰かの声で、ガムは目を覚ました。
「気が付きましたか?」
 目の前に、誰かの顔がある。
 ぼやけた焦点が段々と合ってゆく。
 ・・・そこにあったのは、片目に大きな傷跡のあるジュプトルの顔。
「・・・アッシマーさん・・・?」
「もう、心配掛けさせないで下さいよ!!」
 半泣きになりながら、それでもアッシマーは微笑んだ。
「どうして・・・ここに・・・?」
「心配になって、戻ってきたんですよ」
 ガムはゆっくり身を起こす。
 あれだけひどかった傷が、ほとんど塞がっていた。
 そして、彼は気付く。自分の足元に、種子のようなものが複数落ちている事に。
「これは・・・?」
「『ふっかつのタネ』です。もう、『ただのタネ』になっちゃって、使えませんけどね」
「これで、アッシマーさんが傷の手当を・・・」
「はい」
 アッシマーはそうとだけ答える。
 そして、ラティアスの方を見た。
「ラティアス・・・無事だったんですね」
「・・・良かったです、助けられて・・・」
 ガムは満足げに溜め息をつく。
「でも、もうこんな無茶はしないでくださいよ」
 アッシマーはそう言って、顔をしかめた。
「それにしても・・・ほとんど奇跡に近いですよ。ブラックタロン弾が、ラティアスは腹部に二発、ガムさんにいたっては体中に受けたのに助かるなん て・・・」
「その・・・ブラックタロン弾って、他の弾とどう違うんですか?」
 ガムの質問に、アッシマーは逆に訊き返す。
「ガムさんは、どう思いますか?」
「・・・・・・普通の弾とは違うんだな、とは思いました・・・。あの苦痛は、尋常じゃなかったと思う・・・」
 アッシマーは頷いた。
「ブラックタロン弾っていうのは、アメリカのウインチェスター社製の特殊な弾丸です。弾頭にV字型の刻みがあって、命中したらそれが裂けて広がり、殺傷効 果を倍増させます。裂けた弾頭は鋭い爪のようになって、返し針のような効果も持っているんです。その残酷な効果から、販売中止になった事も・・・・・・」
 その説明を聞いたガムは、背筋が凍りつく思いに駆られた。
 詳しくは解らないものの、それが恐ろしい殺傷力を持つ弾丸だという事が彼の説明から明らかに聞いて取れたからだ。
 そしてそんな弾丸を何発も受けた自分が生きている事に、感謝をささげたいような気分にもなった。


「――さてガムさん、これからどうしますか?」
 アッシマーがガムに問いかける。
 ガムは、眠ったままのラティアスに視線を移した。
「ラティアスを一人だけ置いていくわけにも行かないでしょうから・・・」
「しばらくはここから動けない、って事ですね・・・」
 蛍光灯の無機質な明かりの下に、二人は結局残る事になった。




・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
・・・やばいどうしよう、ガムさんかっこいい・・・!(現在ガムvsボスゴドラ戦編集中

へんな始まり方ですいません、何はともあれ十二章到達です! 実は一ヶ月くらいずっと編集作業してませんでした・・・ごめんなさい;; 由衣です。
今回はちょっと順番を入れ替えて、あと最初の方でひこさんに決意させたくらいで、その他は流れはほとんど変わっていません。あとはあかつきとイーナスの会 話に少し肉付けみたいのをしました、そんな感じです。
この辺で気付いた方もいるかもしれませんが、由衣はひこのキャラクターがすごい好きです(笑
書きやすいんですよね、ああいう素直なキャラって。だから少しずつ成長させていじるのがすごく楽しい・・・(爆

あとは、リーディをちょっと強くしてみました。最初は澪亮達にあっさり負けていたのですが、リディアを失いザクロを失い、リーディが切れないはずが無いと 思って彼女の想いを付け足したら、最後の最後でやたらと馬鹿力発揮してしまいました(汗

えぇと、最初、イーナス戦でヒメヤ改めアッシマーが使用していたのは、『パラサイト・イヴ2』なるゲームに出てくる、ファイアフライという弾丸でした。 が、本人の、『持っているのはM4カービンだけのつもりだった』という意向のほうを重視し、そちらを使わせていただきました。塔に突入する前のそれの説明 で書けそうな範囲で書きましたが・・・銃器について私全く何も知らないので、何か変な所があったら教えてください;;

まあそんな感じです。ほんとに遅くなって済みませんでした;;


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