(――ここは一体どこなんだ?)
 謎の雑木林の中で、(ゆう)は一人考えていた。
 学校から帰ってきて、親がいないことを確認してから、パソコンを立ち上げる。
 そして、日課の一環として、『ポケ書』というホームページの掲示板である、《なんでもおはなし板》のページを開いた。
(……ところまでは覚えているんだけどなぁ)
 あいにくそこから記憶が曖昧で、気付いたらよく分からないこの草原に一人立っていた。
 悠は混乱する頭を言い訳にして、地面に仰向けで寝そべる。
 風が心地よく感じる。やはり夢の中とは考えられない。

「お〜い」
「えっ?」
 悠は突然かけられた声に反応し、身を起こした。
「やっぱ、お前も『ポケ書』を開いてここに飛ばされたのか」
「は、はい」
 返事はしたものの、声の主はどこにも見当たらない。しかし、地獄に仏とはこのことだ。悠はこの機会に質問をしてみようと思った。
「すみません、ここは一体どこですか?」
「イヤ……それは俺も知らねぇ」
「そうですか……」
 やはり、そう簡単に情報は得られないか……。
 悠が落胆したのに気付いたのか、それともただ単に思い出したのか、謎の声はこう付け加えた。
「ただ、秋葉(あきは)さんはソアラさんが作った仮想現実世界じゃねえのかと考えているとか」
(秋葉さん お気楽板で絵を描いている人かな?)
 《お気楽板》とは、『ポケ書』のお絵かき掲示板のうちの一つだ。そして、ソアラはその『ポケ書』の管理人。
 『秋葉』という聞き覚えのあるHNに頷いていると、今度は声が尋ねてきた。
「じゃあ俺からも質問、あんたの名前はなんていうんだ?」
 少し考えてから、悠と答えた。パソコンを開いてここに来たのだから、HNを使うのが妥当だと考えたからだ。他の理由は、取り敢えず今のところは思いつかなかった。
 ――今のところ、は。
「へぇ、悠さんってのか。んじゃ、改めてこんにちは」
「こんにちは。……あの、そろそろ姿を見せてくれませんか? どうも話しづらくって……」
「オーケー。すぐ後ろにいるから」
 悠は後ろを振り返って――

「…………え……」

 世にも恐ろしい怪物が後ろに立っていた。その怖さはギャラドス並、その強さはミュウツー並、その威厳はバンギラス並――。
「ぎゃあああぁぁぁぁーーー!!」
 悠は全速力でその場から逃げ出した。

「やべぇ」
 ゴースは『ナイトヘッド』を解いた 。


「わあああああああああ!!」
 悠は逃げる。雑木林の中をひたすら逃げる。
「悪い悪い! 悪気はなかったんだー!」
 ゴースはその後ろを追いかける。
 悠はゴースの言葉に耳を貸さず、全速力で駆ける。が、なぜかヨタヨタして走りにくい。
「ひえええ〜っ!!」
 それでも、ひたすら林を逃げていく悠。
 だが突然、目の前に緑色のポケモンが現れた!
「ちょっとそこの人〜! ()けて下さーい!」
「え、わ、わあああああああああっ!!」
 ここまで全力疾走してきた悠の(がわ)に、避ける余裕などあるはずもない。
 更に悪いことに、相手方のポケモンは、どうやら運動神経が鈍かったらしい。

 結果として、2人は正面衝突する羽目になるのだった。

「いてて……何するんですか……」
「ご、ごめんなさい……」
 身体を起こしながら、悠は相手の姿を見る。
 そこにいたのは、眼鏡をかけたジュプトルだった。
「ったく……今日は踏んだり蹴ったりだ……。学校から帰ってきて《なんでもおはなし板》開いたらいきなり変な場所に来て……しかもジュプトルになっちゃったってどういうことだよ……これから塾もあるのに、買ったばかりのハヤテライガーもまだ組み立ててないのにいいいっ!!」
 ジュプトルはやたらと独り言を連発する。しかも言っていて自分で腹が立ってきたのか、途中から独り言の域を超えて叫び声になっていた。
「ふぅ……よーやく追いついた……」
 その後ろから、ゴースがやっとのことで追いついてきた。
「うわあああ、来たあああっ! ――って何だ……ゴースだったんですか……」
 悠はほっと胸を撫で下ろした。
「だーかーらー悪気はなかったんだって! 人の話聞けよな!」
「何で人と話する時に、あんな恐ろしげな姿してたんですか……」
「一応敵かもしれねぇから、警戒してたんだよ! ありゃ『ナイトヘッド』だ。ほら、タネが分かれば怖くもなんともねぇだろ?」
 思わず溜息をついてしまう悠だった。
 それから、ふと疑問に思う。
 このゴース、口調がどこからどう考えても、男の人のそれ。
 なのに、男にしては、声がやたらと高いのである。
「……どした? 人の顔じろじろ見やがって、何考えてんだよ」
「あ、いや、何か……声、高いなって、思ったんですけど……」
 そう口にすると、ゴースは、当然だろと言わんばかりに顔をしかめた。
「俺は女だが?」
「!?」
 悠、絶句。
「あの……」
 話に入りかねていたジュプトルが、2人の会話が途切れたのをきっかけに、おずおずといった様子で声をかける。
「何ですか?」
「皆さんの名前……教えてくれませんか?」
 ジュプトルはそう言うと、少し洟をすすった。
 なんとなく、彼ともゴースとも付き合いが長くなりそうな気がする。悠は、自己紹介をしておくことにした。ゴースもそれに続く。
「ああ、僕は悠っていいます」
「俺は仙崎澪亮(せんざきれいすけ)
「悠さんに澪亮さん……ですか。僕はヒメヤMkU量産型(まーくつーりょうさんがた)って名乗ってる者です。宜しく」
 ヒメヤと名乗ったジュプトルは、ようやく立ち上がった。
 それから、首を傾げて2人を見る。
「お2人は……この世界の方達、なんですか?」
「え?」
 ヒメヤの言葉の意味を取りかねて、悠は思わず聞き返した。
 だが、澪亮にはその意味が分かったらしい。「いいや」と、首を横に振った。
「俺もこいつも、ホントは人間だ。――今は、こんなナリだがな」
 ――ホントは人間?
 その言い方にひっかかりを覚えたが、すぐに答えに思い至ったので、悠は口には出さなかった。
「ぼ、僕もなんですよ! もしかして、『ポケ書』から……?」
「ああ」
 このゴースとジュプトルが、《なんでもおはなし板》の住人なのだとしたら、2人とも人間なのだろう。
 だとしたら、この世界に来るとポケモンの姿になってしまうのだろうか?
 先程「走りづらい」と感じたのは、自分が馴れないポケモンの 姿をしていたからかもしれない。
(じゃあ、僕……何の姿をしているんだろう……)



―――――――
  「たっだいまー」
  少年は家に帰ってきた。
  兄はどこかに出かけているようだ。いつもなら家で彼の帰りを待っている母親も、今日はいなかった。買い物にでも出かけたのだろうか?
 「どこに行ったんだろ? まぁいいか」
  マイぺースな性格故の、のんびりとした発言。
  彼の座右の銘は、『なんとかなるさ』だ。
  飼い猫が、少年が帰ってきたのに気付き、彼の足元に甘えるように擦り寄った。
  『ココ』という名のその猫を適当にあしらいつつ、少年は台所に向かい、コーンポタージュを用意する。それから、それを持って自室へと向かった。
  扉を開くと、棚いっぱいに並べられたプラモデルが目に入った。彼にとっては見慣れた光景であるが、他の人が見たら驚くであろう量である。
  特に気に入っているのは、バンダイミュージアムで限定発売の『ジオン十字勲章』『ジオン国旗(縮小版)』。それから机の上には、懸賞で当たった『クワトロ・バジーナ大尉専用レッドメタリックメッキ百式』の作りかけがある。
  この辺りに、少年が『ガンダムマニア』と言われる所以(ゆえん)がある。
  少年は、コーンポタージュを飲みながら机に座り、パソコンの電源を入れた。
  お目当ては勿論、気に入りのサイト『ポケ書』である。
  『ポケ書』にアクセスすると、まず更新状態を確認した。今日のところは、更新はないようである。
  それから、いつもどおりに、掲示板である《なんでもおはなし板》に入った。
  「ん……?」
  いつもと同じ、掲示板。
  なのに、今日は、何かが変だった。
  現行スレを押しのけて、無数の真っ白なスレが乱立しているのだ。
  良く見ると、立てた人間のHNは、《なんでもおはなし板》の常連ばかりだ。
  (何だこりゃあ……なりすましの荒らしか? それにしちゃあ、数が多いような……)
  その中でも目を引いたのは、スレ主のHNすら書かれていない、一番上のスレッド。
  少年は何の気もなく、そのスレの『返信』ボタンをクリックして――
――――――――



 悠が澪亮達に自分の姿を尋ねようとしたその時、遠くの方からガサガサという音が聞こえてきた。
「何だろう……?」
 ヒメヤが、辺りを見回す。
 草原の向こうに、林の入り口が見える。そこの茂みから、聞こえてくるようだ。
「他のポケモンかなぁ?」
 悠も、首をかしげた。
 分かっている限りでのこの世界の構造から考えるに、ポケモンであることに間違いはないだろう。
 彼らと同じように、現実世界からここにやってきた人だろうか? この世界のポケモンだろうか? それとも――

 ――敵。

 その可能性に気付いて、悠はどきっとする。
 そう、ロケット団やマグマ団、アクア団など、ポケモンには「敵」となる存在が付き物なのだ。
 澪亮とヒメヤも、それに気付いたのだろう。心なしか緊張しているように見える。
 もし敵であったら戦わなければいけないし、彼らにはそれに見合うだけの能力がある。
 だって彼らは、ポケモンなのだから。
 音はだんだん近付いてきて、茂みから遂に顔を出した――
「あ〜もうイヤになるっ、コンチクショー! まだ百式とZ作ってないのに! あぁもう! なんで俺がこんなっ――」
 ――気が抜けるような独り言と共に。
「ん! 何だお前ら!?」
 悠達に気付き、彼は誰何(すいか)の声を上げる。
 それは、眼鏡をかけたヒノアラシ。
「え?」
 心配していた悠は気が抜けた。凶暴な八束じゃないかという可能性も視野に入れていたのだ。
「――っておい、まさかお前も、パソコンに吸い込まれたんじゃねぇのか?」
 ヒノアラシの台詞でそうと悟ったか、澪亮が言う。
「ああそうですよ! そうですよったらそうですよ!」
 ヒノアラシはやけに気が立っているようだ。このような理不尽な現状を目の当たりにすれば、当然のことかもしれないが。
「まあそう怒んなよ。俺らだってそんなトコだぜ。――んで、名前は何て言うんだ?」
 また澪亮が訊く。
「俺? 俺はRXGHRAM。通称RXさ!」
 ヒノアラシは、長いアルファベットの羅列であるHNを一寸の淀みもなく言い切り、笑った。
 どうやら、機嫌は直ったようである。
 日和見主義というか、前向きというか。
 取り敢えず、そんなこんなで彼らは、RXという新しい仲間を迎えたのである。



――――――――
  大阪府某所で、(なにがし)という女が、学校を終えて帰宅した。今日は説明会だったため、いつもよりも早く授業が終わったのだ。
 「誰もいないけど、ただいまー」
  いつぞやのテレビ番組で、耳にした台詞だ。何となく耳に残っていたのを使っているうちに、そう言うのが普通になってしまっていた。
  彼女は自分の部屋に入ると、床の上に鞄を置く。そして、制服を着替えることもせずにパソコンに向かい、スイッチを入れた。
  そして、『お気に入り』に登録しているサイトを色々と見て回る。
  何とかというブログ、何とかというイラストサイト、それから――『ポケ書』。
  いつものように、『ポケ書』の《なんでもおはなし板》を開く。
  女はここでは「浅目童子(あさめどうじ)」と名乗り、時に卑猥な内容を含んだ下らない文章を書いている。
  いつもは他の人が立てた色々なスレッドにレスをするのだが、今日は妙だった。
  ――見当たらないのだ。
  昨日まであった、見覚えのあるスレッドが全てなくなっている。
  いや、ないのではなく、全部流れてしまったようだ。
  題名も記事もない、名前と、その名の持ち主の使っていたアイコンだけのスレッドがやたらと乱立されている。
  RXGHRAM、ヒメヤMkU量産型、といった見覚えのある名前が書かれたスレッドが大量にあるのだ。
 「荒らしか」
  それならば放っておくのがルールというものだが、この時ばかりは何故か、レスをしたい衝動に駆られた。
  文句を言いたいわけでも、説教をしたいわけでもないが、どうしても見過ごすことが出来ない。
  とりあえず一番上の、名前も、どういうわけかアイコンすらもない完全に真白なスレッドにレスをしてみることにした。
  返信ボタンをクリックして――――その、刹那。

  女――浅目童子の視界で、全ての色が反転する。視線が天井を捉える。自分が倒れこんでいると分かるのに、時間はかからなかった。
  落ちていく身体。深い、深い、底の見えない漆黒の常闇へ――。

  電気も点いておらず、遮光カーテンのために外の光も届かない、昼間だというのに真暗な部屋。
  唯一の光源は、電源の点いているパソコンのディスプレイだ。その画面には、『ポケ書』の《なんでもおはなし板》が映っていた。
  二つ目のスレッドには題名はなく、内容もない。
  ただ、ポケスペのイエローのアイコンだけが映っている。
  名前のところには、「浅目童子」と書かれていた。
  ディスプレイの前では、勢いがついてくるりと回っている、回転式の椅子。
  1つ回り、2つ回り、そこで勢いを失って、椅子は止まった。
  部屋から動きを有するものが消え、椅子に座っていた女の姿は、そこになかった。
――――――――



 ところ戻って、ポケモン達の世界。
「あぁ、君がRXさんね」
 聞き覚えのあるHNに納得したらしい、澪亮がしきりと頷いている。
 ――納得したのは恐らく、掲示板上での性格と現実の性格の一致であろう。
「ああ、そーだけど……それで、さっきから思ってたんだけどそちらさんはどちらさんで?」
 眼鏡をずりあげて問うRXに、澪亮は舌の先を見せて、ちらと笑った。
「あぁ? 俺? 俺は澪亮だよ〜ん」
 今度は、RXが納得する番だった。細い目を更に細めて、苦笑に近い笑いを見せる。
「あ、やっぱり……」
「え? 何ソレ? どういう意味だィ、RXクン」
「や、特に意味はないけど……まんまだなぁとか思ったわけさ」
 2人が丁々発止(?)のやり取りを繰り広げている。
 悠とヒメヤは、顔を見合わせて溜息をついた。

 ――その時、だった。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 悲鳴が辺りに響き渡った。

 どうやら、先程RXが出てきた森から、聞こえてくるようである。
 突然の悲鳴であっけに取られる悠達の目の前に、1体のメリープが飛び出してきた。
「無理無理っ夢だって! ポケモンとかうあああ――――はっ!」
 悠達の姿に気付いて、メリープは文字通り飛び上がると、直立不動の姿勢をとる。
 相当に混乱しているのが、見て取れた。
「私以外にもポケモンがいた!」
「って、あんたも『ポケ書』から来たのか?」
 澪亮が気さくに話しかける。
 その様子に幾分か安心したのだろう、メリープは少しだけ身体の力を抜いた。
「は……はい。あ、あの……コレ、夢じゃないんですかぁ……?」
 今まで出てきた中では、最も全うな意見である。
 しかし、残念ながらその可能性はない。悠は、黙って首を横に振った。
「え、えーと……貴女の名前は?」
 メリープを落ち着かせようと、ヒメヤが質問をする。
「あ、ひこです。……あの、あなた方はどちら様で……?」
「また被害者が増えた……」
 悠は肩を落とした。
 未だ状況を飲み込めていないメリープ――もとい、ひこに今までの成り行きを教える。
 半信半疑といった様子だったが、理解は出来たようだ。話し終えると、ひこは小さく頷いた。
 それから、一行は改めて話し合う。
 とにかく、ここで突っ立っていても仕方がない。先に進んでみよう、という結論に至った。手始めに、RXとひこが出てきた森へ向かうことにする。
 そして、いざ森へ向かおうとした時、皆の前に一体のポケモンが現れた。



 川のほとりであった。
 地面はぬかるんでおり、川の流れも淀んでいる。川というよりは沼のようだな、と彼女は思う。
 そこを歩いている彼女は――人、である。
 この世界を、人の姿で歩く者がいる。
「『泥の死仮面』をやりたかったんだがなぁ……。ここでは『如月左衛門』とでも名乗るか」
 などと呟きながら、彼女は歩を進める。
 その口元は、心なしかほころんでいるようである。
 愛読書は山田風太郎の忍法帖だ。
 それは浅目童子である。



――――――――
  その男は一日の仕事を終えて、ぐったりと自宅の椅子に座っていた。特に今日は担当が新しくなり、いつも以上のハードスケジュールを強いられた後だ。疲れも一入(ひとしお)である。
  「疲れた……体が綿のようだ……」
  このまま寝入ってしまいたいところだが、パソコンだけは開く。大好きなヒーローソングを聴きながら『ポケ書』を見ないことには、一日が終わった気がしないからだ。
  彼はいつものように、《なんでもおはなし板》に入る。
  そして、目を(みは)った。
  「何だ、これ……荒らしがこんなに……」
  乱立する、件名と内容のないスレッド。一番上には、件名どころかHNもアイコンもないスレが。
  そしてその下には、見覚えのあるHNと、その人が使っているアイコンのスレッドが。
  (ひこさんに浅目さんにRXさん、ヒメヤさんに澪亮さん……?)
  「どうなってるんだ、荒らしにしては結構手の込んだ……」
  思わず、独り言が漏れる。それ程、彼は驚いていた。
  マウスが動き、カーソルが「返信」ボタンへと向かう。
  彼が動かしているのだから、この表現は間違っているかもしれない。けれど何故か、自分で動かしているのに、その実感がなかった。
  荒らしを見つけても、返信してはいけないというのは当然のネチケットだ。
  頭では、分かっている。
  それなのに、男の手は、気付いたら一番上の真っ白なスレッドの所まで、マウスを動かしていた。
  カチリ。
  ヒーローソングが流れる部屋に、マウスをクリックする異質な音が響く。
  ぐらりと、世界が揺れる。彼の意識は闇に呑まれて――
――――――――



「うーん…………あれ?」
(あのスレッドにレスしようとして……。いけない、いつの間にか寝入っちゃったのか……)
 男は目を覚まし、身体を起こす。

 ――が、何か様子が変だ。

 身体の感覚が、いつもと違う。身体の内で炎が燃え盛り、それが自らの力となってゆくような、奇妙な温かさ。
 それに、もっと物理的な問題として、変な気がする。
 身体が傾いているのに、それが一番楽な体勢で。上手く言えないのだが、何かが――
「そうか、これはきっと夢なんだな」
 夢の中なら、「変」であっても「おかしく」はない。
 ぼんやりとした頭でそんなことを言いながら、男は辺りを見回す。
 ――しかし、悠長なことを言っている余裕は、すぐに消失した。
「あーん? 何だお前は? いきなり人の頭の上に落ちてきやがって!」
 その男のいる所は――よりによって、ハガネールの頭の上!
 しかも更に悪いことに、そのハガネールはいかにも機嫌が悪そうな顔をしているではないか。
「う、うわー! 何でこんな所に!? っていうかハガネールって……えぇぇぇ!?」
 男は慌てて、辺りを見回す。
 足元に見える、銀色に光る鋼鉄の身体。
 その上で踏ん張っている足は――ふかふかした、オレンジの体毛に覆われていた。
「……えええ!?」
 ご丁寧に、前足まで存在する。先程の奇妙な感覚は、自分が4つ足で立っていたからなのだ。
「これ、もしかして……」
 飲み込みの悪かったその男にも、ようやく事態が分かってきた。その男は1匹のブースターに変身してしまっていた。
 夢に見ていた『変身』が出来た……ヒーロー好きの彼のことである。「本当の『夢の中』」ならば、喜べたかもしれない。しかし、これではまるで『変心』である。喜んでいる暇などない。
「失せな! 目障りだ!!」
 ハガネールはそう言うが早いか、頭を大きく振ってガムを振り落とす。
「うわっ!」
 馴れない身体で受身を取ることもできず、地面に転がったガムに追い討ちをかけるように、『アイアンテール』を放った。
「ひいっ!!」
 ガムは何も考えられなくなり、気が付いたら逃げていた。
 戦おうなどという考えは、全く起こらなかった。
 いくら相性がいいといっても、ゲームで命令を出すのと実際に自分で戦うのとは大違いだ。経験的に見ても、こちらの不利は明らかである。
 ――もっとも、そのような考察をすることが出来たのは、ハガネールから逃げ切り、ほっと一息ついた後のことだったのだが。

「これから、どうしよう……」
 ガムは、戸惑いながらも草原を歩いてゆく。
 もしこれが夢でなく、自分が正真正銘ブースターになってしまったのだとしたら……まずは、強くなることである。
 他のポケモンとバトルして、経験値を溜め、強くなるのだ。
 レベル的な強さだけではなく、バトルを重ねることでこの身体に馴れ、戦闘に馴れて強くならねばならない。
 ポケモンのゲームを始めた者なら、まず誰しもが考えること。
 実際ガムだって、そうして何十体ものポケモンを強くしてきた。
 けれど、自分で戦う段となると、本当にそんなことが出来るのかどうか、という一抹の不安もよぎるわけで。
「はぁー……」
 溜息をつき、俯く。
 ――その視線が、小さい何かを捉えた。
「?」
 前足で、2、3回つついてみる。硬くて丸い、緑がかった何か。小石ではないようだが……。
 それを見ながらガムが思い出したのは、ポケモンのゲーム画面だった。これと似たものを、ゲームのどこかで見た気がする。何だったか――。
「あ…………『ラムのみ』、か……?」
 そう。それは、『ラムのみ』だった。
 異常状態を回復する効果を持つ木の実である。持っていて損はないだろう。
 口に咥えて、ガムはどう持とうかと思案する。人間ならばポケットにでも入れて持ち歩けばいいが、ポケモンとなると話は別だ。
 あれこれと試した挙句、首の周りのふさふさした毛に(うず)めておくのが1番だという結論に至る。
 そうして、ガムはまた歩き始めた。
 こうして歩いていれば、元の世界へと戻る手がかりが見つかるかもしれないから――。

 と、少し先の方から、何やら話し声が聞こえてきた。
「――そうなんスよ! 俺、百式作りかけのまま置いてきちまって……あーもう!」
「そうなんですか。実は僕も、ハヤテライガー作りかけで……」
 モビルスーツと、ゾイドの話題?
(も、もしかして……僕以外にもこの世界に来ちゃった人間がいるのか!?)
 とにかく、声のする方に行ってみよう!
 まるで恋人にでも会えたかのような心境で、ガムはそちらへと駆け出した。



 という経緯があって。
 悠達の前に現れたのは、一匹のブースターだった。
「あの、皆さんもここに迷い込んだんですか?」
 ブースターは、息せき切ってそう尋ねる。何だか、とても嬉しそうだ。
 もしかして、仲間を探していたんだろうか?
 そう思いながら、悠は頷いた。
「あ、はい。そうですけど……あなたは誰ですか?」
「ああ、僕はネット上ではガムと名乗ってます。宜しく!」
 明るい口調で、ブースター――もとい、ガムはそう答えた。
 その名前には、悠達も聞き覚えがあった。やはり、《なんでもおはなし板》の住人である。
「ガムさんもこの世界に来てたのか……」
 呟くように、澪亮がそう言った。
「百式がZが百式がZが百式がZが百式がZが百式がZが百式がZが百式がZがMGの百式がZが百……」
「ハヤテハヤテハヤテハヤテハヤテハヤテハヤテハヤテハヤテまだ組んでないハヤテライガーライガーライガーライガー……」
 よほど残してきたプラモに未練があるのか、RXとヒメヤは延々とそう繰り返していた。
「あのぉ……大丈夫ですか、2人とも?」
 ひこが声をかけるが、その問いに対する答えはない。
 悠がひこの背を叩き、仕方なさそうに「放っときましょう」と言った。



 ガムを加えた一行は、森の中を進んでゆく。
 しばらく行くと、急に視界が開けた。
 泉に出たのだ。
「おおい、ここで休憩しねぇか?」
 澪亮の提案に、一同は同意する。
 泉の水を飲む者、腰を下ろす者――。
(そういえば、僕は何になってるんだろう?)
 先程訊きそびれていた疑問が、頭をもたげてきた。ここなら、確認できるだろう。
 悠は泉を覗き込む。
 そこには、波で少しゆがんだワカシャモの姿が映っていた。
「ふーん……僕は、ワカシャモになってたのか……」
「おい」
 不意に、澪亮から声をかけられた。悠は振り返る。
 親指で皆の方を指し示し、彼女は続けた。
「あんた、ヒメヤさん以外に名前教えてなかったろ? 皆知りたがってるぞ、お前の名前」
「あ……そっか、そうでしたね」
 悠は振り向いて、皆と向き直る。
「僕は悠といいます。宜しく」
「悠さん……見たことないHNだな。新しく来たんですか?」
 ガムがそう問いかけた。
「ええ、まあ……そんなとこです」
 少し照れたように、悠が答える。皆が自分に注目しているというこの状況が、少し気恥ずかしいらしい。
「それにしても……私達、どうしてこんな世界に来てしまったんでしょうか……」
 ひこが、たまたま近くにいたRXを見てそう言った。
 RXは小さな手で頭を掻いて、むうと唸る。
「そんなん、俺に訊いたって分かる訳ないっしょ……」
「ですよね……すいません」
「で、でもとにかく、元の世界に帰る方法、探さなきゃいけないですよね」
 2人の間を取り成すように、悠が言った。
 澪亮も頷く。
「皆、『ポケ書』から来たってのがキーポイントになりそうだな」
 彼女がそう言った時、後ろからガサガサという音が聞こえてきた。
 また、迷い込んだ人だろうか?
「今度は誰でしょう?」
「俺、ちょっくら見てくるぜ」
 RXが様子を見に、音のした茂みへと入って行く。
 ――その、直後だった。
「って、えええええっ!!」
 RXの大声が、泉に響き渡ったのだ。
「っ、RXさん!?」
 続いて、爆発音と共に茂みから電流が飛び散った。
 RXが、横っ飛びに茂みから飛び出す。
「っぶねぇ……」
「RXさん!」
 悠達が慌てて彼に駆け寄る。
「な、何が――」
「何であいつがここにいんだよっ!」
 ガムの台詞を遮って、RXが吼える。
 彼の視線の先、茂みから姿を現したのは――――人間。
 人間がポケモンに変わってしまう世界に何故か存在するその人間は、彼らがよく知っている、少年だった。

 ポケモンアニメの主人公、サトシだった。

 アニメと同じように、肩にピカチュウを乗せて。
 けれどその顔は、アニメと違って全くの無表情。
「なっ……!」
 突然の彼の登場に、悠達は戸惑いを隠せない。表情のないという不気味さが、驚きに拍車をかける。
 サトシは一同の驚きなど意にも介さぬ様子で、右手を振り上げる。
 彼らを指差して、口を開いた。
「ピカチュウ、『10まんボルト』!」
 いつもは、悪のロケット団に天誅を下す際に発せられる、この言葉。
 しかし、今度ばかりはそうではなかった。
 ピカチュウがサトシの肩から飛び出した。その頬から火花が飛び散り、電気が瞬く間に増幅される。
「ピー……カー――」
 皆のアイドル、電気ねずみの電流は――
「チューーっ!!」

 悠達に向かって放たれた!

「っ……皆、逃げろ!」
 戦うより前に、逃げることが浮かぶ。ポケモンとしてはあるまじき行為であろうが、元人間である彼らに、突然戦えという方が無理な話なのだ。
 彼らは逃げ出すが、『10まんボルト』は執拗に追いかけてくる。
「わっ!」
 電撃が地面に炸裂し、土を大きく抉り取る。
 間一髪で逃れた一同は、再び走り出す。
 ――ポケモンの、本能であろうか。危機に直面したときの瞬発力は、人間のときより格段に上がっている感じがする。
 だが、その能力を使いこなして戦うには至っていないのが現状だ。
 林を抜け、再び草原へ。しかし、逃げても逃げても、ピカチュウはどこまでも追ってくる。
「くっ……こうなったら……っ」
 砂埃を巻き上げて、ガムが急停止をかける。
「ちょっ、ガムさん何を――」
「やるだけやってみます!」
 彼の大好きなヒーローは、こんな場面で逃げ出したりは、決してしないから。
「食らえっ、『かえんほうしゃ』!」
 ガムが口を膨らませると、大量の炎を吐き出す。
 炎はまっすぐピカチュウへ――
 ――と思ったら、途中から軌道がずれ始め、ピカチュウに届く頃には完全に左にそれてしまっていた。
 不慣れな技で、コントロールがなっていないのだ。
 ピカチュウは難なく炎をかわすと、もう一度『10まんボルト』の体勢を取る。
「まずい、このままじゃ――」
 悠の焦る言葉を遮って、ピカチュウの電撃が一直線に走る。
 先程よりも早い。
 避けられない――!

 と、その時、突然目の前に、輪の形の光が現れた。

「!?」
 光は空中で、くるりくるりと回る。
 その中心に見える景色がぐにゃりとゆがんだかと思うと、そこから誰かが落ちてきた。
 悠達の目の前に、その「誰か」がふわりと着地する。
「あ、危ない!」
 『10まんボルト』が、その目の前に迫って――

 まるで、最初から電撃などなかったかのように、さっと掻き消えた。

「え……」
 悠達だけでなく、電流がぶつかった当人も驚いているようだ。戸惑いの色を浮かべて、辺りを見回す。白いスカート状のものが、動きに合わせてふわりと揺れる。
 そこに立っていたのは、1体のサーナイトだった。
 光の輪は、いつの間にか消えている。悠達も、あのような光から出てきたのだろうか?
 あのような現れ方をした以上、新たな「被害者」であることに間違いはないだろう。
 サーナイトは悠達に気付き、驚いた顔で首をかしげた。
「え……ポケモン!?」
 目を白黒させているサーナイトに、ヒメヤが近寄る。
「詳しい説明は後でします! 取り敢えず――身体、何ともないですか?」
「え、あ……は、はい……」
 訳が分からないながらも、サーナイトは頷いた。確かに、無傷ではあるようだ。
 いくらレベルが高くても、あの『10まんボルト』を食らって全くの無傷、は不可能だろう。
 『まもる』や『みきり』があれば、あるいはそれも可能かもしれない。だが、現実世界からやってきたばかりで状況の分かっていないサーナイトが、そのような技を発動していたとは考えにくい。
 だとしたら……考えられる可能性は、ただ1つ。
 すなわち、あの電流は、『存在しない』。
「ガムさん、あのピカチュウ、ギリギリまでひきつけられますか!?」
 ガムは頷く。が、ひこがその言葉を遮った。
「ちょっ……それって、危なくないですか!?」
 大丈夫だ、とヒメヤは頷く。
「僕の考えが正しければ……あの電撃、当たっても痛くもなんともないはずです」
「分かりました」
 ガムは、もう一度ピカチュウと向き直った。
 先程出会ったばかりなのに、何故かヒメヤの言葉に、全幅の信頼を寄せることが出来た。
 彼ばかりではない。この場にいる皆と、奇妙な連帯感のようなものが生まれているのが、何となく分かる。
 この関係には、きっと、「仲間」という言葉こそが一番相応(ふさわ)しい。
「さあ、来い!」
 ピカチュウは、悠へ向かって走る。その頬袋に、大量の電気を帯びさせて。
 2体の距離が、みるみるうちに縮まってゆく。その距離と反比例するように、ピカチュウが蓄えている電気は増幅して――
「ピーカー……チューッ!!」
 彼に向かって、放たれた。
 だが、ガムは逃げようとしない。電流がガムを包み込んで、
 そして、先程と同じように、掻き消えた。
「今だ!」
 今度は、ガムが仕掛ける番だった。
 ピカチュウへと向かって駆ける。
 その口に、灼熱の炎を含んで。
「『かえんほうしゃ』!」
 ガムの予想外の行動にピカチュウは驚いたか、戸惑う様子を見せる。
 その隙を逃さず、ガムは『かえんほうしゃ』を発射した。
 2体の距離は、互いが縮めあったせいもあって僅か数十センチ。
 ここまでの至近距離なら、外すはずもなかった。
 ピカチュウの姿が、まるで陽炎(かげろう)ようにぐにゃりと歪む。
 そして、ピカチュウの姿もまた、電撃と同じように消えた。
「は……どういうことだぁ!?」
 澪亮が素っ頓狂な声を上げ、頭を掻く。
「つまり、幻だったんですよ。あのピカチュウも、電撃も」
 眼鏡をずり上げ、ヒメヤがそう言う。
「けど、俺が最初に電撃食らいそうになった時、爆発が――」
 RXの言葉に答え、彼は続けた。
「僕らが敵に回しているのが、幻を見せることが出来る相手なら、視覚はいくらでも誤魔化せます。それに、幻を見せながら別の技を繰り出せば……」
 ダメージを与える攻撃は、可能。
「なるほど……それなら確かに、いけますね」
 サーナイトの登場だけでそこまでの考察をしてのけたヒメヤに、悠は感嘆の視線を向ける。
 だが、ヒメヤの表情は、真剣さを崩してはいなかった。
 事実関係と、何より彼のその表情が、「終わっていない」ことを如実に物語る。
「んで、その元凶ってのは多分……アレ、だな」
 にやりと怪しげに笑いながら、澪亮が目を向けた先。
 ピカチュウが消えたその向こうに、2体のポケモンが立っていた。
「うひょひょ、結構早くバレるものですねぇ」
 腕組みをしながら薄ら笑いを浮かべ、そう言うのはスリーパー。
「そりゃそうだよ、向こうだってそこまで馬鹿じゃないさ。あんな子供だまし、バレない方がおかしいよ☆」
 彼の台詞に、不必要なまでのハイテンションさで答えているのはルンパッパだ。
 スリーパーは、相手に『さいみんじゅつ』をかけるのが得意なポケモンだ。それによる幻覚を見せることなど、朝飯前だろう。
「おい、お前ら! 何の為に幻覚だなんてまどろっこしーことを!」
 RXが、苛立ちの隠しきれぬ声で言う。
「うひょひょ、用心のためですよ。貴方達の実力が分かりませんからね、念の為動揺させておいて、そこを襲う作戦だったのですが……」
 『幻を見せることが出来る相手なら、視覚はいくらでも誤魔化せる』。
 ポケモンアニメの主人公・サトシの幻に彼らを襲わせることで動揺を誘い、その幻覚にまぎれて攻撃を仕掛けようとした。
 彼らが悠達に幻覚を見せた魂胆は、そこにある。
「あの、貴方達は、一体……」
 ひこが尋ねると、「良くぞ訊いてくれた」と言わんばかりにルンパッパは両手を広げた。

「僕らはね、異世界から来たキミ達『ポケ書』の住人を、始末しに来たんだよっ☆」

 始末する。
 アニメやゲームの中でしか、聞いたことのない台詞。
 しかも、敵役が口にするものとしてはかなりベタだから、彼ら全員が、その意味するところくらいは充分分かっている。
 ……が、「分かっている」ことと、「実際に言われる」こととは全くの別物であって。
 自分達がその言葉を言われる立場になるとは、露ほども思っていなかった。
 スリーパーとルンパッパが自分達を倒しに来た、と理解するのにたっぷり5秒はかけてから――
 悠達の間に、どよめきが起こった。
「何で!?」
「嘘だろっ!」
「まだ百式も組み終えてないのにっ!」
「RXさんっ、もう百式はいいですから!」
 現れたばかりのサーナイトも、今の彼らの台詞で何となく事情は飲み込めたようだ。
 彼女もまた、『ポケ書』から来た人間なのだから。
「あの、ここにいる皆さんは『ポケ書』の皆さんってことでいいんですね?」
「そうだけど……話は後ですっ! 取り敢えず――」
 言いかけた悠の台詞を引き継いで、サーナイトはちらっと笑顔を見せた。幾分か、強張ったものではあったが。
「――今は戦えばいい、ですね? 私は(あい)といいます」
 そう名乗ったサーナイトは、再びスリーパー達へと視線を向けた。
 ――が、すぐにその視線を、今度は空へと向けなければならなくなる。
 身体に、水滴が当たるのを感じたからだ。
 ――――雨。
 今まで晴れていたはずの空から小雨が降ってきたのだ。
 そしてその小雨は、すぐに土砂降りへと変わる。
「うわっ」
 炎タイプである、悠、RX、ガムの3人は、雨を嫌がる素振りを見せる。
 身体が、水を拒否するのだ。
 感じたことのない感覚が、身体を駆け巡る。喩えるなら、水の中に無理やり押し込まれた油の感覚、とでもなるのだろうか。
「『あまごい』完了だよ〜☆」
 ルンパッパの声が、雨が地面を打つ音の中に響き渡る。
 真面目さは微塵も感じられない台詞だったが、状況は深刻だ。
「…………誰の命令だ」
 澪亮が、低い声で尋ねた。
 彼らが、彼らの独断で悠達を倒しに来たとは、どうしても思えなかったのだ。
 ――彼らの背後には、何かがある。
「うひょひょ、それは言えないですねぇ」
 スリーパーはそう言って、三日月形の瞳を更に細くして、笑っただけだった。
 ルンパッパが、地面に手を当てる。
 その背後の土が見る見るうちに盛り上がってゆく。
 そして、地面が破裂する音と水が噴き出す音を盛大に立てて、大波が地面を割って出現した。
 『なみのり』、だ。
 大波を背後に従えて、スリーパーとルンパッパは顔を見合わせ、厭な笑い方をした。
「うひょひょ、冥土の手土産として言っておきましょうかね」
「うん、キミ達に教えてあげるよ、とても残念なお知らせをね☆」
 2人は声を揃えて――

「この世界で死ぬと、2度と元の世界に戻れない」

 残酷な事実を、悠達につきつけた。
「っ!!」
 言うまでもなく動揺を(あらわ)にする悠達に、大波が襲い掛かった!
「よーし行けぇ、僕のビックウェーブっ☆」
 『あまごい』により通常より威力を増した大波は、悠達を軽々と呑み込んでもまだ余るほどの高さを誇っていた。
 これほど大きな波では、逃げることは不可能。
 大波が、悠達をあっという間に飲み込んで――

 水が引いた時、そこには元気な彼らの姿があった。

 ――いや、一概に元気とは言い難いだろう。炎ポケモンである悠達3人は、既に疲れきった表情を浮かべている。
 だが、まだ自分の足でしっかり立っているところを見ると、ダメージは最低限に抑えられているようで。
「あれれ? どーして!?」
 少なからず驚くルンパッパ。
「おかしいですねぇ。さっき逃げ惑っていたのを見ると、頭はそこそこ働くようでも、戦力はほとんどないに等しいと思ったのですが……」
 そこで、スリーパーはルンパッパを軽く()めつけた。
「貴方……まさか、手加減はしてないですよね?」
 ルンパッパは、その大柄な身体をぶんぶんと左右に振る。首を振っているつもりらしい。
「そ、そんなことするわけないじゃん! あれぇ、おっかしいなぁ……」
「おかしくなんか、ありませんよ」
 そう言ったのはヒメヤだ。
 ルンパッパは彼を見て、「そっかぁ」と呟く。
「僕は草タイプです、水技はほとんど効きませんよ」
 それから、ちらと後方を振り返る。
 そこには、ひこと澪亮、それに愛の姿が。
 ひこと澪亮相手なら、水技のダメージは通常通りだ。更に、愛の『サイコキネシス』が、大波を防ぐ楯となった。
 4人が悠達を庇って立ち、ダメージを最低限に抑えたのだ。
「だから生きてたんですね。うひょひょ、機転は利くようです」
「よぉし、今度は逃がさないぞっ☆ もう一度――」
 言いかけて、しかしルンパッパの口は止まる。
 それは――約1名の瞳に宿る、尋常でない光に気付いたから。
 「狂」という字がよく似合う、本気の殺意の灯る瞳。
 澪亮が、彼らを睨みつけていた。
「貴様ら……俺を倒そうなんざ百万光年早ぇんだよ」
「ちょっ、澪亮さんそれ距離の単位……」
 悠のツッコミにも、全く耳を貸していない。
 それほどまでに、彼女の怒りは大きかった。
 確かに、突然理不尽に攻撃されれば誰だって怒る。
 ただ、澪亮の場合は彼女の気性が手伝ってか――その程度が、普通に比べて過剰だった。
「いきなり出てきて攻撃か、いい身分じゃねぇか。ただ、敵に回した相手が悪すぎたことに気付くべきだったなぁ……。俺を狙ったことを――」
 彼女は大きく息を吸い込むと、
「――死で償え!!」
 その途端、ものすごい力が澪亮の身体から発散された。
 風圧のようだが風ではなく、波動のようだがそうでもない。
 澪亮の姿が、その力を受けて見る見るうちに恐ろしいものへと変貌していく。
 この技を見たことのある悠だけが、状況を理解する。
 これは、『ナイトヘッド』だ。
「食らえぇっ、『ナイトヘッド』!」
「エェェェェ!?」
「ぶべらっ!!」
 スリーパーとルンパッパは『ナイトヘッド』の直撃を食らい、後ろへと吹っ飛ばされた。
「ぐ……今のはなかなか……効きましたね……」
 頭を左右に振りながら、スリーパーが立ち上がる。
 その隣でひっくり返っていたルンパッパは、反動をつけてぴょんと起き上がった。
 『ナイトヘッド』は、レベル分のダメージを与える技。たとえ澪亮が強くても、この世界に来たばかりだとしたら、その強さは知れた範囲だろう。
「よぉし、もう一度だ☆ 今度は逃さないぞぉ!」
 ルンパッパは手を上に振り上げ、『なみのり』を発動するべく地面に振り下ろそうとして――、
「うおおおおおおおおおっ!」
 彼の行動を遮るように、ヒメヤが飛び出した。
 この訳の分からぬ世界で、死んでしまうことが本当に現実世界での死と繋がるのだとしたら。
 勿論そんなのは、真っ平ゴメンだった。
 この世界が何なのかを調べて、元の世界に帰る方法を探す。その為にも、こんなところで倒されるわけにはいかないのだ。
「こんなところで、死んでたまるかぁっ!!」
 ヒメヤの両腕に付いた葉が大きく伸び、刃へと変わる。
 それを大きく振りかざして、ヒメヤはルンパッパへと突進した。
 ジュプトルは、元々素早さの高い種族だ。身体の動かし方に慣れさえすれば、その不意打ちを避けることなど、不可能となる。
「『れんぞくぎり』!」
 『れんぞくぎり』は、虫タイプの技。草タイプを持つルンパッパには、効果は抜群だ。
 目にも留まらぬ速さで繰り出される斬撃が、ルンパッパに襲い掛かる。
「わわわっ! ぐわぁぁぁっ!!」
 ルンパッパは避け切ることが出来ず、ヒメヤにダメージを食らわされながら、徐々に後退してゆく。
 技名通り連続攻撃を繰り出すヒメヤの攻撃の手は、一行に緩まなかった。
 先程まであんなに動かしにくいと感じていた身体が、まるで羽のように軽い。
 それは、ポケモンとしての戦闘本能が、身体を動かしているからかもしれなかった。
「跡形もなく砕け散れええええっ!!」
 どこかで聞いたような台詞を叫びながら、最後の一撃をルンパッパに叩き込む。
「わひいいっ!」
 ルンパッパは遥か後方へと弾き飛ばされた。
「も……もっと経験値上げてから来ればよかった……ガクっ」
 立ち上がりかけた姿勢のままふらつくと、ルンパッパはそのまま後ろに倒れ、気絶してしまった。
「い、今あの人、口で『ガクっ』って言いました……?」
 おずおずとツッコむひこ。
「うひょひょ……形勢逆転ですねぇ……。これ以上、負けるわけにはいきませんよっ!」
 スリーパーが、ヒメヤに『ねんりき』を食らわせる!
「わああっ!」
 不意をつかれ、ヒメヤはあっという間に吹っ飛ばされてしまった。
 後方にいた悠に衝突し、2人してひっくり返る。
「ひ、ヒメヤさんっ! 悠さん!」
 RX達が、慌てて駆け寄る。
 その隙に、スリーパーは何と彼らに背を向けて、走り出したではないか。
「っ! あいつ……」
「うひょひょ、逃げるが勝ちです!」
 悠が立ち上がり、スリーパーを追おうとする。
 両者の間へ――誰かの影が、割って入った。
「!?」
「逃がすか、『おいうち』を食らえ!」
 影はルンパッパの背を掠めたかと思うと、宙で1回転して悠のすぐ側へ着地する。
「あ……それでは私は倒れます……」
 謎の台詞を言いながら、スリーパーは横様に倒れた。
 悠は、隣に立っているそのポケモンの方を仰ぎ見る。
「ふぅ……」
 そこにいたのは、ストライクだった。
 ストライクは悠の方を見て、僅かに微笑む。
「危うく逃がすところだったな」
「あ、ああ……ありがとうございます……」
 呆然としている中で、悠は何とかお礼の言葉を絞り出す。
「ところで、貴女は?」
 何とか起き上がったヒメヤに問われ、ストライクは頷く。
「ああ。私は如月左衛門…………いや、浅目童子だ」
 彼らにとっては、この名もまた、聞き覚えのあるものだった。
「浅目さんもここへ……」
 ヒメヤが静かに呟く。
「そっか。――俺達もそうなんだ、『ポケ書』から来たんだぜ」
 澪亮の言葉に、浅目は「だろうな」と応じた。
「取り敢えず、皆どうしてここに来たのか、どうすればいいのか話し合いませんか?」
 悠が言う。ようやく、流れの主導権を取り戻したようだ。
 一同が頷くのを見ながら、しかし悠は微妙な心境であった。
「それにしても……僕って主役だよね? 何でこんなに目立ってないんだろう……」
 呟かずにはいられない彼だった。




 部屋は薄暗く、天井から下がる裸電球のみを光源としていた。
 硬い石の壁が、その鈍い光を受けて、冷たく光っている。
「ぐ……」
 (うめ)きにも似たその声が閉じられた空間に響き、石の壁に吸い込まれて消えてゆく。
 天井から、壁から伸びる何本もの鎖が、互いに(こす)れて耳障りな金属音を立てる。
「くそ……放せ!」
 鎖に繋がれているのは、アーマルド。
 全身に冷たい鈍色(にびいろ)の鎖が食い込み、強固なはずの装甲がところどころひび割れている。その様子は、この部屋に繋がれたのが今日昨日の話ではないことを物語っていた。
 それでも、アーマルドは必死の様相で抵抗を試みる。
 その瞳は怒りの色を(たた)えて、少しも揺るがずある1点を見つめていた。
「僕を、どうするつもりだ……!」
 アーマルドの視線の先――部屋の端の暗がりで、大きな陰がゆらりと動いた。
「どうするか、だと……?」
 竜種であることを窺わせる屈強な翼が開く。その音が木霊(こだま)して、不穏な音が部屋に満ちた。
「勿論貴様には、そのうちに死んでもらおうか――――ソアラ」
 この状況には似つかわしくないほどの、静かな声音。
 それと対照的に、ソアラと呼ばれたアーマルドの語気は激しさを増してゆく。
「でも何故、掲示板の皆を巻き込むんだ! 『ポケ書』が悪いというのなら、僕1人で充分じゃないのか……!?」
 暗がりでよく見えなくとも、陰が首を左右に振ったのが分かった。
「悪いが、ポケモンとして俺は彼らをのさばらせておくわけにいかんのだ。ポケモン世界の秩序を保つ為にも――」
「やめろ!!」
 ソアラの怒号が飛ぶ。
「そんなこと、させられるかっ!」
「止められるものなら、止めてみたらどうだ?」
 陰にそう言われ、ソアラはぐっと言葉に詰まった。
 狙われている《なんでもおはなし板》の住人達は、自分達が狙われていることを、その理由を、知らない。
 それを教えたくても、自分は拘束されており、ここから動くことが出来ない。
 自らの無力を噛みしめて、ソアラは黙り込むしかなかった。




 皆で考えたのだが、結果として結論は出なかった。
 悠は溜息をついて、空を振り仰ぐ。
「やっぱり、何も分かりませんよねぇ……」
「そりゃそーだろ。情報が少なすぎる」
 澪亮がそう応じて、悠の頭上をくるりと一周した。
「俺達は《なんでもおはなし板》を開いて、一番上の真っ白なスレッドにレスをした。その結果としてパソコンに吸い込まれ、今ここにいる……」
 彼女の言葉を、愛が引き継いだ。
「レスした人の名前は、新しいスレッドとなって掲示板に書き込まれてました。その意味は、分かりませんけど……」
「結局、何にしたって『何故』の部分が全く分かんねぇわけだ」
 完全に、お手上げだった。
 悠は、ちらりと隣を見る。
 彼の隣――そこで、RXが伸びていた。
 うつ伏せになり、あー、とも、うー、ともつかない声を上げている。
 そして時折、
「腹減った!」
 などと叫ぶ。
「RXさん、大丈夫でしょうか……」
「あー……多少水を浴びたんで、変になったんじゃないですか?」
 ひこの問いに、明らかに適当な答えを返すヒメヤ。
 ただ、「食べ物が欲しい」というのは、全員共通の欲求だった。
 不慣れな戦いをした後だからなのか、空腹で空腹で仕方がないのだ。
「取り敢えず、先へ進みませんか?」
 ガムがそう提案した。
「いつまでもここにいても、何も分からないだろうし……。だったら、元の世界に戻る手がかりを探す為にも……」
 言いながら、彼は隣にいた浅目を見上げる。
 彼女も、「それがいいだろう」と頷いた。
「今は、先へ行くのが得策だろうな。――それに、探せば食べるものも見つかるかもしれないぞ?」
 苦笑してそう言う浅目。
 彼女の言葉を聞いた瞬間、RXが跳ね起きた。
「行く行く! 行こうぜ! 食いモンだっ、ひゃっほぉーぅ!」
 厭味(いやみ)でないRXの調子の良さに、全員が相好を崩す。
 疲れきっていたけれど、全員に、笑顔が戻った。




 湖畔の林で、光が2回弾けた。
 1度目の光は強靭だった。混じり気のない白色の、まぶしい光。
 2度目の光はそれに比べれば幾分鈍く、光っていた時間も1度目に比べれば短かった。
 光が消えた後で、2人分の話し声がその林から聞こえてくる。
「あれできっと、しばらくはもつでしょう……」
「ああ。咄嗟のことにしてはよくやったぞ」
「お褒めに預かり光栄です」
 芯から嬉しそうにそう応じて、最初の声はしかしすぐに、深刻そうな様子になる。
「どうやら、次々と集まっているようですね……あの掲示板の住人は」
「そうだな」
 2人はしばらくの間押し黙る。
 やがて、最初の声がほとんど独り言のように呟いた。
「長い戦いに、なりそうですね……」
「ああ。だが、勝つのは我々だ」
「当然です」
 毅然とした態度で、最初の声はそう言い切る。そこには、迷いなど微塵も感じられなかった。
「『正義』は、私達なのですから」



「しっかし、腹減ったなぁ……」
 悠達は、手がかりを求めて草原をさ迷い歩く。
 本来なら、ここで探すべきは「元の世界に戻る」手がかりなのであろうが……。
「このままじゃ飢え死に……NO!!」
「私を綿菓子だと思って食べないことを希望します……」
 この発言は、RXとひこ。
 彼らが今探しているのは、ほとんど「食べ物」の手がかりだった。
「いやいや、さすがにそれはないですよひこさん」
「どーだかなぁ、悠さん。そこのヒノアラシとかやりかねんと俺は思うぞ」
 澪亮の発言を受けてか、ひこが心なしかRXから身を遠ざけたように思える。
 当の彼はというと、澪亮の声すら聞く余裕がないのか、しきりに「飢え死には嫌だ……腹減った」と繰り返していた。
 きっと木の実くらい見つかるから、頑張りましょう――。
 ――そう言い掛けた悠を遮るように、後ろから突如として大きな音が響いてきた。
「ぎゃん!」
 続いて、短い叫び声。
「!?」
 無防備でいたところを敵に襲われた先程の体験が、教訓として生きているのだろう。
 全員が、その音にきっとなって振り向いた。
「痛いぃ……何だよぉ、もー……」
 愛の登場時にも見た、光の輪。
 それが再び、悠達の目の前に姿を現していた。
 輪の下に倒れているのは、1体のブラッキー。
 ――登場の仕方からして、《なんでもおはなし板》の住人であることに間違いはない。
 …………新たな被害者の登場である。
「あれ……ここどこ?」
 ブラッキーは、きょときょとと辺りを見回す。そして――

 突然隣に誰かが現れたので、驚いて文字通り飛び上がった。

「うわぁ!」
 愛やブラッキーのような、鮮明な光の輪ではない。
 ぼんやりとした光の中で、少年らしき陰が尻餅を付いているのが見える。
 ――――少年?
 光が消えて、そこにいるのは果たして少年だった。
 人間が、そこにいた。
 しかもその姿は、どこからどう見ても、アニメに出てくる「シュウ」のそれで。
 ついさっきサトシに襲われた一行は、反射的に臨戦体勢に入る。
 ……だが、その心配は無用だということが、すぐに分かった。
「何や今の……パソコンに、吸い込まれた……!?」
 彼の言葉には、関西方面の(なま)りが見え隠れする。
 シュウの姿をしているにも(かかわ)らずそうだということは――日本中を、世界中を繋ぐネット上にある掲示板の住人であるということの、証左ではないか。
 警戒を解き、ひこが2人に近づいた。
「あのー……初めまして」
「…………何でメリープがおるんや?」
「あたしもそれ訊きたい……」
 言ってから、ブラッキーは隣のシュウを見、悠達を見た。シュウも同じ動作をして、ポケモンの世界に来たことを納得したようである。
「何ココ、ポケモンの世界!?」
 ブラッキーは、自らの身体を見下ろした。
「えっ、何、あたしブラッキーになってんの!? やったぁっ!!」
 尋常でないはしゃぎようである。余程ブラッキーが好きなのだろう。
 一方のシュウはというと、
「おおっ、これシュウの格好か!?」
 ――こちらも、似たり寄ったりの反応である。驚きよりも喜びが先行しているのは、ポケモンファンならではの姿とも言えるだろうか。
「えっと、お2人とも、『ポケ書』から?」
 ひこの質問に、ブラッキーとシュウは同時に頷く。
「私達全員、そうなんですよ。私はひこです。貴方達のお名前は?」
 もはや完全に質問係と化しているひこ。
「あたしは(みず)
「俺は223や」
 聞き覚えというより、見覚えのある名前。やはり、《なんでもおはなし板》の住人だ。
 悠達は代わる代わる、自己紹介と現状を説明した。
 話が進むにつれ、瑞と223の表情に驚きが浮かんでゆく。
「そんな大変なことがあったんか……」
「もしかしてあたし達、とんでもないことに巻き込まれたわけ?」
「いんや。『もしかして』じゃなくて、マジでとんでもねぇことだな」
 などと言って、澪亮が笑う。
「ちょっ、澪亮さん、笑い事じゃないですよ!」
「あ? 笑いでもしねぇとやってけねぇっての!」
 漫才のようなやり取りを繰り広げている中で、浅目は1人、223から目を離せないでいた。
 人間がポケモンの姿に変化(へんげ)するこの世界において、いくらポケモンに関連があるキャラクターに変身しているとはいえ、「人間のまま」で現れた、異質な存在。
(異質、か……。まあ、私も人のことは言えないがな)
 浅目は、自嘲気味に肩を竦めた。
 何故なら、彼女の正体は――。

「そこまでだ! 貴様ら!」

 声と共に、背後から何者かが『メガトンパンチ』を仕掛けてきた!
「わあっ!?」
 辛うじて全員避けることが出来、体勢を立て直しながら振り返った。
 空振りした『メガトンパンチ』は地面に激突し、大地を大きく(えぐ)り取る。こんな強力な技、直撃したらただでは済まされない。
「ふふふ……」
 技の使い手――カイリキーが、悠達を睨みつけた。
「我は天下無双の怪力坊主、瓦鬼衡じゃ! いざ、勝負!」
 鍛え上げられた4本の腕が、悠達を指差す。
 次の瞬間、彼らの前から、後ろから、そしてなんと土の中からも、20体ほどのゴーリキーが飛び出してきた。
「くそ、こいつらいつの間に!?」
 完全に囲まれて、ヒメヤが舌打ちをする。
 気付かぬうちに、包囲されていたのだろうか。それとも、最初から隠れていたところに、知らぬ間に踏み込んでしまったのか。
 勿論、今はそんなことを気にしている場合ではない。目の前の敵と戦うのが先決である。
「者共、かかれい!!」
 瓦の叫び声と共に、ゴーリキー達が一斉に襲い掛かってきた!
「くそっ……ここは僕が――」
「悠さん、下がっててください!」
 前に出かけた悠を押しとどめるように更に前に出たのは、愛だった。
 更に、澪亮が浮遊してきて、彼女と背中合わせになる。
「私と澪亮さんなら、格闘タイプ相手で1番有利に戦えます!」
「え……でも、一応僕が主人こ――」
「つべこべ抜かすなっ! あんたらはサポート宜しくな!」
 言うが早いか、澪亮は1番自分に迫っていたゴーリキー1体に、『あやしいひかり』を放った。
 すぐ目の前で強力な光を焚かれたゴーリキーはすぐに混乱状態に陥り、味方に向かって突進する。
 一方の愛は、『サイコキネシス』で、迫ってくるゴーリキーを片端から吹き飛ばしていた。
 後ろにいた仲間を何体も巻き込んで、ゴーリキー達は次々と飛ばされてゆく。
 ――それでも、討ち漏らしたゴーリキーが発生してしまう。それは、彼女達の処理能力に対し、敵の数が多すぎるから。
 今のところは、そういった討ち漏らしは、悠達が攻撃を加えて追い返している。
 だが……。
「おいっ、こいつらキリねぇぞ!」
 倒しても倒しても、どこからともなくゴーリキー達が沸いて出るのである。
 全員の攻撃が、追いつかなくなり始めた。
 焦りの表情が、浮かぶ。
「ははははは! そろそろ限界か!?」
 声高にそう言うと、瓦は何を考えたか、悠達の人数を数え始めた。
 倒した人数を、戦績として記録する為であろうか。相手が組織ぐるみなら、それもありうる話だ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ――――やつ、ここのつ。……9人か、まあいいだろう」
 いや、現時点で、一行は10人いたはずだ。1人、足りない。
 しかし、瓦はそのことに気付いていない。
 そして、知らないのだ。
 敵を知らずに襲うというのは、自殺行為も同じであるということを。

 瓦のように、敵の数すら知らずに襲いかかるというのは、正に命取り。

「げぇえぇ!!」
 突然、瓦が悲鳴を上げ、胸元を掻き毟った。
 その太い首には、複雑に絡み合った手が4つ。
 寄り眼を血走らせた瓦の顔色が、見る見るうちに紫色へと変わってゆく。
 地獄の苦しみから逃れようと必死でもがいた瓦だが、やがて、バキッ、という音と共に白目をむいて泡を吹き、後ろ向きに倒れてしまった。
 その身体の下から、何かがずるりと這い出してくる。
 瓦の首に巻きついていた、その身体と同じ色の腕。
 腕は完全に瓦の下から這い出すと、どろどろと溶け始めた。
 それにつれ、色が灰色から桃色へと変化して――いや、戻ってゆく。
 不定形の桃色は、そこから更に姿を変えた。
 地面から離れ、ぐいっと持ち上がったかと思うと、一瞬で女の姿を形作る。流れるような漆黒の長髪と、黒の和服を携えた女の姿。
 彼女は――浅目は、ニヤついていた。
 「ひゅーるるるる」などと下らぬことも言ってみるが、当然何も起ころうはずもない。
 愛読書は甲賀忍法帖。ここでは「如月左衛門」と名乗りたいところだが、只今の活躍は、正に「霞刑部」である。
(さて、頭領もいなくなったことだし、あとは彼らに任せても平気そうだけど……一応、助っ人に行きましょうか)
 浅目は再びストライクに姿を変えると、戦いへと戻っていった。

 彼女は、ストライクではなかった。
 その正体は、戦いの状況に千変万化な対応を見せるポケモン――そう、『へんしんポケモン』メタモンだ。



 リーダーを失った途端、ゴーリキー達は統率を失って、その隊列が乱れ始めた。
 そうなればもう、こちらの有利は確定である。
 ものの5分もしないうちに、悠達はゴーリキーを全員追い払うことに成功したのだった。
「すごい! 浅目さん、強いですね!」
 浅目が瓦を倒したことを知り、悠が感嘆の声を上げる。
「これくらいはお安い御用」
 何でもないことのようにさらりと言ってのける浅目だが、その顔は心なしか得意そうである。
 ――ちなみに、今の彼女は人間の姿をしていた。浅目曰く、やはり元々人間である故か、メタモンとしてもこの姿が1番落ち着くそうだ。
「元々人間、かぁ……」
 ぽつりとそう言って、RXが地面に座り込んだ。やはり、疲れているらしい。
 ――だが、どうやらそれだけではないようである。
「人間なのに、みんなこっちに来ちまって、みんなポケモンになっちゃった……や、一部例外もいるケド」
「RXさん?」
 掲示板の人間が、ポケモンになってしまった世界。そして、この世界のポケモン達に、掲示板の人間だからと追われる世界……。
「なぁ」
 座ったまま、RXは皆を見上げた。
「もしかして……ソアラさんも、この世界のどこかにいるんじゃないのか?」
 ソアラ。『ポケ書』の、管理人の名前。
「ああ……そうかもしれません!」
 愛が、ぽんと両手を打つ。
「確かに有り得る線ですけど……だとしたら、相当マズいと思いますよ」
 彼女とは対照的に、ヒメヤは浮かない顔だ。
 瑞が、首をかしげた。
「どうしたの? お互いポケモンの姿でも、あのソアラさんと会えるかも知れないじゃん! それってすっごく――」
「……すっごく、マズいことだと思いませんか? だって、考えてもみて下さいよ」
 全員の顔を見回して、彼は続ける。
「僕らは、正体も規模も全く分からない、謎の敵に狙われてるんですよ。そしてその理由は恐らく――『《なんでもおはなし板》の住人だから』」
 『異世界から来た“ポケ書”の住人を始末しに来た』――そう告げたルンパッパ。
 彼らが、《なんでもおはなし板》の、『ポケ書』の住人であることが、狙われる理由なのだとしたら。
「それならば、真っ先に狙われるのは、『ポケ書』の管理人・ソアラさんなんじゃないか…………って、そう言いたいんですか?」
「少なくとも、僕が敵ならそうしますね」
 ガムの意見に、ヒメヤは頷いた。
 確かに、彼の考察は正しいだろう。ソアラがこの世界のどこかにいるとしたら、確実に命を狙われている。
 いや……あるいは、既にもう……。
 様々な嫌な可能性が脳裏をよぎり、一行を重苦しい空気が包み込む。
 その空気を払拭するように、ガムがわざと明るい声を出す。
「と、とにかく、ここで話してても始まりませんよ! 先に行きましょう!」
 彼の明るい声に幾分か救われて、悠達は頷いた。



 悠達は、北へと歩を進めていた。
 これは、全くの偶然であった。彼らが自分の進んでいる方角を知る方法などないのだから。
「誰か、ノズパスになってくんないかなぁ……」
 瑞のぼやきに、悠が同意する。
「せめて、方角くらいは知りたいですよね」
 ノズパスは、常に北に鼻を向けているというポケモンだ。ノズパスがいれば、方角も簡単に分かるというのに――。
「あ、あれ?」
 少し先に目を遣って、愛が声を上げた。
 彼女の視線の先――そこに、ノズパスがいたのだ。
 彼らにとっては、願ってもない結果である。
「また、掲示板の誰かかな?」
 言いながらそのノズパスに近づきかけて、しかし悠達は、誰からともなく足を止めた。
 上手く言えないのだが……何というか、自分達の仲間では、ない気がしたのだ。
 悠達に背中を向けて立っていたノズパスが、ぐいっと振り返る。
「てめーら、自分たちがどんな立場にいるか、てんで分かってねぇみてぇだなぁ……」
 低い声でノズパスが告げたのは、明らかに、現実世界からやってきた悠達に向けられた言葉。
「っ……どういう意味やねん!?」
 223が問いかけるが、ノズパスは答えない。
 そして――返事の代わりとばかりに、悠達の頭上に、大量の岩が降り注いだ!
「食らえ、必殺『いわなだれ』!」
 ガガガガガ!
 大音声を立てて、岩石が落ちてくる。
「こういう時は、僕の出番だな!」
 ヒメヤがそう叫び、大きく跳躍した。
 腕の葉が、再び刃と化す。
「『リーフブレード』!」
 ヒメヤの『リーフブレード』が、岩を十字に切り裂いてゆく。
「なっ!?」
 必殺技がたやすく破られたことに驚いたのだろう。ノズパスが狼狽する様子を見せる。
 岩を全て破壊したヒメヤは着地すると、ノズパスに向かっていこうとして――、
「――あべしっ!」
 何者かに突き飛ばされ、その場でこけてしまった。
「僕の出番がなくなるじゃないかああ!」
 そう叫びながら、ヒメヤに代わってノズパスへと突っ込んで行ったのは、他でもない主人公の悠だった。
「うぉあたたたたたたたたた!!」
 雄叫びを上げて、悠はノズパスに連続で『ばくれつパンチ』をお見舞いする。
「ぎゃあああ!」
 ノズパスの叫び声が響き渡るが、悠は一向に攻撃の手を緩めない。
 そして、
「あたあっ!!」
 鋭い声と共に、最後の一撃を叩き込む悠。
「……お前はもう、死んでいる……」
 気分はすっかり北○の拳である。
「た、助けて……!」
 解放されたと思い込み、逃げてゆくノズパス。
 しかし、その身体が、端からボロリと崩れ始めた。
「た……すけ……ひでぶっ!!」
 断末魔を上げて、ノズパスは砕け散ってしまった。
「な、なんかマジで北斗神拳使ってるし……」
 転んだままのヒメヤが、呆然とそう言った。



 そうして、日も暮れ始めた頃。
「それにしても……」
 疲れきった声で、悠が呟く。
 彼らは、草原で一休みをしているところだった。
「結局食べ物は見つからないし……みんな疲れてきてるし……バトルのダメージも溜まってるし……」
「そういうこと言うなよ……やる気失せるだろーが」
 とは言うものの、澪亮も疲れの色は隠しきれていない。
 その視線が、ちらりと脇に逸れる。
「Nooooo!」
 ……RXには、疲れると壊れる癖でもあるのだろうか……。
 と、その時、少し先の木立まで様子を見に行っていた愛が、大きく手を振りながら戻ってきた。

「おーい! こっちに、木の実が沢山()ってますよっ!」

 その言葉に、一同は一瞬で元気を取り戻した。
「本当ですか!?」
「これで食べ物にありつけますね!」
 口々に言いながら、愛の方へと駆けてゆく。


「うわあ……ホントだ、いっぱいある〜!!」
 瑞が、歓喜の声を上げた。
 木立の少し奥まったところに、色とりどりの木の実が生っている一帯があったのだ。
 ゲームのグラフィックでしか見たことのない木の実が、目の前にある。しかも程よく熟しており、非常においしそうだ。
「いきますよ、『サイコキネシス』!」
 愛の放った『サイコキネシス』によって、木の上から木の実が次々と落ちてくる。
「いただきま〜す!!」
 そう言うか言わないかといううちに、悠達は我先にと木の実をがっつき始めていた。
「お、おいしい!」
 普通のフルーツと何ら変わらないおいしさだ。
 ポケモンならではの味覚なのか、とは思ったが、223が同じようにおいしそうに食べているのを見ると、そういうわけでもないらしい。
 妙な言い方かもしれないが、ちゃんとおいしいというわけだ。
 悠達は、心行くまで夕食を楽しんだ。



「で……どうしましょう、今夜……」
 そんなことをしている間に、日もとっぷりと暮れて。
 悠達は、今度は寝る場所を捜し求めていた。
 野宿することに変わりはないだろうが、出来る限り安全そうな場所を選びたかった。眠っている間に、敵に襲われないとは限らない。
「悠さん、大丈夫ですか?」
 ひこが、心配そうに彼を見上げた。その尻尾が淡く光り、一行の行く先を照らしている。
「大丈夫です、ひこさんの明かりがあるんで、今んトコは一応……」
 悠は鳥目なのである。暗い中では、視界が利かないのだ。
 そういう意味でも、早いところ寝る場所を見つけなければ……。
「あ、もうすぐ木立が終わるみたいですよ」
 ヒメヤがそう言って、先を指差す。

 そこは、正確には木立の終わりではなく、木立が円状に途切れている場所だった。

 そこに人の手が加わっていることを表す確かな証拠が、その中心にある。
「列車……やないか、これ」
 223が、呆然と呟いた。
 長いこと使われていないのが分かる、赤く錆びた線路。蔦や下草に、その大半を侵食されていた。
 そしてその途中に止まっているのは、紛れもない列車だった。
 8両編成で、元々は立派な客車だったようである。もっとも、塗装は剥げかけ、線路同様雑草の苗床となっていたのだが。
 使われなくなって、ここにうち捨てられたのだろうか?
「ちょっと見てみるぞ」
 澪亮が列車に近付き、すでに割れている窓から中を覗き込んだ。
 廃列車にまとわりつくゴース……なかなか様になる絵である。
「おい、中はなかなか綺麗だぜ?」
 その言葉で、悠達も列車に駆け寄った。
 外見の割に、中の状態は良かった。通路も座席も、普通の列車と大差ない状況である。
「あー……もうここで寝よーぜぇ……俺もう(ねみ)ぃ……」
 RXが情けない声を上げる。
「まあ、ここなら敵に見つかる心配も少なそうですし……」
 ヒメヤはそう言いながら、列車の扉を横に引く。
 2、3度引くと、ガコン、という音と共に扉が開いた。
 悠達は列車に乗り込むと、思い思いの席で横になる。
「わぁっ、ふかふかぁ!」
 瑞が、シートの上でぴょんと跳ねた。
 ブラッキーは夜行性なので、他の皆に比べれば元気なようである。
「元気やなぁ、瑞さん……」
「ZZZ……百式……」
 RXは、もう眠り始めていた。
 悠は、座席に深く腰掛ける。人間時と少し勝手は違うが、何とか座りやすい格好を見つける。
(今夜は、平和に過ごせそうだなぁ……)

 ――――と、思ったその時。

 ガコンッ!

 派手な音と共に、振動が一行を襲った。
「うわっ!?」
 眠りかけていた人も、今の振動で目を覚ました。
 慌てて、悠は窓の外を見る。
「列車、動いてますよ……」
 動くはずなどない廃列車が、動き始めていたのだ。
「何が起きても、いちいち驚いていては身が持たないようだな、この世界は……」
 浅目がそう言って、肩を竦めた。
 列車は時折軋むような音を上げながら、夜闇の中を進んでゆく。
 その耳障りな音に不安になるのは自分だけなのだろうか……と、そう考えていた悠の頭上に、

 誰かが、降ってきた。文字通りに。

「うわあああっ!?」
「悠さん!? どうしたんですか――」
 悠の方を見て、ひこの口は止まる。
 彼の頭上に、例の光の輪が出現していたのだ。
「い、痛い……」
 『誰か』は、頭を左右に振りながら身体を起こし――、
 自分が、悠を下敷きにしていることに気が付いた。
「わ、わっ! ごめんなさい!」
 慌てて彼の上から飛び退いたのは、1体のグラエナ。
「ごめんなさい、何でか分かんないけど上に乗っちゃったみたいで……ごめんなさ――……あれ?」
 謝り通すグラエナの語尾が、段々と消えてゆく。
「私さっきまで……自分の家、に……」
 そこでようやく、彼女は自分を取り巻く異状に気付いたようだ。
「…………何故にポケモン?」
 説明を要する、新たな被害者の登場である。
 いっそのこと全員いっぺんに出てきてくれれば、手間も省けるのに……と思わずにはいられない悠だった。



「じゃあ、ここにいるのは《なんでもおはなし板》の住人さん達で、みんなしてこの世界に飛ばされちゃった、ってことなの?」
 由衣(ゆい)、と名乗ったグラエナの問いに、ひこが頷く。
「はい。取り敢えずは、元の世界に戻る方法を探すことにしてるんですけど……」
「……そうね。やっぱり、それが先決よね。私も協力するわ、どの程度力になれるかは分からないけれど」
 そう言って、由衣は一行から視線を逸らした。
 彼女が見ているのは、列車の進行方向。隣の車両との連結部分にある扉――。
「多分、来るわよ」
 鼻腔をつく臭いが、彼女に告げていた。
 悠達とは根本を別にする、来訪者の存在を。
 ――人間時と比べるべくもない、異常なまでに発達した嗅覚。

 次の瞬間、バキッという音と共に、由衣の見ていた扉が弾け飛んだ。

 だが、来ることが分かっていれば、その分心の準備も出来るというものだ。
 愛が『サイコキネシス』を発動、飛んできた扉を受け止める。
「この車両にいたのかぁ、お前達!」
 壊れた扉の向こうから、サイドンが顔を出した。
「一応、この程度は力になれそうよ」
 呟く由衣。
「そうだ、ここにいたのさ! 悪いかコノヤロー!!」
 売り言葉に買い言葉、澪亮のその言葉が引き金となり、戦闘が始まった。


 ただし、戦闘時間僅か30秒。

 いくらこちらがバトルに不慣れとはいえ、条件は11対1である。これで勝てない方がおかしい。
 サイドンは散々に蹴散らされた挙句、列車の外に投げ飛ばされたのだった。




「くそ……っ、何故上手く行かない!」
 陰は歯噛みし、静かだった声音を荒らげる。
 それとは対照的に、ソアラの声は誇らしげだった。
「うちの掲示板の皆さんの結束、甘く見てもらっては困るな」
「黙れ」
 怒気の(こも)った声で、陰は半ば叫ぶように言う。
 翼が、はためいた。
「これ以上無駄口を叩くと、今度は脅しでは済まんぞ。どうなるか、分かっているだろう?」
「ぐ……」
 ソアラは、口を(つぐ)むしかなかった。
 彼らを助ける為にも、今ここで殺されるわけには……。
「結束か……なるほどな」
 意味ありげに含み笑いをする陰。
 その意図しているところに気付き、ソアラが鋭い声を上げた。
「やめろ!」
 鎖が、金属音を立てて揺れる。
「そのようなまやかしは、打ち砕いてしまえばいい」
 自らの発案が余程気に入ったのか、陰は自身ありげな態度を取り戻していた。
「奴らをバラバラにして、1体ずつ壊していけばいいな」
 高笑いをし、陰はソアラを見る。
「宣言しようか。明日の昼12時に、この世界に立っていられるのは――」


「11体中、6体だ」
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