――この学校に、良くないことが……いや、とても悪いことが起ころうとしている。
まだ誰も気づいていないけれど、ボクには分かるんだ。
早く誰かに知らせなくちゃ。
それは、分かっているのだけれど……今のボクにはそれは叶わない願い……。
「あ゛〜〜〜っ!! ヤバいヤバい遅刻遅刻遅刻〜!!」
昨日まで降っていた雨がすっかり止んだ、水曜日の朝。
そんな清々しい町に、大声を上げながら走っていく騒音公害な少女が1人。
この辺りでは有名な、「PBH」と書かれた学生鞄を提げており、セーラーの制服を着ている。足元には、少女同様全力疾走しているヒノアラシが。
「くっそ、授業初日から遅刻なんてヤバすぎるぞオレ!」
走るその勢いで水溜りを飛び越え、叫んだところで何も現状は変わらないのに、自棄(やけ)になって少女は叫ぶ。
……ええ、、この子は女の子です。どんながさつな口を利いていても、自分を「オレ」と呼んでいても。
「ったく、気分で動いたり動かなかったりしやがって目覚まし時計のヤロ! 昨日は動いたってのに!」
1人と1匹の前方に、目的地――ポケモンバトルハイスクールが見えてくる。
ラストスパート、とばかりに1人と1匹はスピードを上げた。
PBH、ポケモンバトルハイスクール(Pokemon Battle Highschool)。
ここは、優秀なポケモントレーナーを育成すべく設立された高校である。
1匹だけの手持ちポケモンを連れているよう義務付けられた生徒達は、数学や国語からバトルの戦略、実戦に至るまで様々なことを学んでいく。
先程の少女――緋苫准(ひとまじゅん)は、昨日の入学式でこの学校の生徒になったばかりの、高校1年生である。
…………が、この生徒くらいだろう、授業初日から遅刻するか否かの瀬戸際に立たされているのは。
「くそーっ! 何だってこのガッコ、こんな校庭広ぇんだよーっ!!?」
それは、100mトラックのある通常の校庭の隣に、ポケモンバトルの授業を行うためのスペースがあるからである。
本当は校庭の外をぐるっと回って、校舎のすぐ隣の正門から入らねばならないのだが、今はそんな遠回りはしていられない。准は校庭の端にある中門から全速 力で校舎に向かうことにした。
現に、校舎の中心に聳(そび)え立つ時計台は、授業開始まであと1分を示している。
「行くぜ、ヒノアラシ!」
中門から校庭にほとんど突入する格好になった准は、ぜぇぜぇ言いながらも校庭のド真ん中を突っ切って走った。
――が、准とヒノアラシは、校庭の中心より少し校舎寄りのところで、一緒に立ち止まった。
「なぁ、ヒノアラシ……なんか音しねぇか?」
准の声に、ヒノアラシはこくりと頷く。
その音は、校舎の裏側から聞こえてくるようだ。
……間違いなく、ポケモン同士がバトルしている音。
「よし、行ってみようぜ!」
何がいいんだか、遅刻寸前だというのに准はそう言う。
そして校舎まで走ると、中には入らずに壁に沿って進み、講堂棟への上空通路の下から校舎の裏手、旧校舎の方へ回る。その更に奥、裏庭を目指して。
校舎に陽光をさえぎられる為、日陰になっていて冷え冷えしている裏庭。
その端にいて、准は中央へと踏み込めずにいた。
それは、そこに2人の人影と、それぞれのポケモンが見えたからだ。
1人は、恐らく准にとっての先輩に当たる人物だろう、PBHの制服を着て眼鏡をかけている、髪の長い少女。彼女のすぐ横にはミロカロスがいて、どちらも 傷だらけで多少息が上がって はいるもの の、まだ戦う気満々で相手をにらみつけている。
そしてもう1人は、朱色のドレスを着て、ギャロップを連れた女性だった。相性的には不利なはずなのに、何故か余裕の笑みで相手を見据えている。 それに、どう見てもこの女性のほうが勝っているようにしか見えない。
女性は口を開くと、本当に嬉しくて堪らないといった笑顔で言う。しかし准は、その笑顔に一瞬背筋が凍りつくのを感じた。
「ふふ、ここまで私に付いて来られたのは、褒めてあげるわ」
「……全く嬉しくないわね」
「あらぁ、残念ね。貴女とは仲良くなりたいとも思ったんだけど、敵だしねぇ。それに、認識の差がここまであったら――」
女性は、傍らのギャロップの背に手を置く。
その途端、ギャロップが纏う炎が、ゴオッという音と共に、女性を覆い隠してしまうほど大きくなった。
しかし、彼女は熱さを感じていないようだ。恐らく、ギャロップが炎を絶妙な具合にコントロールして、彼女が燃えないようにしているのだろう。
「やっぱり、やるしかないかしら?」
その様子を見て、先輩とミロカロスも身構える。
「まだやる気なの? その残存体力に加え、さっき貴女のミロカロスが受けた『やけど』状態。勝てるわけないのに、往生際が悪いわね。――やっぱり、『守護 者』に欠員が出て守りが薄い、この時期を狙って正解だったわ!」
(しゅごしゃ……? 何だそれ……主語社……か? いや何か違うような気が……)
あまり聞きなれない単語に准は首をかしげ、そんなことを考えている場合ではないと思い直した。
……この思考で、准の国語の成績が大体見て取れただろう。彼女の筆記による入学試験の成績は、国語が足を引っ張ったせいで実は散々だったのだ。
…………話を戻そう。
「例えそうでも、ここを通しはしない……。そんなことをしたら、私達にこの学校を託して卒業なさっていった、由良(ゆら)先輩や空野(からの)先輩に申し 訳が立たないもの!」
見知らぬ先輩はそう叫び、ミロカロスに『なみのり』を命じた。
ミロカロスは頷き、尾で地面を3箇所ほど叩き、地面をえぐる。
そして次の瞬間、えぐられた地面のへこみから、水が大量に噴き出した。水は寄り集まり、小波となってギャロップに襲い掛かる。
「全く、学習能力のない子。この技も、さっき防いでみせたはずよ」
不敵な笑みを浮かべ、女性はギャロップに命令を出す。
「ギャロップ、『炎槍(フレイスピア)』!!」
その命令を受けた途端、ギャロップは声も高らかに嘶(いなな)いた。
そして、『ほのおのうず』を自身にかけると、その中心を『メガホーン』で突き、渦を全身に纏(まと)った。
襲い来る波に、『メガホーン』を発動したまま渦に沿って回転しながら、自ら突っ込んで行く。
「……!」
その行動の意味を、准はすぐ知ることとなった。
ギャロップを覆う灼熱の炎が、波にぶつかった部分から水をどんどん蒸発させることで、バリアーのような役目を果たしたのだ。
回転を止めないまま、ギャロップは波の向こう側へと突きぬけ、ミロカロスへ突進する。
「これで終わりね!」
「そうは……させないわ!」
ミロカロスは何と、その尻尾でギャロップの角を受け止めた。
そこから、渦と逆周りに『たつまき』を発動させ、ギャロップの動きを止めて押し戻す。
『たつまき』に、纏っていた炎を全て散らされたギャロップは、『メガホーン』を解除して体を思いっきりめぐらせ、校舎を囲う塀に激突するのを寸前で免れ た。
「な……! ミロカロスのその弱りようじゃ、『炎槍』を受け止めることなど――」
言いかけて、自分で気づいたようだ。女性は忌々しげに舌打ちをした。
「『ふしぎなウロコ』……!」
「その通り。ミロカロスの特性は、状態異常になると防御力の上がる、『ふしぎなウロコ』。元々、ミロカロスに炎技は効きにくいわ。『メガホーン』の ダメージを軽減出来るだけで、『炎槍』の効き目は随分変わるわね」
先輩は、左手を伸ばして、ギャロップを指し示す。
その顔には、僅かながら笑みが戻っていた。
「ミロカロス、『みずのはどう』!」
「ふん、その手は食わないわ。ギャロップ、『とびはねる』でかわしなさい!」
音波のように円を描きながらギャロップに迫る水。
ギャロップはそれを寸前まで引き付けると、その跳躍力を生かして一瞬で宙に舞い、『みずのはどう』をかわした
そのまま、重力のかかる方向――ミロカロスの真上へと、落下していく。
普通の技では、ギャロップの加速度から見て、まず間に合わない。
(危ない――――!)
思わず准は叫びそうになり……
『とびはねる』を食らったミロカロスが、まるで元々そこにいなかったかのように消滅するのを見た。
「!!?」
着地したギャロップは、突然のことに驚き、戸惑っている。
そこへ、いつの間にかギャロップの横手に回っていた、ミロカロスの『アクアテール』が炸裂した!
これはかなり効いたのだろう、叫び声を上げてギャロップは横っ飛びに吹っ飛ばされる。
素早く動くことで分身を作り出し、相手を惑わせて技を失敗させる『かげぶんしん』。
恐らく、『みずのはどう』を放ったとき、その陰で発動していたのだろう。横で見ていた准ですら、気づかなかった。
「一度受けた技だもの、二度目は受けないわ」
そう言って、先輩は次の攻撃をミロカロスに命じる。
お互いに残存体力は少ないはず。これで、終わらせるつもりなのだ。
「ミロカロス、『ハイドロポンプ』!!」
「っ!!」
女性の驚いた顔を見る限り、このミロカロスが初めて使う技なのだろう。最後の最後まで、大技を使うチャンスを窺っていたのだ。
ミロカロスが発射した信じられない量の激流が、ギャロップに襲い掛かる。
だが――その最後の最後で、女性はにやっと笑った。
(やっぱり……この人の笑い方、嫌いだ……!)
楽しんでいることは充分伝わるのだが、その方向性がものすごく嫌な気がするのだ。
そんな笑みを浮かべて、女性は言う。
「最後の攻撃と知っていて、みすみす受けるとでも!? ギャロップ、『こうそくいどう』!」
「な……っ!」
大技を使うチャンスを窺っていたのは、敵も同じ。
ギャロップは、まさに俊足といえるフットワークで『ハイドロポンプ』の軌道から逸(そ)れた。
対象を失った水流は壁にぶつかり、壁石もろとも粉々に砕け散る。
「いくら『メガホーン』のダメージを軽減できても、そろそろ耐えられないでしょう? ギャロップ、『炎槍』!」
これは、ヤバい。
准の、本能だった。
「ヒノアラシ、『えんまく』!!」
考えるより先に、足が、口が、ヒノアラシが動いていた。
ヒノアラシが飛び出すと同時に噴いた黒煙で、ミロカロスが隠れる。
それに戸惑って、ミロカロスに突っ込もうとしていたギャロップの動きが止まった。
その一瞬を逃す気は――准にもヒノアラシにも、微塵もなかった。
ヒノアラシは『えんまく』を発動し続けてギャロップの攻撃対象を完全に失わせ、その間に准は何とか先輩のところへと辿り着く。
突然のことで先輩も驚いており、答えを求めるように自分に近寄ってきた准を見た。
「貴女は……?」
「さっきからずっとそこで見てたんスけど、流石にマズそうだったんで……助太刀しますよ!」
准が、今までのバトルで得た情報は2つ。
一つ、この2人はどちらもとても強いということ。
一つ、先輩が負けたら、確実に大変なことになるということ。
前者の危険より、後者の危険が大きいのは、まず間違いなかった。
――もっとも、准はそんな判断を咄嗟にしたわけではなく、単に本能で動いていたのだが。
先輩は一瞬、ほんの一瞬だけ、嬉しそうで少し懐かしそうな目で准を見たが、すぐに厳しい顔になり、首を左右に振った。
「やめておきなさい。助けてくれたことには感謝しているけど……貴女が敵う相手ではないわ」
けれど、そう言ってミロカロスを見るその目が、何よりも如実に語っていた。
自分達だけでは――もう、限界だと。
しかし、准が動く最も大きな理由になったのは、別のものだった。
『貴女が敵う相手ではない』――単純に、この台詞に引っかかった。
准は負けず嫌いなのである。戦いもせずに、自分達ではあのギャロップには勝てないと決め付けられてしまうのは、彼女には許せなかったのだ。
「先輩! オレがほんとにあいつに敵わねーかどーか、見せてやろうじゃんか!」
ものの30秒足らずで先輩に対する敬語を放棄、准は先輩を庇うように立って、ギャロップを睨みつけた。
「あぁら、助太刀? でも、そのポケモンじゃぁ私には勝てないわよ?」
准の足元のヒノアラシを見て、馬鹿にしたような笑みを浮かべる女性。
「うるせぇ、ヒノアラシを馬鹿にすんな! いくぞヒノアラシ、『えんまく』!!」
たちまち、辺りを煙が包みだす。
「でも、駄目よ……彼女に同じ技は2度と通用しないわ……!」
「ふふ、やるだけ無駄よ! 『とびはねる』!」
先輩と女性、2人の叫び声が交錯する。
黒い煙を掻き切るようにギャロップが飛び出して、その強靭な脚力による跳躍でぐんぐんと飛距離を伸ばしていく。
……不自然なまでに、足をばたつかせて。
その足元に、ヒノアラシをくっつけたまま。
「!!」
「油断したな」
にやりと笑って、准はヒノアラシを次の行動に移した。
「ヒノアラシ、『いつもの』だ!」
その言葉が聞こえるや否や、ヒノアラシはギャロップを『にらみつけ』た。
ギャロップはヒノアラシを振り落とそうとするが、ヒノアラシは離れない。
やがて、重力にしたがってギャロップが「落ちる」動作に入ると、ヒノアラシは行動を開始した。
ギャロップの背まで一気に上りつめ、『みだれひっかき』を繰り出したのだ。
レベルの差があり過ぎるため、技そのものではギャロップはさほどのダメージを受けはしない。
――しかし、だ。
攻撃を受けた場所が、不安定な空中だったら、どうなる?
そして、ギャロップの耐久力が、体力の消耗と『にらみつける』で減少していたら?
結果……ギャロップはバランスを崩し、真っ逆さまに墜落を始めた。
地面に、向かって。
耐久力の落ちた今のギャロップでは、地面に直撃した時点で即『ひんし』も十分あり得る。それを狙った上での、准の行動だった。
「くっ……戻りなさい、ギャロップ!」
が、そのギリギリのところで女性はモンスターボールを取り出し、ギャロップをボールに収めた。
焦ったのは准だ。
「やっべ……!」
彼女の作戦では、ギャロップが地面に追突する寸前に、ヒノアラシをギャロップの背面からジャンプさせ、衝突の直撃を少しでも和らげることになっていた。
が、その「足場」が消失してしまえば、今度はギャロップが受けるはずだったダメージを、ヒノアラシが受けることになってしまう。
「ヒノアラシ!」
ヒノアラシの着地地点に駆け寄ろうとするが、もう間に合わない。
――と、その時だった。
「ロゼリア、『わたほうし』!」
突如、ヒノアラシの真下に大量の綿毛が飛来し、即席クッションを作ったのだ。
ヒノアラシは綿毛の上でワンバウンドし、駆け寄った准の腕の中に見事収まった。
声がした方――先程准が出てきた校舎の陰を見ると、そこにいたのはロゼリアを連れた男子生徒。
「なっ……?」
「ち、千早(ちはや)くん!?」
2人分の、別の意味での驚きの声が重なる。
「やれやれ……集合が遅いと思って探してみれば、こんなところで戦っていらしたんですか? 那深(なみ)先輩」
そう言って、千早と呼ばれた少年は、女性の方を見た。
彼女は、これ以上戦闘を続けるのは分が悪いと悟ったのだろう。身を翻し、塀の壁石を軽々と飛び越えて、彼女は逃げていってしまった。
そして……それを確かめたかと思うと、今度はミロカロスが大きな音と砂煙を立てて横倒しになった。
『やけど』によるダメージの限界が来たらしい。
「ミロカロス!!」
那深と呼ばれた先輩が、ミロカロスの状態をさっと確認する。
「取り敢えず、救護室に運びましょう。それと――」
千早は、准に目を移す。
嫌な予感を感じつつも、千早と目を合わせる准。
「先生方には、私が言い訳しておきます。貴女も来て頂けますか?」
やっぱり……。
「わ、分かった……」
返事をしてから、准は苦い顔をするのだった。
(もしかして、オレ……とんでもねぇことに足突っ込んじまった?)
「自己紹介、まだでしたね。彼女は高3Aの高郷(たかさと)那深先輩。そして、私は高2Dの千早陸(りく)です」
「高1Aの緋苫准、デス」
教室がある本館とは別棟の、(人間用の)保健室兼(ポケモン用の)救護室。
救護室から出てきた陸は、「那深先輩は、もう少しだけミロカロスの傍にいるそうです」と前置きしてから、准に自己紹介した。
「那深先輩から伺ったのですが、貴女が先輩の窮地を助けてくださったそうですね。どうもありがとうございます」
あまりに素直な感謝の言葉に、准がどう答えればいいか分からず口をぱくぱくさせていると、陸はあろうことか准の手を取った。
准、受け慣れない好意故のされ慣れない行為に思わず硬直。
「それにしても、こんなに可愛らしいのに、先輩を苦しめた相手と対等に渡り合うとはなかなか憎めませんね。どうですか、今度一緒に――」
陸は、最後まで台詞を続けることが出来なかった。
理由は簡単、全力で彼に『たいあたり』を繰り出したヒノアラシに邪魔されたからだ。
ヒノアラシの頭部が見事に鳩尾(みぞおち)にクリーンヒット、崩れ落ちる陸。
さすがに、准も心配になったようである。
「ちょっ、ヒノアラシいくらなんでもやりすぎだっての! おい、大丈夫か?」
「初めてですよ……女性を口説いてて『たいあたり』食らわされたの……」
陸は苦笑を浮かべ、何とか立ち上がった。
「それで……貴女には、突然のことで……悪いのですが……一つ相談が、あります」
ダメージを引きずっているのか、台詞が心なしか途切れ途切れだ。
「おい、ほんとに大丈夫か?」
「私は平気なので…………それで、急を要する相談なのですが……聞いて頂けますか?」
そう言われては、頷くしかない。自分が何に巻き込まれているのか分からないだけに、准の不安は募る。
「先程、那深先輩から貴女の話を聞きました」
「オレの話?」
「ええ。貴女が、自分の低い攻撃力を作戦でカバーする戦い方をしていたこと、明らかに自分より強い相手に臆することなく向かって行ったことなんか を」
ストレートに褒められた経験などそうあるものではない。准もその部類で、嬉しいやら何やらで返答に迷ってしまう。
「それと、竹居(たけい)先生ってご存知ですか? その先生に聞いたのですが、貴女は入学試験時、散々だった筆記試験の成績を、全てポケモンバトルの実技 で補って見事入学したそうですね」
それは、准も知らなかった。何故自分がこの学校に入学できたのか、まともに考えたこともなかったのだ。
「本当は、もっと新入生達の成績を見極めた上で、決める予定でした。けれど、あのような敵の出現は想定外だったんです」
だから、一刻も早く選ばなければならない。それに、他の皆にも今連絡を取って、貴女なら「これ」を任せて構わない、ということで私達の意見は一致しまし た。
――そう陸は言った。
准には、何のことだかさっぱりだ。
陸の次の言葉が、予想できない。
「この学校に伝わる伝説を、ご存知ですか?」
「伝説? 七不思議とかじゃなくて?」
「はい。――やはり、入学したてでは耳に入って来ないですか」
そう言って、陸は「伝説」についての説明を始めた。
「この学校には、創立した当初からどこかに『あるもの』が隠されているんです」
「あるもの? って、何だ?」
その問いに、陸は悪戯っぽく笑ってみせた。
「誰もその正体を知らない、秘密の『宝物』ですよ……」
「何だ、随分と抽象的な伝説だな」
「はは、そうですね。けれど、この伝説には続きがあるんです。貴女は、『守護者』という言葉をあのバトルの中で耳にしているそうですから、予想はつくので は?」
准は首を横に振る。当然といえば当然だろう。彼女の頭の中では、「守護者」は「主語社」に変換されているのだから。
気を取り直して、陸は話を続ける。
「学校を創立した時、初代の校長はその『宝物』を、誰にも知られずに校舎のどこかに隠しました。しかし、その『宝物』の存在をかぎつけた者達が現れ、校舎 を片っ端から壊してそれを探し出そうとしたんです――」
大切な校舎を、「宝物」ごと失うわけにはいかない。
そう考えた校長は、生徒の中から優秀な7人を選びぬき、彼らに「『宝物』と学校を守る」という使命を与えた。これ以上「宝物」の存在が外に漏れ出さない よう、秘密裏に。
彼らは学校に襲い来る者達と3日3晩戦い続け、何とか勝利を収めることが出来た。
が、ここで1つ問題が生じたのだ。
彼らは生徒である身。いずれは卒業してしまう。いつまでも、学校を守る立場ではいられない。
そこで校長は、卒業生によって出た欠員を新入生で埋めるよう、7人に指示を出した。
ひっそりと、その使命が受け継がれるように。
また、いつ何時(なんどき)敵が現れてもいいように。
7人の「守護者」を、いつまでも留めておけるように――。
「……というのが、伝説のあらましです。長い時を経てどこからか漏れ出し、こんな形で語り継がれるようになりました。――もっとも、噂ですからある意味で は伝言ゲームみたいなものです。この話がどこまで本当かは、怪しいところですけどね」
さすがにここまで聞けば、准にも「相談」の内容の察しはついた(変換ミスに気付くと共に)。
――敢えて問うことにしたけれど。
「で……オレに相談というのは?」
「大体、分かっていただけたようですね」
陸は笑ってそう言ってから、不意にまじめな表情を作った。
戸惑う准の前に立ち、ポケットから何かを取り出す。
ペンダント状になった、淡い緑色に輝く宝玉だ。それを手のひらに乗せて准に見せるようにし、陸は言った。
「――『緑の守護者』千早陸と申します。私は貴女に、『全てを染める勇気』の資質を見出しました。『緑の守護者』の名において、緋苫准――貴女を、『赤の 守護者』に指名いたします。お引き受け願えますか?」
――っていうのが述べ口上なんですよ、と陸は付け加えた。
「なぁ……陸」
「先輩なのに呼び捨てですか……。何でしょう?」
「その、『赤の守護者』だっけ? それ引き受けたら、バトル沢山出来んのか?」
少し考えてから、陸は答えた。
「あの女性が、今回の件だけで引き下がるとは思えませんし……。確約は出来ない上、逆に危険に晒してしまうこともあるかもしれませんが――恐らくは」
それに、と彼は続ける。
「『守護者』の資格試験として、まずは現在いる『守護者』のうち1人と戦わないといけません。そこで強い人と戦えることが、まず保証されますね」
その言葉で、准の心は決まった。
「面白ぇ。やってやろーじゃん、その『赤の守護者』とやら!」
「いい返事です」
言って、陸は微笑んだ。
こうして、准のPBHでの学園生活は、普通の生徒とはちょっと違った始まり方を迎えたのである。
・−・−・−・−・−・−・−・−・−
当初の予定では、准はもうちょっと『えんまく』を乱用していました。
……が、この性格の主人公がそんなセコい手を使っていいのかどうか考えた結果、気付いたらこんなバトルになっていました……。
というわけでどうも、由衣です。新作っす。
ポケモンで学園物をやりたいな、という構想は前々からあって、それを思いついた時点で早い段階からこの物語のあらましを考えていました。
でもなんだかんだで執筆が先延ばしになり、気づいたら執筆まで結構時間かかってしまいました…。
守護者とか言ってますけど、決して某家庭教師ヒットマンの影響なんぞ受けちゃいません。えぇ受けちゃいませんとも。
さて、じゃあスペース埋めに主人公である准について簡単な解説。
今回はちょっとアニメかつラノベっぽいものを目指すつもりなので、主人公は思いっきりバトル好きにしようと最初から決めていました。
別に准の性別は男でも良かったのですが、この性格で男ではあまりにありきたりかな、と思ったのと、陸というフェニミスト高校生(爆)の存在があったので敢 えて女の子にしました。
手持ちが炎タイプなのは「赤」だからです、ヒノアラシなのは私の好みw(笑
『みだれひっかき』はタマゴ技です。そのうち本編でも触れるつもりですが…。
あと、最初准の資質は「全てを『染め上ぐ』勇気」、でした。はい、古典みたいな言い回し大好きっす。
でも、他の守護者との折り合いをつけた結果、「全てを『染める』勇気」に落ち着くこととなりました。そんな感じです。これ以上解説するとネタバレです(汗
では、次回は准の資格試験から始まります。多分!
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